うつわの中のガルシア・マルケス   作:ドクター・ヴィオラ

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【DENGEROUS OPINIONS】




▶好きになってしまう 簡単に

▶感情をコントロールできないんだ

▶遊んだのは二回だけなのに どうして好きになってしまった?

▶それはあの子が完璧だから

▶簡単に運命と会えるはずがないのに

▶でも 今はとにかく

▶あの子に魅了されている

▶またかよ

▶これはなんなの? 結局

▶ポエマーはメンヘラのカス シェイクスピアとウィリアム・ブレイクは精神の病気だった

▶それは認められない 芸術を知らないんだな

▶グリッチ・シティの連中は低学歴のカス

▶青色、万歳! 青色、万歳!

スレは終了しました


けものたちは月をめざす

けものたちは月をめざす

 

 

 

 

場所:グリッチ・シティ(ヴァルハラ)

 

人物:ジル(バーテンダー)

   ステラ(御令嬢)

   セイ(獣医の助手)

 

   ハイド(ウエディング・フォトグラファー)

   ガラ(病院の事務)

 

備考:月の引力を信じる? この文章に意味のあることを。

 

 

 

 

ハイド:……。

ジル:…………あの。

ハイド:………………。

ジル:注文を……。

 

 ハイドは両手を口に当て、彫像のように座っている。

 悲痛な沈黙。凍るような静寂がジルを刺す。

 助けを求めようにも今日のボスはオフィスに籠りきりだ。

 しばらくするとステラが入店する。ジルが幸福の女神を見つけたように言う。

 

ジル:助かった……。

ステラ:今日もトラブルか。

ジル:いつもあるように言わないで。

ステラ:賑やかだからな。

ジル:客が少ないのにね……不思議なことに。

ステラ:ブランディーニをひとつ。

ハイド:ふたつだ。

 

 ハイドが口をひらく。

 

ジル:生きていたんですか?

ハイド:失礼な質問だ。まともな研修は受けているのか?

ジル:注文もせずに仏頂面で座っているほうが失礼だと思いますが。

ハイド:それは認める。考えごとに没頭していたのだ。

 

【ブランディーニをふたつ。しかしプロレスの技を引っかけてやりたいような気もしている】

 

 ブロンソンエキスとフラガナイトとカルモトリンが技を決める。脳震盪が観客の声を忘れさせる。

 それぞれは気がつく。あんたはストロング・スタイルだったのだ。

 こんなにも……こんなにも噛みあうことがあるなんて。

 

ジル:パイルドライヴァーとスープレックスです。

ハイド:注文とちがうが?

ステラ:ジル……わたしに当たるな。

ジル:パイルドライヴァーとスープレックスです。パイルドライヴァーとスープレックスです。

ステラ:壊れちゃった……。

ハイド:わたしが奢ろう。

ステラ:当然だ。

 

 ふたりが酒を口にする。

 

ハイド:わるかった。

ジル:別に黙っているのは良いんです。それでも最初は注文。それが常識です。

ハイド:分かっている。この街は水乞食がいそうだからな。

ジル:御名答。

ステラ:外の人間か?

ハイド:外は合っている……しかし人間ではない。わたしは吸血鬼だ。

ジル:マジ?

ステラ:ほう……はじめてだな。

 

 一般的に長命種は数が少ないとされている。中でも吸血鬼は“レアモノ”だ。

 

ジル:と言うか……どこかで見たような。

ハイド:何かの記事だろう。数年前まではモデルをやっていた。

 

 ジルが端末で検索するとすぐにヒットした。

 紫の髪。色白の肌。クールなスーツを着ていてもツラがいけすかない。

 たしかに眼前の吸血鬼だ。

 

ジル:スッゴ……フォロワーの数が……。

ハイド:これでも現役のころよりは減っているんだ。

ジル:今は何を?

ハイド:ウェディング・フォトグラファーをやっている。

ジル:なんですって?

ハイド:ウェディング・フォトグラファーをやっている。

ジル:なんですって?

ハイド:ウェディング――。

ステラ:ふたりともしつこいぞ。

ジル:たのしくなっちゃって。

ハイド:フッ。

ジル:意外に思ったのはマジよ。

ハイド:イメージに合わないのは分かっている。

 

 吸血鬼は招かれなければ、どの屋敷にも入れないと言う。

 それなら結婚式の会場はどうなのだろうか?

 もちろん入場できないに決まっている。

 天井に十字がぶらさがっているからだ。

 

ステラ:この街には仕事で来たのか?

ハイド:依頼があってな。

ステラ。依頼人の身分は確認したのか? レアな種族を引っかけようとしているのかもしれない。

ハイド:依頼人は上層の有名人だ。顔が売れているのだから、無茶なことはしないだろう。それに友人をガードに連れている。

ステラ:いないようだが……。

ハイド:遊ばせている。あいつにも休憩が必要だ。

ジル:考えごとをしていると言っていましたが……仕事のことですか。

ハイド:そんなところだ。

ジル:聞いても?

ハイド:きみに行ったところでなんになる?

ジル:吐きだすことも大切ですよ。

ハイド:ふむ……強いのを頼もう。

ジル:分かりました。

 

【強いやつ……血を混ぜたほうが良いのかな? いやだけど】

 

 アデルハイドがカルモトリンの濁流に飲まれる。

 清浄な一滴の水も泥の前には無力と同じ。

 きれいはきたない、きたないはきれい。

 

ジル:フリンジウィーバーです。

ハイド:ふむ。

ジル:それから?

ハイド:待て。

 

 ハイドがフリンジウィーバーを口にする。強烈なカルモトリン。

 美形が崩れる。さすがの吸血鬼もこれは効くようだ。

 

ハイド:コホン……きみたちは結婚式をどんなふうにイメージする。

ジル:……幸福とか?

ステラ:あるいは未来。

ハイド:そうだ。基本的にはポジティブなことだ。しかし、この街はどうも……ポジティブなイメージの真逆へ寄っている。

ジル:ふ~~む。

 

 口癖が伝染しているわよ。

 

ジル:あっ。

ハイド:どうした?

ジル:……なんでも。

ハイド:わたしなりにこの街を観察していた。写真のイメージをえがくために……しかし、どうだ。この街にあるのは……暴力と支配。暴発と抑圧。それにセックスとドラッグだ。ついでにアルコールはニセモノで物価はひどい。好感を得るのは無茶と言うものだ。ところでこの店の料金は普通か?

ジル:平均的ですよ。

ハイド:平均的なボッタクリと言うことか?

ジル:好きなように思ってください。

ステラ:依頼人は上層にいるんだろう。下層よりもクリーンなところだぞ。

ハイド:表面的にはな。下層の労働者の稼ぎで建造した、虚構の王国のように見えるが。

ステラ:あなたは表面的と言うが、あなたの視線も同じことだ。

ハイド:ふむ。

ステラ:上層が虚構の王国なのは認める。しかし虚構の中でも本当の家庭は存在しているし、下層にもだからこその寄りそいが存在する。この店がそうであるようにな。

 

 ジルはふたりの視線のあいだでバチバチの火花が飛んでいるように錯覚する。

 ギリアンは今日も休みだ。こんな日にヤリチンは何をやっているのだ?

 恋人としているときにコンドームが中でハジけてしまえ。

 クリーン・ヒットだ!

 ステラが左目を眇める。

 

ステラ:……熱くなった。

ハイド:こちらもだ。どうもナーバスになっている。

 

ステラ:氷のはいったやつを頼む。

ハイド:それも奢ろう。

 

【ステラの突起がひえるやつを】

 

 省略しても良い?

 

(駄目)

 

アナ:アデルハイドとフラガナイトとカルモトリンとキザな文章。書いているときは傑作を産みだしていると錯覚する。しかし朝になると文章を廃墟のように醜悪と感じる。産みだしたことに“したしみと侮蔑”を。ドリアン・グレイの肖像がどんなに醜悪でも名作であることに変わりはない。カクテルのデキはどう?

ジル:コバルトヴェルヴェットです。

ステラ:ありがとう。

ハイド:それにしてもこんなところで猫耳族に会えるとは思わなかった。

ステラ:外でキャットブーマはそんなふうに呼ばれているのか?

ハイド:何? ……待て……そうだ。そんな手術があった……。

ステラ:どこの出身だ。

ハイド:少なくともナノマシンと縁のないところだ。その耳は拒絶症の治療だな?

ステラ:そうだ。動物の遺伝子を入れることでナノマシンへの免疫を高めることができる。

ハイド:奇妙な発想だ。

ステラ:喧嘩を売るのが好きなようだな。

ハイド:ガードが優秀なのでな。

ステラ:わたしのガードも強いぞ。大抵の人間に勝つことができる。

ハイド:わたしのガードは七尺もある。それに人狼だ。

ステラ:銀行を襲撃されても生還した。

ハイド:インテリで病院の事務もできる。

ジル:なんの勝負よ……。

 

 ふたりが笑いだす。ジルは辟易としている。

 

ハイド:そのガードのことが好きなのだな。

ステラ:幼いころからの仲でな。半身と言っても……いや……。

 

 すこしの沈黙のあと、ステラが先を言う。

 

ステラ:じつは嘘を言った。

ハイド:ふむ。

ステラ:ガードだった……過去形なんだ。今は獣医の助手をやっている……ホワイトナイトを知っているな?

ハイド:白色のクソッタレどもか。サンフランシスコにも支部があった。

ステラ:わたしのガードはそのクソッタレどもの一員だったのだ。知ってのことだが……ホワイトナイトは世界中で機能を停止させられた。

ハイド:愉快なニュースだった。

ステラ:ほかのやつが愉快でも、わたしは愉快ではない。あのときの暴動でガード……セイが怪我をしたのだ。

ハイド:冷静に話をしていると言うことは、重篤な怪我ではなかったのだろう?

ステラ:もちろんだ。しかし精神のほうはそうではない。

ハイド:心的外傷か。

ステラ:今でも銀行でのイザコザを夢に見るようだ。立ちなおってはいるが……完治は簡単なことではない。あるいは一生の傷かもしれない……わたしの右目と同じように。

 

 ステラの義眼が暗闇の天体のように回転している。右目は感傷を投影しない。しかし左目はそうではない。生身の瞼は機械にはない、特別な役割を持っている。その感傷を示すことを。

 

ハイド:わたしのガードと同じだな。

ステラ:ほう?

ハイド:あいつ……ガラも戦争で似たような状態になったのだ。

ステラ:被害を?

ハイド:与えるほうだ。しかし傷を与えるやつが気楽であるとはかぎらない。

ステラ:軍人は命令に従うものだ……そのガードは今もトラウマを?

ハイド:さすがに昔の話だ。わたしたちの寿命は長いからな。

ステラ:羨ましいことだ。

ハイド:良いことばかりでもない。この話題に従うなら――戦争の歴史を実際に体験するのはじつに苦痛だ。

ステラ:……。

ハイド:御令嬢……戦争をなくすにはどうするべきか?

ステラ:神と御令嬢を試すな。

ハイド:わたしの知ったことか。口を軽くしよう……ビールのエルをふたつ。

ステラ:さすがに奢りすぎではないか。

ハイド:好きでやっていることだ……バーテンダー!

ステラ:はいはい……。

 

【充分に口は軽いと思うけど……】

 

 省略しても良い?

 

(好きにして)

 

 アイスミルク。ダブルでね。

 

ジル:ビールです。

ハイド:ふむ。

ステラ:狼煙だな。

 

 ふたりがビールを一気に飲む。

 

ステラ:結局のところ……ほとんどの戦争は経済の問題だ。しかし全部の国が裕福になっても終わりにはならない。役人の欲望に際限はないからな。だから規模を縮小しよう。

ハイド:すると。

ステラ:この会話のような愚劣な争いについて。

ハイド:よかろう。

ステラ:いつの時代も理解が叫ばれている。相互に分かりあうことを。しかし、どれだけの連中が真剣にそれを考えているか? 真剣な連中が本当は唾の距離でオリンピックを開催していないと?

ハイド:オリンピックとは懐かしいことを。

ステラ:分かりようがないさ。実際にふたりだけのカウンターでも争いが起こってしまっている。

ハイド:ふむ。

ステラ:わたしとしては年配の意見を参考にしたいところだ。

ハイド:神と吸血鬼を試すな。

ステラ:口を軽くしよう……ビールのエルをふたつ。

 

(マジかよ……)

 

ハイド:歴史は繰りかえすと言うことを証明しているな。

ステラ:好きでやっていることだ……バーテンダー!

ジル:やば~~。

 

【ボス……助けて……】

 

 アデルハイドと……。

 

ジル:省略して!

アナ:はいはい。

ジル:ビールです!

ステラ:今日は元気だな。

ジル:そうですね!

ステラ:それで年配の意見は?

 

 ハイドが両手を口に当てる。それは真実の言葉を隠すのではない。彼が真剣なときのクセなのだ。

 

ハイド:思うに……理解とは“洞窟の虫”だ。

ステラ:逃げるのか?

ハイド:聞け。これは実際の話で……特定の洞窟の虫は近縁種の可能性が高いわけだろう。同じところに住んでいるわけだからな……そこで学者が類似点を探す。足の数や瞳の数……ところがそれでは生物学的な類似点が見つからない。辻褄が合わないのだ……そこでポイントになるのが尻の毛の色だったと言うわけだ。

ステラ:ほう。

ハイド:尻の毛の色が同じであると分かってから、すぐに生物学的な分類が容易になったのだ。この話で分かることは……わたしたちは如何に差別を容易にできるかと言うことだ。

ステラ:……。

ハイド:わたしときみはちがう。

ステラ:当然だ。

ハイド:しかし共通点を見つけるとなると……これが重労働だ。

ステラ:区別をするほうが楽だからな。

ハイド:それでも他者を理解するなら、感覚を共有しなければならない。吸血鬼と人狼はちがう。それでも吸血鬼と人狼は生きている。寿命が長い。ふたりとも背が高い。贔屓の店を一緒にしている。

ステラ:ノロケ?

ハイド:他者を理解するには差別点を見つけるよりも共通点を見つけるほうが大切だと言うだけだ。

ステラ:……セイに会いたい。

 

 ステラが腕を枕にして、カウンターへ頭を沈める。

 

ハイド:ガラに聞いたことがある。わたしたちが友人ではないとしたら……別の関係に発展していたら?

ステラ:……なんと言った?

ハイド:不思議そうにしていた。

ステラ:鈍感なんだな。

ハイド:そうだな。あいつは……鈍感なところがある。種族的な問題で……肯定感が低いのだろう。きみはセイが好きなのか。

ステラ:好きだ。しかし半身と結婚するものではない。

ハイド:同感だ。

 

 ステラが眠りに落ちる。ベッドの上の猫のまどろみ。彼女のニセの突起が揺れる。

 キャットブーマ。流行の残骸。ステラは治療のためだとしても――どれだけの子供がそれを無意味に与えられたのだろうか?

 おかあさん。なんでわたしの頭にこんなものがついているの?

 それはね――それはね――そのころは胎児を改造するのが流行していたからなのよ!

 

ハイド:勝った。

 

 ハイドが不敵に笑う。

 

ジル:なんの勝負ですか。

ハイド:こう言うときは潰れたほうの負けなのだ。

 

 ハイドが立ちあがる。

 

ハイド:今夜の睡眠がたのしみだな。

ジル:吸血鬼も夜に寝るんですか?

ハイド:きみは迷信が好きだな。衛星砲で月もぶっこわされているんだ。月見もできないなら……太陽の光を浴びるしかないだろう。

 

 昔はヒトサライが子供を追っていた。

 今では子供がヒトサライを追っている。

 ヒトサライが金をせしめているからだ。

 グリッチ・シティの夜。

 まどろみのフチでけものたちは月をめざす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 セイが入店する。

 

セイ:ごめん……遅れた。

ジル:謝らないで。急に呼びだしたわけだし。

 

 セイがカウンターを見る。そこでステラが見事に潰れている。

 幸福なまどろみ。カルモトリンが脳を支配する。

 あとで死ぬほどの後悔をするとしても“誰もがそれを已められない”でいるのだ。

 

セイ:ステラ! 起きなさい!

ステラ:む~~ん……。

セイ:起きて!

ステラ:分かった……円周率の最後の数は……。

セイ:駄目そう……。

ジル:良いよ。わたしは面倒を見てもらうために呼んだようなものだし……今日は儲かったからね。

セイ:ごめんね……。

ジル:セイも飲んでいったら?

セイ:はあ……そうしようかな。

 

 セイがステラのとなりに座る。

 

セイ:ステラを反面教師にフロシーウォーターを。

ジル:フフ……了解。

 

【起きたときのステラがたのしみね】

 

 アデルハイドとブロンソンエキスとデルタパウダーとフラガナイトがカルモトリンを差別する。

 あの子の教室の机に花瓶を置け。もちろん花は彼岸花で。

 酒は人間を狂気に陥れる。しかしバーで酒を頼まないのはさらに狂気だ。

 

セイ:電話では吸血鬼が来たと言っていたね。

ジル:饒舌で厄介なウェディング・フォトグラファーが。

セイ:吸血鬼がウエディング・フォトグラファーとはね。

ジル:ステラを乗せるのが上手だったわ。

セイ:そうらしいね。少なくともステラが外で潰れているのは見たことがない。

ジル:わたしは知識人たちの酔言を聞かされたけど。

セイ:それも仕事でしょう?

ジル:そうだけどさ~~。

 

 それから大柄な客が入店する。特徴的なのは傷だらけの顔と腕。しかし表情に暴力の気配はない。どうにもチグハグな印象がある。

 

ガラ:横に座っても?

セイ:どうぞ。

ガラ:ありがとう

ジル:いらっしゃいませ。

ガラ:弱いやつを頼む。

 

【意外と酒に強くないのかな? 大柄なのに】

 

 アデルハイドとデルタパウダーとカルモトリンが血を噴きだす。

 ヴィーガンの吸血鬼がいるそうだ。なまの血液を禁じていて、人工の血液だけを飲むらしい。

 その意図するところはどんな種族も理解できないにちがいない。

 人狼のように吸血鬼としたしくても。

 

ジル:ブランディーニです。

ガラ:ありがとう。

 

 ガラがブランディーニを一口。微妙そうに表情筋を歪める。

 

ジル:口に合いませんでしたか?

ガラ:そう言うわけじゃない……再確認したんだ。おれは酒が得意ではないとな。

ジル:それなのにバーへ来たんですか?

ガラ:苦手なことに挑戦したいときもある。あんたはクラシックを聞くか?

ジル:それほど……。

ガラ:同僚にクラシックがきらいなのに毎年のようにクラシックに挑戦するやつがいるんだ。今年は好きになれるかもしれないってね。

ジル:変わってる。

ガラ:ちがいないが……姿勢は好きだ。好きになるための努力をすることが。

 

 そのとき急にセイが言う。

 

セイ:あなたは医療品の匂いがするね。

ガラ:そうか? おかしいな……この街に来てからは触れていないはずだ。

セイ:体に染みついてるのよ……そう言うの。医者なの?

ガラ:病院で事務をやっている。

セイ:わたしは……今は獣医の助手。母が獣医なの。

ガラ:へえ……意外だ……失礼かもしれないが。

セイ:あなたも言われるのに慣れてるんじゃない?

ガラ:きみも?

セイ:筋肉質だからね。

ガラ:おれが意外と思ったのは筋肉質だからじゃない。

セイ:そうなの?

ガラ:腕の筋肉があまりに実戦的だからだ。レスラーのように太くはないが……動くには最適だ。普通のトレーニングではそうはならない。

セイ:アスリートの可能性もある。

ガラ:それはない。

セイ:どうして?

ガラ:おれが入店したときに、わずかに睨みを効かせたな。

セイ:……。

ガラ:このガタイと傷だ。警戒するのはまちがったことじゃない。それでも警戒が早すぎる……まるで突入前の警官隊のような。

セイ:降参。

ガラ:思うにきみは軍属だ。あるいは元軍属だ。

セイ:そんなことに気がつくってことは……あなたも経験がありそうだね。

ガラ:うむ……以前は軍人だった。

セイ:……似てる? わたしたちって。

ガラ:かもしれない。

セイ:フフフフ……。

ガラ:バーテンダー。元軍属たちにパイルドライヴァーとスープレックスを頼む。

セイ:奢ってくれるの?

ガラ:おう。

ジル:任せてください。

 

【パイルドライヴァーとスープレックスです……パイルドライヴァーとスープレックスです……】

 

 ブロンソンエキスとフラガナイトとカルモトリンが技を決める。脳震盪が観客の声を忘れさせる。

 それぞれは気がつく。あんたはストロング・スタイルだったのだ。

 夢を見させてほしい。ジャイアントとアントニオが殴りあうことを。

 

ジル:パイルドライヴァーとスープレックスです。パイルドライヴァーとスープレックスです。

セイ:なんで二回?

ジル:パイルドライヴァーとスープレックスです。パイルドライヴァーとスープレックスです。

セイ:壊れちゃった……。

ガラ:いやな記憶でもあるのかもしれない。

セイ:う~~ん?

 

 ガラがパイルドライヴァーですを。セイがスープレックスですを口にする。

 ですですですです……。

 

ガラ:となりの御令嬢は連れか?

セイ:潰れちゃったらしくて。

ガラ:ほう。

ジル:妙な吸血鬼と大激論になっちゃって。

ガラ:…………。

ジル:どうしました。

ガラ:なんでもない。どこかで見かけたら、ぶっとばしてやろう。吸血鬼はヒョロヒョロの軟弱者ばかりだからな。

ジル:フフフフ……。

セイ:どうして軍人を辞めたの?

ガラ:……心的外傷が原因だ。

セイ:……トラウマ?

ガラ:何があったのかは聞かないでくれ。乗りこえはしたが、思いだしたくない。

セイ:……すごいね。

ガラ:何が?

セイ:乗りこえたことが。わたしにも似たようなことがあって……今も夢に見る。感情をコントロールできなくなるときがあるの。

ガラ:恥ずべきことじゃない……誰でもそうなんだ。おれも乗りこえるには年月が必要だった。

セイ:わたしにアドバイスできることはある? 克服の先輩に。

 

 ガラがステラを眺める。

 

ガラ:……友人を頼ることだ。

セイ:……。

ガラ:単に友人なだけでは駄目だ。心の底から……すべてをさらけだせるような……そんな友人が必要なんだ。

 

 吸血鬼の血飲衝動には月が密接に関係しているとされていた。満月が吸血鬼を狂わせるのだと。

 愚かな迷信と偏見だった。六十年代に協定が結ばれるまで、人狼はそんなことも知らなかったのだ。

 吸血鬼が言う。

 わたしたちはちがう。しかし、わたしたちは共通点がある。

 人狼が言う。

 おまえは月の引力を信じるか? 酒場で会ったことに意味のあることを。

 

ガラ:その御令嬢はそんな相手か?

セイ:大親友だよ。

ガラ:それなら大丈夫だ。恐怖を感じるときは……御令嬢に抱きしめてもらうと良い。ハグがストレスを軽減すると知っているか?

セイ:聞いたことはある。でも……こんな歳になってまで……。

ガラ:恥ずかしがらずにやってみると良い。

セイ:うん……そのうち提案する。

ジル:はあ~~。

セイ:どうしたの?

ジル:客がまともなのって……最高だね。

ステラ:セイ~~!

 

 そのときステラが起きあがる。まともではないほうの客が。

 

ジル:げっ。

ステラ:セイ~~! こんなところで何をしている~~?

セイ:この指は何本に見える?

ステラ:分からにゃい!

セイ:飲みすぎだね……これは。

ステラ:聞こえていたぞ~~。わたしは耳がよっつもあるんだからな。

セイ:キャットブーマの耳に機能はないでしょう。

ステラ:はい!

 

 ステラが急に両手を広げる。

 

セイ:……あの……何?

ステラ:ハグが欲しいのだろう?

セイ:公衆でやるのはちょっと……。

ステラ:喰らえ!

セイ:ワ、ワ。

 

 ステラがセイに抱きつく。ほどかれないほどに強く。

 ほどかれないほどに強く? セイのほうが何倍も力が強いのに?

 それはほどかれないほどに強いのではない。セイはそれをほどきたくないのだ。

 御令嬢が言う。

 わたしたちはちがう。しかし、わたしたちは共通点がある。

 獣医の助手が言う。

 あなたは月の引力を信じる? 公園で会ったことに意味のあることを。

 わたしたちは共通点がある。

 わたしはあなたを愛している。

 あなたはわたしを愛している。

 

ステラ:セイ~~。好き好き好き好き。

セイ:分かったから……ジル。

ジル:録画してるよ。

セイ:次の来店がたのしみね。

ジル:ふたりで来てね。

セイ:もちろん!

ガラ:友人のハグはどうだ?

セイ:たしかに……。

 

 セイが微笑する。

 

セイ:効くね、これは。

ガラ:だろう?

セイ:……ステラ。

ステラ:何~~?

セイ:……帰ろう。

ステラ:うん!

セイ:あなたもありがとう。

ガラ:がんばれよ。

 

 肩を貸しながら、セイが店を出る。

 肩を貸されながら、ステラが店を出る。

 

ガラ:……気分が良い。

ジル:わたしも……良いものですね。誰かの幸福と言うのは。

ガラ:この気分に合うやつを頼む。

ジル:もちろん。

 

【レノア。生きているよ。前を向いて】

 

 アデルハイドとフラガナイトとカルモトリンが結婚する。

 重婚が不幸だと誰が決めた?

 バーテンダーが言う。

 わたしたちはちがう。しかし、わたしたちは共通点がある。

 病人が言う。

 あなたは月の引力を信じる? 大学で会ったことに意味のあることを。

 わたしたちは共通点がある。

 わたしはあなたを愛していた。

 あなたはわたしを愛していた。

 

ジル:コバルトヴェルヴェットです。

ガラ:ふたりの青さに乾杯。

 

 ガラがコバルトヴェルヴェットを口にする。

 

ガラ:これをカラにしたら、帰ることにするよ。厄介な連れが待っているからな。

ジル:へえ?

ガラ:仕事が不満なのさ。しかし……。

 

 ガラがコバルトヴェルヴェットを眺める。

 青い。それはどこまでも青かった。

 

ガラ:あのふたりの幸福は……あいつの刺激になるかもしれないな。

ジル:ハグをしてもらえと言うのは……。

ガラ:うん?

ジル:実体験ですか?

ガラ:そんなところだ。

ジル:恋人?

ガラ:そんな言葉では表現できない。あまりに一緒になりすぎてしまった。

ジル:羨ましいです。そんなふうに相手を信頼するのは簡単なことじゃない。

ガラ:そうだな。しかし、そんなやつがひとりは必要だ。

ジル:分かります。

ガラ:じつを言うとそいつに聞かれたことがあるんだ……おれたちの関係が友人ではなかったら?

ジル:なんと返したんですか?

ガラ:スルーした。

ジル:え~~? ズル……。

ガラ:あいつはおれが含みに気がついていないと思ったようだが。

 

 ガラがコバルトヴェルヴェットを一気に飲む。

 

ガラ:あいつが信じているよりも、おれも鈍感ではないと言うことだ。

 

 

 

 

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