そのとき 皆は事務員でもなければ 看護師でもない
四時間のあいだ 皆は集団の一部になる
わたしは皆になり
皆がわたしになる
わたしは皆のために生きている
わたしは皆の助けになれると知っている
わたしは 暗い 夜空を 照らす 星
あなたを 悲しみから ときはなつ 光
あなたの 夢を 映す 北極星
オーダー・ミス
場所:シアトル(コーヒートーク)
人物:バリスタ(集合精神)
レイチェル(アイドル)
キラ☆ミキ(アイドロイド)
備考:アイドロイドって……なんなのだろう?
アルブレヒト・デューラーの“祈りの手”がなんの役に立つ。
ピアニストをしていたころに、妙な客を見たことがある。
静かな客だった。金がなかったのだろう。一杯のガットパンチで閉店まで曲を聴いていた。
ミシェール・キングストンは演奏のフチで考える。あの客がストーカーになりませんように。
演奏が終わる。店長が客の前の机を迷惑そうに拭いている。
ミシェールは見る。客は泣いていた。その手は祈るように組まれていた。
どうして客が泣いたのか。それは分からない。
客の悲劇に共鳴したのかもしれない。あるいはミシェールの演奏と感性が一致したのかもしれない。
ミシェールは分からなかった。何も分からなかったのである。
バリスタがカップを拭く。
外で雨が降っている。いつもそうであるように。
不意に窓の外を見る。猫背のサラリーマン。足の動きがふらついている、派手な格好の若者たち。裸も同然の風俗嬢。
雨が歩行者を追いたてる。
さらに走れと言うのか。すでにこんなにもくたびれているのに。
バリスタ:……今日は皆が現れないな。
常連たち。
人間。吸血鬼。人狼。エルフとサキュバス。オークと海棲人。
コーヒートークにいろいろな種族が現れては去ってゆく。
皆は考えたことがあるのだろうか? ぼくが皆に感謝していると。
外で雨が降っている。
孤独な宇宙を皆は知らない。手を取りあうには星々の距離が遠すぎる。
だから大切なのだ。暗闇を慰めるための一杯のコーヒーが。
それから戸のベルが鳴り、客がバリスタの前の座る。
バリスタ:いらっしゃいませ。
キラ☆ミキ:……。
客がバリスタを見ている。
キラ☆ミキ:……。
バリスタ:あの……なんでしょう。
キラ☆ミキ:わたしがキラと言ったら、あなたはミキと言って。
バリスタ:はい?
キラ☆ミキ:キラ!
バリスタ:え~~と……。
キラ☆ミキ:キラ!
バリスタ:……ミキ。
キラ☆ミキ:キラ!
バリスタ:ミキ。
キラ☆ミキ:キラ!
バリスタ:ミキ!
キラ☆ミキ:キラ!
バリスタ:ミキ!!
キラ☆ミキ:キラ!
バリスタ:ミキ!!!
キラ☆ミキ:キラ!
バリスタ:ミキ!!!!
キラ☆ミキ:ありがとう。充分よ。
その一言でバリスタが正気に戻る。
奇妙な混乱。脳をコントロールされてしまったような。
指導者がエフの揺らぎを口にする。胡乱な黄昏のピンク・ノイズ。
バリスタが頭を振る。
バリスタ:ぼくは何を……。
キラ☆ミキ:大丈夫……誰でもそうなるの。
バリスタ:なんでこんなことを?
キラ☆ミキ:演習ってところね。興味があったの……シアトルにわたしの技術が通用するか。
バリスタ:……結果はどうですか?
キラ☆ミキ:ゾクゾクする。自分の才能に。わたしこそが完璧で究極のアイドル。
キラ☆ミキが笑顔で言う。
キラ☆ミキ:ビールを貰えるかしら?
バリスタ:この店にアルコールは置いていないんです。
キラ☆ミキ:……夜だけど。
バリスタ:夜でもです。
キラ☆ミキ:変わってる。何があるの。
バリスタ:いろいろな茶を。
キラ☆ミキ:それなら……店のように変わったやつを貰おうかしら。
ブルーピーに沢山の生姜を。
生姜が星々のように浮くそれは、味も空の雷のように刺激的だ。
バリスタ:ブルーライトニングです。
キラ☆ミキ:……わたしをイメージしてくれたの?
バリスタ:はい。
キラ☆ミキ:ロマンチックなのね。
バリスタ:慣れていますから。
キラ☆ミキ:どんなジャンルでもプロの腕は好きよ。シンパシーを感じる。
バリスタ:……アイドルと言っていましたね。シアトルで活動を?
キラ☆ミキ:ちがう。でも……いつかはするつもり。
バリスタ:すると?
キラ☆ミキ:アメリカでコンサートをやりたいの。今回はシアトルへ視察に来た……ほかにもいくつかの都市を見るつもりだけど。
バリスタ:コンサートに視察が必要なんですか?
キラ☆ミキ:もちろん! 特に人間の傾向を知るのは大切なことよ。
バリスタ:はあ……それだと別の都市のほうが良いかもしれませんね。
キラ☆ミキ:どうして?
バリスタ:シアトルは年間の降水量が高い。
キラ☆ミキ:シアトルに来てから、太陽を見ていないわ。
バリスタ:そう……だから仮に外でコンサートをやるなら……いろいろと大変になってしまうかも。
キラ☆ミキ:なるほどね……う~~ん。
バリスタ:どうしました?
キラ☆ミキ:わたしは雨が好きじゃないの。単純に暗いし、気分もわるい……体の錆もいやだし。
バリスタ:分かります。
キラ☆ミキ:でも……シアトルの雨はきらいじゃないかもしれない。
バリスタ:どうして?
キラ☆ミキ:分からない……何かのインスピレーションかもしれないわ。新鮮なインスピレーション。わたしは星のようなアイドルになりたいと思う。でも……考えてみると必要なのかもしれない。雲の下にも北極星が。
そのとき猫が入店する。彼女はキラ☆ミキのとなりの席に座る。
バリスタ:いらっしゃい。
キラ☆ミキ:この店は猫も飲めるの?
バリスタ:常連なんです。
キラ☆ミキ:本当に変わってる。
猫がキラ☆ミキを穴ができるほどに眺めている。
キラ☆ミキ:どうしたの?
それから急に猫が姿を変える。ジャケットに“キャット・パワー”の文字を携えて。
今は未熟かもしれない。それでもいずれの完璧で究極のアイドル。
レイチェルがキラ☆ミキを穴ができるほどに眺めている。
レイチェル:……マジ~~? モノホン~~?
キラ☆ミキ:モノホンよ。
レイチェル:ビックリ!
キラ☆ミキ:わたしは猫が変身したことにビックリよ。最新の技術なの?
バリスタ:レイチェルは猫耳族で……。
レイチェル:それよりも!
レイチェルが興奮のあまりにバリスタを遮る。
レイチェル:なんでキラ☆ミキがいるの!
バリスタ:このアイドルさんを知っているのかな?
レイチェル:知らないの? グリッチ・シティで大人気のアイドルなんだよ!
バリスタ:ぼくは……ほら……ボーカルがないほうが好きだから。
レイチェル:新しいことに挑戦しないとフケるよ。
バリスタ:むぐ。
キラ☆ミキ:店長さん。
バリスタ:なんでしょう?
キラ☆ミキ:常連さんの専用のカップはある?
バリスタ:いや。
キラ☆ミキ:残念……サインを書こうと思ったのに。
レイチェル:書いてくれるの!?
キラ☆ミキ:もちろん!
レイチェル:店長さん!
バリスタ:はい。
バリスタが圧力に押される。
レイチェル:専用のカップをちょうだい! 有償でも良いから! それで……そこにミルクを!
バリスタ:落ちついて……かまわないから。
レイチェル:やった!
キラ☆ミキ:キラ!
レイチェル:ミキ!
バリスタ:……。
かまびすしい。しかし、いやな気分ではない。
シアトルの曇天をぶっとばしてくれるような賑やかさ。
キラ☆ミキがカップにサインを書く。そこにミルクとミルク。さらにミルク。
バリスタ:ミルクです。
レイチェル:ありがとう! ……大切に使うね。
キラ☆ミキ:どういたしまして。使ってもらえるのはうれしいね。
レイチェル:どうして?
キラ☆ミキ:そう言うのって……使わずに保管するようなファンがいるじゃない。
レイチェル:分かる~~。
キラ☆ミキ:でもね……わたしは使ってほしいと思う。何度も曲を聴くように、道具は使ってこそでしょう?
バリスタ:ぼくも分かるような気がする。おきにいりの特別な革の財布を持っていて……それが使うほどにくたびれる。でも……それがうれしい。
キラ☆ミキ:そう言うこと……わたしもミルクが飲みたいな。
バリスタ:かしこまりました。
キラ☆ミキ:キラ。
バリスタ:ミキ。
ミルクとミルク。さらにミルク。
バリスタ:ミルクです。
キラ☆ミキ:ありがとう……乾杯する?
レイチェル:うん!
ふたりは乾杯する。そしてミルクを飲む。
それからキラ☆ミキが口をひらく。
キラ☆ミキ:あなたもエンターテイナーなの?
レイチェル:うん……分かるの?
キラ☆ミキ:あなたは道具の話で“分かる”と言った。わたしと立場が近いと言うことでしょう? それにオーラがあるし。
レイチェル:オーラ……わたしが?
キラ☆ミキ:うん。
レイチェル:うれしい……あなたに言ってもらえるなんて。
キラ☆ミキ:どんな仕事?
レイチェル:……アイドル。
キラ☆ミキ:マジ?
レイチェル:マジで~~す。
レイチェルはからからと笑う。
キラ☆ミキ:すごい……こんな偶然があるなんて。
レイチェル:本当に!
バリスタ:シアトルでは有名人なんだ。それに着実に別の地域へ進出している。
レイチェル:牛歩だけどね。
バリスタ:カメはウサギに勝つ。
レイチェル:わたしは猫耳族だけど。
キラ☆ミキ:あなたは……。
レイチェル:レイチェル。
キラ☆ミキ:レイチェルはどんなアイドルになりたいの?
レイチェル:もちろん……みんなに元気を! と前は言っていたけど……。
キラ☆ミキ:今はちがう?
レイチェル:……前にアルバムを発表したの。これまでの方向性とちがうやつを。
キラ☆ミキ:アイドルの方向性とちがうやつ……静かなやつとか?
レイチェル:うん。だからウケはよくなかった。
キラ☆ミキ:それがやりたかったはず。だからやった。
レイチェル:うん。
キラ☆ミキ:理由は?
レイチェル:う~~ん。
レイチェルが目を逸らす。
レイチェル:いろいろと理由はあるけど……一番の理由がパパ……父親かな。
キラ☆ミキ:パパで良いのに。
レイチェル:コホン! 前に事件があって……。
バリスタ:二年前だね。
レイチェル:簡潔に言うと関係者にオテツキされそうになったわけ。でも……父親が助けてくれた。
レイチェルがミルクを眺める。その色はあまりに幼く、子供のように穢れがない。彼女が業界の暗闇を知らなかったころのように。
レイチェル:心境の変化なんだと思う。元気なアイドルでいるのも良い。でも……気がついたの……いつまでも無邪気でいられないんだって。
キラ☆ミキ:なるほど……音楽性が変わるには充分な事件だわ。
レイチェル:それに。
外で雨が降っている。いつもそうであるように。
レイチェル:思うに……シアトルには安心が必要だと思う。
キラ☆ミキ:……。
レイチェル:シアトルにはいろいろな種族が住んでいるの。
キラ☆ミキ:散策中にも思ったわ。グリッチ・シティでは考えられない。あれは本質的に人間の街だから。
レイチェル:それでもすべての種族の仲が良いわけじゃない。ほとんどのエルフは排他的だし……吸血鬼と人狼の軋轢が完全に解消されたわけじゃない。バンシーはいまだに偏見の目で見られている……リオナはあんなにも素敵なのに。
レイチェルは悲しそうに言う。
キラ☆ミキ:世界のどこかで誰々がいがみっている。
レイチェル:おかしいよ。だって……相手のことを何も知らない。それなのにいがみあうなんて。
キラ☆ミキ:レイチェルはそれを変えたいの?
レイチェル:そこまでは言わないよ、わたしは活動家ではないし。でも……思わない? 音楽で誰かを安心させて……すこしでも心に余裕を持たせてあげることができるなら? 誰かを結ぶことができるなら?
キラ☆ミキ:素敵な考え。
レイチェル:……意外とこの店の影響かも。
レイチェルがバリスタを見る。
バリスタ:この店が?
レイチェル:うん。
バリスタ:ありがとう。御世辞でもうれしいよ。
レイチェル:御世辞なんかじゃないよ。この店にはいろいろな種族がやってくる。人間に……吸血鬼に……人狼に……エルフに……サキュバスに。店長さん……すごいことなんだよ! この店でいろいろな種族が一緒に笑っていることは! そこにシアトルに必要な関係があるんだって……そんなふうに感じるの。
バリスタ:……これは。
バリスタが頬を掻く。
バリスタ:まいったね……どうも。
いろいろな種族が現れては去ってゆく。
この星の者が知るのはいつなのだろうか? 数万光年のかなたの宇宙を。
皆は知らない。宇宙には――途方もないことがある。
孤独な宇宙をぼくは知っている。星々のあいだで小惑星のようにさまようことを。
だから大切なのだ。暗闇を慰めるための一杯のコーヒーが。
バリスタ:若者には勝てないな。
レイチェル:フレイヤに言ってもらったほうがよかったかしら。
バリスタ:なんでフレイヤの名前が?
レイチェルがすくすくと笑う。
レイチェル:またまた。
キラ☆ミキ:……素敵。
キラ☆ミキがミルクを眺める。
キラ☆ミキ:あの街がそんな関係で満たされていたら……わたしもあなたのように笑えたのかしら。
雨が降っている。
そんなことを呟いているのに、それでもキラ☆ミキは笑顔でいる。
レイチェルの感性はキラ☆ミキのそれが演技であると察知する。
演技としての一種。キラ☆ミキは嘘の笑顔で言うのではない。彼女はその表情に慣れすぎているのだ。コンサートの最前列のファンでも分からないほどに。
キラ☆ミキ:知ってる? あの街がどんなところか。
レイチェル:治安がわるいってことくらいは……。
キラ☆ミキ:治安がわるいと言うのは正確じゃない。
バリスタ:どう言うことかな?
キラ☆ミキ:あの街に治安は存在しないから。だから良いもわるいもない。信じられる? 昨日の法律が次の日に変わってしまうのよ。
レイチェル:……そんなの滅茶苦茶だよ。
キラ☆ミキ:それでも実際にそんな街が存在する。そこでの生活は毎日がハードなの。給料は安く、物価は高い。給料日はカードを取られないようにビクビクと家に帰る。そこで街の人間が目にするのは? そこにあるのは……残りの仕事……借金の残高……それに持病……だから人間は安心を得るためにドラッグと酒をやる。すると金がなくなる。そして死にたくなる。それでも死にたくない。生きたくもない、どうしようもない。悪循環……毎日……同じことの繰りかえし。
レイチェル:……。
キラ☆ミキは笑顔でいる。
アルブレヒト・デューラーの“祈りの手”がなんの役に立つ。
ピアニストをしていたころに、妙な客を見たことがある。
静かな客だった。金がなかったのだろう。一杯のガットパンチで閉店まで曲を聴いていた。
ミシェールは演奏のフチで考える。あの客がストーカーになりませんように。
演奏が終わる。店長が客の前の机を迷惑そうに拭いている。
ミシェールは見る。客は泣いていた。その手は祈るように組まれていた。
どうして客が泣いたのか。それは分からない。
客の悲劇に共鳴したのかもしれない。あるいはミシェールの演奏と客の感性が一致したのかもしれない。
ミシェールは分からなかった。何も分からなかったのである。
それでもミシェールは“あの客がストーカーになりませんように”と祈ったことを心底に後悔した。
次の日の朝――電車の事故がニュースで報道されていた。昨日の夜に人間が線路に飛びこんだらしい。
自殺者の写真が乗っていた。
客だった。
キラ☆ミキ:ごめんなさい……雰囲気をわるくしちゃった。
キラ☆ミキは笑顔で言う。
キラ☆ミキ:普段は自分のことなんて、誰にも言ったりしないのに……どうしてかしら。
レイチェル:常連もそうなのよ。
レイチェルが微笑する。
レイチェル:この店にいると口が軽くなるの……安心する。自分を誰かにさらけだしても良いと思う。
キラ☆ミキ:有名人はこの店にこないほうが良いわね。
レイチェル:それはそう。アイドルは秘密の“ヤマ”だから。
キラ☆ミキ:勘弁してくれ……常連さんが何人もいなくなる。
レイチェル:わたしもハイドもルーカスも……ねえ。キラ☆ミキさん?
キラ☆ミキ:ミキで良いわ。
レイチェル:先を聞かせて。
キラ☆ミキ:先?
レイチェル:うん……いや。
レイチェルがバリスタを“ちら”と見る。彼は頷く。彼女は視線で“ありがとう”と言う。
店の雰囲気のためにシリアスを拒む。それをまちがいだと否定することはできない。
しかしバリスタはこうも考える。つまり一流の店はシリアスであることを許容する。
レイチェル:……ミキはどんなアイドルになりたいの。これまでも、これからも。
キラ☆ミキ:あら。わたしと同じこと聞くのね。
レイチェル:そのほうがフェアじゃない? わたしと同じで。
キラ☆ミキが黙りこむ。
雨の音が聞こえる。リズムを刻むように窓を打つ。それを世界の最期の雨のように感じる。
キラ☆ミキ:店長さん。
バリスタ:何かな?
キラ☆ミキ:最高の一杯が飲みたい。
バリスタは無言でいる。彼は単に頷く。
ブルーピーにミルクとハチミツを。
夜空のような茶に雲が溶けてゆく。都会の雨が労働者たちを殴る。今もシアトルに降るそれは、蜜のように甘くはない。
猫背のサラリーマン。足の動きがふらついている、派手な格好の若者たち。裸も同然の風俗嬢。
誰もがいずれは家に帰る。そして肩が濡れないことに安堵する。
疲れですぐに眠るまえに、最高の一杯を求めたい。
夏の夢のような一杯を。
バリスタ:ドリーミンブルーです。
キラ☆ミキ:……。
キラ☆ミキがドリーミンブルーを飲む。バリスタを見る。
その顔には相も変わらず――アイドルの笑顔が貼りついていた。
バリスタ:……最高の一杯ではなかったでしょうか。
キラ☆ミキ:おいしいとは思う。でも……これは……わたしの最高の一杯じゃない。ごめんなさい……曖昧な注文をしてしまって。
キラ☆ミキがレイチェルを横目で見る。
キラ☆ミキ:ごめんなさい。レイチェルには話をさせたのに。
レイチェル:良いの。
レイチェルは素直な表情――眉尻をさげて――雨に負けそうな声で言う。
キラ☆ミキ:考えてみると……わたしが自分の話をするのは、カルモトリンを摂取したとき。
バリスタ:カルモトリン?
キラ☆ミキ:合成のニセのアルコール。結局……あの街の暗闇がこんなにもきらいなのに、骨の髄まであの街の住人と言うことよ。
ドリーミンブルーを飲みほすとキラ☆ミキが店を去る。
バリスタは黙っている。レイチェルも黙っている。雨はいまだに降っている。
しばらくの沈黙のあと、バリスタが口をひらく。
バリスタ:申しわけない。
レイチェル:店長さんはわるくないよ。誰もわるくない。
バリスタ:自負があったんだ。
レイチェル:……。
バリスタ:ミキさんの口をかろやかにしてあげられると。選択肢を……まちがえてしまった。
レイチェル:ミキさんは……どんな考えでアイドルをやっているんだろう。
バリスタ:グリッチ・シティ。きびしいところだね。
レイチェル:わたしがそこでアイドルをやっているとしたら、ミキさんのように笑顔でいられるとは思えない。知ってる? アイドルの笑顔には特別なパワーがあるの。ファンを幸福にするようなパワーがね。
バリスタ:レイチェルさんの写真が魅力的な秘訣?
場をなごませるための冗談。レイチェルもそれを受けいれる。
レイチェル:そう言うこと。でも……それを維持するにはエネルギーが必要なの。四六時中もエンジンを稼働するようなエネルギーが……ファンはいつも期待してる。わたしたちがコンサートの外でも笑顔であることを。
バリスタ:そんなのつかれきってしまうよ。
レイチェル:つかれるよ。とても……でも……やらなければならない。それがアイドルであると言うことだから。
雨が降っている。
店の外でもキラ☆ミキは笑顔でいるだろう。ほかの街でも笑顔でいるだろう。
なんのためにアイドルをやるのか。その考えを戦士たちの楽園の、バーテンダーたちだけが知っている。
▶セーブ
ロード