なぜ失敗したか。
なぜ対話するべきだったか。
その理由を、対話形式で語っていく。

最初は、アリスを抹殺しようとした調月リオと一緒に考えてみる。


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調月リオの場合

 

 アドラーは軽快な足取りで部屋に入ると、リオの姿を目にとめた。

 彼女は窓際のソファに座り、どこか遠くを見つめるような表情を浮かべている。アドラーはニヤリと笑い、いつもの調子で声をかけた。

 

「やっほー、なんか凄い顔しているけど、何かあった? 何か悩みがあるなら話聞くよ?」

 

 リオはちらりとアドラーを見やり、すぐに視線を外した。彼女の声にはわずかな苛立ちが混じる。

 

「別に何でもないわ。貴方とは関係ない話よ」

 

 その言葉はそっけなく、だがどこか無理をしているようにも聞こえた。

 アドラーは肩をすくめ、気にする様子もなくソファの背もたれに手を置いた。

 

「ふぅん、そっか。ならいいや」

 

 と軽く流し、ふと思いついたように話題を変える。

 

「そういえば今日食べたいご飯とかある? せっかくだし、私が作るよ」

 

 彼女の目はいたずらっぽく光り、リオの反応を待った。リオは一瞬考え込み、指先でソファの布を軽く撫でた。

 

「唐揚げ……とか」

 

 彼女の声は小さく、続けて少し躊躇いがちに付け加える。

 

「でも迷惑じゃないかしら?」

「いいよ、いいよ。まぁ、作るまでに悩み事の内容は聞かせてよ」

 

 彼女はソファにどっかりと腰を下ろし、リオの隣に陣取る。

 

「有用なアドバイスや、解決策を教えることは出来ないだろうけどさ、人と話しているうちに頭の整理ができるのは知っているでしょう?」

 

 その口調は軽やかだが、どこか真剣味を帯びていた。リオは小さく息を吐き、窓の外に視線を戻した。彼女の唇に、ほんの一瞬、微かな笑みが浮かぶ。

 

「そうね。合理的だわ」

 

 その声は静かだったが、わずかに心がほぐれたような響きがあった。

 

 

 リオは部屋の片隅で窓の外を眺めていたが、その視線は遠く、何か重いものを抱えているようだった。アドラーはそんな彼女の様子に気付き、いつもの軽い調子でソファに腰を下ろす。だが、リオが口を開いた瞬間、部屋の空気が一変した。

 

「世界を滅ぼす存在が確認された」

 

 彼女の声は低く、冷たく響いた。

 アドラーは片眉を上げ、ソファの背もたれに肘を乗せた。

 

「へぇ、それは怖いね。でもここではそんなものたくさんあると思うけど?」

 

 その口調は軽妙だったが、目はリオの表情をじっと観察している。リオは小さく首を振った。彼女の指先は無意識にスカートの裾を握りしめていた。

 

「結果的に滅ぼすのではなく、滅ぼすのが目的なのが問題なの」

 

 彼女は一瞬言葉を切り、決意を固めるように息を吸った。

 

「それに対抗するために、私は要塞都市を建設したの」

「要塞都市……! 凄いね。流石はミレニアムセミナーの会長。それで?」

 

 彼女は身を乗り出し、リオの話に引き込まれている様子を見せた。リオの視線は床に落ち、声にわずかな苦さが混じる。

 

「準備は進んでいるけど、その世界を滅ぼす存在がミレニアムの生徒として紛れていた」

「それは怖いね」

 

 その言葉は軽いが、彼女の目はリオの次の言葉を待っていた。

 リオは静かに頷き、言葉を続けた。

 

「ええ、でも問題はその後でね。その個体……アリスを監視してヒマリと話し合ったのだけれど、ヒマリは脅威度は低いという結論を出した」

 

 彼女の声には苛立ちと焦りが滲んでいる。アドラーはソファに背を預け、腕を組んだ。

 

「リオは?」

 

 その質問は簡潔だったが、リオの心を見透かすような鋭さがあった。リオの目は鋭く光り、握りしめた拳に力がこもった。

 

「私は脅威度は高いと判断しているわ。だから抹殺するべく準備を進めているのだけど……」

「だけど?」

 

 アドラーは穏やかに促し、リオの言葉を引き出した。

 リオは深く息を吐き、目を閉じた。

 

「手が足りない。恐らくヒマリに加えてC&Cも敵に回るでしょう」

 

 彼女の言葉には重い覚悟が宿っていた。アドラーは片手で顎を撫で、興味深そうに尋ねた。

 

「何故、そう思ったの?」

「何故ならば、彼女達のパーソネルは秩序・善だからよ。適切な倫理観を持ち、人道的な行動を選ぶ」

 

 その声は冷たく、だがどこか寂しげだった。アドラーは小さく頷き、言葉をつなげた。

 

「だからアリスを破壊する選択肢には賛同してくれない、と」

「ええ」

 

 リオの答えは短く、断定的だった。彼女の表情には迷いがなかった。

アドラーは軽く首を振って微笑んだ。

 

「じゃあ、ほかにリオさんの味方はいるの?」

 

 リオの目が一瞬柔らかくなり、口元に微かな笑みが浮かんだ。

 

「いるわ。一人だけ。飛鳥馬トキ。彼女は私の行動を理解して、ついてきてくれる」

 

その声には信頼とわずかな安堵が混じっていた。アドラーはニヤリと笑い、指を鳴らした。

 

「それは大切にしないとね。」

 

 リオは小さく頷き、決意を新たにするように背筋を伸ばした。

 

「ええ、最大の装備を与えているわ。彼女が敗北すれば、私の負けと思ってもらっても構わないほとに」

「なるほど、それは重要だ。」

 

 リオは静かに言葉を続けた。

 

「そうなの。敵の戦力はゲーム開発部、エンジニア部、C&C、ヒマリ、そしてシャーレの先生」

 

 彼女の声は冷静だったが、言葉の端々に重圧が滲む。アドラーはソファから身を起こし、軽く手を叩いた。

 

「強いね。敗北は必至かと思うけど、どう思う?」

 

 リオは目を細め、窓の外に視線を投げた。

 

「ええ、敵は強くて大きいわ。しかし、だからといって戦わない理由にはならない」

 

 その言葉は静かだが、揺るぎない決意に満ちていた。アドラーは小さく頷き、穏やかに相槌を打った。

 リオは深く息を吸い、言葉に力を込めた。

 

「負けると思う。勝てないと思う。だけど、勝たなくちゃ世界が終わる。だから挑む。全てを尽くして」

 

 彼女の目は燃えるように輝き、その声は部屋に響いた。アドラーは一瞬リオを見つめ、柔らかな笑みを浮かべた。

 

「良いと思うよ、私も応援する。手伝おうか?」

 

 その提案は軽やかだが、心からのものだった。リオは首を振った。彼女の表情は固く、だがどこか優しかった。

 

「いいえ、貴方は見ていて。私は勝っても負けても殺人の罪を背負うことになる。そんな人間の仲間になんかさせられない」

 

 アドラーは肩をすくめ、軽く笑った。

 

「そっか。わかった。頑張って。私は、調月リオを応援している」

 

 彼女の声は明るく、だがどこか温かかった。リオは小さく微笑み、立ち上がった。

 

「ありがとう。じゃあ、もう行くわ。貴方の料理を食べれないのは残念だけど」

 

 彼女の声にはほんの少しの軽さが戻っていた。アドラーはソファに座ったまま、片手を振った。

 

「これが最後の会話?」

 

 リオはドアに向かって歩きながら、振り返らずに答えた。

 

「かもしれない。話を聞いているうちに考えが纏まったわ。話を聞いてくれて良かった。世話をかけるわね」

 

 その声は静かだが、確かな決意に満ちていた。アドラーは小さく笑い、気楽な調子で言った。

 

「いいよ」

 

 だが、彼女の目にはリオの背中を見送る一抹の寂しさが宿っていた。

 

 

 調月リオ、敗北。

 アリス、生存。

 

 

 リオはミレニアムサイエンススクールのセミナー室の窓際に立ち、ガラス越しに広がる学園の風景をじっと見つめていた。

 

 彼女の目は冷たく、しかしどこか疲れを帯びている。背後で、アドラーは机に腰掛け、軽やかな笑みを浮かべながらも、リオの重い空気を察していた。リオが口を開いた瞬間、部屋に静かな緊張が走った。

 

「私はなぜ、失敗したのかしら」

 

 その声は低く、悔恨と自問が混じっていた。アドラーは片眉を上げ、軽く首を傾げた。

 

「ああ、例の世界を滅ぼすアリスちゃん?」

 

 彼女の口調は軽やかだったが、目はリオの表情を鋭く観察している。

 リオは小さく頷き、窓から視線を外してアドラーの方へ体を向けた。

 

「破壊は失敗し、そして友情によって状況は打破された。世界を滅ぼす装置は、世界を守る守護者となった。全てが空回り」

 

 彼女の声には苛立ちと諦めが滲み、続けて鋭く問いかけた。

 

「で、それはそれとして、何故失敗したの?」

 

 アドラーは机から降り、腕を組んでゆっくりと歩み寄った。

 

「なるほど? じゃあ前提から確認していこう」

 

 彼女は一瞬考え込むように顎に手をやり、分析的な口調で続けた。

 

「リオはミレニアムサイエンススクールの会長として、学園全体の安全と秩序を最優先に考える責任がある」

 

 リオは短く頷き、目を細めた。

 

「そうね。」

 

その声は静かだが、確固たる責任感が宿っていた。アドラーはリオの目の前で立ち止まり、指を一本立てた。

 

「アリスは世界を滅ぼす可能性が指摘されている。リオはこの情報を基に、潜在的危険を排除する判断を下した」

 

 リオの視線は鋭く、迷いなく答えた。

 

「その通り」

 

 彼女の手は無意識にスカートの裾を握りしめていた。アドラーは軽く頷き、言葉を続けた。

 

「そして、リオは他者の意見を十分に取り入れず、単独でアリス抹殺を計画・実行した……それはなぜ?」

 

 彼女の目はリオの心の奥を探るように穏やかだった。

 リオは一瞬目を閉じ、静かに息を吐いた。

 

「私の合理的かつ冷徹な性格と、責任感の強さに起因するわ」

 

 その言葉は自嘲を帯び、彼女の声には微かな苦さが混じっていた。アドラーは小さく微笑み、机に手を置いて身を預けた。

 

「そうだね。では正当性のポイントを考えていこう。責任感と予防原則。リオは世界滅亡のリスクを未然に防ぐため、確率が低くても最悪のシナリオを回避しようとした。これはリーダーとして合理的な判断の一面だね」

 

 リオの口元に微かな笑みが浮かんだ。

 

「間違いないわ」

 

 だが、その目はまだ答えを求めているようだった。

 アドラーは指を二本立て、話を進めた。

 

「情報に基づく行動。アリスの技術的危険性は客観的な脅威であり、リオの行動はデータ駆動型のリスク管理に基づいている」

 

 リオは小さく頷き、だがすぐに眉を寄せた。

 

「ええ。なのに何故、誰も彼もが敵となったの?」

 

 彼女の声には苛立ちと困惑が滲み、拳がわずかに震えた。アドラーは一瞬リオを見つめ、静かに答えた。

 

「一つ目は人間性の無視。アリスが人間らしい感情や絆を持つことを軽視。彼女の『危険性』だけに焦点を当て、倫理的配慮が欠如していた」

 

 その言葉は穏やかだが、リオの心に突き刺さるようだった。

 リオの目がわずかに揺れ、唇を噛んだ。

 

「ヒマリの可能性に焦点を当てた考えを浅いと思ったように、私もそうなっていたわけね」

 

 彼女の声は静かで、自己反省の色が濃かった。

 アドラーは頷き、続けた。

 

「二つ目。周囲の意見を無視し、対話を拒否。結果、誤った前提や不完全な情報に基づくリスクを増大させた。結果の不均衡なアリスを排除する計画は、彼女の友人や学園全体の信頼を損ない、かえって混乱を招いた」

 

 リオは目を伏せ、静かに頷いた。

 

「確かに。しかし滅びこそ避けなければならない」

 

 その言葉にはなおも揺るぎない信念が宿っていた。

 アドラーは軽く首を振って話を進めた。

 

「功利主義的視点。リオの行動は『最大多数の安全』を目指したが、アリスの人間性や周囲の感情を無視したため、結果的に学園全体の幸福を損なった」

 

 リオは無言で、ただじっと床を見つめた。彼女の表情には重い沈黙が広がった。

 アドラーはさらに続けた。

 

「義務論的視点。リオは『責任を果たす義務』を優先したが、対話や透明性を欠いたため、倫理的正統性を欠く」

 

 リオはなおも黙り込み、唇を固く結んだ。彼女の目は複雑な感情で揺れていた。

 アドラーは穏やかに締めくくった。

 

「関係性の視点。アリスの友人や先生との信頼関係を無視したことで、リーダーとしての正当性が揺らいだ。それらが原因」

 

 リオはゆっくりと顔を上げ、アドラーの目を見つめた。

 

「なら、私はどうすれば?」

 

 その声は静かだが、切実な問いかけだった。アドラーは微笑み、机の上に置かれたノートを手に取った。

 

「リオがより良い判断を下すための改善案を考えるとするなら、対話と透明性。アリスの危険性について、先生やセミナー、他の生徒と情報を共有し、合議制で対応を検討。独断を避け、信頼を維持するべきだった」

 

 彼女の声は穏やかだが、確信に満ちていた。リオは小さく頷き、考え込むように顎に手をやった。

 

「アリスの行動観察期間を設け、暴走リスクを評価しつつ、彼女の人間性を考慮するべきと?」

 

 アドラーは指を鳴らし、笑みを浮かべた。

 

「そうだね。アリスの感情や絆を評価し、『危険性』だけでなく『可能性』も考慮。例えばアリスを監視・支援する体制を構築し、暴走リスクを管理するとか」

 

 リオの目がわずかに輝き、声に力が戻った。

 

「リスク管理の多層化も必要ね」

 

 アドラーは頷き、言葉を重ねた。

 

「抹殺以外の選択肢があればもっと良い。無力化、外部専門家の介入を模索。極端な手段を避け、柔軟な対応が出来れば良かった」

 

 リオは一瞬考え込み、静かに呟いた。

 

「私自身の意図や不安を正直に伝え、周囲の協力を得る。『世界を守るため』と説明しつつ、協力を求める姿勢を示す」

 

 アドラーはノートをリオに差し出し、軽く笑った。

 

「結論。リオさんの判断は、リーダーとしての責任感と合理性に基づくが、独断と人間性の軽視により正当性が損なわれた。対話、透明性、倫理的配慮を重視し、抹殺以外の選択肢を模索することで、より良い結果が得られた可能性が高い。リオの行動は『正しかったかもしれないが、最善ではなかった』と言えるね。はいこれ、レポート」

 

 リオはノートを受け取り、ページをめくる手が一瞬止まった。彼女の唇に微かな笑みが浮かび、静かに言った。

 

「ありがとう」

 

 その声は小さく、だが心からのものだった。窓の外では、学園の喧騒が遠く聞こえ、彼女の新たな一歩を待っているようだった。

 

【要点整理】

リオの行動と背景:調月リオはミレニアムサイエンススクールの会長として、学園の安全と秩序を最優先に考える。

 

「アリス」という存在が世界を滅ぼす脅威と判断し、要塞都市の建設や抹殺計画を独断で進める。

 

ヒマリやC&Cなど、他の人間はアリスの人間性や可能性を重視し、リオの計画に反対。

 

リオは飛鳥馬トキを唯一の味方とし、全力で戦うが、結果的に失敗。アリスは「友情」によって生徒となり、リオの計画は空回りに終わる。

 

 

 

失敗の原因:人間性の軽視: アリスの感情や絆を無視し、危険性だけに焦点を当てた。

 

独断と対話の欠如:他の意見(特にヒマリや先生)を無視し、単独で行動したことで信頼を失った。

 

倫理的配慮の欠如::抹殺という極端な手段を選び、功利主義的・義務論的視点からも正当性が揺らいだ。

 

不完全な情報: アリスの可能性や周囲の関係性を考慮せず、誤った前提で動いた。

 

 

 

【改善案】

対話と透明性: 情報を共有し、合議制で対応を検討。

 

観察と評価: アリスの行動を監視しつつ、暴走リスクと人間性を両立させる。

 

多層的なリスク管理: 抹殺以外の選択肢(無力化、外部介入)を模索。

 

信頼の構築: 意図や不安を正直に伝え、協力を求める。

 

【分析】

リオの行動は、合理的かつ責任感に基づくものの、独断と人間性の軽視により失敗に終わりました。彼女のリーダーシップはデータ駆動型で予防原則を重視しましたが、対話不足と極端な手段の選択が信頼の喪失を招き、学園全体の幸福を損なったと言えます。功利主義的には「最大多数の安全」を目指しましたが、倫理的正統性と関係性の無視が逆効果に。義務論的にも、責任を果たす義務を優先したものの、透明性の欠如が正当性を欠く結果に繋がりました。

 

【結論】

リオの判断は「正しかったかもしれないが、最善ではなかった」。

対話、倫理的配慮、柔軟な対応があれば、より良い結果が得られた可能性が高いです。

 

 

リオはミレニアムサイエンススクールのセミナー室の長机に座り、窓から差し込む夕陽をじっと見つめていた。

 

 彼女の目は鋭く、だがどこか混乱と苛立ちが混じっている。アドラーは部屋の反対側で、椅子にゆったりと背を預け、リオの硬い表情を観察していた。リオが口を開くと、声には抑えきれない疑問が滲んだ。

 

「……良くわからないわ。何故、合理的な行動しない方が、良くなる場合があるの?」

 

 アドラーは軽く首を傾げ、口元に微かな笑みを浮かべた。

 

「人間は感情の優先をするからね」

 

 彼女は椅子の背もたれに手をかけ、ゆっくりと立ち上がった。

 

「人間は感情的な存在であり、論理よりも感情が意思決定に影響を与えることが多い」

 

 その声は穏やかだが、分析的な響きがあった。リオは眉を寄せ、机の端を指で軽く叩いた。

 

「そんなの非合理だわ。無意味よ」

 

 彼女の声は鋭く、まるで感情そのものを否定するかのようだった。

 アドラーはリオの近くまで歩み寄り、机に手を置いて身を乗り出した。

 

「リオはそうかもしれない。だけど他の凡夫はそう思わない」

 

 彼女の目はリオの苛立ちを捉えつつ、軽く笑って続けた。

 

「『アリス抹殺』という正論は、世界を守るための合理的な選択だった」

 

 リオは小さく頷き、目を細めた。

 

「その通りよ」

 

 その言葉には確信があったが、どこか苦い響きが混じっていた。

 アドラーは指を一本立て、話を進めた。

 

「アリスと絆を築いたヒマリや先生にとって、彼女は『友人』や『仲間』だった」

 

 彼女の声は柔らかく、だがリオに考えを促すような力強さがあった。

 リオは一瞬目を閉じ、顎に手をやった。

 

「心理学的に感情的結びつき……愛着、信頼というものかしら」

 

 彼女の声は静かで、まるで自分に言い聞かせるようだった。

 アドラーは頷き、机の端に腰を下ろした。

 

「そう。それらは、冷徹なデータやリスク評価を上回る。アリスの人間性を無視したリオの提案は、感情的な反発を引き起こし、『非人道的』と受け取られた」

 

 彼女は一瞬言葉を切り、リオの反応を見た。

 

「他には確認バイアスと集団思考もある」

 

 リオの目が鋭く光り、姿勢を正した。

 

「人は自分の信念や価値観に合わない情報を拒絶するバイアスの話ね」

 

 彼女は一息つき、考えを整理するように続けた。

 

「特にヒマリやC&Cは、アリスの『可能性』や『善性』を信じる立場にあったから、私の『危険性』に基づく正論を否定した?」

 

 アドラーは指を鳴らし、軽く笑った。

 

「そうかも。集団思考により、先生やC&Cはアリスを守ることが学園の秩序や倫理に合致すると感じ、リオの孤立を深めた。リオの正論は、彼らの既存の信念と衝突し、受け入れられなかった」

 

 彼女の声は穏やかだが、分析の鋭さが際立っていた。

 リオは机から立ち上がり、窓際に歩み寄った。

 

「なら、どうすれば」

 

 その声は静かだが、切実な問いかけだった。彼女の手は無意識に窓枠を握りしめていた。

 

 アドラーはリオの背中を見つめ、落ち着いた口調で答えた。

 

「人間は、発言者の信頼性や関係性に基づいて情報を評価する性質がある」

 

 リオは振り返り、片眉を上げた。

 

「信頼性ヒューリスティクスね」

 

 彼女の声にはわずかな皮肉が混じっていたが、興味が滲んでいた。

 アドラーは頷き、ゆっくりと歩きながら話を続けた。

 

「リオが独断で計画を進め、ヒマリや先生との対話を拒否したことで、リオの正論は『傲慢』や『冷酷』と映った。心理学的には、対話の欠如は他者の共感や協力を得る機会を失わせ、抵抗感を増大させる。リオが意図や不安を共有していれば、信頼が築かれ、正論も受け入れられやすかっただろうね」

 

 リオは小さく息を吐き、窓の外に視線を戻した。

 

「なるほど」

 

 その声は静かで、ようやく何かを納得したような響きがあった。

 アドラーは机に戻り、軽く手を叩いて話を進めた。

 

「あとは各自の倫理観に基づいて行動を判断する傾向がある。C&Cや先生は『秩序・善』を重んじ、アリスの抹殺を非倫理的とみなした。リオの功利主義的正論(『最大多数の安全』)は、義務論的視点(『個人の尊厳を尊重する義務』)や関係性の倫理(『絆を大切にする』)と対立した」

 

 彼女は一瞬リオを見やり、続けた。

 

「心理学的には、価値観の不一致は正論を『正しくない』と感じさせ、拒絶を招く。リオの提案は、倫理的正統性を欠いたと見なされた」

 

 リオはゆっくりと振り返り、アドラーの目を見つめた。

 

「論理的に正しくても、そう思ってもらえなかった原因は、私自身にあったのね」

 

 その声は静かだが、深い自省が込められていた。彼女の表情には、ほんの一瞬、疲れと後悔が浮かんだ。

 

 アドラーは軽く頷き、話を続けた。

 

「リスク回避と現状維持バイアスもある。人間は不確実な結果を避け、現状維持に陥りがちだからね。アリスの危険性は可能性の話であり、即時的な脅威ではなかった」

 

 リオは眉を寄せ、鋭く反論した。

 

「……けどそれはいつ爆発するか分からない爆弾を抱え込むことになるわ」

 

 彼女の声には苛立ちが戻り、拳がわずかに震えた。アドラーは穏やかに手を挙げ、落ち着かせるように言った。

 

「ヒマリや先生は、『アリスを監視しつつ現状を維持する』方がリスクが低いと判断した。リオさんの正論は『極端な行動(抹殺)』を求めるもので、心理的に抵抗感を強めた。人は変化に対する不安から、合理的な提案でも拒否することがある……といった感じかな」

 

 彼女は一息つき、リオの顔をじっと見た。

 

「リオさんはこれを聞いてどう思う?」

 

 リオはしばらく無言で窓の外を見つめ、夕陽に照らされた学園の風景に目を細めた。彼女の唇に微かな笑みが浮かび、静かに呟いた。

 

「考えさせて」

 

 その声は小さく、だが新たな一歩を踏み出す決意が宿っているようだった。部屋には静寂が広がり、遠くで学園の喧騒がかすかに聞こえていた。

 

 

 私は間違っていたわけではない。データは明確だった。

 アリスの『世界を滅ぼす可能性』は、ミレニアムサイエンススクールの会長として看過できない脅威だった。予防原則に従い、抹殺を選択したのは、合理的で責任ある判断だったはずだ。なのに、なぜ全てが空回りした? なぜ、ヒマリもC&Cも、先生すらも私の正論を拒み、アリスを守ったのか?

 

 彼らの心理を分析すれば、答えは見える。感情、信頼、倫理、物語――私が軽視した要素が、彼らの心を動かしていた。

 

 アリスの「人間性」を信じるヒマリの眼差し、先生の「絆」を優先する姿勢、C&Cの「善」を貫く行動。それらは非合理的だと切り捨てたが、結果的に彼らが正しかった。アリスは破壊者ではなく、守護者となった。私の計算は完璧だったのに、なぜ外れた?

 

 初めて、合理性の限界を感じる。データや確率は真実を映すが、人間の心はそれだけでは動かない。

 

 ヒマリが私に語った「可能性」、先生が示した「希望」、トキが黙って従ってくれた「信頼」。それらが、私の孤立を防ぐ鍵だったのかもしれない。私は独断で進み、対話を拒み、信頼を失った。私の正論は正しかったが、受け入れられる土壌を用意していなかったのだ。

 

 心のどこかで、苛立ちが疼く。感情や絆に振り回されるのは非効率だ。だが、認めざるを得ない――学園は、ミレニアムは、人々の心で成り立っている。私の責任は、データだけでなく、彼らの信頼を統べることにもある。もし、ヒマリと情報を共有し、先生に意図を伝え、C&Cに協力を求めていたら? もし、アリスの「可能性」を観察し、抹殺以外の道を模索していたら? 結果は変わっていたかもしれない。

 

 

「いい顔になったね。次は上手くやれるんじゃない?」

「そうね。相談に乗ってくれてありがとう。アドラーさん」

「いいよ。友達だからね」

 

 


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