不可能男との約束   作:悪役

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あらゆる負傷も嫌悪もどうでもいい

何故なら、我が渇望こそ邪神の理

無間地獄の疾走なれば(配点:立ち上がるとは)


暴風神

 

戦場に置いて沈黙の華が咲いた。

 

 

無論、沈黙をしたのは六護式仏蘭西ではなく主に武蔵勢であった。

 

 

 

 

武蔵副長、熱田・シュウ

 

 

 

一時期はそれこそ副長である事すら疑われていたが、今は違う。

事、戦闘に置いては言葉でも態度でも出さずとも、無意識に信頼を置いていた存在が今、六護式仏蘭西の副長である人狼女王の一撃を貰い、そして立ち上がって来ない。

世界が注目する状態で、武蔵の面々ですら息を呑む状況で、世界でただ一人、この状況を期待し、笑う少女がいた。

 

 

 

 

「さぁ──────ここが真価の見せ所じゃぞ、熱田・シュウ」

 

 

天から見下ろすような笑みと声が驚愕と先を読む沈黙の中で響く。

声を発する少女の姿をした長寿族の名は源・義経。

現状の世界において、最も生きて、戦い抜いた命である少女は表示枠越しに霧と煙が広がる場所を見る。

そこからは未だ剣神である少年の姿は出てこない。

そもそも、この表示枠は見るだけであり、声が届く事は無いのだが、義経はそんな事など知った事ではない、と言わんばかりに告げる。

 

 

 

 

「敗北に直面した時こそが熱田の姓を持つ者の真骨頂──────下らぬ逃げ傷など得ようものならば、そのそっ首、うっかり叩き落としかねんぞ?」

 

 

 

酷く理不尽な事を告げる少女の事に虚偽は一切含まれていない。

あくまで少女は本気で、"この程度の一撃で膝を付くようならば殺すか"と思っている。

あの一撃を、世界最強の一角にある人狼女王が持つに相応しい、神格武装の銀十字の一撃を、あくまでその程度と判断し、こき下ろしているのだ。

無論、義経は銀十字の一撃がどれ程、凶悪であるかをはっきりと理解している。

具体的には儂が諸に受けたら上半身が綺麗に吹っ飛ぶかのう? まぁ、儂に当てる事など不可能じゃが、というレベルで見ている。

 

 

 

 

その上で(・・・・)

 

 

 

世界の王を自負する女は受けた少年を例外とする。

何故なら、少年は熱田という姓を担っているから。

何故なら、少年は最強という夢を追って、疾走しているから。

何故なら、少年はかつて──────自分が友として扱った女の血を受け継ぐ者だから。

故に妥協は許さないし、許せない。

だから、期待を押し付ける。

例え、少年の肉体が酷い疲労と責任感で押しつぶされる寸前であったとしても、その心臓が、思考が生きている限り、止まらぬ無間地獄だというのを知っているから。

だから、無責任に、少女は期待と理不尽を押し付けた。

 

 

 

 

「さぁ──────今こそ疾走する時じゃ」

 

 

 

 

 

人狼女王は己が成した事を見て、微笑を一切陰らさないまま、煙の先を見つめた。

 

 

 

 

「呆気ないですわね。かつての貴方はもっと素敵でしたわ」

 

 

 

届くはずのない挑発を、しかし無駄とは思わずに投げかけた。

銀十字の一撃を前に、少年は避ける事が出来ない事を悟りながら、取った行動を見届けたからだ。

取った行動は酷く単純。

 

 

 

握った刃を持って、銀十字の一撃を迎撃したのだ。

 

 

 

本質的には本多・二代の蜻蛉切の割断攻撃を割ったのと同じ行為だ。

神格、大罪武装同士であるならば互いの攻撃に干渉は可能だ。

ただ、こちらの攻撃は蜻蛉切のような美しい一閃ではなく、打撃型だ。

斬るにしても、受け流すにしても、タイミング、姿勢、相性の問題で捌ききれなかったが故に吹っ飛んだのだ。

致命傷は避けたが、先程のなんたら天のチンピラにやられた一撃も含めて、肋骨が追加で折れ、内臓が追加でぐっちゃぐちゃって所ですわね、と笑う。

人間ならば普通に超重傷。

動く事はおろか、戦う事すら以ての外の傷であろう。

だけど

 

 

 

 

「8年前の貴方は、それ以上の攻撃を受けても立ち上がりましたのよ?」

 

 

 

頭蓋に人狼女王である私の一撃を受けて、貴方は血塗れになりながら立ち上がったのだ。

防御するどころか、受け身すら取る事も出来なかった技能と体で、しかし意地だけで立ち上がったのだ。

 

 

 

 

 

俺に勝ったと思うなよ(・・・・・・・・・・)、と

 

 

 

その美しさを忘れる程、年は取っていない。

いや、私はまだまだ現役ですけどね! そう! 現役ですの!!

まぁ、それは当然として

 

 

 

 

「そこまで錆びついてしまったんですの?」

 

 

 

この8年で、少年が柵だったり、過労だったり、重責で縛り、重みを追加していく日々ではあったのだろう。

少年程の力と、性格ならば想像する事は難しくない。

 

 

 

人間の世界というのはそういうモノであり──────そこに混じるには少年は余りに純粋だったから。

 

 

 

勿論、それに同情する程、堕ちてはいない。

故に己が発する声は敵としての言葉。

決して、助ける言葉でも無ければ、支える言葉でもない。

だから、今から行う言葉は挑発であり──────8年前の礼であり、期待であった。

 

 

 

 

「哀れですわね──────それでは、誰も守れませんのよ?」

 

 

 

 

 

──────瞬間、空気がざわついた。

 

 

 

 

比喩ではない。

人狼としての鋭敏な感覚が大気が揺れるのを感じ取った。

否、私だけではなく、周りの人間ですら感じ取ったのか。

先程までの沈黙が動揺と先行き不明によるものだったなら、今の沈黙は何かが起こりつつあるのを感じ取る、不安の沈黙であった。

 

 

 

「あらあら…………」

 

 

 

たった一言で、ここまで世界を変えるとは。

どうやら相当溜まっていたらしい。

話を聞く限り10年間も我慢していたのだ。

自分なら一日で暴走して、多分、夫を押し倒して一か月ぐらい家から出てこないだろう。

一度それをしようとしてやってしまったから間違いない。

あの時の輝元の釘バットが太陽王の股間にめり込む様をスローモーションで笑いながら、見ていたから間違いない。

それにしても、あの二人は私達夫婦のセックス事情を聴いて、どうして股間に釘バットをめり込ませる事態になったのだろうか?

でも、太陽王も楽しんでいたし、別にいいのだろう。股間は知らないが。夫のではありませんし。

まぁ、それを他人に当てはめるわけではないが…………

 

 

 

 

「これで、貸し借り0ですわね」

 

 

 

私の鬱憤を止めた少年への義理をこれで晴らすとしよう。

 

 

 

 

 

「10年分の錆落とし…………付き合いますわ──────遅かったら置いていきますが」

 

 

 

人狼女王の瞳は霧と煙の向こうを見通している。

金の獣眼はそこに巨大なモノ(・・・・・)が出現しようとしているのを捉えている。

剣神である少年なのだ。

ならば、そこに発現しようとしているモノの正体は容易く察する事が出来る。

 

 

 

 

 

ここはもう暴風圏内(・・・・)だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

煙と霧に包まれた世界で、熱田・シュウは立っていた。

夢の世界に落ちている、とかそういうわけではなく、少年は現実で、立っていた。

銀十字の一撃を受けて、肉体が破壊された少年は──────それでも膝を付ける事だけは拒絶して、折れそうになる膝と血を吐きそうになる自分を■す程に■んで倒れる事を病的に拒絶した結果だ。

しかし、その後、少年は顔を伏せたまま動く事は無かった。

傍から見れば、立つ事のみに専念して気絶したのか、と思うような姿勢に、当然、誰もいないから反応が無い──────というのはおかしい(・・・・)

 

 

 

 

 

周りに人はいなくても、表示枠などを使えれば何時でも会話できる距離であるというのに、少年の周りには一切、表示枠が立たない。

 

 

 

 

少年には知らない事だが…………彼の周りの人間は治癒であったり、意識の確認をする為に連絡を行っているのだが、今は一切、それが少年には届かなくなっている。

少年が非通知拒否の設定にしてるからではない以上──────当然、それを妨害する存在がいるからだ。

 

 

 

 

 

「随分とだらしない最強だな」

 

 

 

前提を語るのならば、少年の周囲には人はいない(・・・・・)

一番近い人間がいるとすれば、やはり人狼女王だろうが、人狼女王は少年を攻撃した地点から移動もしていない。

言葉を飛ばしたりはしていたが、少年の鋭敏な聴覚だから届いたが、ここまで近く、はっきりとした声を届ける程、大声でも無ければ近い距離ではない。

繰り返すが、少年の周りには人はいない。

 

 

 

 

 

少年の前に逆さまで浮かんで、佇んでいるのは、人ではなく神なのだから──────

 

 

 

神の姿は見た目は、熱田・シュウを少し大人のようにしたような形をしており、親にも見えれば、兄にも見えるような顔と体付きをしているが…………その存在感は人間を超越していた。

神気を帯びた体と視線を、半透明の形で世界に顕現した神は、状況も状態も、一切考えることなく、シュウを侮辱した。

 

 

 

 

「何て無様だ。あんだけ佐々・成政とかいうチンピラに豪語したかと思えば、舌の根の乾かぬ内に有言実行できねえ馬鹿になるたぁ、驚き桃の木山椒の木って奴だぁよ。おめでとう。お前は今、世界で最高の口先だけの男になったわけだ」

 

 

 

全ての言葉が熱田・シュウを間違いなく百回程切れさせるに相応しい言葉なのに、俯く少年は一切反応しない。

まるで、石造のように不動の少年に、構わずに神は告げる。

 

 

 

 

「まぁ、でも仕方がないかもな? 相手は人狼女王だし。事、種族を問うなら間違いなく最高最強の存在だろうな。あくまで格を問うなら、そりゃ剣神であっても、人間でしかねえテメェじゃあ、勝てねえよなぁ、抗えねえよなぁ、しょうがないよなぁ?」

 

 

 

ケタケタと笑う神の姿に、しかしやはり少年は何の反応も返さない。

その少年の態度に何を思ったのか、笑い声を不意に止め──────しかし、三日月に歪めた口をそのままに、ゆっくりと手を差し出す。

 

 

 

 

 

 

「ならば──────力をやろうか?」

 

 

 

酷くあっさりと妄言を吐く。

100人が100人、これを聞いたのならば悪魔の戯言と言い返しただろう。

契約ではなく戯言。

何せ、営業にしても余りにも直接的な言葉だ。

誰もが惹かれるが故に、そんな事が簡単に出来るのならば苦労しないし──────その代償がどうなるかなんて一々考えるまでもない。

そんなここにネシンバラがいたら

 

 

 

 

「ここで闇の力との契約か…………!! 僕の真の闇に惹かれたな…………!!?」

 

 

 

などと叫んでいただろうが、当然、熱田は何も言わない。

ただ、俯くだけだ。

神もそんな熱田に構わず、手を差し伸べ、言葉を連ねる。

 

 

 

 

 

「勿論、そんじょそこらのちゃちな力は渡さねえよ──────正真正銘、極東における最大最高にして、超嫌われ者の力をくれてやるよ──────たかだか獣の女王なんてかるーーく切り刻ませてやるよ」

 

 

 

 

先程、世界最強の一角と囀った口で、人狼女王をたかだか獣の女王と嘲るのだから、どの口が言うのか、と言われてもおかしくない、酔った言葉にしか取れないのに…………その言葉には強制的に納得させる言霊が宿っていた。

どこを取っても妄言であるはずなのに、喋る本人が一切、その事を疑っていない為に、まるで正しい言葉を吐いたかのような言葉。

それは世界征服を謳った馬鹿のようでもあり──────最強を願った少年にも通じる口調であった。

違う所があるとすれば年季と言うべきか。

少年二人の言葉は、多分に願望…………というよりなるんだよ、という自分に対して刻むように告げる言葉であるのに対して、神の言葉はそんな不確かさも不定形さもなく、ただ事実のみを語っているという口調だ。

 

 

 

 

この神は嘘偽りなく────────俺こそが最強だという自負を告げているのだ。

 

 

 

「……………………」

 

 

そんな言葉を聞いて────────熱田は遂に手を動かした。

伸ばされた手を掴むように少しずつ手を伸ばし始めたのだ。

 

 

 

神が笑う。

 

 

遂に心揺れ動かしたか、と。

 

 

 

神が嗤う。

 

 

 

遂に心が揺れてしまったか、と。

 

 

 

 

同じようでいて矛盾する感慨を抱きながら、しかし神は伸ばした手を戻さない。

ただ、少年が伸ばす手を見守りながら、権能を動かし

 

 

 

 

────────そのまま握り砕かれた自分の手を見て、笑った。

 

 

 

「はっ────────」

 

 

口が歪む。

痛みによるものではなく、少年の行動の結果にただ笑う。

現界しているだけの仮初の体だ。

片手が砕かれる事なんてどうでもいい。

今、重要なのは砕かれたという事実と、砕いた張本人である少年だ。

見れば、手で己の手を砕いた少年の体は震えている。

 

 

 

度重なる負傷による激痛────────からではなく。

 

神の言葉による様々な屈辱────────からでもなく。

 

 

 

 

────────純然たる怒りから来るもので、熱田・シュウは震えていた。

 

 

それも神に対するものでも無ければ、原因となる人狼女王に対するものでもない。

この自分の無様さにだ。

何だこれは?

たかだか(・・・・)人狼女王の一撃を受けて、無様に吹き飛ばされ、更にはクソったれな程、うざい神に哀れまれるように手を差し伸べられる。

 

 

 

 

これ程、ふざけた熱田・シュウが存在していいだろうか

 

 

 

 

熱田の頭の中には、これが友人を助けた事による損傷という考えはない。

あるのは、助けた上で、なお、それがどうした(・・・・・・・)、という態度を貫けなかった自分への憎悪に近い怒りのみ。

 

 

 

最強ならばそれくらい出来る筈だ、出来て当然だ、出来なければおかしい。出来ない方が馬鹿げている。

 

 

 

筋道どころか、理屈にすらなっていない思考だけが頭を埋め尽くす。

当然だ。

熱田・シュウがいう"最強"とはそういうモノであり────────そうなれない熱田・シュウなど存在価値など一切ない。

政治的な能力も、指揮能力も、何もかもを放り出して、それだけを追い求め、そうあれかしと刻んだのが今の己だ。

他の事を全て、他人に放り投げてしまうという無責任さを思いながら、ただ刃になる事を誓った存在が、周りに敗北感を感じさせるような事などしていいはずがない。

 

 

 

 

求めたのは誰もが追い付けぬ疾走

 

 

 

他は何もいらない。

地位も金も名声なんていらぬ知らぬ下らぬ。

世界征服と世界平和の為ならば、あらゆる汚れ仕事を行い、目的の邪魔をするものは全て斬り伏せるのが熱田の姓であり、俺の役目だ。

故に、と空を睨む目は神など見ていない。

彼が睨むは、己の疾走を阻むもの全て。

それが、神だろうが悪魔だろうが、人狼女王だろうが、国だろうが公主だろうが────────世界であろうが斬るのみ。

ああ、そうだ───────

 

 

 

 

「俺に勝っていいのはぁ…………!!」

 

 

 

元より我が渇望とはそれ。

誰よりも速く、何よりも速く疾走し、勝利する事こそのみを願った。

再認した渇望が比喩ではなく瞳を赤く染める。

その様子を砕けた手を無視して、笑う神を無視して────────怒りに染まろうが、冷静さを欠こうが、変わらぬ────────彼の誓いが今こそ新たに世界に吐き出された。

 

 

 

 

 

「俺に勝っていいのはぁ…………────────あの馬鹿だけだぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

瞬間、神が笑う。

呵呵大笑に、盛大にその餓鬼の叫び声に、祝福の笑みと加護を授ける。

 

 

 

 

「は────────ははは…………!!」

 

 

 

何故ならば余りにも馬鹿らしい!

何が、俺に勝っていいのはあの馬鹿だけだ。

今、さっき敗北に等しい一撃を受けた後だというのに、その言葉には一切、それらを引き摺っていない。

怒りで我を忘れたから────────ではない。

少年が今も吠えているのは、己が無様を晒した事である以上、人狼女王の一撃を忘れるはずがない。

しかし────────少年の心の中には敗北感など一切なかった。

少年が敗北感を感じる感情がないというわけではない。

 

 

 

 

これは単に────────敗北感が体を染めるよりも早く、俺に勝っていいのはお前じゃねえ、と怒りにも似た意味不明な理屈が通じないルールが少年本人を染め上げたのだ。

 

 

 

最早、狂人一歩手前のような理解不能さを────────しかし神は叫んだ。

 

 

 

 

「はっ────────おせぇんだよすっとこどっこい! 十年も待たせるたぁなぁ! 錆び付かせた不可能男を何度ぶっ殺してやろうかって思ったか!!」

 

 

 

言葉と同時に、神の肉体が四散した。

己の顕現を解いたのだ。

顕現を解いた以上、神は地脈に帰り、人を見守り、力を貸す存在に戻る────────所を彼の力はそのまま熱田・シュウに憑依するかのように惹かれる。

だが、これは自明の理だ。

何故ならば

 

 

 

 

 

"さぁさお立合いだ世界! 今こそ極東史上における嫌われ者のスサノオ(・・・・)が認めたこの地上唯一の地獄の展開をご覧あれってなぁ!!"

 

 

 

わざとらしく傾奇者のように誰にも聞こえない言葉を叫ぶ神────────スサノオが、今こそ己の代理として振る舞う事を許した少年に己の権能を引きずり出し、世界を染め上げる。

元よりスサノオとは暴風の神。

剣神というのはむしろ、スサノオにとっては一側面であり、スサノオを表すには聊か物足りない表現だ。

故に、これこそが暴風神スサノオが本領。

一体、誰が最初にこの名を呼んだか。

スサノオが言う、地上唯一と告げられた────────その神威を、今、少年と暴風は声を合わせて叫んだ。

 

 

 

 

 

「無間地獄…………!!」

 

 

 

 

 

熱田神社の第二位である留美はこれから起こる事を、あらゆる表示枠から理解したが故に、まず最初に行ったのは浅間への連絡であった。

 

 

 

・留美 :『浅間さん! シュウさんが神格開放を行います! 神降ろしに近いから武蔵側の制御を!』

 

・あさま:『え!!?』

 

 

説明している余裕はない。

こちらは直ぐに柏手を行い、奏上し、複数の表示枠を立ち上げる。

直ぐ様にこちら側で行われるシュウさんへの負担を減らすための体調管理の術式を送り付け、浅間さん以外にも簡易的に武蔵、IZUMOに警告と避難の連絡を送り付ける。

それらが丁度終わった瞬間、それは来た。

 

 

 

 

「………………………っ!!」

 

 

 

一瞬で世界が闇に染まる。

空からは太陽が消えうせ、体にはまるで重力が増したかのような重みが背負わされる。

前者は事実だが、後者が気のせいであり、そして当然の気の迷いであった。

何故ならば、これは夜に染まったのではなく、光が消えたのだ。

世界においての最大の災害の一つである暴風域に立っているという危機感。

 

 

 

 

人間では立ち向かえない終末世界こそが、彼の心象であり、渇望であり────────この世で何よりも憎む世界だ。

 

 

 

「…………あの時と同じ…………」

 

 

そう呟き、しかし違うと首を振る。

あの時と同じならば、今、こうして立っている自分にも刃が飛んでくるはずだ。

それどころか何時の間にか自分の周りには風が渦巻いているような感覚がある。

風であるから視覚には映らないが、髪や服を揺らしながらも、しかし離れようとしない風を感じる。

その事実に思わず、もう、と小さく吐息を吐く。

 

 

 

 

「…………振った癖に…………こんな風に扱うから、何時まで経っても忘れられないんですよ…………?」

 

 

 

言われた本人にそんな余裕はないとは思うが、つい言ってしまう。

返って来ない問いに溜息を吐きながら、現実に思考を戻す。

神格開放による無間地獄を開いたのはいいが、これは本来、対人に使うようなものではない。

本来ならば対軍……………………最悪は対国を相手に開かれる超攻性術式だ。

対人であっても効果がないわけではないが……………………相手が人狼女王となるのならば、これが開かれた程度で終わるはずがない。

つまり、勝利を決するにはやはり

 

 

 

「超至近距離における一撃」

 

 

それはつまり、シュウさんも相手の必殺の距離に近付くという事だが、それに対する不安は一切ない。

何故ならば、それこそが彼の真骨頂であり、本来のスタイルだから。

だから、思う事はただ一つ。

 

 

 

「本当に無茶ばっかり……………………」

 

 

 

 

 

 

人狼女王は空間が闇に染まった瞬間に手刀を振った。

傍目から見れば、唐突に音速で虚空に手を振ったように見えるが、振った直後に何かが砕ける音がしたのならば、己の所作は迎撃となる。

ただ、砕けたものは通常ならば有り得ない形のない物であった。

 

 

 

「風………………?」

 

 

否、そんな生易しい物では無かった。

手応えとしては、むしろ分厚い刃物を砕いたような感覚。

風………………鎌鼬の方が正しいか。

ここまで、鋭利で重い鎌鼬など自然界に存在しない。

つまり、これは攻撃だ。

 

 

 

 

「っ…………………!!」

 

 

 

即座に二の太刀────────否! 続く、三桁の数で降り注ぐ刃の暴風に対処する。

一度に一つ二つの対処では身が削られる。

一つに最低、20を巻き添えにする為に、足は地にすり鉢状のクレーターが生まれるくらい踏みしめ、腰は勢いよく振り回し、肩には力を籠めず、己の身体と膂力を信頼した最も己らしいスタイルをもって、一斉に降りかかる災害を振り払う。

狼の爪と鎌鼬が接触する。

 

 

 

 

一撃を持って、27の形なき刃が砕かれる。

 

 

 

硝子が一斉に砕ける音を耳から除外しながら、即座に踏み込んだ勢いを殺さず、むしろ前に進んで続いて、左の一撃を前に出す。

ほぼ同じ数の攻撃が砕けるのを感じながら、敵の攻撃が前からしか来ていない事に気付く。

 

 

 

全く………………!! こんな地獄を展開しておきながら…………………!!

 

 

 

この術式は暴風神スサノオの形を反映した世界でありながら、使い手はあくまであの少年だ。

だからだろう。

先程から体の前面にばかり攻撃が来、その上で後ろどころか手首や首などの急所には一切攻撃が来ていない。

ここまで来ると最早綺麗事なんて言えない。

覚悟を決めているという事だろう。

 

 

 

楽な道を走る気は無いと

 

 

 

「馬鹿な子……………………」

 

 

刃の群れを砕きながら、思わず独り言を漏らす。

この世界がここまで闇に染まるのは、何も暴風の表現だから、ではないだろう。

自分も本性を発現させれば、欧州の森を広げれる故に、分かる所は分かる。

人狼の眼でも見通せない闇が広がったのは、偏に、この地獄の主人が光などいらぬと叫んでいるから。

それは光を忌避したのではなく、名誉も報酬も地位も、あらゆる見返りなどいらぬという覚悟。

あらゆる汚れ役は己が行う、という責任感。

8年前から何も変わっていない。

言葉など交わさなくても伝わる真実。

馬鹿みたいに前進しか考えない子供のような愚直さ。

8年前は何故、そこまで自分を削れるのか、と疑問に思ったが…………

 

 

 

 

「……………………」

 

 

 

200程砕きながら、視線を横に向ける。

そこには今は気絶している武蔵の総長兼生徒会長が横たわっている。

たかがこの程度の衝撃に耐えられずに倒れてしまった少年だ。

文系であったとしても、仮にも総長であるならば、確かに、無能の評価は否定する事が出来ない、と判断できる。

それでも、そんな少年に剣神は気が狂う程に夢を預け、娘もまた騎士として生きたいと思った、という事なのだろう。

なら────────

 

 

 

 

 

「欧州覇王の道を遮るのならば、私もまた奮い立たないといけませんわね」

 

 

 

 

台詞と同時に、鎌鼬を砕き────────そこで一旦攻撃が終了する。

これ程の攻性術式だ。

そう連続的に攻撃をし続けるのは難しいだろうし、役職者を相手ならばこれくらい裁けないのは戦闘系ならばそうそうはいないだろう。

恐らく、これはあくまで対軍仕様の攻性術式。

対人ではあくまでサポートに使う為のものか、あるいは

 

 

 

 

「人妻を囲うなんて、イケない趣味ですのね」

 

 

 

これも現役の魅力…………!! と笑いながら、世界が軋むのを感じ取る。

勿論、分かっている。

地獄に置いて未だ、苦しむどころか元気溌剌な獲物がいるのだ。

無間地獄が役に立たないのならば、次に来るのは地獄の主による裁きだ。

己の眼でも見通せない闇の中ならば、幾らでも奇襲し放題だが……………………

 

 

 

 

「地獄を穿ちますわよ銀十字」

 

 

 

己が纏う銀の十字をコッキングさせる。

コッキングには一秒もかからない。

そのまま、狙うは一切の迷いは無し────────正面だ。

躊躇う理由も無ければ、穿たない理由もない。

 

 

 

 

天使を打撃し、地面に縫い付けるショートレンジ砲が再び、目の前の空間に放たれ────────

 

 

 

 

刃の一閃が銀十字の一撃を完璧に切り裂いた。

 

 

 

 

「────────」

 

 

至近で10トンくらいある爆薬が爆発したのかという爆裂音が響く。

それにかまけるよりも、爆音の原因に思わず、笑いが起きた。

 

 

 

 

「…………真っ向から銀十字の砲撃を斬り伏せましたわね…………!?」

 

 

 

先程、自分も武蔵の副長補佐の蜻蛉切相手に似たような事はしたが、これはそれよりも派手だ、

自分は飛んでくる線、それこそ刃のような物を斜めから叩き折ったが、これはそんな技術的な物なんて一切使用していない。

真実、真っ向から銀十字の一撃を力任せに叩き割ったのだ。

その活きの良さに思わず、笑う。

ただの力任せを野蛮ななどと器が小さい事を言うつもりはない。

まぁ、力づくというより鋭さに任せた一撃なのだろうが、どちらであっても構わない。

獣に対して真っ向から挑む馬鹿に対して、後ろに下がる軟弱な弱肉に成り下がった覚えもない。

故に、暗闇の中でわざとらしく自分だけは浮かび上がるようにしている馬鹿が、真っ向から突っ込んで来るのを歓迎した。

 

 

 

「今まで散々強キャラアピールしてきたんだ!! 負けた時の屈辱はさぞ美味だろうなぁ!!」

 

「一言一句、そっくりそのまま返しますわ、自称最強さん?」

 

 

その一言と共に、人類の恐怖と世界の恐怖の象徴は激突した。

 

 

 

 

 

 

 

「何だこれ……………………?」

 

 

本多・正純は暗闇となった世界に対して疑問を投げかけていた。

まず、現時刻は夜はおろか夕方にすら程遠い時間帯だ。

闇夜になるには早過ぎるし、自然の闇と見るには、余りにもおかしい。

何せ、闇夜になっているのに、自分の視界はまるで昼間のように物の形がはっきりと見えるのだ。

夜目に自信があるわけではないので、正純は自分の眼がいいと勘違いをすることは無かった。

 

 

 

 

「うぉぉぉぉぉぉ!! まさか! 僕も遂にナイトアイのスキルを得れるとは……………………!! 闇が僕に見通せと叫んでいるのか……………………!!?」

 

 

ああはなるまい、と思いつつ、周りの連中を見てみるが…………周りの連中の反応を見る限り、これはどうやら未知の物らしい。

警戒を強めているのもそうだが、術式に詳しい連中が検索など、対応をしようとしているのだから、初見の物なのだろう。

 

 

・あさま:『これは…………多分ですが一つの神降ろしであり劇場術式です。暴風神スサノオがおわす所は暴風圏内。そういった演目を通して、地脈から精霊までここを暴風雨である、と演出しているんです』

 

・●画 :『まぁ、理屈は通っているけど…………そんなの当然、ただじゃないんでしょ? 大精霊、それこそ向こうの人狼女王なら生態系としての能力として自己を広げそうだけど…………熱田は人間辞めているけど生物学的には人間よ? 代理神ってそこまで融通利くわけ?』

 

・立花嫁:『聞いた話だと代理神としての能力は、如何に担当している神に気に入られているか、という実に大雑把且つアバウトな出力設定だと聞きますが…………』

 

・留美 :『そうですね。大体、皆様が言っている事は全部正しいです────────そのアバウトな設定で、ここまで世界に広げられた人間は歴代ではシュウさんが初ではありますが』

 

 

どういう事だ、と思っていると、正純の視界に人狼女王と熱田の姿が映る所があった。

あ、と思った時には二人は30m程離れており、私の常識では間が空いたのか、と思う所を

 

 

 

 

 

「────────!」

 

 

 

 

何時の間にか、二人の距離が接近戦(インファイト)の距離にまで近づき、

 

 

 

 

「うわっ」

 

 

 

慌てて、大音量が来るかと思って耳を塞ぐが、来るかと思ったタイミングで来ないと思った瞬間に

 

 

 

 

「えっ」

 

 

 

遅れて、正純の聴覚でも最低、数十に及ぶ打撃と斬撃音が響いた。

二人の手足と武器は最早、私の視界には映らない。

弾かれ見えたかと思ったら、次の瞬間には残像と化し、水蒸気爆発を多段爆発させ、音速の壁を容易く突破する。

生物の限界を多分に突破した戦闘行為に門外漢の正純でさえ、息を呑む。

その光景は他の連中ですら息を呑む光景であったらしく

 

 

 

・立花夫:『…………私や、誾さんが相手した時よりも確実に早くなっています。熱田神社第二位。先程、代理神としての出力は如何に神に気に入られるかと仰っていましたが…………心構えか覚悟かは分かりませんが、それらだけでここまで上がるのですか?』

 

・留美 :『失礼ながら、立花・宗茂様。逆なんです────────急に上がったのではなく、今までが下がっていたんです』

 

 

 

逆…………?

 

 

今までが低下していたのだという説明に正純は何故、と思う前に、つい、さっき言われた言葉を思い出していた。

それは長寿族の最高年齢と言ってもいい源・義経が言っていた言葉。

曰く、使い方がなっとらん、と。

つまり、それは…………これの事なのだろうか?

その疑問を、スサノオを奉る巫女が頷くように答えを明かす。

 

 

 

・留美 :『別段、責めるわけじゃないんですけど…………シュウさん、どこかの誰かさんと、出来る限り人を殺さないって約束したらしくて…………』

 

 

 

責めてらっしゃる……………………と、周りの皆が引くのに合わせつつ、ついでにどこかの誰かというのも誰か分かったので、同情の余地は無しである。

まぁ、そういうわけでは実にらしい約束と言えば約束だが……………………

 

 

 

 

・留美 :『そんなの────────シュウさん、口に出して言われたら絶対に必死になって守ります。殺すどころか、怪我ですら出来る限りさせないようにしていたんでしょうね』

 

・立花嫁:『…………そういえば、私に止めを刺す時、あんな無茶な方法で降参したのに、副長は止めれていましたね…………』

 

・立花夫:『よく良く考えれば、私の治療も、ほとんど彼からの傷は無かったですね』

 

 

 

えーと、つまり

 

 

 

「…………常に寸止めのような感覚で戦っていたって事か?」

 

 

そんなあっさりとした感想に答えたのは嘆息を吐いたナルゼであった。

 

 

「そんな単純な物じゃないでしょうけど……………………あらゆる戦闘行為で、そもそも振り切るつもりが無い一振りであったっていうなら…………弱体化も頷けるわ。そんな中途半端な人生(モノ)じゃ満足できねえって事なんでしょうね」

 

「でも、それって…………」

 

 

浅間が少し怒った顔で、言葉を切ったのも分かる。

何故なら、それはつまり、敵対者が殺すつもりの真剣で挑んでいるのに対して、熱田は木刀…………否、木刀どころか竹刀で戦っているようなモノだ。

刃を潰し、徹底的に傷付けないように、殺さないように、と石橋を指で叩いて叩いて……………………自分の指が潰れる程に叩いて、ようやく安心する────────約束が守れた、と。

だが、今、その約束を守るには難しい強敵が現れた。

 

 

 

 

故、敗北の傷を得るよりは約束を破る恥を選んだ、という事か。

 

 

 

 

何という────────らしい話だ。

そして、同時に納得する事でもあった。

つまり、今、この吹き荒れる暴風は正しく熱田の今の心象を表している、という事だ。

当然と言えば、当然だ。

 

 

 

 

 

あの男が、敗北するかもしれない自分を、約束を破ってしまった自分を、何があったとしても許すわけがない。

 

 

 

 

もしも、政治の分野で己が似たような事をしたと思えば、良く分かる。

互いに一芸を極めた同志だ。

そこで失敗を得たならば────今の自分が何をしているのか、強く、強く────怒りを覚えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「首置いてけやおらぁ!!」

 

「タマ取りますわよ…………!」

 

 

首取りの一撃を心臓破りの一撃で相殺する。

続く、脇腹、胸、腹に連続して放たれる斬撃の嵐を手刀、銀十字、武器破壊のつもりで放った足技を持って対処し、回転数を上げた腰が入った一撃を頭蓋に向かって放つが、こちらの手首を破壊するつもりで放ったであろう頭突きのせいで阻止された。

 

 

 

 

────────お互い、防御のつもりで放つ一撃など一切ない

 

 

 

 

どちらも必殺を持って、攻撃を打ち続けている。

様子見なんて無い。

急所をわざわざ狙う気も無い。

手だろうが、足だろうが、首だろうが全てを抉り、斬り落とすつもりでどちらも攻撃を放っているというのに、結果は互いに無傷。

その事実に熱田は青筋を立て、人狼女王は唇を歪めた。

 

 

 

 

「らぁあああああああああああ!!!」

 

 

 

盛大な叫びと共に、空間が打撃されたような音が響く。

無間地獄の主の怒りに呼応し、闇は更に深まり、地獄が近づく。

当然、出力が高くなればなる程、術者である熱田に負担が高まるのだが……………………

 

 

 

 

どういう精神力をしていますの……………………!?

 

 

 

対峙している人狼女王は目の前にいる少年の形をした怪物に対して、流石に疑問を思う事を止めれなかった。

己も自分の領域を広げる能力を持ってはいるが……………………あれは生態としての、人狼女王としての能力だ。

修得した物でも無ければ、術式でもない。

元より、己の領域を広げるなんて人間の領域では許される力ではないのだ。

代理神の権限で、神の力を一時的に使用出来るからこその暴挙なのだろうが……………それを一人で、これ程の時間、展開するのは、本人の人生(ありかた)が余りにも神にとって美味しいのと─────己を締め付けるような痛みに対して何一つ動じぬという完成された精神力があるからこそ出来る無間地獄だ。

現に

 

 

 

「……………っ! にゃっ、ろう!!」

 

 

 

振り下ろされた武器を横なぎに弾き、大剣が反動で彼の背後まで弾かれ、隙が生じた、と思った瞬間

 

 

 

 

「……………………!!!」

 

 

 

即座に、引いた剣を取り戻すように力づくでそのまま突きを放ってくるのだ。

無論、弾かれた半身を無理矢理に修正し、引き戻すなんて行動をすれば、人間の柔い体では簡単に壊れるだけのはずだ。

それを一回だけならばともかく、何度も行えるのは当然、絡繰りがあるからだ。

無茶をする度に少年の体に灯る青白い光こそが正体だ。

 

 

 

 

 

武蔵副長を守る守りの加護────────そう思われていた(・・・・・・)モノだ。

 

 

 

 

そんな生易しい物では断じてない。

 

 

 

あれは別に私の攻撃から彼の身を守っているのではなく────────壊れる程、酷使している彼の体を壊れないように保護しているのだ。

普段は彼の守護を高める加護として動いているが、状況ごとに適切な守りを行う事こそがこの加護の本来の本質であり、使い方なのだ。

究極的には彼の加護は守護の加護ではなく────────戦闘続行の加護でしかないのだ。

 

 

 

 

 

筋肉が千切れる事は阻止出来ても、それに伴う痛みなどは抑えていない。

 

 

 

 

他に痛覚に対する対処の術式が出ていない以上、少年は自力で激痛に耐えているという事になる。

否、それだけならば別によくある事だ。

痛みに悶え、成すべき事を成せないなど理不尽にぶつかった時に、泣くしかない子供にのみ許される特権だ。

副長職の人間がする事ではない。

だから、そこはいい。

 

 

 

 

 

問題は、その挙動に一切、痛覚による影響が全く見えない事だ。

 

 

 

 

何度相手の肉体を弾き、その度に、無茶な肉体運用をする少年を見たか。

軽く三桁は見ていると断言でき────その動きに一切の翳りが無い事を実感している。

武蔵副長が痛みを感じない無痛覚の人間という情報はない。

 

 

 

 

 

つまり、ただの意志の力だけで少年は永続する激痛を、どうでもいい(・・・・・・)と扱っているという事になる。

 

 

 

 

恐怖を司る自分が、少しだけ唾を飲んでしまう。

何か異常な事をされるよりも、背筋を震わせる現象だ。

己も、獣の女王として様々な人間を見てきたが、これは格別だ。

ここまでイカレタ正気(・・・・・・)なんて見た事が無い。

 

 

 

「正気ですの………………!?」

 

 

だからこそ、つい、口から洩れてしまった言葉に、己自身の不甲斐なさを感じてしまった。

何故なら、自分の言葉に、少年がどういう反応を返してくるか、読めてしまったからだ。

 

 

 

 

「はぁーーー? 正気ぃーー? んなのなーーーーーー」

 

 

 

笑みを浮かべながら、殺意を持つ少年は決して矛盾していない。

何故なら、少年が殺意を向けるのは常に夢を叶えていない自分に対する憤りだ。

その破綻した生き方を人狼の女王ですら思わず、見惚れる程であり

 

 

 

 

 

「────────分かんねえから、とりあえずいっつも、母親が生む時に落としたって言ってらぁ!!!」

 

 

 

────開き直る姿に、真実を見た人狼女王は流石に自分の発言に後悔するしかなかった。

 

 

 

「そう言うと大抵の野郎共はこう言うもんだ! お前は生まれるべきでは無かった、とか怪物だ、とか生きているだけで害悪だ、とか実にくっだらねえ言葉ばっか! あーーーー!! つまんねえつまんねえつまんねえつまんねえくっそつまんねぇーーーーーー!!!」

 

 

叫びと共に周囲の闇が拉ぐ。

無間地獄の神の怒りに怯えるように風や空気の精が怯えるのを見ながら、人狼女王は手刀を少年に叩き込み、武蔵副長はそれに合わせて一刀を滑らせる。

弾き、弾き返された攻撃は地面と空間を弾かせ、その間隙に無間地獄の神は己の渇望を叫んだ。

 

 

 

「だが!!んななのはちっけぇ事だ!! 大事なのは一つ────俺に勝っていいのはぁ……………………────あの馬鹿だけだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

己の真実を叫んだ瞬間に周囲の闇夜がより密度を増し、瞬間的に約300後半くらいの数の鎌鼬が飛んでくるのを悟る。

止まらない。

まるで、無間地獄に停止の概念などないとでも言いたげに少年の攻撃は、行動は、成長までもが速度を上げていく。

その様は坂道を転げ落ちるように際限がない。

無間地獄とはよく言ったものだ。

事、疾走と殺傷に置いてならば止まる事は無いと、人狼女王ですら認めてしまう所…………だが

 

 

 

────才能が決して、本人を幸せにするとは限らない

 

 

人狼女王もそうであり…………そして熱田の剣神もまた。

故に共感出来るからこそ

 

 

 

「叩きのめしてあげますわ。貴方が望みながらも否定するこの世界を ────だからこそ、貴方は無能の王を望んだのでしょう?」

 

 

これ程分かりやすい戦乱向けの能力を持っていて、何故、追い詰められてからでしか使う気にならなかったのか。

私は気分だったり、種族特性だったりするからだが、この少年は違う。

代償は有れど、そんな事を気にするようなブレーキなど持っていない。

ならば、理由は恐らく一つだ。

 

 

 

「相応しくないと思ったのでしょう? おぞましいと自ら弾劾したのでしょう? 他者を否定し、切り刻むこの無間地獄を。だから、貴方は正逆を求めた。失わせない世界を、失わせないと叫ぶ人間を────貴方が否定し、諦め、しかしずっと願っていた、貴方を否定する世界を」

 

 

 

この世界は剣を、武力を持つ貴方が基準となった世界。

だからこそ、暴力的で排他的。

続く者も無ければ、残る物も無い。

彼の名の通り、行きつく先は終焉だ。

彼が大事だと思う者だけが手元に残り、それ以外は全てを滅ぼし尽くす。

ある意味で、最も効率的な世界征服と世界平和であり────それを誰よりも間違っている、と弾劾したのが、彼自身だった。

だから、英国で彼は自身の事を邪神だと嘯いたのか。

その覚悟に人狼女王も覚悟を決める。

地獄を謳うのならば、その地獄を踏破しよう。

ただし───生温い地獄であった場合、刻まれるのがどちらになるかは知らないが。

こちらが無間地獄に挑んだように、貴方はこの世の人間の恐怖に挑んだのだ。

 

 

 

宣言通り────狼に食い殺される覚悟をしているんでしょうね、と笑い掛ける

 

 

そんな意味を込めた笑みに、剣神も恐らく悟り、笑みを浮かべた。

殺意によって冷たくなりながらも、その瞳はテメェを斬りたくて仕方がないと告げており、ちょっと体の奥が熱くなりそうであった。

 

 

 

だって、これは広義の告白ですものね!?

 

 

それが、愛によるものではなく、怒りと殺意に満ちたものであっても、今、私達は互いの殺害許可証を交換したのだ。

ある意味で、互いを好き勝手にする、という許可証だ。

これには人狼女王もコーフンするしかない。

 

 

まだまだ現役! 現役ですのよ――――!!

 

 

くねくねムーブを一つ取り入れ、心の夫に報告をし、テンションをアゲアゲにしながら

 

 

「銀十字…………!!」

 

 

指運でコッキングを済ませ、コンマ一秒以下で武蔵副長に狙いを定め

 

 

「しゃらくせぇ!!」

 

熱田・シュウは剣を振り上げ────再度、爆撃音に近い爆発音が響く事によって、再び火蓋は斬って落とされた。

 

 

 

 

 

・〇べ屋:『正純正純! さっきからIZUMOからすっごい抗議が来ているんだけど! ちなみに内容はそちらの大怪獣バトルをどーーにかしてつかぁさぁい! だって! どうする!? 金せしめる!? せしめようよ!! 今ならシュウ君利用して脅し放題だったよ!?』

 

・副会長:『最後の過去形はどういう事だぁーーーーー!!?』

 

・貧従士:『いやぁーー。何がおかしいかって、大怪獣云々を一切否定できないのが、どうかしていますねぇ』

 

・ウキ―:『さっきからIZUMOの大地やら何やらが吹き飛んだり、砕けたり、切り裂かれたりしているが、そろそろ更地になるのではないか?』

 

・●画 :『良く考えたら、あそこら辺にミトツダイラだったり、総長だったりがいるんだけど、あの馬鹿、途中から救出よりヒャッハーに完全熱中ね。これで事故でどっちか潰れたらどんなリアクション返ってくるかしら?』

 

・金マル:『二人とも"あっ"で終わるんじゃないかな? キャラ的に』

 

 

武蔵勢のスピード感溢れる共食い会話を半目で見ながら、立花・誾は目の前の戦闘………否、戦争を見、危うく飛び出しそうになる体を押さえていた。

 

 

 

何ともまぁ………

 

 

化けたものだ、と言っていいのだろうか。

目の前の大怪獣バトルを見た後では、私との殺し合いはまるでチャンバラごっこだった、としか思えない。

それが、わざとであるというのが本来ならば怒りが込みあがるものなのだが…………流石にそんな子供じみた約束を前に出されては怒りを持ち出すほうが子供っぽくなるという。

面倒な、とは思うが、目の前の殺し合いを見れたのならば、帳消しにしてもいい、と思う。

 

 

 

………見事です。

 

 

剣神熱田の戦い方は実に不条理の合理だ。

どこまでも前に出、痛みも歪みも全てを無視し、勝利にのみ疾走する姿は一種の怪物であり、そして剣士の基本だ。

前に出る、という事は生きているという事であり、そして敵に少しずつ近づいているという事だ。

それまで諦めぬ、止まらぬ、揺るがない。

必ず勝利する。

進み行く先が断崖の先だろうが、地獄だろうが知ったことではない。

そこ(・・)を抜ければ、勝利を掴み取れるのだから。

 

 

 

「────」

 

 

思わず口から漏れた吐息に羨望が混ざっている事に気付き、慌てて首を振る。

くっ………、と内心で怒りのようでありながら、しかし受け入れるしかないという納得を得る。

熱田神社の者達はやけに武蔵副長を持ち上げるものだ、と思っていたのだ。

無論、それはもしかしたら何か恩だったり、普通に生活だったり、信仰だったりするのかもしれないが………武人として持ち上げている人間がいるのなら間違いなくこれだ。これに惹かれたのだ。

止まらぬという概念、掴み取るという狂念────誰にも勝利を譲らぬ、という執念。

武人としての憧れであり、理想形だ。

もしかしたら…………これこそを無双と言うのだろうか、と思い、その名を背負う為に、今は療養の為、待機している夫の方に視線を向けると────ある意味で予想通りというべきか。

宗茂はまるで子供の様に目を光らせながら、無間を前に唇を歪めていた。

 

 

 

まるで、それは子供が無邪気にヒーローを憧れるようでありながら………同時に、自分には決して形作る事が出来ない強さへの称賛と悔しさが込められていた

 

 

 

「………宗茂様」

 

思わずといった調子で夫に問いかけるが夫は振り返らず、戦場に視線を向けていて………しかし声だけが返ってきた。

 

 

 

「………私にはああいう形で無双を形作るのは無理ですね」

 

 

その言葉を夫がどういう気持ちで吐き出したかを感じながらも、誾は頷いた。

そう、あれは立花が目指せる形の無双ではない。

いかなる攻撃に対して怯まず、挫けず、ただ進むという覇道は私や宗茂様、父ですら到達できない形だろう。

勿論、自分達の形作りたいと思う無双が、目の前の地獄に劣っているとは欠片も思ってはいない。

だから、これは称賛であり、憧憬だ。

自分達が形作る事が出来なかった無双を形にした武蔵副長に対する賛歌だ。

それが例え、光が差さない無間の地獄という形であったとしても、称賛をしない理由にはならない。

だから、自分も夫が見ているものに視線を向ける。

ただ一人、この地獄を背負っている少年を。

 

 

 

 

 

 

「は────ははははははは!!」

 

 

熱田・シュウは結構、テンション上げて笑っていた。

戦場にて笑いながら剣を振るう様は狂人にしか見えないのだから、周りも俺を狂人と見ているのだろうし、俺自身そうなんだろう、と思っているから余り否定するつもりがない認識だ。

互いの攻撃のせいで煙が上がり、世界が暗闇になる中、今もまだこうして攻撃を繰り広げれる事に熱田は本気で感謝していた。

1.2.3.4.5.6.7.8.9────以下略で48の連続の手刀攻撃を同じ速度の斬撃をもって弾き、切り返し、叩き潰しながら熱田は笑う。

そのせいでさっきから体からぶちぶち、と何かが千切れる音だったり、あからさまにばきっとした擬音が響いて全身に痛みが走ったり、それら全てのせいで込みあがる血液が口から漏れたりするが、全くもってどうでもいい。

肉体の破損も激痛も、熱田・シュウからしたら昨日のご飯の内容がなんだっけ、と思い出すようなものだ。

 

 

 

つまり、あろうが無かろうがど(・・・・・・・・・・)うでもいい(・・・・・)

 

 

 

熱田・シュウにとって必要なのは完全無欠な勝利だけだ。

その結果、腕がもげようが内臓が零れ落ちようが────死んだとしてもどうでもいい。

そもそも負けた熱田・シュウなど何の価値がある?

害悪な存在から唯一の存在意義を零れ落としてしまったのならば、価値なんてどこにもない。

死ねばいい。否、殺してやる(・・・・・)

心底からそう思いながら、だからこそ、熱田はこの敵手が愛おしくて堪らなかった。

無論、恋愛感情によるものではない。

相手は巨乳だが、巫女属性も無ければ、人妻属性なんて余計なオプションがある。

だから、この場合における愛おしさとは────これだけ切り結んだのにまだ死んでいない(・・・・・・・・)、という事実からであった。

 

 

 

────きっと誰にも理解されないだろう

 

 

熱田・シュウの攻撃はどれも致命的で、一撃を受ければ運が良くて欠損。

運が悪くなくても死を迎える一撃だ。

だから、熱田にとって剣を振り切るという事は死なせる覚悟である。

なのに、三桁を超える斬撃を受けても、人狼女王は未だ致命的な傷を得ておらず、あまつさえ反撃までしてくる元気さだ、

それがどれ程の奇跡であるかを知っているからこそ、熱田の唇は嬉しくて歪む。

 

 

 

全力を出しても壊れな(・・・・・・・・・・)い相手が堪らなく愛お(・・・・・・・・・・)しい(・・)

 

 

 

何て言い草だ、と自嘲する。

殺せるような一撃を放っといて、死なない事に安堵するなんて糞の理屈だ。

正しく、塵屑のような自分には相応しい舐めた言い分。

しかし、俺にとっては安堵するべき事柄なのだ────何故ならダチの夢は失わせる世界の否定だから。

だから、俺が失わせようとするのはダチの夢の否定に他ならない。

そうやって言い訳(・・・)を並べて、己の剣が相手を失わせていない事に喜び

 

 

 

「────」

 

 

無間地獄が軋むと同時に、人狼女王が即座に音速を超えたサイドステップでその場を離脱したと同時に、空間が一瞬で400近い斬撃で削られる。

 

 

 

「────はっ」

 

 

嘲笑が口から零れる。

そのまま、即座に追撃の為に剣を振り上げるの躊躇わない己に、完全完璧な侮蔑の念を込めた笑いを浮かべる。

知っている、知っているとも。

殺さずに済んでいると安堵する癖に────未だ勝利を掴めていない、と激怒する己がそれを許さない事を。

正しく、どの口が言う、だ。

傷つけないように、と頼まれている癖に、いざそうなれば俺は喜々として誰かを切り刻むだの。

これを邪神と言わずして、何と言う。

破綻に破綻を重ねた無間地獄。

 

 

 

 

だから、夢なんて見ないし(・・・・・・・・)叶えない(・・・・)

 

 

 

 

誰も彼もが熱田・シュウを忌避し、憎悪するべきだ。

だから、俺は疾走する。

失わせようとする世界を否定する無能の王を支持し、その世界を実現させる。

そして、その世界は最後にこう、俺に告げるのだ。

 

 

 

もう無間地獄(さいきょう)はいらない、と

 

 

 

その為ならば、肉が砕けようが骨が砕けようが知った事か。

元より報酬なんていらないし、求めない。

否、もう充分位に報酬は貰っているのだ。

 

 

 

 

夢を預けられる親友ができた。

全てを賭して愛しても後悔することが無い女ができた。

 

 

 

十分過ぎる。

例え、無明の地獄に落ちることになっても、お釣りが返ってくるくらいの報酬だ。

だからこそ、熱田・シュウは自壊の疾走の一歩を躊躇なく踏み込める。

己の本懐を遂げる為に。

 

 

 

 

 

「はーーーはっははははははは!!!」

 

人狼女王は闇の中で輝く赤目を見る。

呵呵大笑と共に煌めく銀の刃の攻撃を連続の手刀攻撃を持って、弾き、吹き飛ばし、抉ろうとするのだが、それら全ての攻撃が真っ向から切り返される。

人狼女王の攻撃を、真っ向からだ。

幾ら代理神だからといって、ベースが人間である以上、出来る事には限りがある。

過去最高と言っても良いほど、スサノオと同調しているのであったとしても、人間を辞めようと思わない限り、規格はやはり人間のままなのだ。

故に、ここまでの無理の不始末は当然、少年の体を蝕んでいる。

 

 

 

「────!!」

 

 

音すら放棄して笑う少年の肉体は有体に言えばズタボロだ。

自分の攻撃のせいだけではない。

少年がボロボロになっていく理由は私が原因ではなく、己の限界を超えた身体の運用の結果であった。

術式、加護などを含めた上での限界駆動は少年の肉を割き、骨を砕き、内臓機能に異常を起こしていた。

身体からはこの季節には相応しくない蒸気にも似た熱による気炎が立ち上がり、口からは肋骨の骨折によるもの以上に血が込みあがっていることを、鼻で察していた。

 

 

 

陰惨な死体ですらここまで惨く無い

 

 

これを見れば、確かに少年が狂っていない、という方が正気を疑われるだろう。

何せ、ここまでの自壊を全く、一切気にせず、むしろ笑いながら斬りかかってくる様は気狂いのそれだ。

なのに………娘を、子供を持っているから、そう思えるのか。

それとも単に私が同情しているからか。

 

 

 

こんな風に自壊しながら笑って斬りかかってくる少年が────自分にはどうしようもなく哀れな、哀れな子供の悲鳴にしか見えないのだ。

 

 

 

笑いながら斬りかかってくる少年は泣いているように思えた────こんなはずじゃなかっ(・・・・・・・・・・)()、と。

自壊しながら疾走してくる少年は喜んでいるように思えた────これでいい(・・・・・)、と。

己が刃を、無間地獄を振りかざすのを嘆くように笑い、己が自壊していくのをざまぁみろ、と嘲笑するかのように笑っているように見えた。

余りにも変な見方だが………根拠はあるのだ。

 

 

 

何故、この無間地獄は彼を守らない?

 

 

 

闇夜の中、人狼女王でも全てを見通すのが難しくなる程の黒い暴風地帯の中、全てを見通す事は出来なくても、近くにあるものくらいは見ることが出来る獣の目は先ほどの熱田神社の巫女の少女が風によって守られているのを見ていた。

恐らく、それもこの攻勢の癖に防勢の要素もある術式の特徴なのだろう、とは思うが………少年にはそれらの加護が一切ない。

自分に回す分も攻撃に回しているという可能性もあるが………人狼女王にはそれらの機能がそもそも欠けているようにしか思えない。

だが、つまり、そうなるとこの地獄は………もしかしたら………味方や敵を苦しめるものではなく………展開している少年をこそ苦しめているのではないか、と思うのは愚考だろうか。

 

 

 

 

「………」

 

 

こういう時、細目は便利である。

お陰で瞳に宿った感情を外に見せずに済む。

ここまで来ると不器用を超えた病気ではないだろうか。

思わず、今は地に下したあの無能の王を脳に描きながら、懐に飛び込んで剣を振るってくる少年の刃の平に、指を、手を、腕を持って秒間68程の斬撃を全て捌く。

人狼女王とて武蔵の動向はチェックしていた。

その中には当然、武蔵総長の事も含まれている。

確かに、ある種稀有な王の形ではあるのだろう。

有能な王が人を導くのではなく、無能な王が皆の上に立ち、指針を示し、有能な仲間がその道を作っていく、というのは。

 

 

無能ではあっても無価値ではない。

 

 

その事を分かった上で、そこまでする価値になるのか、と人狼女王は思う。

不詳の娘ですら私との約束を破ってまでこの王を助けようとするのだから尚更に。

別段、魅力がないとは………下半身全裸、馬鹿………いや、まぁ、雄の魅力と馬鹿と全裸は別………別ですの………?

ともあれ、約束を破る価値がある、と娘はあの王に思っているのだ。

目の前の暴風のような少年も同じで。

そうなるとやはり、武蔵総長と語り合いたいとは思う。

まぁ、語り合いの結果、いただきます、になるかもしれないのだが、その時は娘もこの少年も見る目がなかった、と思うしかない。

間違いなく、目の前の少年は私を今度こそ殺しに来るだろうけど。

これだけ人を殺しそうで、人を殺したくない神様のような子供が、本気で殺しにかかる刃というのも実に甘美な響きだが、そこまで人生に飽きていないですし、何よりママン、常に絶頂期ですの。

だから、正直、惜しいのだが、この少年を攫うのは諦めて、あの半裸の少年だけ連れ去りたいのだが、この少年はそこまで甘くはない。

どっちかを諦める気にはなったが、どちらもとなると諦めきれませんの。女の子ですし。

さて、どうしたものか、と思っていると

 

 

 

「あら」

 

 

首を吹っ飛ばす斬撃を捻って躱している最中に、人狼女王の鋭敏な知覚が気配を感知する。

一応、覚えがある気配だが、別に知り合いというわけではない。

だって、見知ったのはさっきの事ですし。

でも、利用できるなら利用しましょう、と思い、踏み込んで剣を振るってくる少年の剣の柄に手を当て、そのまま吹き飛ばす。

 

 

 

「…………」

 

 

仕切り直しのつもりの一撃を、一瞬で理解したのだろう。

あからさまに不機嫌そうな顔になっていく可愛い子供の姿にあら、と笑いつつも本命を口に出す。

 

 

「今日の所はこれで仕切り直すのがいいと思いますけど?」

 

「へぇ………人狼女王が負け犬にジョブチェンジすんのかよ? 3回回ってわんわんしてくれるなら考えないでもないかもしれねえぜ?」

 

 

そんなボロボロの体で口だけは達者ですわねぇ、と思いながら、人狼女王は大人の余裕で指を指していく。

 

 

 

「あそこにいる子達」

 

 

先ほど、私に対して勇猛果敢に攻撃を仕掛けてきたこの子の神社の一員が今もいる場所を指差し

 

 

 

「私の娘」

 

 

この子が助けた私の娘が倒れている場所

 

 

 

「そして私の娘と貴方の王」

 

 

口に出した全ての地点を指で指し終えた後、私はにこりと笑いかけ、頑固な少年の頑固を解す様に問いかける。

 

 

 

「────守るの、苦手なんでしょう?」

 

「────」

 

 

 

そんな風に問いかけると、少年は不機嫌そうな顔を無表情に染め上げ────初めて(・・・)、私に対しての殺意を向けてきた。

掛け値なしの他者に向けての殺意に危うく、本当に食べたくなるくらいの食欲が湧き出てしまいそうだが、我慢、我慢ですのよ………!! いや、本当は我慢なんてしたくないのですけど、人狼女王を相手にしても初めて殺す気になったという事実に免じて、そこは敬意を表するしかない。

だから、自分の今の立場と考えで確約出来る事だけを確約する事が誠意だろう、と思い、提案する。

 

 

「連れ去るのは貴方の王一人。その上で、食べるのは貴方と次に決する時までは必ずしない、と確約しましょう────貴方の健気な夢に敬意を表して」

 

「………茶飲み話でもしてぇのかよ」

 

「とろくさい娘が熱中する訳を親としても知りたいんですのよ?」

 

「そいつは簡単だ────テメェの娘は男を見る目が中途半端にねえ」

 

 

中途半端に、という所に女に対する配慮があったので良しとする。

それに今の会話でツボに入ったのか、少年からの殺意が消えてくれたので、つまり取引は成功した、と思っていいだろう。

放置していた半裸の少年を拾い上げる為に、瞬発加速で駆け寄り指運で拾い上げながら、再び剣神の少年に向き直る。

そこにいるのは小さい体を全身、流血に染め上げながらも、しっかりと両の足で立っている小さな最強の姿だ。

 

 

 

………美しいですわね

 

 

月の女王である筈の、人狼女王ですら思わず見惚れる美しさ。

周りの闇とそこに浮かび上がる瓦礫も相まって、その立ち姿は本物の剣を握っている筈なのに、それを含めて一つの剣のように見えた。

自壊しながらも、進む、正しく刃の如き凄烈さ。

だから、思わず、少年が喜ばないであろう賛辞の言葉を、つい漏らしてしまった。

 

 

 

「────その血染めの姿。さっきの………いえ、今までの貴方よりも何億倍も、何兆倍も素敵ですわ」

 

 

 

返答は小さく鼻を鳴らす音であった。

それに苦笑しながら、人狼女王は飛び上がった。

軽く30メートルほど飛び上がりながら、人狼女王は武蔵の総長を背負いながら、IZUMOから立ち去る。

その背に、武蔵副長の視線を感じながら。

 

 

 

 

 

あっという間に小さくなっていく人狼女王を睨みながら、熱田は一息を吐く。

全身、バッキバキに砕けたり裂けたりしてるが、別に心臓が止まったり、脳が潰れたわけじゃないのだ。

痛みがある以外、一切問題ない。

何なら、このまま向こうの全裸に喧嘩を売りに行ってもいいくらいだが………俺は最強でも他の奴らは最強ではないのでついてこれないのである。

留美とハクは自力で帰還出来るだろうが、気絶しているネイトをそのままにしておくわけにはいくまい。

 

 

 

「面倒くせぇ………」

 

 

ヒロインネイトを世話するとかキャラじゃねえ。

それを世話するの主人公の役目だろうが、と思ったが、よく考えればあっちもヒロインだ。

ヒロインに惚れるヒロインか………と思うが、そこを取り締まるのがホライゾンか、と思うとどうでも良くなってくる。

ただでさえ、負傷について留美とか智からの説教が待ってそうで憂鬱なのだ。

この程度、人差し指を紙で切ったのと同レベルくらいだというのに、二人は取り合ってくれないのである。

はぁ~と未来の憂鬱に対して溜息を吐きながら、無間地獄を解除────するのではなく一気に己の刃に集結させる。

 

 

 

「武蔵副長………!!」

 

 

闇が一気に払われ、光を取り戻す世界で、俺の背後から超高速に突撃してくる小物一人。

六天魔軍の一人で………何番目かわかんねえ佐々・成政とかいう男。

さっきまで自分と小競り合いしていた男だが、人狼女王がはしゃぎ始めたから急遽戻ったのだが、ようやく今になって追いついてきた、という事だろう。

その間の悪さに、一度、息を吸い

 

 

 

 

「────やかましい」

 

 

 

 

 

IZUMOの大地に、巨大な竜巻が発生した。

無間地獄の闇が消えた直後に発生した竜巻にその場にいた者は例外なく驚愕に目を見開く。

 

 

 

何せ、発生した竜巻は縦ではなく横に発生したのだ(・・・・・・・・)

 

 

 

まるでトンネルのような形で発生した竜巻は発生した時と同じように即座に消えたが、傷跡までは消えない。

砲や爆弾などでは絶対にできないであろう、綺麗さすら感じる更地。

当然、そこに残るものは何もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「はは………!!」

 

戦いが終えた後、義経は呵呵大笑に笑っていた。

腹を抱え、顔を手で押さえ、楽しく笑っていた。

しかし、周りにいるものは誰も笑う事が出来なかった。

 

 

 

「義経様………」

 

 

佐藤兄弟が語り掛ける言葉には、隠しようがない心配の色が見えていた。

何故なら、笑っている義経は、同時に泣いてもいたからだ。

嬉しすぎて泣いていた。

悲しすぎて泣いていた。

楽しすぎて泣いていた。

悔しすぎて泣いていた。

今、義経が見る表示枠には戦場ではなく、戦場の後、無茶をした少年を迎える武蔵の梅組の姿があった。

血だらけの満身創痍の姿で、別段、変わりねえ、という風な感じの少年を巫女二人が迎え、説教するのを耳に両手を当てて無視する態勢をし、その隙を熱田神社の巫女が思いっきり鳩尾にボディブローをかまし、吐血させている光景であった。

そんな光景を見て、義経は笑って(泣いて)いた。

思わず、佐藤兄弟が一歩、義経に踏み込もうとしていたが

 

 

「よい………よい。気にするでない」

 

「しかし………」

 

「哀しくて泣いていたわけではない────あったかもしれない未来が惜しくなっての………」

 

 

義経は表示枠越しに映る少年を見ながら、友の姿を瞳に映した。

 

 

我が友よ………

 

 

数百年の歳月を経ても、尚、翳ることのない我が刃よ。

儂がもしも、貴様を早く見つけていれば、お前はあの少年と同じようなご都合主義になってくれたか?

お前に………お前に勝てるのは儂だけじゃ、と誇らしげに強がりを言ってくれたか?

 

 

 

「………何を馬鹿なことを言う義経」

 

 

思わず、自嘲して笑う。

そんなの決まっている────儂の友もまた最強じゃった。

応とも。この世の誰もが知らず、認めなくても、儂は知っているぞ友よ。

あの日、あの時、貴様は世界の王になる娘と一緒に倒れ伏したのだ。

つまり、貴様は世界の王と対等の存在だったのだ。

世界の王と対等となると………最強辺りが妥当、そうじゃろう?

だから、今代の熱田もその答えに辿り着き、そして貴様もだからこそ、何度も喧嘩を売りに来る儂に対して刃を取ったのだろう?

一緒に駆け抜ける事は不可能と悟っても………せめて己の刃だけは儂に届かせようともがいてくれたのだ。

 

 

 

許せ………我が友よ

 

 

 

その答えに辿り着くのに、貴様の後継者を見て、貴様を投影した事を。

貴様の王であるというのに、お前という刃に対して不信を抱いた事を。

だが、いい。

もうわかった。

 

 

 

 

「ああ、わかっているとも────死ぬ最後まで儂に勝つ事も負ける事もなかった我が刃よ。故に、儂もまた負けぬよ。儂に勝てるのは貴様だ(・・・・・・・・・・)けじゃ(・・・)

 

 

 

傍に置いていた安酒の瓶を掴み、蓋を開けると同時に一気に飲む。

味はやっぱり、不味い。

高い酒も買える癖に、決まって自分と飲む時は安いのを飲んでいた馬鹿じゃったが、何時も何時も飲む時は非常に美味そうに飲んでおった。

当時はそれを理解できなかったが、今なら分かる。

何故なら

 

 

 

「かっ────この味を独占しおってからに。儂の刃なら酒の飲み方くらい伝えい」

 

 

言うと同時に立ち上がり、表示枠を蹴り割る。

最早、見る必要はない。

あの熱田は儂の刃の後継者であって、儂の刃になる存在ではない。

何より

 

 

 

「はっ────そう何本も剣はいらんわな」

 

 

その言葉を持って寿ごう今の世に生まれた無間地獄よ。

この世の誰が貴様を否定しても、世界の王である儂が肯定しよう熱田の姓。

存分に謳え、だからこそ

 

 

 

「貴様の友は己を示したぞ武蔵総長。いい加減、男を見せい」

 

 

 

届かない言葉を、見えもしない武蔵総長に向けて語り、その意味の無さに笑い

 

 

「くっ………義経様が昨今流行りのキメ顔で独り言を延々と呟いていますぞ弟よ………!!」

 

「馬鹿もん………!! 義経様とてお年なのだ!! 宙に向かって独り言を漏らすくらい当然なのだ弟よ………!!」

 

 

とりあえずやかましい爺二人を思いっきりしばき倒すのであった。

 

 

 

 




よ、ようやく書けた………(呆然)


26000文字とか馬鹿じゃないのか自分………。ええと、ともあれ、あとがきを長々と書くより皆さんに見て、感想をもらえたら幸いです。
ギャグる余裕が無かったーーー!!

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