不可能男との約束   作:悪役

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悪意なんて微塵も無し

憎悪ですら欠片も無し


あるのはただ乗り越える、という決意のみである



配点(殺し合い)



鬼と人

 

人狼女王は自分の家で穏やかに眠る全裸の武蔵総長を見て、笑っていた。

 

 

「ふふっ。人狼女王の前で無防備ですわね」

 

 

仮にも人質としてここに連れてこられ、食人を行う事もある人狼の前でいい度胸……ではなく信頼、否、甘えのようなものなのだろう。

子供が母の前では自然体でいられるように、彼は人狼女王とか敵とか、味方ではなく、私は人を食べれる種族だけど、食べないだろうと信じているのだ。

ここまでの甘えた信頼は、もう一つの武器ですわねぇ、と小さく笑う。

何せ、ここで危害を加えたら、それは自分の器の小ささを露呈させる事になるのだ。

 

 

 

欧州覇王の下にいる狼がする事ではない

 

 

ここら辺、輝元なら苦笑してしゃあないなぁ、と肩をすくめ、太陽王は欧州覇王としては部下の気高さを賞賛しなくてはいけないな、等と言ってくれそうだ。

どっちかと言うと輝元の方が理解が深そうと思うのは、同じ女性同士だからだろうか。

 

 

 

で・す・が

 

 

人狼女王は全裸の傍まで音もなく歩み寄り、その上で首元に顔を寄せ、匂いを嗅ぐ。

年頃の男子にしては想像以上に身嗜みに気を付けているらしく、中々にいい匂いがするが──その中には疲労も紛れていた。

彼の親友の話から始まり、娘や自分と夫との馴れ初め、更には自分の夢への道についてを語り合った為、それだけでも戦闘系ではない少年からしたら一日の終わりに相応しい安堵の眠りを得れただろうが……その中にはこれまでやこれからの不安と努力による疲労が見え隠れしている。

頑張る子供達ですの、と思うが……この少年の言葉を全て信じるなら、まだこの少年は良い方だ、という事なのだろう。

疲労の全てを消す事は出来なくても、少年は甘え、格好つける事が出来る大事な人がおり、立ち止まる大事さを知っている。

 

 

 

 

しかし、少年は言っていた──自分の親友は鏡のように真逆の事を行う、と

 

 

 

つまり、少年が疲労を覚えながらも、しかし立ち止まれるのに対して、暴風の少年は疲労を確信しながらも延々と走り続けている筈だ。

 

 

 

止まれない、止まれない、止まりたくない、と。

 

 

それは少年が決して夢に安易に届けるような存在じゃないからこそ、保たなければいけないルールなのだろう。

自分は決して楽して最強になれるような存在じゃない。

せめて走り続けないと、走って走って走らないと己の価値が証明できない。

だから、走る。

走り続けているから心配するな馬鹿、俺に勝っていいのはお前だけだ、と。

 

 

 

「ほんっ……………………………………………………とうに面倒な子ですわねぇ」

 

 

一番面倒なのはそれが本当に理に適っているからだ。

己のように存在が他を超越していないのならば、常に最高速を維持し続ける事こそが最速の証明である、と理解しているのだ。

結果、生ずるのはオーバーヒートによる最大出力。

自壊すら恐れない嵐は己が消えるまで荒らし続ける。

本当に面倒で、厄介な子だ。

 

 

 

「……せめて」

 

 

夢ではなく少年の在り方に共感する存在がいれば、少しは気が楽になったりしただろうか、と人狼女王は無能の少年の寝息を聞きながら、御菓子の家でひっそりと溜息を漏らすのであった。

 

 

 

※※※

 

 

武蔵という船に関わる者は全員が警戒態勢を厳としていた。

現状、武蔵は現生徒会長と総長連合の方策と方針によってマクデブルクに向かっていた。

現状、武蔵は一つの歴史再現を前に、己の方針に沿って動いた。

 

 

 

マクデブルクの略奪

 

 

神聖ローマ帝国ザクセン選帝侯領のマクデブルク市が旧派のティリー将軍と軍勢によって陥落され、蹂躙された事件だ。

略奪と皆は称していたが、もう一つの呼び名としてマクデブルクの惨劇という名前がある。

つまりは、神代の時代でもろくでもない事件であり、武蔵が動くには十分な理由であった。

副会長である本多・正純──ではなく現在、誘拐されている馬鹿の代理として動いたホライゾン・アリアダストのサーヴィスによる趣味の働きに、梅組のメンバーは何時も通りだな、と苦笑し、武力の代表である武蔵副長は

 

 

 

「やりゃ出来んじゃねえか」

 

 

と告げたとか。

告げられた銀髪の自動人形は超嫌そうな顔で半目を向けたという。

その事に、周りの苦笑を得たのは当然の結果であり──また武蔵の行動に対して何かが起こってしまう事もまた当然であった。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

ネシンバラは朝っぱらから盛大に仕事をしていた。

 

 

 

「まさか第六天魔軍が二人も襲撃してくるとは……!!」

 

 

ガレーで超至近距離に迫り、そのまま二人が落ちてくる様を立花夫婦が確認していた。

一人は、佐々・成政。

IZUMOで襲ってきた一人が再度、襲撃していたが……見た感じ、全身に包帯等の治療の跡が残っている。

無理もない。

前回、最後に熱田君が放った一撃は正しく、天変地異の一撃だ。

小規模とはいえ、嵐の一撃を受けたに等しい。

 

 

 

大自然の一撃は戯れであっても、触れた存在を滅ぼす

 

 

そこから、五体満足で戦線と出れるだけで凄い偉業だ。

しかし、味方ではなく敵が不屈を発揮した場合、厄介、という評価しか生まれない。

一度、負けた人間は道を二つに分ける。

 

 

 

負けて、そのまま屈した負け犬になるか、負けた事を認めた上でどうにかしようと躍起するかだ。

 

 

特に後者が厄介だ。

後者を選んだ人間は更に道を分ける。

己の不足を認めた上で、その不足に見合う役割を選んで戦い続けるか……不足である事を認めた上でそれでも尚、上を見上げるかだ。

これに関しては厄介さ、という意味ではどちらも変わりはない。

だが、常に上を見上げ続ける人間は己に限界を定めたりはしない。

何度逆境に陥っても、それでも、と上を見上げ続ける。

 

 

 

「熱田君はちょっとルールが違う気がするけどね……」

 

 

あれは上を見上げる、とかそういうのではない気がする。

何度叩きのめされても、彼はその現実を認めない。

受け入れないのではなく認めない。

敗北を受け入れながら、敗北を否定し、地獄の底から咆哮を上げるのだ。

それは決して強者の咆哮ではない。

むしろ、それは弱者の唸り声だ。

強者の典型例は、それこそ人狼女王だろう。

 

 

 

彼女は決して、熱田君みたいにみっともなく叫んだり、吠えたりしないだろう。

 

 

強者は余裕をもって弱者を蹂躙する。

あの戦い方が基本であるならば、人狼女王は正しく強者の鏡だろう。

余裕の笑みを持って、狼の爪と牙を持って蹂躙する強者。

恐らくだが、地べたを舐めたり、膝を屈するような経験は皆無では無いか、と思う。

対して熱田君は真逆だ。

余裕があるようで、余裕なんて一切ない。

何時もギリギリ所か、常に限界突破。

傷だらけでボロボロで、強がりな所だけは崩さない。

何度も地べたを舐めながら──しかし膝だけは着けなかった弱者。

何度も何度も吹き飛ばされ、押し潰され、弾き出されながらも、立ち上がり、俺に勝っていいのはあの馬鹿だけだ、と狂念を流出させる地獄の神様。

 

 

 

人狼女王が地上最強の生物なら、熱田・シュウは地上唯一の地獄にして、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

目の前で泣いている人間を見れば、我慢が出来ない弱くて情けない馬鹿な人間の象徴。

だからこそ、最弱にして最強。

勝つまで止まらない暴風の具現だ。

 

 

 

「全く……」

 

 

これだけ主人公属性が盛りだくさんの癖に……当の本人はそれを全部否定しているのが実に勿体ない。

僕なら、主人公に胸を張らせる。

どうだ、俺は正しくはねえけど、間違ってはいねえだろ? って俯かせたりはしない。

いや、本人も俯くようなメンタルの持ち主じゃないけど、何と言うか……前向きに後ろ向き精神、というクソ面倒臭さである。

 

 

 

「……別に、君は何も悪い事をしていないんだから気にしなくていいだろ」

 

 

思わず独り言を漏らす。

僕だって一応、彼とは長い付き合いだ。

葵君程じゃないが、馬鹿が馬鹿見て、馬鹿して、馬鹿な事ばかりやっているのは知っている。

そんだけ馬鹿なんだから、最後まで馬鹿やれよ、と思うが、現実は止まってくれない。

何せ敵は佐々・成政だけではない。

 

 

 

六天魔軍の一番を任じられているM.H.R.R.の副長にして五代頂のトップ、鬼柴田か……!!

 

 

織田・信長の腹心の一人、柴田・勝家。

文字通り、鬼型が襲名しているが、鬼の一字に恥じない力を持っている。

一応、今、ウルキアガ君に威力偵察をして貰っているのだが、全く効いていない。

それも技や力を使って効いていないのではなく、素で効いていないのだ。

 

 

 

「どういう身体してるんだよ……!!}

 

 

しかし、よく考えれば、身近にもふつーーの斬撃とか衝撃とかならケロリとしている馬鹿……更によく考えれば結構いるから案外、普通か。

 

 

 

「ふっ、没個性だな第六天魔軍……!!」

 

 

僕なら、ここでこう、鬼柴田の背後から鬼のオーラを出すね!!

ゴゴゴ、という効果音から現れる不動明王像! 

これを見れば、僕たちとはいえうわぁぁぁぁぁぁ!! と悲鳴を上げて逃げざるを得ないというのに何故しないんだ……!!

 

 

 

・眼鏡 :『今、君、馬鹿な妄想しているだろ。話して』

 

・未熟者:『な、何を勝手に僕のキャラを決めているんだよ!! 大体、僕の妄想は先人も歩んできた偉大なる道だ……! 無論、僕は乗り越える為に想像するけどね!』

 

・眼鏡 :『同じ道を歩んでいくんだって負け犬のような言葉を言わなかった事だけは喜ばしいね──うん、僕としてもトゥーサンは先人を超えるものを見せてくれるって信じているからね?』

 

・女衆 :『ひぃぃぃ!』

 

 

イザナミのような恐ろしい女だな、と汗を掻きながら、自分は作戦を表示枠に書き続け、皆に指令を送る。

その内の一つには副長、熱田君の待機指示がある。

本来、こういう時こそ彼の本領ではあるのだが、治療をしたとはいえ負傷は完璧には治っていない。

出すにしても、やるなら安全圏から一撃を加えてもらうくらいに専念して貰った方がいい。

熱田君は確かにジョーカーに等しい切り札だが……切り札というのは最後まで取っておく方が勝つんだよ……!! と僕は眼鏡を上げながら、思わずポーズを取った。

 

 

※※※

 

 

・奥多摩:『お忙しい所、申し訳ありません。避難指示などを出していたら、ネシンバラ様が唐突にポージングを取り出して、"どうだ!? そうだろ!? 至高の加護が僕に降り注ぐよ……!!"などという妄言を吐き出し始めたのですが、如何すればいいのでしょうか皆さま──以上』

 

・副会長:『あいつ、立案しながら何やってんだよ』

 

・労働者:『解っていなくても言わなくていい』

 

・あさま:『だ、駄目ですよホライゾン! 悲嘆の怠惰をネシンバラ君に向けたら! ──ネシンバラ君も点蔵君と同じくらい変にハッピー入っているんですから、普段、当たらない悲嘆の怠惰でももしかしたらゲログチャア! になるかもしれませんよ!?』

 

・立花嫁:『宗茂様! 宗茂様! まだ示唆です! 実際に外れていないのですからリアクションが速いと思います!!』

 

 

 

※※※

 

 

口をへの字に曲げて、実況通神を見るネシンバラは、しかしポージングだけは解除しない。

 

 

 

現実に負けたままの創作者でいられるか……!!

 

 

現実に打ち勝つ想像を書いてこその創作者だ。

負けてなるものか……!! と思いつつ、鬼柴田の武装についての更なる情報に再び歯噛みする。

 

 

 

「更に聖譜顕装とかチートか……!!」

 

 

 

聖譜顕装、意欲の慈愛(アニムス・カリタス・)新代(ノウム)

 

 

能力は敵対行動を一瞬停止させる、という一見地味に見えるが……鬼柴田の前で敵対行動全てが一瞬止まる、というのは最早、悪夢でしかない。

槍本多君がいたなら即座に蜻蛉切の割断能力で聖譜顕装の力を割断して貰っていたが、残念ながら槍本多は葵君救出チームだ。

同じ事が出来る人間なんて……ああ、それも熱田君になるのか。

それだけ頼むか、と悩める若人のポージングをしていたら、新しい表示枠が自分の前に形作られた。

 

 

 

 

・留美 ;『あの……書記さん』

 

 

ポニーテールの熱田神社の巫女が目の前に浮かんだ時点でネシンバラは嫌な予感に駆られた。

故に、即座にカウンターを放つつもりで、勢いよくツッコんだ。

 

 

 

「どうしたんだ神納君! ──まさか熱田君が暴走して前線に突撃したって言うなら浅間君に頼んで止めてもらうけど!!」

 

 

・●画 :『命を?』

 

 

そんな結果になりそうだけど、流石に愛している系巫女に言うにはなぁ……。

 

 

しかし、そんな僕の問いにも、神納はいえ、と歯切れ悪く返事し、暫く視線を漂わせていると

 

 

・留美 :『あの、ですね……昨日、勿論、私の方でも治療したのですが……どうせならもっと良くなって欲しいと思って按摩(マッサージ)店を紹介して見送ってまして……』

 

・御広敷:『……小生、オチが見えたのですが……』

 

・金マル:『シッ』

 

・あさま:『え!? いや、ちょっとそれ不味いでしょ!?』

 

 

いや、全く以てその通りだが、こっちとしては何故そうなる、としか言いようが無いのだが。

 

 

 

流石に偶然とか不運までも作戦に入れる事なんて出来るか……!!

 

 

そーいや、あの男、特に何も悪い事をしているわけではないのに事件の中心に浮かぶ男だった、とか思い出しそうだが無視する。

恐ろしい事に、その事で迷惑を被るのは何時も巻き込まれた本人のみに留めていたが、流石に鬼柴田を前にしては信頼が揺らぐ。

 

 

 

・未熟者:『いや、ちょっと待て! まだ按摩(マッサージ)店の場所が分かっていないじゃないか!? 場合によってはすれ違った、とかそもそも場所が遠いとか有り得る!!』

 

 

自分の希望に対して、数秒後に神納から按摩店の地図が送られてきた。

すかさず、その地図を今、作戦に使っている地図と見比べて──送られてきた方の地図を叩き割った。

 

 

・未熟者:『浅間君! 君の対熱田君用ストーキングスキルのアップの提言をさせて貰うよ!!』

 

・あさま:『そ、その元からあるみたいな言い方は冤罪です……!! というか今の状況の場合、覚えていてもふつーーに悪い事じゃないから見逃し三振ですよ!』

 

・●画 :『浅間は言った……"もう……店なんて行かずにうちに来てくれたら連コインしてくれてもいいのに……"っと』

 

・留美 :『いえ、待ってください。その場合、"私の"所に来た方が効率もいいですし、ぜ・っ・た・い・に・ま・け・ま・せ・ん』

 

・巫女's:『……ほぅ』

 

・約全員:『ひぃっ』

 

 

巫女二人が過熱しているのは何よりだが、ともあれどうあっても打つ手が無いので、借りようとしていた真田の忍者達やスタンバイしているアデーレ君達に一旦保留のメッセージを飛ばしながら、ネシンバラは嘆息する。

 

 

 

「……何でそこで六天魔軍が突っ切っている通りに面した店にいるかなぁ」

 

 

しかも、後、数秒で通り過ぎる地点に。

そのままどちらも気付かずに無視してくれたらさいっこうに幸運だが……結構なレベルで不運な熱田君には無理だな……と結論を出すしかなく、まぁた悪足掻きか……と嘆くだけであった。

 

 

 

※※※

 

 

佐々・成政は右横にあった按摩店から武蔵副長がさっぱりした顔で出てくるのを見て、不覚にも足を止めてしまった。

 

 

 

「は……?」

 

 

幾ら何でも用意が無さ過ぎる。

こちとら急ぎ足なのだが、流石にガキとはいえ副長の前を何の用意も無く通り過ぎる気はない……が、その本人は本人でんーーーと腕を上げて体を伸ばしている。

どう見ても、按摩を満喫して気持ちよかったぁーーと余韻に浸っている状態である。

一応、この場の上司でもある先輩に対して視線を向けてみると──遠慮なく御市様からの弁当をガツガツ食っていた。

 

 

「おい、こら柴田先輩! 目の前に武蔵の副長のガキいるんすよ!」

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!? どっかで聞いた事がある名前だと思ったら、確かナルナル君を地平の彼方にまで吹き飛ばしたガキの名前ですねぇぇぇぇ!!? よぉぉぉぉく覚えていらっしゃるぅぅぅぅぅ!! さては負け犬メンタルで嫉妬心露わに"次会ったら、絶対に倒してやるぅ……!"とか覚悟を決めていたんですかねぇぇぇ!? 心が広くて御市様の弁当食べている俺にはビタ一分かんないから説明してくんねえかなぁぁぁぁぁぁ!! ナルナルくぅぅぅぅぅぅん?」

 

「こ、この野郎……! 容赦なくウザさの連チャンやってきやがった……!」

 

 

こんな時までやる先輩に、怒りで拳が震えるが──その癖、ちゃっかり弁当をハードポイントに繋げ、両腕をフリーにしながら、脇差を抜くのは流石だ。

本来ならば瓶割を抜くべきだが、今回は距離が近過ぎる。

鬼の中では小柄とはいえ、人よりは巨大な柴田先輩に合わせた刀だ。

人間からしたら斬馬刀みてぇなもんだから、ここまで近くになると無銘でもコンパクトに振れる脇差の方がいいと判断したのだろう。

その判断に成政は素直に舌打ちする。

 

 

 

脇差とはいえ柴田さんが"抜いた"以上、武蔵の副長は柴田先輩の獲物だ

 

 

言いたくはねえが、しかし立場上、後輩である俺は譲るしかねえ。

 

 

 

「……マジでやるぜ、柴田先輩」

 

「馬鹿野郎。テメェも男なら、その後に、"俺には負けるけどな"くらいつけとけ」

 

 

Shajaと苦笑して返答すると、ようやくそこで武蔵副長がおや、とこちらに気付いた。

ううん、と最初は怪訝そうに脇差を持っている柴田先輩を見ていたが、その後につつーと視線が逸れて俺を見ると

 

 

 

「──あっれぇーーーー? テメェ、この前ぶっ飛ばした俺の六分の一魔軍の佐々君じゃないかなぁーーー? 随分と早い再登場だけど、もしかして"この恨み晴らさずにはいられうか!"とか思っての復讐かぁぁぁぁぁっぁあぁ!!? 器の小ささがよく分かる行為だなぁぁぁぁぁあぁぁあ!!?」

 

 

※※※

 

 

・大先輩:『あっれぇぇぇぇぇぇぇーーーー!!? ナルナルくぅぅぅぅぅぅぅっぅん? キミぃ、とぉぉぉぉぉってもよく理解されておらっしゃるようですけど、さては自己紹介上手なのかなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?』

 

・百合花:『こ、この野郎……!! というか何で向こうまでウザ芸風かましてくんだよ……! あんたの芸風、実は二度ネタじゃねえのか!?』

 

・大先輩:『ちーがーいーまーすぅぅぅぅぅ!! これは大物の証明ですぅぅぅぅぅ!! 大物に挟まれた小物は自分の器の矮小さに気付くでしょうが、大物である俺らは全く欠片も気にも留めませんでしたぁぁぁぁぁぁ!!!』

 

・百合花:『うっわ、ウゼェ……!』

 

・三立甲:『おーい。現場ぁー仕事しろぉーー』

 

 

 

※※※

 

 

一益に言われちゃしょうがねぇなぁ、と柴田は思いながら、笑って武蔵副長であるガキに喋りかける。

 

 

 

「よーーう、武蔵副長。前回はうちの小物達が世話になったようだなぁ」

 

「あ? ああ、前回はネイト母の方がインパクト強かったから、んな覚えはねえが」

 

 

もう一回成政にウザ芸でもかまそうかと思ったが、流石に間が無さ過ぎる。

我慢っていうのも大事だよな御市様! あ、今、想像の中の御市様が"いえ、勝家さんはどんな時でも素敵ですよ?"って言ってくれた!

だが、大物である俺は想像で満足なんてしねぇ……ちゃんと現実でその言葉を貰うぜ……!!

 

 

 

「その人狼女王に結構、やられていたような気がするがぁ……まだまだ療養中かぁ?」

 

「はっはっ──何言ってんだ馬鹿。たかだか鬼型一人相手するくらいなら余裕なのが俺だぜ?」

 

 

はっはっはっ、と武蔵副長と合わせて笑う。

思わず、成政が身を引いているが、小物だなぁナルナルくぅぅん?

こんな自己紹介にもならない程度の殺意の応酬で身を引くなんて。もう少し"スイッチ"を切り替えろばぁか──と思ったと同時にフリーにしていた左の脇差を一瞬で武蔵副長の口元辺りに突き刺した。

 

 

 

 

容易く音速の壁を突破した刃は、水蒸気爆発を起こしながら吸い込まれるように口を貫こうとする。

 

 

 

相手はガキとはいえ副長だ。

油断はしていないが……同時に、運が悪いなぁ、こいつ、とも思う。

意欲の慈愛(アニムス・カリタス・)新代(ノウム)には一切の例外は無い。

攻撃でも防御でも、何なら回避とかでも絶対に一瞬止める。

無論、それも距離や発想、もしくは種族特性次第なんだろうが、こいつは代理神とはいえ人間で、更にはこの距離だ。

 

 

 

相手が人狼女王であってもぶち殺せる

 

 

 

運がわりぃなぁ、とは思うが、手加減はしねぇ。

ここでこいつ殺したら楽だし、一瞬で終わった方がこいつも気が楽だろ、と思うからだ。

そして

 

 

 

お……

 

 

手応えが来た。

肉を貫く感触、刃が斬るのではなく貫く感触はぐちゃり、という擬音が聞こえるくらいだ。

殺ったな、と思い、柴田はそのまま目の前を見る。

 

 

 

口の中に刃を突っ込まれ、そのまま立って死んでいる──のではなく、何時の間にか刃を右手の親指と人差し指で挟んで生きている少年を

 

 

 

「……あ?」

 

 

親指と人差し指でつまんで止めた──わけではない。

それは防御行為だ。

その行為は止まるし、実際、指は触れているだけで脇差を止めれていない。

だから、剣は過たずに肉を貫いている。

そう、貫いてはいる──喉ではなく左頬の奥側を貫通している。

 

 

 

……おいおい

 

 

柴田は己の動体視力に映った出来事に笑いながら理解を進めていた。

このガキは刃が迫っていく中で、一つの動作をしたのだ。

攻撃でも、回避でも無い、普通の動作。

 

 

 

欠伸をしたのだ

 

 

欠伸をする事に、聖譜顕装は当然、反応しない。

攻撃に該当する筈も無ければ、防御行為でも無い。

故に動作は止まらずに行われた欠伸はそのまま、少しだけ首を傾げられた欠伸となった。

ただ、それだけだ。

それだけで、喉を貫く筈であった一刺しは左の頬を内側から突き破るだけの結果となった。

 

 

 

「──はっ」

 

 

油断。

そう言ってもいい結果ではあるのだろう。

しかし、聖譜顕装の効果で攻防が出来なくなり、その上で音速突破の刃を刺されようとなっている中で欠伸?

必死の現場で欠伸などをする精神もそうだが……これは演技などではない、という事だ。

必然的な欠伸なら、意欲の慈愛(アニムス・カリタス・)新代(ノウム)が対応する。

偶然的な欠伸だ。

幸運から命を掬い取った、と言ってもいい結果である筈なのに、今もまだ貫かれている少年の顔は正しくあーーねみぃ、といったような顔。

 

 

 

鬼と神の慈愛を前にして、少年の意識には特別な警戒心は生まれていないという証左

 

 

それは何というか──()()()()()()()

その感想に至ったと同時に脇差が砕かれる。

聖譜顕装の効果が終わり、慈愛から解き放たれた剣神は己を悪戯に傷つける刃を許さない。

 

 

 

──そんな事はどうでもいい。

 

 

 

つまり、今からここは殺し合いの現場だ、と鬼が哂った。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

成政は二歩ほど先輩が引くのを見た。

圧に押された、とかではない。

それは柴田先輩にとっては適性の距離──瓶割を振るうのに最適な位置取りだ。

 

 

 

「成政ぁ」

 

 

普段のそれとは変わらぬ声色に──成政は御市様と出会う前の、正に鬼のようであった頃の殺意の色を読み取り、危うく百合花を展開しかけた。

それは畏怖の感情を与える物ではあったが──同時に佐々にとっては唇を歪めるゴングのようなものであった。

 

 

 

「俺ぁ、こいつぶち殺しておくから、テメェは仕事な」

 

「時間制限とかあんの忘れてねぇっすよね」

 

 

馬鹿野郎、と返される口調は普段とそのままでありながら、温度差は歴然としているのがすげぇって思いながら、次の柴田の言葉に笑いを抑える事が出来なかった。

 

 

 

 

「──時間制限なんて気にしている時点で小物なんだよ。俺は数秒であっても敵を打ち倒す事しか考えてねえよ」

 

 

 

 

「──Shaja」

 

 

そうだ。それでいい。

鬼柴田はそうでなくてはいけない。

P.A.Odaの副長の在り方はそれでいい。

強烈にして圧倒的が柴田・勝家だ。

人狼女王や武蔵副長を見た後でも変わらない。

なら、俺がやる事は本来の仕事を果たすだけだ。

鬼を心配するなど人の仕事じゃねえ。

だから、俺は百合花の強化を持って、一気に駆け抜ける。

 

 

 

あそこは今から鬼と神の殺し合いの現場になる

 

 

 

 

※※※

 

 

 

駆けていく佐々・成政を見送りながら、熱田は目の前の鬼を見上げる。

今まで見て来た鬼にしては小柄だが、人からしたら十分に大きい。

手に持っている刀も長大で、間合いの広さは明らかに向こうの方が上であり──何より"雰囲気"がある。

その事実に、笑みを浮かべながら、熱田は声を掛ける。

 

 

 

「今まで出会った鬼型はどいつもこいつも鬼っぽくなかったが、テメェはちゃんと鬼なんだろうなぁ?」

 

「いーーや、それをお前が知る事は出来ねえなぁ──鬼と遊ぶ人間の最後は鬼に喰われて御仕舞なんだよ」

 

 

はっはっはっ、と俺達は互いに笑い合う。

空間が軋む音が聞こえるが、気のせい気のせい、と思いながら、俺は素直な気持ちを鬼柴田に吐露した。

 

 

 

「いーねぇ。俺、そういう大言壮語をする奴は嫌いじゃねぇぜ? 口すら動かねえ奴なんて期待も出来ねえし」

 

「気が合うじゃねえか。うちの小物なんて口は回らねえ癖に脳内だけ空回りのハムスターみたいになっていてよぉ」

 

 

はっはっはっ、と再び笑い合い

 

 

 

「──それに」

 

 

とお互い声が被さる。

その事に互いの殺意が笑みとなるのを理解する。

それはつまり、互いに同じ考えを持っているという証左であり──斬るに値する理由であった。

 

 

 

 

「──大言壮語を言った奴を負かしたら、後の屈辱感が増すってもんだよなぁ!!!」

 

 

 

全く同じ台詞を吐き出しながら、鬼柴田は刃を振り上げ──同時に硝子が砕けるような音が響く。

一瞬だけ、鬼柴田の動きが遅くなる中、俺は按摩店から出た時から呼んでいた己の剣の招来に歓喜を得た。

 

 

 

「行くぜぇ!!」

 

『イツデモ、ドコデモ、ドコマデモイクヨッ!』

 

 

その言葉に頼もしさと──若干の苦笑を得ながら飛んできた剣を掴み、剣神である己を自覚し──鬼と人は互いに笑い合いながら

 

 

 

「──っ死ねぇ!!!」

 

 

 

※※※

 

 

成政は武蔵野の中央辺り、つまりさっき、柴田先輩と武蔵副長が遭遇した場所から地震のような衝撃と大音が響くのを感じ取った。

 

 

 

派手にやってんな……!!

 

 

あれ程の音は最近は中々に聞けない。

しかも、相手は嵐の神の代理だ。

攻撃特化はお互い様って奴か、と思っていると

 

 

 

「おっ」

 

 

視界に人影が見える。

軽い残像を残す姿は高速の所業であり、六天魔軍に対して挑むという姿勢を崩さない相手だ。

面白れぇ、と成政は素直に思う事を己に許した。

武蔵の連中はどいつもこいつも意気がある。

最近の連中は歴史再現だからとか大国相手にはどうしようもない、とか軟弱な奴が結構いるが

 

 

 

イキがいいのが多いじゃねえか武蔵……!

 

 

お陰で拳を振るうのに躊躇わずに済むというものだ、と思い、声を上げる。

 

 

 

「──誰の前に出て来たか承知の上で来てるんだろうな!!」

 

 

俺の問いかけに、直ぐに声が帰ってきた。

 

 

 

「──Jud.! 襲名解除中ですが、立花・宗茂! 天魔に挑む意気です!!」

 

 

──西国無双か!!

 

 

武蔵の副長相手に負けたとはいうが、それは弱者の証明ではない。

まだ療養中ではあると聞いているが、多少の戦闘なら問題無い、という判断か。

強敵だ、と意識を持ちながら

 

 

 

「多少で済むって思ってるなら大間違いだぜ……!」

 

 

全身に百合花の紋章が浮かび、あっという間に音の壁を破る。

 

 

 

おお……!

 

 

ぬるり、とした形の無いゼリーを貫く感触が全身を襲うが構いはしない。

百合花で強化された身体なら一歩で30mくらいは容易い。

だから、躊躇わずに行った。

 

 

 

「──!!」

 

 

己の咆哮すら置いていく疾走に拳を合わせる。

まだ遠かった立花・宗茂はもう拳を当てれる距離だ。

故にぶちかました。

だが

 

 

 

おっ……

 

 

まるで軽業師のように西国無双は俺の拳に乗った。

文字通り、まるで足場のように乗って行かれる姿は成政をして中々無い経験であり、つまりしてやられた。

背後に回られたのだ。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

ここで決めます……!!

 

 

宗茂は己の技が成功した事に対する安堵を冷静に抑えながら、持っている剣を構えた。

相手は六天魔軍の佐々・成政。

油断など一切なく、躊躇なく殺すつもりで丁度いい相手の一人だ。

もう一人、鬼柴田もいるのだが、そっちは宗茂は敢えて一切、思考から排除した。

 

 

 

そっちは武蔵の副長が対処しています……!!

 

 

対処が出来ていない、とはこれから先、絶対に思わない、と決めている。

武蔵副長はそれが出来て、当然、という生き方を自分に義務付け、そうあれかし、と生きて来たのだ。

疑うのは侮辱に値する。

だから、宗茂が対処する相手は佐々・成政ただ一人だ。

 

 

 

「おぉ……!!」

 

 

久々に喉から発せられる咆哮が何と心地が良い事か。

足は現在療養中。

術式は現在、襲名解除している上に、金欠である為、正直に言えば前よりは劣化したとしか言うしかない。

しかし、だからこそ全力だ。

昔よりも総量としての力が下がった。

だからどうした、と吠えるのだ。

昔よりは確かに弱くなったかもしれないが、

 

 

 

──昔より、これからが最高です……!!

 

 

それこそが妻へと誓った無双であるという覚悟を胸に剣を突き刺した。

狙うは胴体。

右拳を前に突き出している状態であるならば、左右や下には逃げづらい。

仮に上に飛んだとしても、少々、胴体の中央からやや上を狙っているから対応可能。

更にはそのまま前に踏み出しても、療養中の足とはいえ追って貫ける、と判断した。

故にそのまま突き刺そうとし、

 

 

 

「百合花ぁ……!!」

 

 

六天魔軍の一人の声が響き、自分の狙いが失敗に終わった事を悟った。

成政は避ける事はおろか逃げる事もしなかった。

右の拳を前に突き出している以上、確かに避ける態勢とは言い辛いが──そのせいで左の肘が後ろに自然と下がっている。

その肘を、佐々は癒使による身体強化を持って、勢いと力を増やし──そのまま後ろも見ずに背後に振り回すような肘撃ちを打ち込み、見事にこちらの剣を粉砕した。

 

 

 

「──」

 

 

術式としての格の高さや刃に対して何の躊躇いも得ずに肘を撃つ姿勢にも感銘を覚えたが、それ以上に、背後に対しての正確な空間認識能力。

大雑把そうに見えて、戦闘に対しての意識は素晴らしいの一言だ。

繊細を持って、大雑把を表現している。

ともかく、初撃必殺は失敗した。

なら、後は──

 

 

 

 

 

※※※

 

 

「おお……!!」

 

 

男二人の咆哮が武蔵野に響く。

咆哮のアクセントに加えられるのは拳と、予備に持っていた剣による打撃と斬撃の応酬だ。

轟音を吐き出しながら、衝撃波を放つ拳に、それを迎え撃つ剣。

唸りを挙げているのは拳の方だ。

人体である筈のそれは、百合の花の加護によって金属所か、小型の物であれば軽く撃ち抜ける威力を与える拳は、最早、武器というよりは兵器だ。

それを迎え撃つ剣が儚さすら感じ──しかし、それでも剣は折れない。

決して、真っ正面から当てる事はせず、拳に添うように振りかざしながら、しかし逃げない。

ただ逃げるだけでも無ければ、時間を稼ぐ、という方法ではない。

隙を見せたら、その時がそちらの終わりだ、と匂わせる戦い方に、成政は苦笑しながら叫んだ。

 

 

 

「やるじゃねえか西国無双……!!」

 

「喜んで頂いたのなら何より……!!」

 

 

答えながらも、視線は真っすぐこちらを見、剣を振るっている。

笑みも無く、必死な姿でこちらに挑んでくる様は素直に敵として賞賛出来る。

 

 

 

 

「三征西班牙も勿体ねぇ事をしたもんだ……!!」

 

 

負けたとはいえ、これ程の男を襲名解除って言うのはマジで勿体ねえ。

いや、そういうのが政治っていうのは分かるし、襲名者が負けるっていうのは重いっていうのもまぁ、分かっている。

が、俺はそーいう面倒くさい話は正直、やってらんねぇって思うから不破とかトシに投げっぱである。

だから、二人なら俺を馬鹿にしながら、しっかりとした解答をするのだろうけど、俺には実力を見て勿体ねぇなってボヤくしかねえ。

未だ全快ではない体でここまでやれるんなら、そこらの小国なら軽く総長、副長クラスだろうに、と。

しかし

 

 

 

「──いいえ! 私に後悔はありません……!!」

 

 

叫びと共に放たれる剣は俺の拳を手繰り、絡めようとするので、即座に手を開き剣を弾く。

甲高い音共に、少しだけ距離が開くが、立花・宗茂は即座に隙間を埋めるように近付き、言葉を放った。

 

 

 

「負けた事にはフアナ様やセグンド総長、三征西班牙の人達には申し訳ないと思います!」

 

「相手が化け物染みた剣神であってもか!?」

 

「私は襲名者であり、立花・宗茂であり──西国無双だったのです!」

 

 

無双の名を持っていたからこそ、相手が誰であっても言い訳しないと叫ぶ男には、やっぱり勿体ねえ、という感想が生まれるが、もうそれは言わない。

お前が言っている事は無粋の極み、と言われている以上、俺でも空気は読む。

故に、聞くべきことは別の事だ。

 

 

 

「じゃあ、それで何で後悔がねぇ、と?」

 

「Jud.──私が望む場所と、望む人がいるからです。後悔の必要がありません」

 

 

笑みと共に振るわれる剣は驚くほどに澄んでいる。

殺意ではなく、決意による刃なら技術が伴っているのなら、鉄など容易く引き裂き──賢鉱石が含まれた手甲が軽く欠けている事に気付き、成政は3度目の感想を胸に抱く。

 

 

 

 

「ええ、更には──武蔵には心が震えるくらいには打倒を目指したくなる人もいるので」

 

 

今の一言には先程以上に熱が籠った言葉であった。

否、先程までも同じくらいには熱はあったが………熱の方向性が違う。

今までは己の意気を語っていたのに対して──今のは意気ではなく熱意だ。

今にもそうしたい、挑んでみたい、打ち倒して勝鬨を上げたい、という戦士特有の血気。

 

 

 

──武蔵副長か!!

 

 

その名前には同意せざるを得ない。

IZUMOの最初の相対を終え、人狼女王と出会った時のあのガキは正しく別物であった。

全身を己の血で染めながら、あくまで自然体に立ち、そこから放たれた嵐の一撃を成政は全身で知っている。

百合花による跳躍で何とか命は拾ったが、ほんの少し引っ掛けただけで全身が吹っ飛ぶ中、目の前で色々な物が"削られていく"光景を見た時は柄にもなく肝が冷えた。

しかし、その中で俺は目の前の光景に既視感も覚えたのだ。

 

 

 

それは見慣れた先輩の鬼の刃の一撃

 

 

まるで、瓶割の一撃のような強烈さ。

直接相まみえる事は出来なかったが、恐らく人狼女王も似たような一撃など容易く放てるのだろう。

つまり、あの年齢、あの状態であのガキは()()()立っている。

怪物の領域だ。

 

 

 

 

「──」

 

 

それは同時に人の身であっても、そこにいけるという証明であり──己が足りていないかったという証明でもあった。

 

 

 

 

ああ、そういう意味ではすっげぇ腹が立つ……!

 

 

身勝手な嫉妬だというのは解っているが……それでもそう思ってしまう自分を止めれない辺り、馬鹿な先輩に小物って言われるのかもしんねえな。

でも、それも含めて俺だ。仕方がねえ。

故に、俺は年下の餓鬼に負けている俺を恥に思う。

お陰で百合花が何時もよりも綺麗に光っているように見えるのだから単純だ。

ああ、でもそれはつまり──今、目の前に居る剣神に打ち倒された男。

 

 

 

 

己を負かした相手というのはあらゆる意味で特別にならざるを得ない

 

 

 

流石に俺は武蔵副長に負けた、と認めるには時と状況が足りなかったが……俺の上には鬼がいるのだ。

なら、俺が持つ負けん気とお前が持つ意気は

 

 

 

「──一緒か!?」

 

 

そう叫び──しかし次の俺達の行動は次の歪な爆音と衝撃によって封じられた。

 

 

 

 

──何だ!?

 

 

地震に等しい衝撃と爆音に対し、咄嗟に両足を地面から軽く離せたのは経験の賜物だ。

何故なら、成政にはこのレベルの衝撃と音を出せる物について心当たりがある。

 

 

 

柴田の瓶割だ

 

 

刃に映ったモノを斬ったりなんてまどろっこしい事などせず割砕する、まさに鬼の為の神格武装だ。

相手が武蔵副長である事を考えたら使う事自体は特に不思議ではない。

だから、衝撃に関しては特に驚く事はねえのだが、問題は音だ。

柴田の瓶割は使ったら、単純な割砕を与えるだけの暴力装置だ。

当然、音もまるで30mの刃を叩きつけたような音が出るだけだ。

 

 

 

 

なのに、実際は割砕を叩きつけられる前に一際甲高い音と、実際の爆砕が発生するのに遅かったのだ

 

 

瓶割にそんな機能が無い以上、あるとすればそうなったのは理由は一つだけだ。

 

 

 

 

「──何かしやがったのかあの餓鬼が!!」

 

 

 

その呟きに応えるかのように自分達の視線の中で高速にこちらに飛来する人間がいた。

やはり、と言うべきか。

その正体は武蔵副長であった。

 

 

 

 

※※※

 

 

鬼と剣神の戦いは最初から噛み合わない戦いであった。

互いが互いの武器を取り、その上で躊躇いなく致命傷に剣を突き立てたのだ。

鬼は額目掛けて切っ先を、剣神は心臓目掛けて切っ先を振るった。

どちらも一直線であり、遊びも無い故に刃も交わらない。

だから、どちらも同じことを思った。

 

 

 

 

こいつは途中で軌道変化、もしくは何かしらをするか、もしくは回避に入る、と

 

 

 

故にどちらも限界ギリギリまで突き刺し、その上でそっからアドリブで合わせる。

そのつもりだった。

だから、互いが互いの刃を止めない事に気付き、その時にはもう互いの切っ先がそれぞれの急所の皮膚を一ミリ程突き刺し──

 

 

 

──あ、これ死ぬ

 

 

 

「──ぐぅっ!?」

 

「っあ……!!」

 

 

全く同時に体を捩り、めり込もうとする刃から体を引かせ、後、数秒すれば脳と心臓が貫かれて絶命していた一撃を、額を横一線に切り裂き、胸を切り裂く程度に納めたのだ。

タイミングを考えれば、ある意味で奇蹟を感じる瞬間だ。

しかし、二人にとってはそれは奇蹟ではなく──

 

 

 

 

「……」

 

 

 

一瞬の無言。

知覚するのは互いが流した血とどうでもいい痛み。

しかし、その傷は──己を貫く事が出来ずに付けられた逃げ傷にも等しい傷だ。

互いが互いの攻撃に対する絶対の信仰。

死ぬくらいなら敵をぶちのめした後、鬼としての矜持、友との約束等、様々な経験と過去を積み重ねて出来た絶対と任ずる己だけの戦い方だ。

 

 

 

 

鬼にとってはそうあるのが俺だ、と自分に任ずる鬼としての生き方であり

 

剣神にとってはそうあるのが最強だ、と自分と他人に約束した生き方だ。

 

 

 

──しかし、二人はそこで笑みを以て言葉を作った。

 

 

 

「──そういや自己紹介がまだだったなぁ」

 

「そーいやそうだった。周りの小物共がせっかちなんでつい合わせちまった」

 

 

互いの言葉にはどちらも棘が無い。

敵意や悪意、殺意すら存在しない。

むしろ、一種の親愛さえ覗かせて言葉を送り合っていた。

 

 

 

 

「武蔵副長、熱田・シュウ。あくまで最強」

 

「M.H.R.R.副長、柴田・勝家。普通に最強」

 

 

 

──親愛は親愛でも、もうこいつは斬るしかねえ、という納得による親愛であるが。

 

 

 

「へぇ、最強? いやいやいや、無論分かっているぜ? そりゃ男だもんなぁ。最強、憧れるよなぁ──それもこの熱田・シュウ相手っていうなら無理もねえなぁ。うんうん、しょうがねぇしょうがねぇよ()()()()が一番に憧れちまうのはしょうがねぇ」

 

「いーーーやいーーーや、お前みてぇな貧弱な小物なら、そりゃ俺みてぇに大物ですっげぇ偉大な先輩に憧れちまうのはそりゃしょうがねぇってもんよ。俺、格好いいし──先日、ぽっと出のババア相手にぶっ飛ばされてんじゃあ、そりゃそういうのをものともしねえ大物を見たら()()は見上げちまうよなぁ」

 

 

 

※※※

 

 

・留美 :『大変です皆さま! ──シュウさんとこんなにも息が合う人が鬼柴田らしいです!!』

 

・未熟者:『息が合う!? これはもう殺し合い寸前の挑発勝負の間違いじゃないのかい!!?』

 

・あさま:『いえ、これは留美さんの言う通りです。大体、気が合わない人相手に"憧れてもいい"なんて洒落でも言わないですしシュウ君は』

 

・留美 :『そうですね。初対面でここまで殺し合う気にさせるなんて侮れませんね鬼柴田……』

 

・〇べ屋:『……あ、ごめん。ツッコミ時、見逃しちゃった』

 

・●画 :『嫁(未定)と嫁(予定にさせる)の二人の理解度は今の所同レベルと見做していいのかしら……』

 

・金マル:『すげぇー……ガっちゃんがネタにするより先にツッコミを優先させちゃったよ……』

 

・礼賛者:『というか、これ。下手したら武蔵潰れませんか?』

 

 

※※※

 

 

もう、こりゃ斬り合うしかねぇなぁ、と熱田は笑いながら黙って結論を出した。

こいつ相手に妥協とかすんのは絶対に無理。

やるならとことんやらねぇと俺も止まらねえし、こいつも納得しねぇ。

手足が全部無くなっても首から上があるなら、敗北なんてしてねぇって堂々と言う奴だ。

 

 

 

 

それでいて、本当にそこからマジ勝ちするタイプだ

 

 

そーーいう相手はもう、本当に

 

 

 

 

──地べた舐めさせて負けて負けて負け尽くしましたーって思わせねぇとダメだよなぁ

 

 

無間地獄の勝者はこの世でただ一人。

相手が六天魔軍だとか鬼柴田なんていうのは例外を許す条件には一切関係ない。

()()()()()()()()()()()()鹿()()()()

武蔵の敵対者は須らく敗者となって沈ませるのは俺の義務だ。

しかし、それはそれとして三河以降、骨のある奴らばかりと殺り合える事につい、唇を歪めてしまう。

やっぱり日頃の行いっていうのはちゃんと反映されるものだぜ……と思っていると

 

 

 

「おい、武蔵副長。そういや、自己紹介で言い忘れていた事があった」

 

「ああ、何だよ。手短にな」

 

 

感心している最中に言われたから、思わず条件反射で返したが、柴田・勝家もおお、と合いの手を入れて

 

 

 

 

「──かかれ瓶割」

 

 

 

思いっ切り不意打ちされた。

 

 

 

 

※※※

 

 

柴田は何やら勝手にうんうん、と頷いて気もそぞろになっている馬鹿に遠慮なく瓶割をぶち込んだ。

見た感じ、熱田・シュウのバトルスタイルは剣神としての切れ味を前面に押してくる。

 

 

 

ありゃ、下手に鍔迫り合いしたら瓶割でも斬られるかもしんねぇな

 

 

神格武装を持ってしても斬られかねない切れ味を文字通り肌で感じ取っている。

素の防御力だけで言えば俺は他の鬼型よりも遥かに硬度である筈なのに、このガキの刃はぬるりと刃先が肉体に入っていく感触を覚えている。

 

 

 

 

もしも、あのままやっていたら互いに脳と心臓を持ってかれて同士討ち

 

 

 

ああ、つまり、こいつとはもう殺し合うしかねぇな、という結論を得ている。

己の鬼と比肩し得る程の攻撃意識。

しかも、さっきからの態度を見れば、頑固に更に頑固の皮を100重くらい重ねて作られたレベルの生きの良さ。

こういう奴は両手両足全部叩っ切られても首だけで勝てる、とかいう妄想を素で信じているタイプだ。

 

 

 

つまり、殺すしかない

 

 

両手両足じゃなくて心臓を潰し、首を落としてようやく止まるタイプの怪物だ。

お陰で俺としても殺る気がぐんぐん湧いてくる。

最近はこの手のタイプは大分減ったが、まさか武蔵とかいうお人よし集団の綺麗事集団の中にこのレベルのイカレ野郎がいるとは思ってもいなかった。

 

 

 

 

お陰で躊躇う事無く、俺がぶち殺してやるって思える

 

 

 

瓶割の発動の口上を述べる時の活舌の良さは過去最高である。

活舌だけで人を殺せれるのならば、間違いなくさっきので殺せていたな。

 

 

 

──そうなったら御市様とアフレコデビューか!?

 

 

いや、下々の者共に御市様の声を聴かせるなんてちょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー駄目だね!!

当たり前の真実を思い出してしまったので、後で御市様の声を聴いている小物共をぶっ殺しておこう、と思っていると──ようやく瓶割の発動を前にした餓鬼が何をしようとしているかを理解出来た。

 

 

 

 

「あ?」

 

 

瓶割を前に餓鬼は逃げるでも、ましてや狼狽えるわけでもなく、奴はそのまま背負っている大剣を下段から一気に逆袈裟に振り上げようとしている最中であった。

 

 

 

 

「……おいおい」

 

 

その行為を理解出来ないのではなく、理解しているが故に呟く。

あくまで神格武装による現象とはいえ、瓶割が起こす事象とは割砕なのだ。

割って砕く、という行為は下段や中段からの攻撃では出来ない、上段からの攻撃だ。

つまり、瓶割を発動したという事は攻撃する軌道が確定したとも言える。

だけど、この相対中一度も瓶割を見せた事がねぇのに、何故理解出来る、とは言えねえ。

瓶割は鬼の俺が扱うには実に適当な大雑把な一撃だ。

 

 

 

解かりやすい単純さで、強烈。

 

 

故に、剣神レベルを相手にした場合、前兆の予知くらいが出来る隙間はあってもそりゃしょうがねえ。

だけど、だからといって

 

 

 

 

──瓶割を叩き斬ろうだなんて思うのかよ!!?

 

 

 

神格武装を相手に正面から捻じ伏せようとするなんてとんだキチガイだ。

気に入った、がその程度でどうにか出来る程、

 

 

 

「俺を舐めんじゃねぇぞ……!!」

 

 

 

※※※

 

 

 

熱田は自分の手にかかる重みを理解した。

 

 

 

お……?

 

 

こんな大剣を扱っている俺だが、実際問題、剣であるなら俺はどんな大きさや形の剣であっても扱える。

剣神である以上、全ての剣は俺の下であり、俺の力になる存在だ。

故にどんな刃であってもそれを振り回すのに苦と思った事など一度も無い俺が──今、初めて自分が持っている剣が重いという事を理解した。

 

 

 

──いや、ちげぇ! 剣が重いんじゃねぇ! 

 

 

 

しかし、直ぐに自分はその思いを否定する。

これは剣自体が重くなったのではない。

単に剣に与えられる衝撃の重さを誤認して剣が重くなっていると錯覚したのだ。

それを理解した瞬間、俺は瓶割の割砕の重さをはっきりと自覚した。

 

 

 

 

「ぉ……!?」

 

 

一瞬で両足が地面にめり込み、すり鉢状のクレーターが作られていくのを感じ取りながら、俺は"鬼"というものを完膚なきまでに理解させられた。

人狼女王も似たようなのではあったが……ここまで徹底的に"力"という概念には拘っていなかった。

触れたもの全てを壊すのではなく、"無かった事"にする程の圧倒さ。

妥協も容赦も一切無い、と感じ取れる強さという概念が圧縮されたような感覚。

 

 

 

 

これぞ鬼柴田の一撃だ、と知らしめるための究極の一撃

 

 

 

神格武装"瓶割"の力ではなく鬼柴田の力の象徴"瓶割"だと告げる様な感覚はそのまま俺の全てを割砕しようと押し込み──

 

 

 

 

「──っ!!!」

 

 

敗北を認識した瞬間、視界が真っ赤に染まる感覚を覚えながら、俺は手首を捻った。

赤眼が睨むのは割砕の力ではなく、それを操る鬼の方だ。

手首の返しにより、押し潰そうとする力に伝道するように斬断の理を押し込み

 

 

 

「──っらぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

捻じ込んだ

 

 

 

※※※

 

 

 

割砕は本来の物から遥かに歪められた形で発動した。

割砕の力は剣神による斬撃によって切り裂かれ、しかし消えないままに己を貫こうとし、結果、割り砕くのではなくただ砕くだけの衝撃が発生した。

割砕する筈の力が、逆に割砕される中で、しかし力は己の役目を果たそうとし、範囲内にある物全てを砕こうとする衝撃が武蔵を激震させる。

その中には当然、武蔵の副長の姿も有り、砲弾のような速度で背後に吹き飛んでいるが──柴田にとってそんな事は些事であった。

 

 

 

 

「あの野郎……!!」

 

 

 

剣神の一撃は神格武装に干渉出来る事は聖譜顕装を割られた時には理解していたつもりだが、瓶割となると話は別だ。

鬼柴田が納得した一撃だ。

これが、まだ同格の神格武装やもしくは異族としての強者なら話は別だが、人間の一撃に砕かれるとなると話は別だ。

ここまで来ると殺すしかねぇ、じゃねぇな。

 

 

 

 

ぶち殺してやる

 

 

そう考えると自然と足は真っすぐに走り出す。

鬼の膂力による走行は容易く人のそれを凌駕するが、知った事ではない。

作戦の事を忘れそうになる頭だが、どっちにしろ武蔵副長は奥の方に吹っ飛んでしまったから、つまり結局作戦の邪魔だ。

今は家屋にぶつかり、そのまま内部まで突っ込んでいるがどうでもいい。

あの程度で死んでいる、なんて楽観する程、奴をまともに見るつもりもねえし

 

 

 

 

「──膝でも着いたかぁ!?」

 

 

 

この一言だけで、家がこちらに()()()()()()()()

実際は、ガキが突っ込んでいたせいでガタが来ていた家の前面部だけだが、人間とはいえ神の代理をしているだけ、多少の膂力は持っているみてぇだが、全く気にする事ではない。

撃ち出された家を左腕一本で普通に砕きながら、前に出ると──そこには両目を赤く染めた小鬼がいた。

 

 

 

 

おー、おー、おーーー

 

 

全身から迸る鬼気は本物の鬼からしても中々良い圧だ。

そこらの雑魚なら、それだけで萎縮するレベルには仕上がっている。

人間にしてみれば十分に極上のレベルだろう。

だが

 

 

 

「ガキが鬼の物真似かぁ?」

 

 

柴田からしたらガキが頑張って強がっているように見えて、むしろ可愛さすら感じれる。

が、しかし

 

 

 

 

「鬼ぃ? スケール小せぇなぁ──俺は地獄だ」

 

 

 

生意気な事に俺様を前にしてもまだまだ粋がるのだからむかつく。

ちったぁよくあるようにガタガタ震えて命乞いしてみたらつまんなくなって一撃で仕留めているのに、そこまで挑発されたら()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「地獄ぅ? こーーんな快適な地獄は初めてだぜぇ? もしかして間違ってお気楽極楽な天国を作っているんじゃないですかぁーーーー?」

 

「いやいや、地獄だぞぅ? ──何せ好き勝手に斬撃が落ちてくるから」

 

 

言葉と同時に剣神の刃が振り下ろされる。

幾ら剣神の武器が大剣とはいえ、今の距離は俺達の足を以てしても一瞬を使う距離だ。

届く筈がない斬撃が──しかし、ぞわりと背筋を貫く感覚によって否定された。

何千何万と刃を受けて来た感覚が、今、剣が空を断ち切りながら、己を真っ二つに裂こうとしているのを感じ取る。

 

 

 

 

──多少の距離なら射程距離くらい何とか出来んのかよ!!

 

 

しかも、感じ取った感覚では凡その射程距離が30mくらいである事を考えれば、完全完璧な挑発だ。

だが、

 

 

 

「瓶割に比べたら薄いぜ……!!」

 

 

言葉通りに俺はそのまま瓶割を振り上げ、不可視の刃に叩きつけた。

手首をフリーにした高速の斬撃は、音よりも早く結果を作った。

 

 

 

 

架空の斬撃に対して、確かに砕いた感触が剣を握っている左腕に伝わってくる

 

 

 

1秒後に硝子が砕ける様な音を響かせながら──しかし、即座に左の刃を戻し、右の手を拳と変える。

武蔵副長は既に振り下ろした刃を突きの姿勢で構えている。

だからこそ、先程の迎撃はコンパクトな斬撃にして、次に対応する形を生み出したのだ。

 

 

 

「小物な発想だぜ……!!」

 

 

予想通りにそのまま放たれた二連の突きに対して柴田は瓶割と拳を叩きつけた。

瓶割は容易く空想の剣を砕きながら、しかし右の拳には一瞬、持ち応える様な反発を受けたが

 

 

 

 

「我慢しなければいけない時点で俺の勝ちだ……!!」

 

 

そのまま腰を捻って突き出し、力と加速を与えた拳はそのまま突き抜け、壊す感触を得ながら──続く第三の剣を柴田の目は捉えた。

 

 

 

──今度は刃を飛ばしてきやがったか!?

 

 

形作られた仮想の剣ではなく、現実の刃が第三の刃として飛んでくる。

先程までの鈍らと違って、あれはマジの剣だ。

生半な対処ではこちらが切り裂かれる。

故に、俺が持てる最大の対処は瓶割だ。

見るとまだ30秒のチャージが終わっていないと知り、自分が濃密な時間を得ている事を理解し、唇が歪みそうになるのを我慢しなければいけなくなった。

瓶割は袈裟に振り下ろし最中で、右の拳は突き出している。

どちらも直ぐに戻す事が出来ない──故に俺はその動作をそのまま続行させる事にした。

 

 

 

 

突き出した拳を、そのまま振り下ろしている瓶割にぶち当てたのだ

 

 

出来る限り、刃の側面に当てるようにはしたが、それでも多少は刃が手の甲に当たる。

それだけで鬼の装甲が切れていくのを感じ取り、瓶割の刃としてのレベルを実感出来て満足してしまう。

それはそれとして、瓶割の軌道は俺の右手の裂傷の代わりに変化し、そのまま剣神の剣に激突した。

 

 

 

 

『ガマンナノーー!!』

 

 

向こうの剣から何やらえっらいマスコット系の意思が見えたが、ペットか! と思いながら、しかし躊躇わずに吹き飛ばした。

ムネンナノー、と呟く剣に若干、いいノリしてるぜと思ったが──即座に首に巻き付く両足を感じ取った為、伝える事が出来なかった。

 

 

 

「貴様……!!」

 

 

自分自身を第4の攻撃として放たれたそれは首元をがっちりと両足で拘束されており、その後、にやりと笑う武蔵副長の顔を見て、大体次、何をするのかを理解した。

 

 

 

「秘技! フランケンシュタイナー……!!」

 

「おいぃぃぃ!! スサノオどこ行ったぁーー!!」

 

 

まんまプロレス技にツッコミ入れるが、それはそれとして見事にブリッジ状に反っていくにつれて自分の両足が地面から浮き上がる様な感覚を得るので、対応はしないといけない。

とは言え、幾ら強化されていたとしても人間相手に負ける様な俺様じゃねぇのに、普通に踏ん張ろうとして──両足を何かが貫く感触と共に自分の体が浮き上がってしまうのを悟った。

見れば両足の脛辺りに何やらメスが刺さっており、つまり、結論を言えば

 

 

 

 

「この野郎……!!」

 

 

諸に地面に激突した。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

激震と共に柴田が頭から地面に突っ込み、そのまま下の階層にまで突き抜ける感触を熱田は見て、感じ取った。

 

 

 

 

「っしゃあ! 熱田選手! 鬼柴田からダウンを奪い取りましたぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁ!!!」

 

 

第3階層辺りまで突き破った気がするが、気にしない気にしない。

近くに武蔵野が映った表示枠が出たが、即座に叩き割って無かった事にしつつ、

 

 

 

「おい宗茂! そこの小物しっかりとヤれるか!? 小物だから無駄にHPと攻撃全振りみてぇだけど、何なら俺がグラサン叩き割ってやろうか!?」

 

・未熟者:『待ってくれ熱田君! グラサンを叩き割ったら、もしかしたら佐々・成政の禁じられた魔眼が現れるかもしれない……!!』

 

 

痛い軍師の表示枠も叩き割っておく。

あんな脳筋馬鹿にそんな器用な力があるわけないだろうが。

ともかく、宗茂の両足もそろそろ限界だろう。

何なら代わってやろうか、とも思ったが、宗茂は宗茂で生意気な事に

 

 

 

「──いえ! 勝ちますので大丈夫です!」

 

 

などと愉快な事を言うもんだから、佐々・成政が苦笑してんのが見えてんぞ。

そういう馬鹿は大好物だから出来れば、応、任せたって言ってやりてぇが流石に副長として俺以外が限界突破して馬鹿するのを任せるわけにはいくまいて。

 

 

・剣神 :『おーーい。手空きはいねぇかぁー。宗茂拾ってやれー』

 

・あさま:『それも対応しますけど、それよりシュウ君! 体は大丈夫ですか!?』

 

・剣神 :『ああ──昨夜は確かに智が激しかったからな。俺の体もそれに合わせて絞られてーー!! あぁ!!』

 

・あさま:『な、何を唐突に体くねらせて堂々と嘘を吐いているんですか!? あ、ナルゼ! 戦闘機動中なのに、何を"こうね?"とか言って通神帯に絵を乗せているんですか!?』

 

 

つまり、拾い役はウルキアガになりそうか、と思いながら、いざという時は俺一人で二人相手するのも考えるが

 

 

 

「ま、大丈夫か」

 

 

周囲を見ると戦闘態勢になっている以外は普段の武蔵だが……うん、真田の忍者がいるのが何となくわかるし、ネシンバラも仕事しているようで何より。

山とか森なら難しかったけど、武蔵上ならプロは俺達だな、と思い、なら、柴田の方に注視するかと思い、

 

 

 

「むっ」

 

 

嫌な気配が背筋を通った瞬間、俺の足元から瓶割の切っ先が生えて来た。

それに合わせて地面をめくるように現れる柴田を見ながら、思う事は一つだった。

 

 

 

──モグラかテメェ!!

 

 

 

 

※※※

 

 

 

モグラか俺!?

 

 

と自分にツッコミを入れつつも止まらず刃を突き刺したが、手応えが余りにも微かな事から奇襲が失敗したことを悟った。

見れば、瓶割の切っ先が裂いたのは精々、鼻の頭辺りだ。

正しく薄皮一枚で躱されたのを見て、柴田は笑いながら舌打ちした。

 

 

 

見切られたか!

 

 

その上で、右の手に握った刃を振り下ろそうとしているのだから全く以て可愛げがねぇーー。

こいつ、マジで"死に慣れて"いやがる。

目の前所か、恐らく体の中を通り過ぎる死に慣れているのだ。

心臓を後、1㎝の所で切り裂かれる恐怖に比べれば、目の前を通り過ぎる死は不安に覚える必要が無い、と頭と体で理解しているのだ。

そのレベルにまで到達しているのなら、砲弾の雨の中にいようと軽口所か寝る事すら可能だ。

地獄を謳うには、まず己こそが地獄を体験しなければいけない。

このガキは生意気だが、そこら辺の事はよく理解している。

 

 

 

 

間違いなく、()()()()()()を覚悟している。

 

 

だからこそ手は抜けねえ。

その思いは鬼の笑みとして浮かび上がり──そのままこちらを刺しに来る剣を左の手で受け止める。

握った瞬間に切り裂かれる激痛を受け取りながら、そのまま地面から這い出、鬼の角で突き刺そうとする。

 

 

 

「っにゃろう!!」

 

 

それらの攻撃に即座に右の足を振り上げ、顎を蹴り上げようとしてくるので──躊躇わずにこちらから顎を蹴足に叩きつけた。

熱田の足指から見事にミシリ、という音が聞こえたし、顎から伝わる感触から指は折れたな、と感じ取るが、その激痛を前に少年の表情が苦痛に歪む──事は一切無く、むしろこ・の・や・ろ・うと激情に歪んでいたから、お陰で笑うしかない!

 

 

 

 

殺し合うしかない関係って面白れぇよなぁ!!

 

 

選択肢が

 

 

1.殺す 

 

2.殺す 

 

3.殺す

 

 

しかないような感じだ。

単純だからこそ迷わずに済むのは楽でしょうがない。

手加減も同情もいらない関係とか最高で仕方が無い。

取り繕うものもなければ、隠す事も無い関係だ。

 

 

 

敵だからこそ殺し合う

 

 

いいじゃねぇか。

ここ最近は歴史再現だから仕方がなく殺し合う、とかえっらい弱っちいからつい面倒臭がって手抜いたりしちまう。

それに比べれば、今の俺は思いっ切り後腐れなく殺し合っている。

それもこんな泥臭い、血塗れな殺し合いなんてもんがお上品そうな武蔵を相手に出来るとは思ってもいなかった。

 

 

 

 

ガキはこれくらい生意気で元気がねぇと駄目だよなぁ!!

 

 

本気で呵々大笑しそうになりながら、そのテンションで突きをしていた瓶割を持っている右手を、瓶割を放り出す事によってフリーにし、そのまま顎を蹴ろうとしていたガキの足とは逆の足を掴み取り、そのまま鬼の膂力を以て一本釣りし、とりあえず近場の家に叩き込んだ。

一発で家屋の壁を貫通して、支柱に激突したが、敢えて手加減をしているからそれ以上は吹き飛ばねえ。

むしろ、そのお陰で武蔵副長の体は慣性がかかって上手く動く事が出来ない。

その隙に速攻で地面から這い上がり、左に刺さっている熱田の刃を放り出し、一歩で武蔵副長と距離を詰め、

 

 

 

 

「──おらよぅ!!」

 

 

 

ドロップキックを顔面に叩き込んでやった。

 

 

 

鬼の膂力を今度は一切加減せずに叩き込んだキックは武蔵副長を支えていた支柱を一瞬で折り砕き、そのまま砲弾の如く家屋の奥の壁を貫通して吹っ飛んで行った。

あのまま行けば多摩辺りまで吹き飛んで戦線離脱になるだろう。

 

 

 

「いえーーい! やっぱり現役最強は俺だな! そうだな成政! 後でちっと麦酒買ってこぉぉぉぉぉぉい!! 今日はナルナル君の奢りだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「それくらい自分で払えよ……!!」

 

「ぶっぶーーー。つまんねぇツッコミだったから今日もナルナル君の小物判定は満場一致で超小物でぇぇぇぇすぅぅぅぅ! 凄いねナルナルくぅぅぅぅぅん? きみぃ、俺と出会ってから今まで評価がずぅぅぅぅっぅっと変わっていませんんえぇぇぇぇぇ!! こんな大先輩に出会っておきながら成長出来ないなんて世界を狙える小物だなぁ!!」

 

「くっそ出会った時からウザさだけは進化させている……!」

 

 

 

まだまだ余裕が足りていねえ、と苦笑しながら、自分が今いる家屋が軋み始めているのを見て、やべぇ、と思い、即座に外に退避した瞬間に家が崩落した。

これ、もしかして戦後、民間人の家を叩き壊したっていうので文句言われるんじゃねって思ったが、そこら辺は不破に放り投げておこう。

後は知らん。

そう思い、とどめを刺してやれなかったのが気がかりだが、そろそろ作戦を終わらせるかと思い、拾った瓶割のチャージが溜まっているのを確認した後──視界の端に自分に迫っている物を確認した瞬間、持っている瓶割を即座に迫ってきている物に叩きつけた。

 

 

 

 

「──武蔵副長の剣か!?」

 

 

神格武装に該当するのは知っていたが、担い手がいないのにここまでスムーズに動くとは思ってもいなかった。

剣も剣でオシカッタノーとか呟いている辺り、いい性格している。

ここら辺、瓶割にもそういうのがあったら間違いなく気が合う性格しているのになーーと思いながら、武蔵副長の剣の悪足掻きを弾き飛ばし……ふと疑問に思う。

 

 

 

……何で今、このタイミングで邪魔しやがる?

 

 

 

もしもこの剣がしっかりとした自己判断で攻撃が出来るのなら、やるなら俺が艦橋を潰そうとした瞬間がベストだろう。

神格武装とはいえ持ち主が居ないのなら、これくらいがベストであるというならしょうがねえが──戦場に楽観を持ち込む奴はそこらでモブっぽく死骸を晒すというのがルールだ。

じゃあ、仮に結構、高度な自己判断能力を持っていたとして、あの剣が今、このタイミングで攻撃をする理由とはなんだ、という思考には条件反射で脳が答えた。

 

 

 

決まっている。このタイミングが最高だと思ったから仕掛けるのだ

 

 

即座に体を吹き飛ばした熱田の方角に振り向かせるが遅かった。

振り返った先には視界一杯に高速でこちらに飛んでくる武蔵副長の姿があったからだ。

 

 

 

「──」

 

 

恐らく理屈で説明するなら、武蔵副長は吹き飛ばされた瞬間に激痛に耐えるとか、意識が消えないように歯噛みするとかなど一切せずに、ただ戦線離脱など許さないという激情から即座に受け身を取り、数秒ほど、時間をかけながら、吹き飛ばされた衝撃を受け流し、再びこちらに飛んできたのだ。

この唐突且つ圧倒的な速度で飛来する方法は見覚えがあると思えば、義経のロリババアが使っていた八艘飛びに似ている事を思い出し、舌打ちしたくなるが、状況は変わらない。

武蔵副長はその勢いを止める事が無いまま、全体重を乗せて、俺の上半身に飛び掛かった。

鬼の力を以てしても堪え切れない加重に、両足が地面に離れ、五体が地面に到達するまでの短い浮遊感を覚える。

 

 

 

しかし、武蔵副長は容赦しなかった

 

 

そのまま地面に激突する瞬間を狙って、両の足で思いっ切り胸の中心を着地と同時に踏み砕き、飛んだのだ。

アバラが砕け、体内でグシャグシャになるのを感じ取りながら、柴田は俺の体をスプリング代わりに飛んでいる武蔵副長の顔を見た。

その顔は実に分かりやすく

 

 

 

 

"俺の勝ちか?"

 

 

 

と告げていた。

一瞬で全身に力と感覚が戻る。

即座に開いた腕を地面へと叩きつけ、肉体に残った慣性を捨て去り、腹筋で無理矢理体を起こして、立ち上がる。

瓶割も手放していないし、肉体は中身が結構ぐちゃぐちゃになってはいるが、この程度、昔はよくやった。

それに、()()()()()()()()()()()()()()

膝を着くには余りにも早すぎるし、勿体ねぇ。

 

 

 

 

「準備運動は終わったか熱田ぁ!!」

 

「ったりめぇよ!! 血反吐吐いてからがようやくおはようございますだよ鬼柴田ぁ!!」

 

 

 

 

※※※

 

 

宗茂は二人の立ち合いに対して、感動、という二文字を取り外す事が不可能であった。

恐ろしい事に今までの濃密な対決は時間に表してみれば、一分にも足りない殺し合いだったのだ。

それだけで並みの役職者なら数回は死ぬようなやり取りを交換し、互いにかなりのダメージを負いながら、尚も不敵。

幾つか骨も折っている筈なのに、宗茂の目には二人から隙を見出す事が出来なかった。

 

 

 

 

羨ましい

 

 

自分の浅ましさを理解しながらも、宗茂はそう思う気持ちに嘘は吐けなかった。

別段、宗茂は今の環境に不満も無ければ、誾との関係に不安も抱えていない。

しかし、宗茂と誾の関係の深い所にあるものは"立花・宗茂"と"西国無双"という夢であり、目標があるのだ。

二つの目標を頭に思い浮かべながら、二人の殺し合いを見れば何と自由に雄飛する二人か。

あんなにも無茶苦茶で、大雑把であるというのに互いの殺意と戦術はしっかりと噛み合っている。

 

 

 

 

殺意に光る赤眼と鬼の目はどうしようもなく相手を殺したがっているのというのに、裏腹にどうしようもなく友愛の吐露にも見えた

 

 

 

互いに殺し合うだけの関係だが、そこには一切の敵意も悪意も憎悪すらない。

ただ、目の前に立ち塞がっている。

だから、もう殺し合うしかない。

憎いから殺すのではない。

殺したいから殺すのではない。

 

 

 

 

乗り越えないといけないから戦っている

 

 

 

そこに敬意はあれどマイナスの感情は無い。

理想的な敵対関係の中、あれ程、空想のように雄飛するのがどれ程、素敵な事を武人として理解出来ているが故に羨ましい。

あれが本人曰く、最強の領域。

種族差も関係ない領域にまで踏み出した前人未到の"剣神"の域だ。

人のまま、あそこまで強くなれるという証明に宗茂は心躍らない筈がなかった。

 

 

 

 

私も……あそこまで辿り着けるのですか!?

 

 

辿り着けない、とは欠片も思わない。

人間でそこまでに至った張本人がそこに居る以上、"あそこ"までは到達出来るという証明なのだ。

それは才能があるから、などという泣き言は言うつもりも聞くつもりも無い。

才能があるかどうかを測っている時間があるなら、届こうと努力する時間にした方が何億倍も有意義だ。

叶うのならば今直ぐに、二人の間に立ち、参戦させて欲しい、と叫びたいくらいだが

 

 

 

……時間切れですか!!

 

 

 

内心の叫びに応えるように現実が動いた。

武蔵の側面に六天魔軍を乗せていたガレー船が一瞬、横切ったのだ。

ガレー船は所々損壊しており、つまり武蔵の第三特務と第四特務のお二人が努力した証だろう。

 

 

・●画 :『うっわつっかれたぁーー! マルゴット、大丈夫? 怪我していない? 服とか昔の少年系みたいに何故か一部だけ破けているとかなっていない? 防ぎに行くわよ!?』

 

・金マル:『ガっちゃんガっちゃん。白嬢潰した後にそれは豪胆だけど、そーいうのは家で我慢して欲しいかなーー』

 

・賢姉 :『それでナイトの大事な所を全部ナルゼがガードするっていうのね!? ナイトのエッロォイ場所にはナルゼの顔面シールが表示されて見えなくなるのよ! "あーーー!! ここはマルゴットの厭らしい所ぉー!! 誰にも見えないように私が責任を以てはぁはぁするわ!"ってね! 全力で厭らしい女ねナルゼ! でも嫌いじゃないわ!! 浅間の時は私がやるから作画協力するのよ!? あ、これアデーレのオパイシーンだったわ……上半身破けても問題無かったわ……』

 

・貧従士:『ぐっ……! も、問題ありますよ! 最近の作画関係については超厳しいんですから、例え、こ、こど、こどど、こどもももも、く、くそ! 自分の口からではとてもじゃないけど言えないです……!』

 

・ベル :『おちっ、おちつ、いて、アデーレ……!』

 

 

とりあえず大丈夫そうだが、武装が損傷したらしい。

向こうのガレー船も航行可能である以上、問題は無いのだろう。

むしろガレー船という物さえあれば直ぐに替えが利く以上、どちらが有利になったかは……書記と副会長が考える事案でもある。

しかし、こうして戦いに来ている六天魔軍二人にとっては己を迎える船があそこまで責め立てられた以上、潮時になったと感じ取ったはずだ。

 

 

 

が、しかし……あれ程熱を灯った戦いを、途中で止めれるか、となると話は別になる可能性が有る。

 

 

 

熱狂しているからではなく、冷静さがあるからこそ目の前の敵を放置したままではいられない、と感じ取られた場合、最悪はここで最後まで殺し合わなければならない。

無論、それは向こう側にとっても最悪の場合にはなるが……

 

 

 

 

それでも、互いの副長の首を取れる、という好機は後の面倒を無視しても掴み取る価値がありますからね……

 

 

 

鬼柴田と武蔵副長、剣神熱田の首だ。

値千金の値打ちがある。

それを互いに分かっているからこそ、絶好の好機の今を引く事が出来ない、と思っても無理ない事なのだ。

特に武蔵副長からしたらホームである武蔵で勝負が出来るのだから尚更に。

どうしたものか、と悩んでいると件の武蔵副長がこちらに対して手を振っている。

振り方を見れば、何となく気にするな、という感じに振っている。

見れば、鬼柴田も佐々・成政の方に向かって似たような素振りをしており、どちらも空気を読んだ──普通ならそう思うが

 

 

 

あ、これは不味いですね

 

 

と思ったが、もう遅い。

次の瞬間には、音よりも速く互いに一歩を踏み出した鬼と人の刃が交差していた。

しかし、結果は

 

 

 

「……相打ちですね」

 

 

鬼柴田の刃は武蔵副長の頭蓋に。

武蔵副長の刃は鬼柴田の心臓に。

どちらもほんの数センチ程、刺さっているが……あのまま突き進めばどちらも同じタイミングで脳と心臓を突き破り相打ちだ。

 

 

 

「……最短で殺し合えば俺とお前、相打ちか」

 

 

鬼柴田が呆れたような、しゃあねぇなぁ、という口調でそんな言葉を武蔵副長に投げかけた。

それに対して、武蔵副長も同じような口調で

 

 

 

「たかが鬼一匹相手に相打ちじゃあ釣り合わねえな」

 

「おいおい、釣り合うだろ? たかが小物一匹で俺のような大物を道連れに出来るんだぜ?」

 

「小物一匹で倒れる大物たぁ、とんだ見掛け倒しだな」

 

 

適当な言葉を返しながら、同時に得物を引く。

今度こそ信じられる。

二人は今の一撃で、短期で決めるには相討つしかない、明確な結果を得たのだから。

それは間違いなく、互いの本意ではないからだ。

 

 

 

 

「負け犬になって地べたを転がる覚悟でもしておくんだな剣神」

 

「抜かせよ──負け犬になる熱田・シュウなんていねぇ。俺は最強だし、例え那由他の彼方程の確率でそうなったとしても、負けた熱田・シュウなんて生きている価値ねぇよ」

 

 

はっ、と鬼が笑い、そのまま引いていく。

それに追従する形で退いていく佐々・成政が武蔵副長の方に視線を一度向けてから退いていくのを確認しながら、宗茂は武蔵副長に声を掛けた。

 

 

 

「──相当でしたね」

 

「震えただろ、宗茂」

 

 

図星を指されて、苦笑するしかない。

事実、見ていて武者震いした事は否めない。

 

 

 

「一応、向こうが武蔵から消えるまで追いますか?」

 

「必要ないだろ。ここから仮に艦橋の方に騙し討ちしようと思っても追いかけれるし、何より向こうのイメージが悪くなる」

 

 

それには同意だ。

武将とは圧倒的だからこそ敵味方問わずに畏敬を集めるのだ。

戦略的にならともかくここで騙して不意を討てば六天魔軍の名声に一気に傷がつく。

故に自分も武蔵副長の考えに同意し

 

 

 

 

「──後、テメェの妻も見ている事だしな」

 

 

 

──再び背筋が震える感覚に宗茂は笑うしかなかった。

 

 

確かに誾さんはいざという時に備えて、こちらを狙撃出来る位置にいるが……奇襲としての用意である為、敢えて武蔵副長には知らせない事を書記の指示に同意して伏せている筈だ。

現に誾さんはここから目視で見えるポジションには姿が見えないし、気配も隠している。

無論、誾に近しい自分には彼女がどこから自分達を見ているかは理解しているが……立花・誾が戦闘の意識を持って隠れているのをこの副長は見えず、知らずで捉えたという。

 

 

 

見事……!!

 

 

見事過ぎて笑うしかない。

お陰で武器を握る手には力が入ってしょうがないのだが

 

 

 

 

「止めておけ。足震えた状態で剣を持たれても怖くもなんともねぇよ」

 

 

自分の状態も見破られているので無意味だ。

流石に燻るが……この燻りこそが己を高みへと導いてくれるものだ、という確信がある為、外には出さないが、しかし大事にしておこうと思う。

 

 

 

「なぁに、そんだけ克己心があるなら西国無双くらいあっという間だろうよ。無論、最強にはまだまだ届かないがな」

 

「それは困りますね。最強に届くように誾さんと相談します」

 

 

言うねぇ、と笑う剣神は、しかし少しの間無言で何かを考え始める。

何か、と問いかけると、いや……と真剣な顔で

 

 

 

 

「……俺にとっては掠り傷だけど……これ、また智と留美に怒られるかねぇ」

 

 

 

その所帯じみた呟きに、宗茂は今度こそ普通の苦笑を浮かべ

 

 

 

「甘えるのも男の甲斐性ですよ」

 

「その分野に限っては、お前が最強だ」

 

 

中々な返し文句が返されたのでお互いに笑い合うしかない。

 

 

 

「マクデブルクに行くだけで、しかもガレー船を除いたら、たった二人でここまで攻められましたね」

 

「はっ。同じ条件なら俺らでも十分にやり返せる。それに……向こうが成果を出した後に俺らが弱腰になるわけにはいかねえんだよ」

 

「Jud.賽は投げられた、という事ですね」

 

 

そういう事だ、と呟きながら視線だけを武蔵副長はマクデブルクの方角に向ける。

それに合わせて自分もそっちの方に向けると、酷く小さな笑みのような吐息を武蔵副長が吐き

 

 

 

 

「全く……頑固な騎士様の事だろうから、無茶しまくったんだろうなぁ」

 

 

 

と、正直外から見たら兄か父ですか、と告げたくなる一言を漏らすのであった。

 

 

 

 

 

 




わぁーーい……わぁーーい……3万一千だよーー……わぁーーい……



流石に何かここで書くのもあれなのであとがきはこれで……



感想・評価などよろしくお願いいたします。
出来れば、もっと感想来てくれたら幸いです。



あ、多分ですが次回は時間軸を戻してネイトVS変態皇帝をやるかなって思っています。

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