その日、
何者かもクソも無い。宮の主である
「ザーエールーアーポーロー!!!!」
黒い灰を生体装甲の重ね目から噴き出しながら、毛先の紅く染まったプラチナブロンドを膨らませて、
「アン……ッ、これ!何したァ!!」
アメミトが持ち上げてザエルアポロに見せつけた子供。金髪に碧玉の眼、そして口元から胸元にかけて覆う仮面の欠片。
「落ち着きなよ。ていうかキミ、確か
目にかかりかけていた前髪を払い、ザエルアポロは努めて平静に振る舞う。アメミトが本気で殺しに来ていたら、おそらく普通に歯が立たないからだ。死んだ時のバックアップ自体は取っているが、それでも彼女の能力を鑑みると死なないに越した事はない。
「そうだとも。だから虚夜宮の外で解放して、そのまま戻ってきたんだよ」
ぐるる、と唸るアメミトの返答はかなり無理のある屁理屈だった。天蓋下での解放が禁じられている理由を理解しているのか。した上でこうしているのだろうな、とザエルアポロは完結する。コイツはそういう女だ。
「で、質問に答えてもらおうかザエルアポロ?なーんでティアが、こんな可愛らし……ヴンっ、か弱い姿になっているんだ?」
返答によっては
「やれやれ……何かあるとすぐ僕を疑うのはやめてくれ。まあ、事実僕の実験の成果なんだが」
「
「待て待て待て、殺す気か」
アメミトが左手の紅い鉤爪に霊圧を圧縮し始めたのを見て、ザエルアポロはすかさず待ったをかける。割と本気の殺意に、アメミトに抱えられたハリベルがピィと泣いて怯えた。
ザエルアポロはさて、どうやって騙くらかそうかと考えを巡らせる。そこに間髪入れず、別の壁がぶち破られた。
「……どいつもこいつも……まともに出入口から入れないのかい?」
「お前がノイトラ様に害を齎さなければ考えたがな」
新たに空いた穴から姿を見せたのは、
「まあ、上手く作用している様で何よりだね。後はもう少し効力を任意で弄れるようにだけ……」
「やはりコイツ殺した方がいいだろ」
アメミトのゴミを見るような目線にテスラも同感を示す。そもそも何が目的でこんな事をしたのかも不明なのだが、殴りながら詰問すればいい。尚、人はそれを拷問と呼ぶ。
「で、改めて訊くが何した?」
アメミトの鉤爪とテスラの斬魄刀がザエルアポロの首に当てられた。野蛮人共め、と内心で罵りつつザエルアポロは両手を挙げて無抵抗を表明しながら答える。曰く。
「工作霊蟲を使って、ある実験薬を奇数番の
この野郎。アメミトとテスラの心が一致した。アメミトの生体装甲の重ね目から黒い灰が漏れ出て、テスラの霊圧が肌を焼くかのようにザエルアポロに降りかかる。
「打ち伏せろ……」
「馬鹿馬鹿馬鹿やめろ!キミといいアメミトといい僕の宮を壊す気か!!」
「そうだが?」
「少しは隠せ!!」
ただでさえアメミトが解放状態で、いつラボが破壊されてもおかしくない状態なのだ。これに加えてテスラのあの馬鹿にデカい帰刃など使われてたまるか。ザエルアポロは霊蟲を使ってテスラを昏倒させることすら考える。
そんな時、天挺空羅が鳴り響いた。
『奇数番の十刃及びその従属官。並びに第8十刃ザエルアポロ。今すぐ会議室に来い』
聞こえたのは東仙要の声。命拾いしたか、とザエルアポロは内心胸を撫で下ろし、アメミトとテスラは露骨に不服そうな顔をして舌打ちした。
「———では、やはり奇数番の十刃は全滅か」
呼び出された奇数番の十刃五名がモノの見事に幼児に変えられているのを見て、藍染は肩を竦める。元凶であるザエルアポロは東仙によって鎖で縛り上げられ逆さに吊るされている。何処に繋がっているんだ、あの鎖。
帰刃を解いてハリベルを抱き抱えたアメミトは、途中で合流した同胞、アパッチ、ミラ・ローズ、スンスン共々頭を抱えた。テスラに抱えられてうごうごともがくノイトラは勿論のこと、椅子に座って寝かけて———いや、ほぼ寝ている
「一先ず、ザエルアポロの言うことには一晩もすれば効果が切れるようにはしてあるらしいから、それまでは君たちで世話をしてあげてくれないかな。必要があれば人手も向かわせよう」
「その前にザエルアポロ殴っていいか」
「一時間待ってくれ」
「一時間で暴力解禁されるの……?」
ごく自然な流れでザエルアポロの私刑が藍染直々に許されてしまった。流石にザエルアポロもこれには顔を青くする。それに続いて続々と手を挙げる者が数名。
「あたし蹴りたい」
「俺は顔を重点的に」
「首だけ締めていいですか」
「僕を殺す気かキミたちは!!」
「「「そうだよ」」」
上から順にリリネット、テスラ、スンスンである。建前で取り繕う気すら無い。ザエルアポロは吊るされたまま歯軋りをした。
そんな彼等を他所に、アパッチは市丸の服の袖を引いて呼びかける。
「市丸、市丸。ゾマリとアーロニーロは
「ん、そうやねえ……出来れば従属官の多いとこに面倒見て貰いたいけど、バラガンに頼んでも睨まれて終わりやろうし……」
「アタシからクールホーンに直接お願いしてこようか?アタシ達クールホーンとなら友達だし、バラガン通すより早いだろ」
「うーん……そっちの方がお叱りを受けそうな気いするわ……勝手に何をしてるーって」
そっかぁ、とアパッチは気落ちしたように少しだけ俯いた。
斬魄刀を突きつけてザエルアポロの
「あれ!?ゾマリ何処行った!?」
「「「「!?」」」」
ミラ・ローズの言葉に、アパッチ、アメミト、市丸、東仙が同時に振り返った。よく見れば、静かに大人しく椅子に座っていたはずのゾマリが、忽然と姿を消していたのである。一斉に全員の顔から血の気が引いた。
「さ……探せーー!!!!」
アメミトの半ばヤケクソ気味な号令と同時、切羽詰まった表情のアパッチ達が響転と瞬歩で会議室を飛び出した。
「……」
「…………」
第7十刃ゾマリ・ルルーそっくりな幼児が、芥骨で作られた玉座に座るバラガンを見上げていたのである。
最初にこの光景を目撃したニルゲは声にならない悲鳴を上げた。次いで駆けつけたフィンドールはヒュッと息を飲んで心臓の拍動を止めかけた。二人の霊圧の乱れを感知してのこのこと顔を出したジオはすぐにそっと回れ右をして、逃げ出そうとしたところを同じく顔を出していたポウに捕獲される。アビラマは天井に逃げていた。どうやって登ったのかは不明。最後に到着したクールホーンだけが、混沌とした光景に疑問符を浮かべながら冷静に対応の仕方を考えていた。
「お前なんでそんな平然としてんだよ」
ポウの長く大きな腕ににガッチリと身体をホールドされたジオは冷や汗を流しながら、訊ねる。クールホーンはそうねえ、と心当たりを振り返った。
「アメミト達と友達やってると、大抵のことには動じなくなるもの」
「なんであの異常者共と仲良くやれるんだよ。疑問を増やすな」
「異常者は失礼じゃないかしら。あっても問題児よ」
「変わってねえよ。イカれた連中なのは事実だろ」
「享楽主義で異様に楽観的なだけでしょ」
「人間ならいざ知らず
ギャン、とジオが言葉で噛み付いた。実際第3十刃とその従属官はちょっと変わり者で、馬鹿ではあったのでクールホーンは肩を竦めて苦笑いを返すに留める。
「で、どうするんだ。あの子供」
フィンドールが声を僅かに上擦らせて訊ねた。
「霊圧的にゾマリだとは思うけど……だとしたらなんであんなことになってるのかしらね」
「ポポポ。大方ザエルアポロの仕業ヨ。こんなくだらなコトするの」
「否定できないのが嫌だな……」
ニルゲが頭を抱えて溜息を吐いた、その時。
第二の宮の扉を蹴破るように、アパッチが飛び蹴りの姿勢で入室した。
「ゾマリーー!!!いるかーーー!!!」
「それっぽい子はいるけど、それよりもう少しお淑やかに入ってきなさい。あとノック忘れてるわよ」
「ウッス」
ズザザッ、と数十センチ滑ってからアパッチは気を付けの姿勢でクールホーンに返事をする。それからバラガンと無言で見つめ合う幼児のゾマリの所在を確かめると小声で、居た、と呟いた。
「探したぞゾマリ。ほら、ジジイに迷惑かけちゃダメだから一緒に第七の宮に戻んぞ」
「このアマ、バラガン陛下になんて態度を」
「話進まないから黙ってなさいニルゲ。あとそこ突っ込んだらハリベルやアメミトにも噛み付かなきゃいけなくなるわよ」
バラガンをジジイ呼ばわりしたアパッチにニルゲが食ってかかろうとして、クールホーンはそっとその後頭部を引っ叩く。それを尻目にアパッチはそろりと慎重にゾマリに近付き、抱っこして連れ帰ろうとした。瞬間。
ゾマリの姿が、アパッチの視界から消えた。
「えっ」
一瞬のことに唖然としていると、天井に張り付いていたアビラマがアパッチの背後を取ったゾマリを見つける。おい、後ろ。と指摘されたアパッチは機敏に振り返り、六秒深呼吸してから再びゾマリに手を伸ばした。
シュッ、と布が擦れるような音だけを残して、ゾマリの姿が再び消える。今度はアパッチの右横に移動したのを認めたアビラマは悟った。このガキ、遊んでやがるな、と。
プツン、と糸が切れるような幻聴がした。
「……ゾ〜〜マ〜〜リ〜〜〜〜!!!!」
空を裂く音と共にアパッチの右手がゾマリに伸びる。ゾマリは
「待てコラーーーーー!!!!」
それを追いかけるアパッチが続いて出て行く。クールホーンは数秒迷って、手は多い方がいいだろうと思い至り二人を追いかけた。
途中で同じくゾマリを探していた市丸を巻き込んで、この後めちゃくちゃ鬼ごっこした。
一方、一先ずザエルアポロへの
そうして全力であやして宥めて泣き止んでもらって、ご機嫌取りに出したみかんゼリーを二人で食べている最中、ハリベルがウトウトと船を漕ぎ出した。
「ん、ティアどうした?眠い?」
「ぅ……んむぅ……」
アメミトが穏やかな声を意識して訊ねると、ハリベルは重たそうな瞼を懸命に持ち上げて首を横に振る。飲食の為に開いた仮面の欠片が音を立てるが、煩わしさすら覚えていない様子からどう見ても眠そう。
とりあえずゼリーだけ完食してしまおうと、アメミトは自分の分を一気に飲むように食べ切ってしまうと、そっとハリベルからスプーンを取り上げて残ったゼリーを掬い口に運んでやった。ほぼ無意識に食いついてもにょもにょ口を動かすハリベルは、飲み込んですぐに給餌を待つ雛鳥のように口を開ける。
数回これを繰り返して、ゼリーもすっかりなくなったのを確認したアメミトは、ハリベルを抱き上げて、大人サイズのシャツをワンピースのように着せてからベッドに運んだ。
「無理せず眠たいなら寝ような。ほら、私も一緒にいてあげるから」
ころりと、アメミトは今にも電池切れをしそうなハリベルをベッドに寝転ばせる。ハリベルはアメミトを見上げて、服の袖を弱々しく縋るように掴んだ。
「……ほんと?おきたら、いなくならない……?」
「ならない、ならない。疑うならぎゅーもしてやろうか?」
「……うん」
アメミトが横に寝転がり腕を背中に回してやると、ハリベルは小さな身体をアメミトの胸に押し付けるようにしがみつく。アメミトは掛け布団を肩まで引っ張って、四拍子のリズムでハリベルの背中を優しく叩いた。
もう殆ど持ち上がらなくなっていた瞼が完全に閉じて、小さな寝息が聞こえてくる。アメミトは顔を綻ばせて、ハリベルの額にそっと口付けた。
「おやすみ、ティア。私の可愛い人喰い鮫」
そう囁いて、アメミトも眠りに落ちた。
翌日、虚夜宮の広間の一つで奇数番の十刃達に死なない程度にど突き回されるザエルアポロの姿があったとかないとか。
一歩間違えれば言い逃れできないロリコンなのがアメミト