暗い。
寒い。
眠たい。
寂しい。
お腹が空いた。
けど、喰べたくない。
痛いのは嫌。
死にたくない。
けど、生きていたくもない。
冷たい砂と、血の匂いしかしないこの世界で。
私はどうして、生きているのだろう。
常夜の白い砂漠を、三体の
三体の
その身体一つ分後ろに付き従うようにしているのは、鹿の姿の
最後尾には獅子の姿の
アパッチが顔だけを僅かに振り向かせる。そして、後方の二人の様子を確かめると苦笑いを浮かべた。
「ミラ・ローズも、アメミト様の話に一々丁寧にリアクション返さなくていいのに」
「仕方無いさ。アメミトビギナーなんだから」
「ビギナーて」
そんな雑談に興じながら、一行は白い砂漠を行く。胸に———否、
暫く歩いている内、警戒に飽いて俄かに注意力が散漫になり始めたハリベルが、何かに足を引っ掛けた。
「ぶべらっ!?」
「ハリベル様!?」
薄らボケっとしていたハリベルは、そのまま顔から白砂に激突する様にすっ転ぶ。アパッチが駆け寄って、頭の角を差し出したので、ハリベルはそれを支えにして起き上がった。仮面と外殻に覆われているとはいえ、割と痛い。主に首とかが。
一体何に引っ掛けたんだ、とハリベルは眉間に皺を寄せながら足元を慎重に見回す。するとそこに、砂とは明らかに違う質感の———
「アパッチ」
「ガッテン」
指示は一言で十分だった。アパッチは角を砂に突き刺して深く沈め、砂の中から覗く白色の下に潜り込ませる。
「そぉい!!」
四本脚に力を込めて蹄を踏ん張ったアパッチが、全身を連動させた動きで首を振り上げた。角が砂から飛び出す瞬間、アパッチはそこに確かに重量を感じる。
果たして、砂から引き摺り出されたのは。
「…………何なんですの。折角二度と、目醒める気も無く眠っていたのに……」
気怠げに、億劫そうに、眠気の残った
「
「まあ、
「言い直さなくて良くないか?」
少し驚いた顔のハリベルの背後から、アメミトがひょっこりと顔を見せたかと思うと、ごく自然な流れであるかの様にハリベルの右肩に自身の左肘をかける。これはいつもの事なので、アパッチは気にしなかった。
白い蛇は一行を順番に見渡すと、深い溜め息を吐いて頭を砂の上に横たえる。
「喰べるなら一思いに、なるべく痛みを感じぬ様殺して頂けますか。苦しいのは流石に私も嫌なので」
「待って待って待って。会話の段階が飛び過ぎだ」
ハリベルは左手を皿の様に真っ直ぐ立てて、待ったをかけた。流石にまだ何もしてないし言ってもいないのに、死を覚悟されても困る。
「待つも何も。貴女方だって
抵抗は一切しないと宣言して、白い蛇は尻尾の先端を脱力させ、全てを投げ捨てる様に目を閉じた。
「つい昨日喰ったばっかだっての」
「まだ猶予はあるよなあ」
アパッチとミラ・ローズは顔を見合わせ、その必要は無いと確認し合う。白い蛇は左目だけを開けて二人を一瞥するが、すぐに細長い舌を一瞬出し入れしてから閉じた。
ハリベルの右肩に肘をかけたまま、白い蛇の様子を静かに観察していたアメミトは、少し考える様に右手を顎に添えると、燦光する
「
芝居掛かった手振りで、アメミトが尋ねた。
「……何故、そんなものを知りたがるのです?貴女方には無関係でしょう」
白い蛇はアメミトから顔を背ける。話をする気はない、という拒絶の意思を表している様にも思えた。
「無関係?それは違うぞ。憂鬱に流され、微睡に逃げる蛇よ。アンタを引き入れるにしろ喰うにしろ、その
アメミトはその場で、右足を軸にして半回転する。
「これが私達と始めから敵対する者であるならば、私達自身の身の安全の為に有無を言わさず斬り捨てることもあるだろうが……アンタは違うだろう?アンタはただ、そこで眠っていただけ。起こしてしまったのは私達の不手際だ。そこはアンタから謝罪を求められればそうしよう。その上で、お互いに敵意も害意も無いのであれば、殺意を向ける理由こそ無い。どちらかといえばむしろ、私はアンタに前向きな関心を持っているよ」
怒涛の勢いで捲し立てられ、白い蛇は面倒そうに右目を半分開ける。よくもまあ、そんなに喋り続けられるものだと感嘆すらした。
アメミトは続ける。
「さて、先程エミルーとフランチェスカが言った通り、私達はつい先日に私達を女と侮り喰らい犯そうとした愚鈍な
腰から身体を捻り、アメミトは白い蛇の方へ振り返った。
「……さあ。いつだったかしら」
白い蛇は伏目で答える。アメミトは肩を竦めると、まあいい、と一旦自らの疑問を傍に置いた。
「何はともあれ、私達がアンタに牙を突き立てる気が無いことは理解して貰えたかな?」
「……まあ、釈然とはしませんが。一応」
「では話を戻して……アンタの名を教えておくれ」
改めて尋ねられた白い蛇は、アメミトの白磁の肌を飾る燦光する
「…………シィアン・スンスン」
それだけ答えて瞼を閉じた白い蛇に、アメミトは少しだけ満足そうに頷いた。
「そうか。ではシィアン、少し私の話に付き合ってはくれないか?」
「は?」
何故そうなる、という気持ちが隠し切れていない顔で、白い蛇———スンスンは思わず首を持ち上げる。
「どうやら、アンタは随分と喰べずに微睡んでいた様なのでな。その理由は私の方で勝手に推察するのは失礼だから、ここでは触れずにいよう。だが……それ故に、私達はアンタに手を差し伸べるべきだとも考えている。私達が目指す理想的な
ザッと、アメミトは両手を大きく広げて、意図的に砂を踏み鳴らした。それが何の前触れであるかを、短く無い付き合いで理解していたハリベルとアパッチはそっとその場に座り込む。それに倣って、ミラ・ローズもおずおずと白砂の上に腰を落ち着けた。
「時にシィアン。今の
政治家の演説でも始まるかの様な語り出し。スンスンは頭を砂の上に横たえたまま怪訝そうに目を細めた。
「生存に必要な捕食を超え、力を求め、覇権を求め、隔絶した強者が弱者も強者も無差別に喰らう世界。戦いを厭う者、戦いに敗れた弱き者に向かい風を吹き続ける理。私は考えた。これらを変えなければならないと」
アメミトが説いたのは、
「私達は変えなければならない。本能のままに他者を貪り喰らうだけの生き方を。秩序に則り、理性で以てして本能に手綱を掛け、不必要な殺戮を律令の下に戒める社会を築かなければならない。そうは思わないか?」
「……
「出来るとも。いいや、
アメミトは胸に両手を重ねて謳う。
「本能に身を任せるだけの生き方では、行き詰まる時が必ず来る。停滞は退化に等しい。であるならば、
スンスンは唖然とした。つまりアメミトはこう説いている。
「
「……非現実的ですわ」
スンスンは圧倒されつつも、無理だ、とアメミトの語る理想の
「まあ、そう言うな。非現実的なのは承知の上だとも。だからこそ、私達は同志を集めているのだからな」
なあ、とアメミトはハリベル達を振り返る。話を振られたハリベルは、そうだな、と同意を示して立ち上がった。
「……シィアン・スンスン、といったか。お前の過去に何があって、独りで静かに消えていこうとしていたのかを詮索はしない。だが……」
ハリベルはチラ、とアメミトの方へ一瞬目を向けて、すぐにスンスンに向き直る。
「うっかり彼女の口車に乗せられた私が断言する。アメミトは、本気だ」
「……!」
「
ハリベルはそう説いて、スンスンに左手を差し出した。
「私達は、例えどれだけ長い年月をかけたとしても、
スンスンは差し伸べられたハリベルの左手をじっと見つめる。少ししてから、スンスンは徐に身体を起こしてアメミト達を順番に、見定める様に観察した。
———本気だ。この人たちは、本気で非現実的な理想を実現しようとしている。
それを理解したスンスンは、大きな溜め息を吐くとハリベルに対して首を垂れた。
「……ならば、私の
「……どちらの意味で」
ハリベルに問われて、スンスンは細長い舌をちろりと伸ばす。少し後ろでそれを見ていたアパッチの目には、笑っている様にも見えた。
「勿論……貴女方の目指している理想的な社会の実現、その片棒を担がせて貰いたい。と言う意味ですわ」
「……そうか」
ハリベルは差し伸べたままの左手で、スンスンの額を撫でる。
こうして、メスの
時は幾許か流れて、
窓の淵に腰掛けて、指先まで覆い隠す長袖のチャイナドレス風の白い死覇装を着た女
「あの時、ハリベル様達の手を取って正解でしたわ」
理想の
ピョン、と窓の淵から跳ねる様に離れると、スンスンは機嫌良さげな足取りでその場を立ち去った。さて、今日は何をして遊ぼうか。それとも何処かに出掛けようか。
まだ大人しかった頃のハリベルとスンスン書くの久しぶり過ぎた