中央暦1639年1月22日
《パーパルディア皇国 首都エストシラント》
第三文明圏最大最強の国家にして、世界に五つしか存在しない列強の一角パーパルディア皇国。
その首都エストシラントは行政の中心にして、巨大な港を持ち商都としても発展している。
地竜やワイバーンロードに代表される圧倒的軍事力を背景に周辺各国を商業圏に取り込み、その中心地として繁栄の限りを尽くす、この都市。
周りに比べて何段も高い宮殿から見える港の賑わいは、正しくエストシラントの、そして皇国の繁栄を示すものだった。
パーパルディア皇国の絶対支配者である皇帝ルディアスはこの風景が好きだ。
自らの手で築き上げてきた労力の結晶。列強の証でもあるその繁栄は永遠と続く政務の息抜きとしてピッタリだった。
その日もルディアスは執務室の窓から覗く港を見ていた。
雲一つない晴天、停泊する小舟を優しく揺らす波は太陽に照らされ、宝石のように輝いている。上空を飛ぶ海鳥は皇国の繁栄を祝福するように鳴き、港湾労働者たちは汗水たらしよりよい明日を見る。
流石に、そこまで離れていてはそこまで見れる訳もないが、ルディアスは確かに心で見ていた。
ふと、違和感を感じた。
そして気づけば椅子から立ち上がっていた。
「どうしました。ルディアス様」
相談役で宰相であるルパーサの言葉も無視し、窓の前に立つ。
別にどうと言うことは無い普段通りの風景。けれど、酷く違和感を覚えた。
「何だあれは?」
無意識のうちにこぼれていた言葉。
そう発したことも忘れてルディアスはそれを見た。
東から津波のように押し寄せてくる黒い闇。先ほどまで輝いていた波は闇の下に何も見えず。鳴いていた海鳥も気が付けば何も聞こえない。
港湾労働者たちもそれに気づき、作業を止めそれを凝視する。
エストシラントに住まう住民たちも、徐々にそれを確認し息を飲み、そしてパニック状態になった。
港だろうか、市場だろうか、それとも兵の詰め所だろうか?
どこから始まったのか、はたまたは全てで始まったのか、パニックは容易く伝染した。
それを感じ取ったルディアスはすぐさま行動に移そうとする。
「ルパーサ!直ぐにアルデ、パーラス、ムーリを呼べ!皇都が、皇国が恐慌状態に陥る前に対策をうつぞ!」
「了解しました!」
窓越しにそれを確認していたルパーサは全く遅れることなく、すぐさま行動を開始した。
執務室のドアから飛び出て行くルパーサを見てルディアスは、『もう年なのに元気だな』と関係のないことを考えながら、再び外を見た。
闇はすでに港の寸前まで及んでいる。
「ああ……」
それは恐怖から出る音だった。
それが何の恐怖か。
きっと、闇に対する恐怖だろう。
ただ、ルディアスの中でそう答えが出ることは無かった。
そして、ルディアスが危惧した市民の恐慌状態も起こることも無かった。
全てのものが闇から一転、放たれる眩い光を前に気絶したのだから。
少し体が痛い。
意識が覚醒していく中でルディアスが思ったことだった。
その身が倒れている場所がもふもふの高級絨毯の上でも、普段からキングサイズベットも裸足で逃げ出すような、言ってみればエンペラーサイズベットで寝ているルディアスにしてみればそこそこの苦行で間違いなかった。
「ルディアス様、御身はご無事でしょうか?」
聞こえるのはルパーサの声。
ゆっくりと瞼を開ける。
そこには、上から覗き込むルパーサと一歩引いて視界の隅に映るアルデ、パーラス、ムーリがいた。
「ああ、大丈夫だ」
ルディアスはそう言って少し怠い体を起き上がらせる。
「ルディアス様、お呼びかけに答え参上いたしました」
「ああ、ご苦労。すまないな、不格好に眠っていた」
皇国軍最高司令アルデの参上の言葉にルディアスが答える。
挨拶するタイミングを見失った臣民統治機構長のパーラスと財務局局長のムーリは少し気まずそうだ。
「いえ、私も、そしてここにいる皆。恐らくエストシラントにいた全ての人々が寝ていたと思われます。私は一刻程前に目覚め、事態の収拾に努めていました」
「そうか、忙しい時に呼び出してしまったようだな。火急の用事があるのなら戻っても構わない」
「ご心配痛み入ります。ですが、私の部下は優秀な者が大変多いので私にできることは全てこなしてくれます。ただ……」
歯切れ悪く言葉を詰まらせるアルデにルディアスは少しの間困惑し、そして自分を囲う4人全員の顔色が思わしくないことに気付き、背筋が凍った。もしかして現状はそれほど悪いのか、と。
一体どうなっているのかは分からないが、きっと皇都が恐ろしいことになっていると何となく感じとったルディアスは、とても自身の後ろにある窓を覗けなかった。
しかし、恐れて何もできないでは皇帝は務まらない。
ルディアスは窓のことを忘れアルデに話の続きを催促した。
「ただ、何だ?」
「ええ、ただ、現状は私の権限では完全に収めることができない状態になっております。できれば直ちにルディアス様の判断を仰ぎたい所存です」
そう言うとアルデは頭を下げ、それにパーラスとムーリが続いた。
「今、皇国は……、皇国は一体どうなっているのだ?」
恐怖とはまた違う感情。それで詰まる喉を動かしルディアスは問うた。
それに答えるのはルパーサ。
「皇国の現状は把握が困難なほどに混乱しており、人の言葉ではとても説明できません。非常に心苦しい事ですが、その災禍はルディアス様本人にお確認していただくのか一番と存じます。ルディアス様の後ろにある窓から外をお覗き下さい」
ですが決して御心を乱さぬようお願いします。とルパーサは続けた。
ルディアスは激しく鼓動する心臓を押さえつけ、窓の外を見た。
「な、なんだこれは……」
そこには港を埋めるように大地があり、それが遥か先まで続いていた。港に停泊していた全ての船は行動不能になり、皇国自慢の戦列艦もその中に含まれている。
続く大地は果てが見えず、とても港の復旧ができないことが嫌でも理解させられた。それは、皇国の交易路が壊滅したことを意味し、国力の低下が起きることは確実だった。
「現在、皇国海軍は壊滅状態です。まともに稼働する艦は近海警備や他国に派遣されていたものを除き、その全てが謎の大地に飲み込まれました」
「港が物理的に使えなくなったことで、経済活動が著しく低下。今年度予算の見直しをする必要に迫られています。また、これによる経済の後退は確実で、復興も含め皇国の財政はこの先悪化の一途をたどるかと」
「謎の陸地はフィルアデス大陸東海岸一帯に覆うように広がっており、当然属領とも接続しています。これにより属領でも混乱が起こっており、これからの統治に大きな影響を与えるかと」
聞こえるのはよくない報告ばかり、ルディアスのストレス値は過去最高を更新し続けていた。
「失礼します」
ドアをノックし入ってきたのは一人の伝令兵。
それを見たアルデは耳を貸し、報告を聞いた。そして、顔色は青を通りこし、白に近づいて行った。
「どうしたのだ。アルデよ」
「はい、ルディアス様。私はこちらに参上する前に独自にいくつか偵察部隊を編成し、あちらの大地に派遣しました」
「ほう、続けよ」
「ある偵察部隊曰く、天を貫くような摩天楼が広がる都市を発見したようです。もしかしたら……」
そこで言葉を一旦止めたアルデは乾いた口内を濡らす。気が付けば白かった顔色は土色になっていた。
「もしかしたら、皇国と接続した大地は、かの魔法帝国。ラヴァーナル帝国かもしれません」
それを聞いたルディアスは余りの衝撃とストレスを前に視界がブラックアウトした。
◇
西暦2025年1月22日
《環太平洋連邦 広西州州都南寧市郊外》
「一体どうなってるんだ?」
「そう言うな、皆思ってる」
そう会話するのは、国境警備隊員の
二人の目の前には不自然に寸断された高規格道路。その寸断面は凹凸がなくクソでかいウォーターカッターの仕業かとも思う。ただ、さらに不思議なとに、寸断された国境の向こう側は消えている。
何でも場所によっては支柱が消えて崩壊する高規格道路もあるとか。
「全く、俺たちに道路の状態を確認しろ、って。俺たちは国境警備隊だぞ、こういう仕事は道路パトロールのもんじゃないか?」
「そうだな。けど、普段サボってる分働かされてると思うと反論できんな」
盛の愚痴に藤田が答える。盛は嫌そうな顔をしてそっぽを向いた。どうやら自覚しているらしい。
彼ら支那の国境警備隊は基本的に仕事がない。
支那地域で国境を接している国とは、条約によって特定箇所なら自由に通行していいからだ。だから、国境をまたいだ高規格道路を整備できるのだ。
「しっかし、道路を切られるって。電線が切り取られるのは聞いたことがあるけどよ~」
「あほ、道路を切り取ってどこに売る。それにこれは切るとかじゃない。消えてるんだ」
「分かってら」
そうぶっきらぼうに答えた盛は先程から遊んでいる石を蹴り飛ばした。
一方の藤田は高規格道路が消滅した方向を見る。
そこには不思議なほど何もない草原が広がっていた。ここら辺でよく見る広葉樹も無ければ、低木も見えない。何だかモンゴルの高原にいるように思えた。
「さて、戻るか」
「ちょっとまって、まだ写真とってねーわ」
「は?まだ撮って無かったのか」
今回の任務は道路状況を確認し伝えること、その際に何か異変があれば写真に撮ることとされている。
まさか、自分の相方がそれを忘れて石を蹴って遊んでいたとは思わなかった藤田はため息をついてあきれ果てた。
まあ、かく言う藤田もそれをに今まで気づかなかったのだが。
二人は高規格道路が消滅している面が写真によく映るように、草原を少し歩く、その間、盛はずっと石を蹴っていた。
「にしても、どうなってるんだろうな~、空が暗くなったと思ったらピカって光ってさ。起きた時にゃ、こんななってるわけでしょ?ネットも繋がんねーし、それですぐ仕事させられるし。マジで意味わかんないよな」
「それはそう」
適当に相槌を打つ藤田は、盛の愚痴が終わると、ここら辺でいいだろ、そう言い二人の歩は止まった。
某有名電子機器メーカーのカメラを構えた盛は一枚パシャリと取り終えると、意気揚々と草原に止めた陸軍からのおさがりの高機動車に向かって歩いて行く。
それを藤田は、調子のいいやつだな、と呆れながら着いて行こうとした。
その時、何かが空に見えた。
「何だあれ?」
「ん?どしたん?」
西の空だった。
二人が戻るのとは反対の方向、そこから何かが飛んできている。
だが、それはかなり高度を取っているらしく、とても肉眼では捉えられない。
すると、盛は手にもつカメラでズームしていって、それを確認した。
「うお!なんじゃこりゃ!」
驚きながらも、一枚写真を撮る。
電子記録されたそれはカメラに備え付けられたモニターに映し出される。
盛はそれを藤田に見せた。
「これは……ドラゴン?」
そこには、創作物に出て来るドラゴンのような姿かたちをしたモノがあった。
「なあ、あれって南寧市の方に向かってないか」
「マジやん」
さて、仕方ないから本部に連絡するか、と二人は高機動車に向かって歩いていく。
「マジで意味わかんないな」
「マジそれな」
その言葉は地平線の先まで続く平原に消えていった。
日本の大陸領と接続したフィルアデス大陸ですけど、内陸部と沿岸部のため高低差があって、それをただっぴろい草原が誤魔化してます。