西暦2025年1月29日
《環太平洋連邦 東京特別市 首相官邸》
「では、定刻となりましたので、これより国家安全保障会議を始めます」
議長席に座る101代総理大臣、
周辺国とのあらゆる連絡が途絶してから1週間。連邦はその膨大なリソースを状況把握と原因究明に注ぎ込み、ついぞ原因究明には至らなかったが、広大な領域のほぼ全ての状況を把握するに至った。
そこから導き出した結論は、環太平洋連邦は何か超常の現象によって、地球とは異なる惑星に出現したということだった。
そして、連邦政府は今回発生した現象を連邦重大特事と呼称。
連邦重大特事発生から1週間になってようやく情報が出揃い。連邦重大特事以降4回目となる国家安全保障会議が開催された。
総理の言葉に間を置かず兵部大臣の
「兵部大臣」
「では、連邦重大特事によって環太平洋連邦軍が被った被害をお伝えしたします。
ええ、まず海軍戦力ではアレキサンドリアに派遣していた第6航空戦隊か消滅、またベラクルスに派遣していた第11艦隊、同じくメキシコ沿岸にて航海していた第10艦隊もまた消滅しました。よって我々が失った主要艦艇は第6航空艦隊に所属していた出雲級原子力空母の雲鷹、瑞雲、瑞歐の3隻を消失。さらに、第11、第10艦隊に属していた常陸級原子力攻撃巡洋艦をそれぞれ2隻消失。そのほか、駆逐艦や巡洋艦を72隻失いました」
会議室は兵部大臣の伝えた情報にどよめく。
普段なら、事前に情報が共有されているが、何分今回の国家安全保障会議は急遽ひらかれたもので、情報を事前に知っている者は限られた。
「続いて、陸軍戦力の被害です。
こちらはシベリア共和国、中華民国、満州国、蒙古国に展開していた第1陸上総軍の一部が消滅。さらにトルクメニスタン、キルギス、サウジアラビア、エジプトといった中東地域に展開していた第4陸上総軍はそのものが消滅しました。こちらは、失われた部隊の数が特別多いので詳しくはタブレット端末をご覧ください。
消失した人員数は50万に及び、各種装備もまたその分失いました。
空軍は、第4航空総軍はそのものが編成表から消え、第2航空総軍は壊滅しました。失われた各種航空機は凡そ8000機に達します。もちろんですが、それら各種航空機と共に、熟練の操縦士と整備士も多数失われました」
場の空気は騒めきから騒然となり、そして次第と呆然となった。
先程まで、うるさくざわめていた空間からは一転、会議室は痛い程の沈黙に包まれる。
そんな中、胸程度に手を挙げるのは、この中では珍しい女性メンバーである経済産業大臣であるレーナ・ニールセン=川谷。加州が送り出した新鋭の政治家である。
「失礼、発言よろしいでしょうか」
「経済産業大臣どうぞ」
「はい、では発言させて頂きます。連邦重大特事におきまして、我が国の経済が受けた打撃は、恐らく皆さまが考えている物よりも、軽微であり、1年後に再び成長曲線を描くことになると経済産業省は予想しています」
経済産業大臣の発言に多くの出席者が疑問符を浮かべる。
世界から切り離されて、経済への打撃が軽微なわけがないと。その疑問を総理はぶつけた。
「経済産業大臣、それはどういうことですか?我々は主要な輸出国を失ったばかりか、政府と民間が保有する凡そ8000兆円の海外債券も失いました。これによる経済低迷は確実です」
「総理、その考えは全く間違っています。そもそも、我が国の国内総生産の内、対外経済活動が占める割合は僅か5%未満です。それ以外は全て内需由来なのです。さらに我が国は生産活動に使用する殆どの資源を領域内で自活可能であり、この先の生産活動において障害となる条件は殆どありません。
加えて、人口は増加傾向にあり国内市場は未だ拡大可能で、この先継続的な経済成長が期待できます」
現在の連邦の総人口は10億2千万人。しかも未だ拡大中にあり、北米大陸や東南アジア地域には未開拓の地域も珍しくなく、内需での経済成長は期待できた。
工業活動で消費される各種資源も殆どが自活可能ということも、その予想を確実なものとした。
ただし、工業用岩塩や、食品加工業で消費される一部食品は輸入に頼っており、そこは留慮する必要があった。
「しかし、総理が仰った経済の低迷も一時的には確実であります。
株式市場は現在、非常の事態であることから停止していますが。これを撤回した瞬間には、市場は売り注文で埋め尽くされ、株価の大暴落は間違いありません、その被害はかつてのシベリア動乱*1以上となり大規模な信用縮小が発生するでしょう。
さらに、連邦重大特事に置いて行かれる形で我が国は3割の船舶を失いました。ただ、国外の取引先が文字通り消えたので、国内輸送のみなら現在の船舶量でも可能でしょう。
もし、現在存在すると予想される現地文明と交易をおこなう場合は全く不足します。
と、この様に現在の我が国の経済はよくありませんが、我々政府が積極的に支援を行うことで被害を最小限にすることは可能です。経済産業省の予想では、ただちに政府が動けば、3ヶ月で混乱が終わり、半年後には微増の経済成長を期待できます。
さらに、連邦重大特事により、失った防衛力再建と同時に政府支出を行うことで、経済の活性化も期待できます」
今まで暗い話ばかりだったのが、ようやく明るい予想が出てきたことに、会議室の面々がほっと息を吐く。
会議室の雰囲気が上向いたことを確認した兵部大臣が話す。
「よろしいでしょうか」
「兵部大臣」
「はい、連邦重大特事によって、戦力の殆どを失った大陸総軍*2でありますが、現在は広大な平原を隔てて存在すると思われる現地文明の矢面に立っております。ですが、現状の大陸総軍では、とてもこの長大な防衛区域を支え切れる戦力はなく、早急に新たな戦力の補充と移動が必要です。具体的には、主敵の消滅した北米大陸総軍からの大規模な戦力移動を、と」
「兵部大臣、少しいいでしょうか」
「経済産業大臣」
「北米大陸総軍を引き抜くということは、民間の輸送船を借用するという認識でよろしいでしょうか?」
「はい、海軍の輸送船のみでは輸送力が不足しますので、民間に協力して頂く予定です」
「現在の我が国の輸送力は国内需要で一杯一杯なのです。そこに軍が入ると間違いなく需要と供給のバランスが崩壊し、国内の輸送量の大幅な低下につながります。
さらに、北米大陸総軍を引く抜くとなると、塩礼玖*3乙種特別市を筆頭に多くの諸都市が経済的に致命な打撃を受けることになります。
本国やその他からの引き抜きではダメなのですか?」
経済産業大臣であるレーナ・ニールセン=川谷は口では言わなかったが、北米大陸総軍の引き抜きに反対した理由は、もう一つ、支持基盤の維持にある。
ニールセン=川谷の主要支持基盤は北米大陸地域であり、その地域はひと昔前までは一部の海岸沿いの都市を除けば、殆どは広大な畑でしかなかった。その状況を一変させたのが北米大陸総軍の増強であり、それにより軍を対象とした産業が活性化、内陸部でも発展が起きたのだ。
もし、北米大陸総軍が大幅に縮小すると、軍以外にはメキシコ等との取引で儲けていた会社は、全ての卸し先を喪失し、倒産するしかなくなる。
そうなれば、そこから送り出されたニールセン=川谷の政治家人生は間違いなく終わるのだ。
そのことを、同じ政治家として渡辺も理解していたが、同時に兵部大臣でもある渡辺は何としても、すでに意味を失っている北米大陸総軍の移動は国防上なさなくてはならなかった。
ただ、それを言ってしまえば、ニールセン=川谷もまた経済産業大臣であり、地域経済に大打撃を与える決定は何としても、阻止する必要があった。
二人の話合いは平行線をたどるのは明らかであり、それを察し、大蔵大臣の
「大蔵大臣」
「はい、今会議が開催される前、兵部省と経済産業省他、あらゆる省からの緊急の予算増大の要請が舞い込んできました。その総額は前年度国家予算の5倍に達する2京2344兆円になります」
大蔵の発言に場の空気は過去最高に悪くなる。
金絡みの事になると、他政府関係者に大蔵関係者はとことん嫌われているのだ。
そのため、この会議でも各大臣はいかに大蔵大臣から予算を毟り取るかを考えている。そして、この後の大蔵大臣の発言も何となく予想できた。
しかし、その予想はいい意味で裏切られることになる。
「そして、大蔵省はこれら全ての予算計上を全額認める方針であります。また、更なる増額にも対応する予定です。
これに際しましては、大規模な国債発行を行い全額を連邦中央銀行に買い取らせ、予算を確保する予定であります」
この発言に会議室の全ての者たちは心の中で沸き上がった。
ニールセン=川谷も元々は要求する半分も認められないつもりで、予算を大蔵省に掛け合ったのだが、予想外に全額が認められ、場合によってはさらに増額するということで、これなら北米大陸総軍が縮小しても金の力でどうにかなる見通しができ、北米大陸総軍の移転に首を振ることにした。
ただ、民間からの船舶の借用は絶対に認められない。この件に関しては、国土交通大臣とも結託し、死守する手はずである。
軍には自前の船で頑張ってもらう予定だ。
「では、次に……
こうして、国家安全保障会議は進んでいった。
《西暦2025年1月29日放送 民営放送ニュースより》
『本日明石標準時午前10時から午後5時まで行われました国家安全保障会議では、連邦重大特事について4回目の会議が行われました。
今まで情報不足から、有効な手立てが打てなかった政府ですが、今会議では十分な情報が集まったとし、連邦重大特事への具体的な対策が話し合われました。
国家安全保障局は今会議で決定したことを連邦重大特事対策大綱として明日には、国会に提出される予定です。
これに対し国会は常会の日程を一部変更し、連邦重大特事対策大綱に関する議題を優先する動きを見せています。
連邦重大特事対策大綱について現在わかっていることは、
第4次八八八艦隊計画の実施、第21次戦力拡充計画の実施、消費税廃止を含んだ大規模な減税、新社会人への就活支援、ゼロ金利政策、企業及び個人に対する大規模な給付金等が分かっています。
これに対し、国民の声は「政府が積極的に動いてくれて安心した」や「十分な対策だと思う」など、好意的な言葉が聞けた一方。
一部専門家は、これら政策によってハイパーインフレーションを引き起こしかねない、と警鐘を鳴らしています』
この世界の円は環太平洋連邦設立時に、円と銭で分かれてるのが面倒くさかったから円一本になったよ。
価値は現実世界と大体同じ。