月の残り香   作:万年赤字一般傭兵

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黄金の国、ウーラシール

 

 

 何かが溶け込む感覚と共に開いた目、そこから入ってくる日光

 

「…!これ、は……戻って来たのか」

 

 そして上体を起こす感覚に視界に入った両足。それは即ち、私が生き返った証だ。生き返っただけでは無い、全身に凄まじい量の魔力が満ち溢れており、先まで死んでいたとは思えないほどに快調である

 

 ふと右手を見ると、馴染みある古木の大杖は無事だ。灰にならなくて本当によかった…

 

「……?」

 

 違和感、確かに生き返ったはずなのに以前までとは何かが違う

 

「これ、は…」

 

 違和感の正体は、自分の中にあった枷が外れたかのような解放感である。

 枷が何かは分からない、そもそも今まで感じることは全く無かったのに…それでも、確かな解放感と自由の喜びが身体中を満たして行った

 

(おかしいものだ、元より枷など何処にも無かったというのに…)

 

 そんな自分が可笑しいのか、それともこの解放感が嬉しくて仕方がないのか、気づけば笑いが漏れていた

 

 

 気の向くままに昔から愛用している杖へ魔力を流し、故も知らない充足感と喜びを噛み締める

 

 

 その時、

 

「…っ!!?」

 

 後ろから何者かに強い力で肩を抱かれた

 

「き、貴公……何が、あったのだ…まさか…!」

 

(!?何だ、この気迫は…)

「アルトリウス殿…?」

 

 私の肩を強く抱いているのは、アルトリウス。最初は私の生き返りを驚いているものかと思っていたが、恐らくそれだけではない。

 彼の手には変な力が籠っており、震えている声は何かを葛藤しているようで…

 

「何か問題が……待て、何を…!」

 

「…許してくれ、貴公。…これが奇跡でなければ、貴公は…!」

 

 

 葛藤の訳を聞こうとしたが、彼は有無を言わさずに私の鎧を剥がそうとして来た

 

「待っ…待て!!何をするんだ!」

「何処だ……ダークリングは、どこだ…」

 

「やめっ…やめてく…痛い!」

 

 抵抗する間も無く、アルトリウスに腕を取られて呆気なく地面に押し倒されてしまう。咄嗟に押し除けようとしたが…無駄であった

 

 どれだけもがこうとも、魔力を込めようとも、アルトリウスは以前と同じように一切の苦もなく私を押さえ込んだ

 

 決して埋められない圧倒的な力の差に諦めかけた、そんな時

 

 

「私の相棒にぃ、何をしているっ!!」

「ゼーリエ殿!?今は…なっ…!」

 

 

 ゼーリエの魔法が、私を取り押さえているアルトリウスを弾き飛ばした。そして視界を塞いでいた彼の代わりに金色の髪が目の前に広がる

 

 

「シース…訳は後で聞く。今は私の後ろにいろ」

 

「ゼーリエ殿、気持ちはわかる。だが、これは今すぐにでも確認せねばならんのだ」

 

 生き返ったかと思えばアルトリウスに鎧を脱がされかけ、今度は驚愕のうちに目の前でゼーリエと彼が争わんとしている。

 状況の移り変わりが激しすぎて私自身落ち着いてはいない、しかれども

 

 

「いい度胸じゃあないか、アルトリウス…一度目はシースの顔に免じて許したが、二度目を許すほど私は寛容ではないぞ」

 

「ゼーリエ殿、確かにシース殿が生き返った…しかし、これが意味する事が何かなど、博識な貴公が知らぬ訳がないだろう?」

 

「知るか。奴が生き返り再び私の側にいるのだとすれば、何の問題もない」

 

「……すまない。私は彼の名誉を守らねばならんのだ」

 

 今にも踏み込もうと力を込めるアルトリウスと、魔法を構えるゼーリエ…一触即発なこの状況では、恐らく私が一番冷静。

 故に

 

 

「……ゼーリエ、アルトリウス!!どちらも一旦落ち着けぇ!!」

 

(本当に何だっていうんだ…!)

 

 万一の事がないように魔法を構えていたゼーリエを後ろから抱え…それと同時に一気に魔力を放ち、大声と共に場の空気を一新する

 

「本当に、頼むから落ち着いてくれ……」

 

 

 

 

 

 

 落ち着いた状況になり、両者ともども構えを解いてくれた。

 こちらに振り返って、私の生存を確実に確かめるかのように抱きついて来たゼーリエを宥めつつ、アルトリウスと冷静に話すことしばらく…

 

 

 

「………マヌスのソウルを受け継いで死の淵から帰った…つまり、貴公に不死の呪いが宿ったわけではないのか?」

 

「不死の呪いとやらが何かは分からないが、まあそういう事だ」

 

 

 その結果として、先程の状況は仕方がない誤解である事もわかった

 

 アルトリウスの世界において、生き返る事は不死の呪いによるものである。そして呪いは暗い炎の輪として現れ、人から記憶と共に尊厳を奪い去る恐ろしいものであるのだとか。

 それ故に彼は死んだはずの私を見て、真っ先に呪いの存在を確認しようとしたらしい

 

「…何も言わずに貴公を取り押さえようとした。その事に関しては弁解のしようもない」

「それはただ、私の愚かな拙速さ故なのだから…本当にすまなかった」

 

「しかし、不死の呪いが危険である事には変わりない」

 

 

 正直言ってよくわからないが、それでも彼の誠実な様子から悪気はない事が分かった。だが一方で、彼は私の話を聞いても不安を隠しきれないようだ

 

「うーむ…どうしたものか」

 

 どのようにアルトリウスを納得させようかと悩んでいたところ、急に心の奥から良いアイデアが湧いてきた

 

 

「そうだ!私がマヌスのソウルを受け継いだ証拠として、彼の魔法を使ってみせよう」

 

(………何で、使える事が分かったんだ?この発想は…?まあいい)

 

 

 アイデアに対して僅かな違和感こそあったが、そんな事よりもアルトリウスを納得させる方が大事だった

 

 

黒炎

 

 早速、黒炎を出してみれば…

 

 

「その杖、そして魔術……確かに、受け継いだというのか。貴公、先の無礼を許してくれ…すまなかった」

 

 彼は私の話を信じてくれたようだ。何とか事態が収まったことに安心感が湧いてくる

 

「信じてくれれば何も問題は無い。それに勘違いではあるが、私の事を思ってのことなのだろう?私も貴公の立場であればそうした筈だ」

 

「そもそも、この騒動を引き起こしたのも元を辿れば私がマヌスを仕留め損なったからだ…不公平であるとは思うが、これで"ノーカウント"にはしてくれないか?」

 

「……うむ、貴公がそう言うのであれば…私も、これ以上は引き摺らないようにしよう」

 

 故にこの場は、どちらにもお咎め無し、と言う形に収めた

 

 

 

「話は変わるが、貴公に伝えておきたい事がある。ゼーリエ殿についてだ」

 

「今そうであるように…貴公が消えた時、彼女は悲しみに暮れるあまり自力で立つことすらできなかったのだ。無論、あの戦いの結果は私の咎でもあるから責める事は出来ないが、今後は自身の命も大切にしたまえよ…」

 

 

「ああ、肝に銘じる」

 

 

 アルトリウスの言葉の通り、先程からゼーリエにはいつものような元気が無く静かだ。心配になって顔を覗いた時に垣間見えたのは、少し赤くなった目頭

 

 今の状況だとか、何かあったのかだとか、色々と聞きたい事はあったが…暫くは彼女の心配を取り除く為に、そして私自身感じていた再開できた嬉しさを伝える為に、そっと抱きしめて私の存在を確かに伝えることにした

 

 

 

 

 

 

「ゼーリエ、心配をかけてすまなかったな。だが、私は確かに生きているぞ…だから、安心して欲しい」

 

「そう、だな。お前が今、ここにいる。ああ、それでいいんだ」

 

 彼女を抱きしめること10分ほど。もう一度その顔を見てみれば不安の感情は一つもなく、いつものような笑顔を浮かべてくれた

 

 

 

「さて、私が眠っていた間、何があったか教えてもらってもいいか?」

 

 すっかり明るくなった大穴の中、彼女を背中に乗せて歩きながら状況の確認を始める。

 初めは落ち着いていたものの…彼女は話が進む内に皮肉を交えたり私の頭を撫でたりするなど、傲岸不遜ないつもの調子を取り戻していった

 

 

 彼女曰く、私が生き返るまで大した時間は経っていないらしい。しかし何も無かったと言うわけでは無く、戦いが終わった後に例の姫君…"ウーラシールの宵闇"が崩れ行くマヌスの体から現れたのだとか

 

 その後、アルトリウスが宵闇とゼーリエを抱えてエリザベスの元まで戻り…ちょうど辿り着いたところで私の魔力を感知して駆けつけた、という流れであるようだ

 

 加えて、マヌスがいなくなったからか例の魔物や深淵湧きは死体すら残さず消え去ったらしい…つまり、脅威となるものは最早一つも無いという事だ

 

「こんなところだな。それにしてもマヌスのソウルを受け継いで生き返ってきた、か」

 

(そうか。本当に、終わったんだな……)

 

 

 ゼーリエとの話が終わった途端、もう戦闘する事が無いと分かり安心感がどっと湧いてきた

 

「新しい魔法、先までとは桁違いの魔力、そしてその杖…随分と様変わりしたな」

「色々と説明してもらおうか」

 

 だがゼーリエと一緒にいる限り、安心はあれど平穏は無い。

 それから大穴から出るまでの間、ずっとゼーリエからの質問攻めを受け続けた。

 とは言っても私自身何が起きたのか分かってはいないため、結局のところは互いに何もわからなかったのだが

 

「……その杖をずっと使っていた?お前は元々杖など持っていなかっただろう?」

 

「そう、だったか?……いや、そうだな。確かに……?」

(じゃあ、この感覚は一体何なんだ…?)

 

「まぁいい。この後じっくり、お前の体を調べさせてもらおうか」

「勝手に私を投げ捨て、勝手に私を置いて死のうとしたのだから……返事は分かるな?」

 

「……はい…何なりと…」

 

「よろしい」

 

 …私には分からなくとも、ゼーリエが何もかも暴きそうだ

 

 

 

 

「これは……何という…」

 

 ゼーリエの更なる質問攻めを受けながらも歩みを進めて市街に入った時、目の前に広がった光景に思わず息を呑んだ

 

「深淵の残滓が無くなっている…?ゼーリエは何か知っているか?」

 

「さぁな、私も詳しい事は知らん…だが推測するに、この変化は魔法の主たるマヌスが消えたからだろうな」

「しかし気色悪い魔物の死体も、無秩序な深淵の魔法も無い此処は…正しく"黄金の国"にふさわしい輝きだな」

 

「そうだな、ゼーリエ殿。…昔はそうだった。人の闇、深淵無き頃のウーラシールは本当に美しいものだったのだ」

 

「人無きとてこの美しさをもう一度目に出来たのは、間違いなく貴公らのお陰だな…改めて礼を言う」

 

 

 戦闘の余波によってか、更に崩れている建物こそあれど…しかし、この街はかつての懐かしさを含む美しさを取り戻していた

 

 死体の香ばしい匂いも無く澄み渡った空気と、結界越しに直上から刺す日の光が合わさった環境は、かつての悍ましさを夢とさえ思わせる程だ

 

 

 元の世界に帰る手段は手に入り、最早脅威となるものは一つも無い。故に平穏と美しさで満ちた街中を、私達は観光でもするかのように雑談を交えながら進んでいく

 

 緊張に包まれた森の中よりも、穏やかな雰囲気の中で交わす話は心地よい物であった

 

 アルトリウス曰く、今回のマヌス討伐にはグウィン王からの褒賞が出るらしい。それならば皆で何を望むかを話し合ったり…

 

 此処で手に入れた魔導書と魔法について、ゼーリエと期待を膨らませながら予想しあったり…

 

 ゼーリエが完成させると約束した人面、そしてその製作者たるゴーを含めた他の四騎士についての話をアルトリウスから聞いたり……

 

 アルトリウスの話のお返しに、竜狩りの騎士たるヨアの英雄譚や眠り竜の伝説を語ったり…

 

 

 

 そんな数々の話をしながら、闘技場まで辿り着いた。

 そして闘技場の入り口で振り返り、再び市街を見渡してみると…ふと、その黄金の如き美しさに秘められた哀愁を感じた

 

 

 曲がりなりにもこの地を治めていたマヌスと変質した住人は居なくなった、旅人も私達で最後になるのだろう。

 それは即ち、ウーラシールが真なる亡国と成り果てた事…幾ら美しくとも、その美しさが誰かの記憶にも歴史にも残らずに消えていく事を示していた

 

 

 気づけばゼーリエとアルトリウスも、私と同じ様に振り返っている。そし、彼らも同じ事を思ったのだろうか、この地に記録を残して行く事になった

 

 私が結晶の塊を作り出し、ゼーリエとアルトリウスが文字を刻みやすい様に削り出す。

 そうして出来た結晶の碑へと、私達は各々の想いを刻み込んだ

 

 

 アルトリウスは、深淵の主たるマヌスを倒した記録と私達を讃える文を刻んだ。

 華々しい英雄譚は何よりもその地を彩る、騎士たる彼はそう言った

 

 ゼーリエはウーラシールが魔法使い達の理想郷であり、数々の魔法が生み出された事を刻んだ。

 国は消えようとも魔法は消えない、だが魔法が生まれた場所くらいは知られてもよいだろう、魔法使いたる彼女はそう言った

 

 

 私は…ウーラシールが黄金の国と呼ばれる程に美しかった事、そしてこの地にて死んでいった者達へ対する慰霊の想いを刻んだ。

 あの魔物達が人であった事を知るのは私だけであり、私だけであるべきだ。

 だが、それでも死者は弔われるべきであり彼らこそが黄金の国の住人であった事は忘れてはならない

 

 その思いと街の風景を胸にも刻み、振り返ることも無く、私たちは森へと入っていった

 

 


 

 とある魔族の研究ノート

 

 シースを研究している魔法使い、クラウディウスからの情報でウーラシールの場所を割り出せた。

 

 渡された地図を元に早速黒い森へと赴き、結界を越えたが…そこにあったのは、ただの更地と瓦礫の山であった。

 美しいと感じる感性が人間と違う事を加味したとしても、極大規模の魔法戦の跡地としか思えないここが、黄金の国であるとは思えなかった。

 

 しかしそれでも、この場所がかつてはウーラシールであったと分かったのは、微かな光を放っていた結晶の碑があったからだ。

 

 

 その碑には確かにシースの名と彼が刻んだ文が載っていた。そして、彼の文を解読すれば、そこには人を殺した事への後悔…つまり、魔族が感じた罪悪感が見てとれた。

 

 

 その意味を知ろうとも、未だに罪悪感を理解して感じる事は出来ない。

 しかし、シースが罪悪感を理解した上で人間と共生した魔族である事は確定した…それならば彼の軌跡を追い、その思いを解析する事で俺にも罪悪感が分かるに違いない。

 

 やはり、彼の軌跡を追う事は正しい

 

 

 

 

 …それはそうと、碑に刻まれていたのは深淵の魔物との戦いだけであった。

 

 竜との戦いは、彼の伝説についた尾鰭であったのだろうか。

 

 


 

 未完成の人面

 

 囚われたゴーが掘り続けた古木の人面、その人間性によって擦り切れたもの。

 永く停滞した時の中で彼は人面に感情を移し、遂に悟りへと辿り着いた

 

 全ての感情を移した彼の最後の人面。それは、竜への思いを初めて移せたものであり、きっかけとなった不死人の英雄を模した人形だ

 

 手前勝手な感傷と知りつつ、しかし最後まで彼は竜への思いを移せなかった。

 それは騎士たる彼にとって、高揚も、名誉も、恨みも、憎しみも、すべては竜と共にあったからであろう

 

 

 古木の大杖

 

 節くれだった古木の杖。

 その大きさから打撃武器としても使用できる。

 人間性の代わりに碧色の月光が満ちているが故に、月光と結晶に由来する魔法を強化する

 

 古木に込められるべきものは人間性であり、本来は月光など宿るはずが無かった。故に、この杖は元来交わらぬものが交わった証でもある

 

 





ここまで読んで頂き、ありがとうございました

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