月の残り香   作:万年赤字一般傭兵

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ダーク・スレイヤー

 

 

 夕陽さす谷底にて魔力が弾けた。

 

 古き王の黒竜カラミット、そして高みに手をかけんとする魔法使いゼーリエが交えた魔法の第一合。

 

 それは一瞬でありながら、しかし壮絶であった。必殺の槍は溶かされ、嵐の如く迫り来る炎は荒れ狂い、しかし彼女に制御を奪われた炎は熱線となってカラミットの頭部に突き立てられる。

 黒竜の膨大な魔力を込められた炎は類を見ない程の熱を持っており、故に反射されれば黒竜とて無事では済まない筈であるが…

 

 

「ほう?」

 

 

 飛行魔法

 

 真空の空間を作り出す魔法

 

 分厚い雲を空に作る魔法

 

 豪雨を降らせる魔法

 

 水を重くする魔法

 

 

 炎は鱗を貫く事も目を潰す事も無く鱗の黒さに呑まれる様にして消え去り、黒竜カラミットが動じる事はなかった。

 

 だが、ゼーリエが動じる事もまた無かった。

 熱線によって黒竜の視界を封じた一瞬の隙に、アルトリスと共に空へと飛び上がって数多の魔法を畳み掛ける。

 

 

(なるほど、周囲への干渉は通すか…)

 

 

 先まで穏やかな西陽に照らされていた谷は一瞬にして土砂降りを超えた雨に覆われ、谷底を流れる川はその水嵩を増す。

 カラミットの空を叩いていた翼は空振り、激しく振り続ける雨と同じくして黒竜の体は沈んでいった。

 

 

 そして、

 

 

水を操る魔法(リームシュトローワ)

 

 谷底から脱し、黒竜を見下ろすゼーリエから締めの一撃が放たれた。

 ひっくり返した入道雲がそのまま変わったかの様な水の槍、それが寸分違わず黒竜の全身を打ち据えて、谷底へと更に押し込んでいく

 

 

「まさか、これほどまでとは……」

 

 

 落ちた黒竜がどうなったかは分からない。何故ならば、大瀑布の滝壺の如き轟音が辺り全ての音を飲み込んでおり、仮に断末魔を上げていたとて聞こえないからだ

 

 圧倒的質量の一撃。あれだけの迫力ならば、誰もが全ての敵を打ち倒せる事を信じるだろう

 

 

「…だが」

 

 

 しかし、彼らの心に勝利の余韻が入り込む事はない。それは黒竜の圧が、水如きに負ける様なものでは無かったからだ。

 

 

 深淵よりも深き愛憎の念を込められた圧力が、今尚谷底から感じられるからだ。

 

 

「アルトリウス、やれるな?」

 

「勿論だ」

 

 

ガァアッ!!

 

 

 岩が砕ける音が聞こえ紅い光が漏れ出たかと思えば、砕かれた地面からカラミットが飛び出した。

 あれだけの水に打たれ、谷の側面を突き破ってきたのだと言うのに…その体には泥どころか水滴一つ付いておらず、全くもって変わらぬ姿である。

 

 生じる風で地面を深く抉る程に空を強く叩く翼、そして魔法とさえ認識しない飛行魔法が生み出す推進力を身に付けたカラミットにとって空も地上も変わらない。

 

 黒竜は魔法を放ちながら、マヌスを容易く超える程の速さでゼーリエに向かって行く

 

 

 ストーン

 

 石を砂に変える魔法

 

 

 フリーズ

 

 冷気を暖気に変える魔法

 

 

 ウィンドカッター

 

 風向きを変える魔法

 

 …………

 

 

(ふむ、魔力は凄まじいが……私の魔法で対処できるか)

 

(となれば、これらは…相当原始的な魔法だな)

 

 

 突進の最中に黒竜が放った数々の魔法、恐ろしい程に魔力を込められたそれらであるが…しかし、ゼーリエは焦る事なく一つ一つ無効化していく。

 魔力消費に於いては完全に優位である彼女、しかし戦況が優位であるわけでは無い。

 

 

 消耗する魔力の差など断絶している地力を考えれば、無意味に等しく…また黒竜の魔法が比類無く強力なものであるが故に、魔法の読みを外せば速やかな死に繋がる状況にもあるのだから。

 

 そんな状況に置かれた彼女に、飛行魔法を使って黒竜の突進を回避する余裕は無い。このままでは、魔法を対処していようとも黒竜の巨体に轢き潰されてしまう。

 

 

「……ぐっ!!」

 

 だが、それを許すアルトリウスではない。両腕で盾を構えた彼は、黒竜の突進を真正面から受け止めんと迎え撃つ。

 

 

 竜の巨体と怪力に比するものなく、怪力乱神の英雄とて抗う事は叶わない。竜とはそのような伝説に語られる強大な存在であり、その王たるカラミットならば伝説に違う事などないだろう。

 

 だが、アルトリウスの負けが決まった訳ではない。グウィン王直々に叙勲された四騎士である神人の彼もまた、強靭な意志で決して怯まぬ無敵の騎士であるのだから。

 

 

 彼と黒竜の拮抗は激しく、彼の踏み締める大地が地響きを立てながら割れ、衝突が生じた衝撃波が辺りの木々を薙ぎ払った程だ。

 

 そして、その拮抗は魔法使いにとっては十分な隙になり得た。

 

 

 摩擦を強くする魔法

 

 土を鋼鉄に変える魔法

 

 大地を操る魔法

 

 

 

 空気を一点に集める魔法

 

 下降気流を発生させる魔法

 

 風を斬撃にする魔法

 

 

 ゼーリエの魔法によって周囲の環境はその形を歪に変えて行く。

 

 暖かく柔らかな大地は冷たく剛健な鋼鉄の大槍として、黒竜を串刺しにせんと隆起し…ウーラシールの空から奪われた風は巨大な刃となって降り掛かる。

 

 山の如き大きさを誇る大槍に、文字通り空を落とすかの様なギロチンが黒竜を挟み込んだ。

 

 

「ちっ、期待外れか」

(だが作戦…いや、神話通りで間違いなさそうだな)

 

 しかし、彼女の思い通りにはいかない。

 鉄の大槍は鱗に触れる前に穂先から分解されて行き、風の刃は吸い込まれたのだ。

 

 

 そう、先と変わらずその鱗を傷つける事は無い

 

 

「アルトリウス!反撃を始めるぞ!!」

 

「剣を振るう準備をしておけ!!」

 

 しかしゼーリエの考え、そしてイメージは完全に変わった。

 それは即ち、反撃の用意ができた証拠である

 

 

(…四元素理論の防御魔法とは、なんとも時代遅れなものだ)

 

(この魔力量は脅威だが、これではな)

 

(色々と残念ではあるが…)

 

 

「ヤァっ!!」

 

 ゼーリエの呼び掛けに答える様に、アルトリウスは全力を込めて大盾を振りかぶって黒竜を押し返し、守りを捨てて月光の大剣を構えた

 

 

 

解除魔法(ラヴォアジエ)

 

 

 火、土、風、水…ゼーリエが唱えた魔法によって、それら四元素を注ぎ込まれていく月光の大剣。

 その刀身を構成する碧水晶は黒に染められてゆき…

 

 

「…アルトリウス!今だっ!!!」

 

 遂に大剣の刃は、染められ切った黒水晶に取って代わられた。

 

 その瞬間に崩された姿勢を直しきって、再度突進を敢行するカラミット。

 対してアルトリウスは全身全霊の力を込め、真正面から黒水晶の大剣で迎え撃たんとする

 

 

 大剣の刃が黒竜の鱗に届くまでの猶予は、一秒にも満たない僅かな時間だ。しかし彼の体感時間は何秒にも伸び、そこに様々な心配が襲いかかって来る。

 

 ゼーリエの放った全ての攻撃を無効化してきた黒竜、どう足掻こうとも傷一つ付けられなかった圧倒感。

 大剣の一撃を弾かれたとすれば、守りを捨てたこの構えでは致命的な一打を喰らう。

 

 そして……

 

 

(関係ないっ!!)

 

 

 だが、そんな不安が彼の心に付け入る余地など無い。

 

 

(私は、シース殿に与えられた最上の名誉たるこの剣を…そして、彼の親友たるゼーリエ殿を信じる!!)

 

 

 迫り来る死の象徴たるカラミット、アルトリウスはそれに臆する事なく、寧ろ一歩踏み込み地を蹴った。

 

 

 狼の剣技

 

 

 全身を回転させた力をも込められて振り下ろされる大剣。その刃が黒竜の頭部へと近づいて行く。

 

 黒き刃が振るわれて行く様は、まるで宵闇の如き黒竜の鱗に吸い込まれて行く様であり、これまでの魔法の様に溶かされてしまう様に見える。

 

 

 

 だが、

 

 

「ウォォォッッ!!」

 

 

 そうなる事は無かった。黒水晶の刃は、鱗の闇に飲み込まれるどころか、寧ろ防御魔法を貫き…

 

 

 

 ガアアアッ!!?

 

 

 遂には伝説上の闇を祓う剣(ダーク・スレイヤー)の如く、黒竜の鱗と共に頭部を切り裂き、痛みによってその突進を逸らした。

 

 

 

 逸らされた突進の先々で木々を薙ぎ倒しながら、不時着を強制させられた黒竜は今一度ゼーリエ達を睨みつける。

 

 しかし、その眼光に宿っているのは先までの浮つく様な執念などでは無い。

 

 傷と痛み、永劫とも言える時を隔てて黒竜に刻まれた感覚は、カラミットを怯ませただけではなかった。

 それらは眠っていた戦いの記憶を鮮明にし、彼の心に深く余っていた王たる故の強さを掘り起こしたのだ。

 

 今の黒竜にとって、最早ゼーリエとアルトリウスは取るに足らない劣等では無い。

 彼らが己を害する力を持つ敵となった今、目を離す事は無いだろう。

 

 

 その特徴的な単眼には戦士特有の熱が混じった冷たい視線が宿り、魔力の高まりと共に戦いの準備が進んでいく。

 

 

「ゼーリエ殿、ここからは……」

 

「ああ、分かっている。死ぬ気で時間を稼ごうか」

 

(気は引けた…作戦通りだ、合図を出そう)

 

「月光を放つ魔法」

 

 

 そして準備を終えたカラミットが飛び上がったのと同時に、ゼーリエの腕から月光が放たれた。

 黒竜に命中する事なく空へと打ち上げられた光は暫くの後に爆ぜ、夕焼け空の青と橙のグラデーションを冷色に染め上げてゆく。

 

 

「っ!ゼーリエ殿、黒竜の様子が」

 

「何かは知らんが癪に触った様だな…まぁ、寧ろ好都合だろう?」

 

 

 命中する事が無かった月光、それは決して害を与えるものでは無かったが…その美しさ故に、そして古き月光に似ている様で違っていたが故に、カラミットの怒りを大いに引き出した。

 

 十分な高度まで上昇した黒竜が、その眼に更なる怒りを込めてゼーリエを捉える。最早、彼がゼーリエを見逃す事は無いだろう。

 

 

 カラミットが放つ魔力は天井知らずに増大し、太陽は黒竜に空を明け渡すかの様に姿を消した。

 やがて、辺りが暗くなって行き……

 

 メテオ

 

 ヘイズ

 

 トルネード

 

 

 先よりも遥かに強力な魔法、そして従者の如くカラミットの側に控える橙色の光球の数々が姿を現した。

 

 

 今この時をもって、竜の王が帰ってきたのだ。

 

 

 

 黒竜を取り囲む様にして生じた複数の巨大な竜巻が、有毒性の霧を帯びる事で全ての生物と物体を溶かしながら彼らへと迫り、空からは山の如き巨岩が降り注ぐ。

 

 かつて世界を滅ぼした伝説の通りに、黒竜の魔法は一切の容赦も無く全てを破壊していく。

 

 

 

「本領発揮、といった所か…」

「……そうだ、それでいいっ!!そうで無くては面白く無いからなぁ!!」

 

「古臭かろうと、その高みを見せてみろ!!」

 

 

 山を砕く魔法

 

 竜巻を発生させる魔法

 

 風を炎に変える魔法

 

 解除魔法

 

 竜巻の進行方向を変える魔法

 

 

 だが、同様に魔力の制限を解除したゼーリエがそれら全てを迎え撃たんと奮起した。

 天から降り注ぐ巨岩は砕かれ、生じた数多の竜巻は凄まじい炎の嵐となって有効打に……

 

 

「…ハハッ!やはり持っていたか!!」

 

「私の知らない…いや、今尚通ずるものが無い究極の魔法をっ!!」

 

 有効打には、ならない。

 

 彼女のイメージは、黒竜の側に生じた橙色の光球に魔法を飲み込まれる事で、呆気なく打ち砕かれた。

 

 対処は間に合わず、ウーラシールを破壊して行く天変地異がゼーリエ達を飲み込むまでに残された猶予は少ない。

 反撃は無理だと即座に判断した彼女は、飛行魔法で逃げようとするが…

 

 

竜は空にあり、人に勝ち目なし

 

 

(飛高魔法、日行魔法……)

 

(まて、竜でも無ければ空を飛……いや違う!!)

 

(…何だ、これは?)

 

 

「ゼーリエ殿!?」

 

 

 空は竜の領域である。竜の王が治める世界の法が角すら持たぬ劣等の立ち入りを許すわけなど無く、劣等如きに空を駆け巡る翼など不要だ。

 

 そんな上位者の意思をすぐに理解する事は不可能であり、ゼーリエの頭は混乱に満たされた。

 

 

ファイアストーム

 

「しっかり掴まれ!!」

 

 翼たる飛行魔法を奪われ、無防備と化した彼女に迫る炎の嵐。

 だが幸いにも、ここには翼無しに己の力だけで空を駆ける騎士がいる。

 

 

 荒れ狂う炎の中、間一髪でアルトリウスが間に合った。

 彼はその腕でゼーリエをしっかりと抱いて凄まじい脚力で上空へと離脱、そして幾度も結界を蹴って空を駆け巡る。

 

 

「……くっ…これはもう、魔法の範疇に収まらないな…」

 

「落ち着いたかゼーリエ殿!!…どうにか、どうにかならないか!」

 

「無理だ…攻撃は考えるな。今は只管に逃げるしかない」

 

「シース殿を信じるしかないか…!!」

 

 

 黒竜を守る様に展開された魔法は近接戦を完全に拒否しており、魔法戦において完全に負けているゼーリエ達になす術はない。

 それ故に、彼らに出来ることは最大限の時間を稼ぐ為の逃走だけだ。

 

 

 しかし、それすらも決して容易では無い。

 

 先まで踏み締めていた大地の全ては炎の嵐に包まれており、体力が持たなくとも逃げ道は空にしかなく…

 

 

 何よりも、今のカラミットには底知れ無い恐ろしさがあるからだ。

 今や黒竜は信じる神すら霞むほどに強大であり、祈る事も許されない。

 

 

 だが、それでも彼らは折れなかった。

 

 

 

 これだけの恐ろしさをぶつけられようとも、彼らは耐え切った先に救いの月光があると信じているのだ。

 

 

 

 


 

 

 

『タナカ、この物語を知っているか?』

 

『昔の私はな、これに出てくる白竜の様になりたかったんだ』

 

『誰かに蔑まれようとも、受け入れられる場所が無くとも、魔法に対する熱意を守り続ける誇り高き魔法使いであり、いつしか分かり合える友ができた……そんな彼みたいにな』

 

『まあ、あくまでも昔の話だ。…今は寧ろ、この物語の結末の方に目が行ってしまう』

 

『友と、こんな別れ方をするなど…』

 

 

 

『は?再現した?』

 

『シースがカラミットの鱗を貫いた槍を?結晶で!?」

 

『結晶の魔法を体系付けてから、まだ一週間も経っていないのだが…』

 

 

『……やはり、君の才能は素晴らしいな。正直言って、少し羨ましいよ』

 





ここまで読んで頂きありがとうございます。

当然ながら、カラミットさんも盛る。
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