月の残り香   作:万年赤字一般傭兵

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ムーンライト

 

 

 シフやエリザベス達を市街の結界内に避難させ、近くの森で魔力を制限して潜伏していると

 

 

「!!」

 

 空の彼方に上がった月光が見えた、ゼーリエからの合図だ。つまり、作戦の第一段階は無事に通過できたと言う事だろう。

 

「今がチャンス…!」

 

 万一にも探知をされないために、魔力を極限まで抑えた飛行魔法でウーラシールを覆う結界の天井を目指して行く。

 見事に作戦通りであり、ゼーリエの生み出した雲の中を通る事ができるが…万が一にも見つかったらと考えると、緊張せずにはいられない。

 

 更にはゼーリエ達に囮を任せている事に対する罪悪感に、未だ拭えぬ恐怖が私を苛み続ける。

 

 

 そんな浮つく心を落ち着かせようとした時、ふと作戦会議の一部が頭をよぎった。

 

 

 

『仮に黒竜を覆う魔法を解除できたとて、その鱗と肉を裂けたとて、致命傷を与えられるか…?』

 

 

『アルトリウス、それなら心配しなくていい』

 

『確かにお前にとってのシースは、殺しを厭う優しい魔法使いかもしれないが…それは人間相手に限った話だ』

 

『一切の容赦も無いシースならば、言葉にするも悍ましい威力の魔法を放てるからな。かの竜といえども不足はないだろう、だから』

 

 

『待てゼーリエ、あの黒竜は訳が違う。真正面からの殴り合いでは、私も…』

 

 

『人の話は最後まで聞け、シース…だから、私達が囮になってあの竜を引きつける』

 

 

『お前がそうした様に、今度は私たちの番だということだ』

 

 

 

「そうだ、失敗は許されない……」

 

 

 己に課せられた役割の重さ、それを認知したからからだろうか。

 いつのまにか邪魔な感覚は無くなり、私は暗闇に満たされた雲の層を抜けて結界の天井へと辿り着いていた。

 

 そして頭に刻まれた魔法、ウーラシールの結界を抜ける為の魔法をそのまま使い、遂にこの地を抜け出す事に成功した。

 

 

 結界を抜け出すと、まるで出迎えるかの様に懐かしき月光が私を照らし出す。

 大した時間が経った訳でも無いのに何故か久しいものに感じるそれは、雲の上にいる事もあって一段と美しいのだろうが、この状況ではそんな事を考える余裕は無かった。

 

 

 

竜狩りの槍を生み出す魔法(ウアクリスタル)

 

 右手の大杖にかつてない程の魔力を込め、かつてローガンに贈った魔法を詠唱する。

 

 イメージするは神話に語られた白竜の尽きる事なき力の根源、そして最初の竜狩りを果たした彼の光槍だ。

 

 

(……もっと、もっとだ)

 

 

 

 生来使ってきたかの様に私の魔法と共鳴する杖。その効力は凄まじく、作り上げられる結晶はかつてない程に強力なものになろうとしていた。

 唯一存在する空気ですら薄いこの空にて、結晶は魔力を注げば注ぐほど大きさをどんどん増して、槍として成形されて行く。

 

 

「………」

(まだだ、まだ足りない…)

 

 

 やがて過去に類を見ない程の大きさになった結晶の槍だが、それでもまだ足りない事は直感的に理解した。

 

 故に今までの経験をあてにする事なく、ただ出来るだけの魔力と殺意を注ぎ込む。

 

 

(私の親友が夢見た様に、翼を貫き地に堕とせる様に、ヨアの槍よりも鋭く、山よりも重く……)

 

 

 ……

 

 ……

 

 

「何とか、出来たか…次は……」

 

 いつしか結晶は、竜狩りの槍に相応しい姿へと変わっていた。

 後は、魔法を消し飛ばす光を注入するだけだ。

 

 

(これで、最後だ)

月光を放つ魔法」(ムーンライト)

 

 

 黒竜を覆う未知の魔法が如何なるものであろうとも貫く為に、空っぽな結晶に月光を詰めて行く。

 

 この世全ての月光を奪う程大量に…そして隅々まで行き渡り、その輝きが槍を守る様に。

 

 

 やがて夜を照らし出す月の光が槍の輝きに負けた時…遂に、出来上がった。

 

 

(これなら奴の鱗と魔法を貫き、地に縫い付けられる……)

「……」

 

 

 出来上がったのならば、後は放ち当てるだけだ。

 地上を見下ろす。そこには森しか無く、結界で遮られているせいで黒竜の姿を捉える事は出来ない。

 

 

「…見えた」

 

 

 だが、不思議な事に外すイメージは何一つ湧いてこない。寧ろ、黒竜の姿が見えないこの瞬間こそが慣れ親しんだものであるかの様に思えた。

 

 

 そして凡ゆる闇を貫き、その先に黒竜を捉える槍を……

 

 

「外しはしない」

 

 

 今、擲った。

 

 

 


 

 

 ゼーリエとアルトリウス、彼らの戦況は悪化の一途を辿っている。

 

 黒竜の魔法の勢いが衰える事はなく、徐々に規模を増していく炎が上へと追いやり、更に数を増やす竜巻と山の如き隕石が彼らの逃げ場所を潰していくのだ。

 

 そして、何よりも…

 

 

「この光球さえ無ければ…!」

 

「ゼーリエ殿、右だ!」

 

「ちいっ…!」

(…これで15回目か。このペースでは、後数分も持たないな)

 

 

 黒竜の秘儀が反撃の可能性を叩き潰す。

 そう、絶え間なく彼らを追い回す無数の光球(ビット)こそが最大の問題だった。

 

 いかにゼーリエが黒竜の防御魔法を崩そうとも、炎と竜巻を鎮めようとも、隕石を砕こうとも…魔法である以上、それら全ての試みは光球によって飲み込まれて無力化された。

 

 それどころか時折放たれる光弾は彼らを正確に捉え、彼女は魔力消費の激しい防御魔法の全面展開を強いられていた。

 

 

 仮初の優位であった魔力消費の面でさえも、負けているのだ。

 

 

(あの光球は……四元素説に基づくものでは無いな。恐らくは、あの竜が独自に発展させたものだろう)

 

(魔法であれば、無条件に無効化する物体…)

 

(……いまさら魔力の消費を考えても仕方ないな)

 

(アレを消し飛ばすイメージ、そして構築は、これしか無い)

 

 

「アルトリウス、活路を開く。力を振り絞ってくれ」

 

 失敗が猶予を大きく縮める事になる賭けになろうとも、この場を切り抜ける他の手段を用意する暇もない。

 アルトリウスの背に必死でしがみつきながら、彼女は最終手段の行使を決定した。

 

月光を放つ魔法(ムーンライト)、今だっ!!」

 

 大量の魔力を代償として、凡ゆる魔法を消し去る月光が解き放たれ、ゼーリエ達を囲んでいた光球が消えてゆく。

 

 

 全ての魔法を飲み込む筈のそれらは、逆に放たれた月光に飲まれ、一時的にだが彼らの障害は無くなったのだ。

 

 

「了解した!」

 

 

 包囲網が解かれ、その隙をついたアルトリウスが一気に速度を上げた。

 

 薄い空気によって体力を奪われようとも、関係ない。全身全霊で結界を蹴り、降り注ぐ隕石の側面を駆け、時に竜巻を切り裂いて潜り抜け……

 

 

 

シュドム

 

 

 

「…っ!!」

 

 

 そうして出来た僅かな希望を、カラミットが握り潰す。

 黒竜を中心に放たれる衝撃波の連発が、天地を砕き始めた。

 

 ゼーリエは迫り来る光球の対処に手一杯。

 そしてアルトリウスといえども、空中では盾を構えることも衝撃波を受け流すことも出来ない。

 

 

 だから、彼らは回避する術も耐え切る術も無かった。

 

 

 一発目の衝撃波、それが遮蔽になり得た隕石を砕いた。

 

 二発目の衝撃波、それが砕かれた岩と共に彼らを飲み込んだ。

 

 

 急に塞がれた視界、ゼーリエが対応せんと魔法を用意するが…

 

 

「石を…「があっ!!」

 

(!?!?)

 

 

 アルトリウスが咄嗟に彼女を庇い、その瞬間に凄まじい衝撃が与えられた。

 姿勢を崩し身動きが出来なくなった彼らに、音を置き去りにした黒竜の突撃が直撃したのだ。

 

 

 市街の方面へ高速で弾き飛ばされた彼女と彼の耳に、遅れて空気が爆ぜる音が聞こえる。

 

 

(なに、が……!)

 

 

 手練れの戦士であろうとも捉えられぬ突進が引き起こした状況の変化、それが魔法によるものでない故にゼーリエの判断の遅れは更に大きくなり……

 

 思考の遅れ、その代償はアルトリウスが受け切れない第二の衝撃と共に払われた。

 

「 」

 

 

(あ、………)

 

 何かが割れる音と共に、彼女の肺から全ての空気が抜け思考が真っ白に変わった。

 

 

 

 

 

 黒竜の突撃が、ゼーリエ達を高速で射出された砲弾へと変えた。

 彼女らは市街を覆う結界を突き破るだけでは止まらず、建物の壁すら崩してその中へと打ち込まれたのだ。

 

 

 

「…ぁっ!!…はぁっ…」

 

 

 街が崩れゆく轟音、そして全身を走った激痛がゼーリエの意識を無理やり覚ます。あれだけの衝撃を受けて即死しなかったのは、せめてもの幸いであるが…それでも状態は最悪だ。

 

(なにが、起こっ た…?いや…それ、よりも)

 

 耳は聞こえず、視界が赤一色に染まっていて目は役に立たず、両足と右腕が動かせない。

 加えて投げ出されたのか、先まで共にいたアルトリウスがいない、

 

(…ま ずは…傷を治して……それからアイツを、見つけ なければ)

 

 だがこんな状態でも、彼女は何をすべきかを分かっている。彼女は今にも外れそうな左腕を使って、魔法で格納していたとある物を取り出し、無理やり口に含んだ。

 

 

「…い"ぃっ…!!」

(効果、覿面か…あのキノコ、本当に腕は確かだな)

 

 

 ゼーリエが取り出したものとは、干したキノコにしか見えない何か。

 

 一見食べ物でしかないソレを、彼女が飲み込んだ瞬間…傷口は塞がり、血が補充され、言うことを聞かなかった体の部位に感覚が戻り、同時に更なる痛みが走った。

 

 そんな痛みに悶えながらも、今やるべき事をやろうとした彼女だったが…

 

 

「アルトリウス!!返事をしろ!!!」

 

(…………)

 

 

 人間を探す魔法

 

 

(………反応がない、まさか…)

 

 

 死体を探す魔法

 

 

「反応、一つ。……アルトリウス、すまなかった」

 

(……どうしたものか…)

 

 

 一切の返事をよこさないアルトリウス、そして近くで出た死体の反応。

 

 それが意味する事を知っては、いくら彼女といえども打開策を見出せそうには無かった。

 

 

 だが、これで終わりでは無い。

 

 

 

「ははっ、そう来るか…」

 

(ああいう小細工が通じない攻撃は…そうだな、シースが防……)

 

 カラミットの開いた口に収縮してゆく桁違いの魔力。文字通りウーラシール全域を消し飛ばすには十分な程のそれが、彼女の余命を確定させた。

 

 

「………」

 

 

 凡ゆる魔法を無力化する光球に、純粋な魔力のブレス……如何なる魔法でも黒竜の行動を阻害することは出来ない、如何に強固な結界でも防ぐことは出来ない。

 熟達した魔法使いであるが故に、彼女はこれからの運命を変えられない事を悟ってしまった。

 

 

「…よほど私の月光が気に入らなかった様だな」

 

(どうせ、死ぬなら)

 

 

 「月光を放つ魔法」(ムーンライト)

 

 

 ゼーリエの放つ月光に触発され、カラミットが用意するブレスに込められた魔力の指向性が高まってゆく。

 

(これならば、シースまで届く事もないだろう)

 

 

 打てる手は最早一つも無く、だからこそ彼女は相棒に全てを任すことにしたのだ。

 

 

(死体だろうが、魂だろうが…存分に、消し飛ばすがいい)

 

(その代わりに、シースへと繋げさせてもらうぞ…!!)

 

 

 

 カラミットの魔力は留まるところを知らない。もはや数えきれぬ程に繰り返された増大と圧縮…いつしか黒竜の魔力は、彼の眼の如き紅に光り輝き始めていた。

 この世全ての憎悪と怒りを込めた様な紅、それがゼーリエの放った月光すら打ち消し始め…

 

 

(私がここで果てようとも…シース、この戦いを乗り越えた時、お前ならば必ず魔法の高みへと……)

 

 

 ウーラシールの夜空は一つの明星に埋め尽くされ、大地は紅く照らされた。

 カラミットのブレスが放たれるまでの猶予は最早ない。

 

 

「……ああ、やはり嫌だな」

 

「出来る事なら、私も……」

 

 最後、魔力の紅光がゼーリエの深くに埋まっていた後悔すらも照らし出し、

 

 

 

 突如、ウーラシールに月光がさした。

 一瞬の煌めきをゼーリエが認識した瞬間、その月光は槍となって夜の闇と共に傲慢な明星を縦に裂き、地に縫い付けんと堕としてゆく。

 

「なっ…」

 

 

 彼女の目に映った明星ことカラミットは、本来の速さに反し途轍もなくゆっくりと堕ちていくように見えた。

 

 長い様でしかし短い時間。やがて明星が、地へ触れた時…

 

 

(伏せ……っ!!)

 

 

 

 爆音、そして衝撃。

 ゼーリエですら想像が付かないほどのそれらがウーラシール全域を襲った。市街を囲む結界は軋み、今にも壊れそうである。

 

 だが、指向性を失ったそれが結界を貫く事はなく…

 

 

 

「…期待以上だ、やってくれたな」

 

 未だにゼーリエは無事である。しかし彼女が状況を確認せんと辺りを見渡せば結界はなく、結界の破壊を代償として生き延びたのだと分かった。

 

 そして、生き延びた者は彼女だけではない事も分かった。

 

 

 一人はシース、月光の槍が残した軌跡を辿って空から降りて来ている。

 

 更なる一人は……

 

 

「ちっ、しぶといな。だが手負いだ、シースと一緒ならば…」

 

 

 あれだけの攻撃を受けて尚、凄まじい魔力を放つカラミットだ。

 

 しかし空は碧色の月光に満たされており、黒竜は王たる尊厳と共に地に堕とされている。

 

 

「シース!!今行くぞっ!!!」

 

 

 今のゼーリエには飛べるイメージも、そして勝つイメージも出来るのだ。

 

 

 彼女は月光降り注ぐ空へと飛び立ち、かつては森であった巨大なクレーターの中心へと向かった。

 

 

 


 

 

 

 文字通り体を串刺しにしてクレーターの中心に縫い付けた槍、そして増大され切った魔力の暴発。

 

 

 それらは黒竜の力の殆どを奪い去ったのと同時に、彼を包んでいた全ての欺瞞を取り払った。

 

 それどころか槍の一撃は唯一残されていた片翼すらも消し飛ばしており、今の彼は竜とさえ判別出来ないほどの悲惨な姿である。

 

 

 心臓すらも潰された彼が、それでも生きているのは唯一残された鱗の力によるものだ。

 然れども今残っている力では、後一日ですら生き延びることはできないだろう。

 

 いや一日を待たずして殺される。

 

 

 すぐそこまで迫りくる死、無敵だと思っていた魔法の敗北…屈辱の極みであるそれらを味わいながら、しかし黒竜の中の後悔は僅かなものだった。

 

 寧ろ、彼は喜んでいるとさえ言えるだろう。

 

 

 それは己の力に最後まで抵抗を続けたエルフと神人、そして強烈な一撃を放った友の名を騙る者に起因していた。

 己のものには遠く及ばない魔法もどき、そう見下していた魔法の数々は数え切れない程の発展を重ねてきた傑作であるのだと理解できたからだ。

 

 

 そして、唯一彼の中に生じた後悔も死に対するものでは無い。

 そのような素晴らしい魔法の数々に目を向けてこなかった己の愚かさに対する後悔だった。

 

 

 故に最後に残された紅眼の力の全てを、未来視に費やし……

 

 

 

 力の限りに覗ける未来の果てで、黒竜は更なる発展の限りを尽くした魔法の数々を観測する。

 彼にとっては全てが賞賛に値するものであったが…その中でも、特に素晴らしいものがあった。

 

 

 衰えた力では一部しか使えないが、それでも使うだけの価値がある七つの魔法。

 そして最高傑作とも言える、最も多くの命を奪った魔法。

 

 

 友の末裔が作り上げたそれらは、黒竜を竜の王では無く一匹の熱心な魔法使いへと変えていき、同時にこう思わせた

 

 これらを戦いで使いたくて仕方がない、と。

 

 

 

 幸いにも彼の目の前には、先まで戦っていたエルフとその相方がいる。

 彼らならばこの魔法で戦うに値する、そう判断した黒竜は

 

 

 万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)

 

 人を殺す魔法(ゾルトラーク)

 

 

 

 魔法使いとして、そして竜として最高の最期となる戦いを描き始めた。

 

 

 空虚な懐古心も、刻まれた後悔も、忘れられない傷も…今この瞬間から、彼は全ての悪感情を忘れて戦いの快楽に浸れるのだ。

 





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