「ゼーリエ!無事だったか!…アルトリウス殿は?」
「…奴は死んだ」
「なっ…!?」
ゼーリエと合流できて安心できたのも束の間、彼女から伝えられたのは衝撃の事実だった。
(あのアルトリウスが、私に命を預けてくれた彼が…)
「だが、悲しむ暇は…っ!構えろ!!」
そして、黒竜は彼の死を悲しむ暇をくれなかった。
途轍もない範囲の物体を黄金に変えて行く
見た事も聞いた事もない魔法だが…それらが恐ろしく強力である事は本能的に察知できた。
(…今は、それどころじゃ無い!)
故に雑念を振り払って魔力消費を考えること無く、対処に全力を注ぐ。
(範囲も、条件も分からない!消費はキツイが…!)
「
「
私のイメージに違う事なく、月光は迫り来る魔法の全てを飲み込んだ。そして驚くべき事に
「!奴の体が、黄金に…」
私の月光が漏らした
アルトリウスの死に、未知の魔法が引き起こした変化…私では処理し切れないが、ゼーリエは違う。
「…ふむ、黄金の魔法は呪いだな。だが、もう一方は呪いとは言えない」
「よく聞けシース。一部の術式から考えるに、アレは防御魔法を貫ける攻撃魔法と言った所だろう」
「加えて威力、速射性、操作性、凡ゆる面で最高の水準に達しているが…幸いにも速度は私の目で十分に捉えられる程度だ」
「だから…いつもの様に私を乗せろ。お前の全速力をもってすれば、月光を使わなくとも捌き切れるからな」
「……さて、やるべき事は分かったな?」
「悲しむのは後だ。奴の死を持ってアルトリウスに報いてやろう」
冷静に、正確に、そして分かりやすく。
私が驚愕している僅かな間に、ゼーリエはその分析力を存分に発揮した。
「……ああ分かった、ならば急いで…」
そして困難に満ちた戦いであろうとも、何をすべきかが示されたのであれば反撃を始める事は容易だ。
黒竜が自身の黄金化に対処している間に、彼女を背に乗せて
「「
竜に立ち向かうには最適の陣形を組んだ。
同時に黒竜の攻撃も再開し、大量の魔法陣から
「
竜狩りの槍を放つ魔法
こうしてゼーリエが肩の上にいる今なら、恐怖に負ける事も悲しさに流される事もなく立ち向かえる。
「……あ、あぁ……」
崩れ行く建物の中、アルトリウスは死に掛けていた。
目も耳も働かず指先一つすら動かせぬ重体、エリザベスから受け取った秘薬すら使えない。
(シース殿、ゼーリエ殿……わたしは、まだ死ぬ訳には…)
それでも尚意識を保っていたのは、ひとえに彼の気力ゆえだった。然れども、このままでは唯いたずらに死ぬまでの時間を先延ばしにするだけだ。
歴史は変わらず、英雄はこのまま死ぬのだろうか。
「…?」
ふと、彼の体の上に落ちてきたものがあった。それは紺色の衣装に身を包み白磁の仮面を付けた女性の遺体だ。
死んでから相当な時が経っていると予測できるが、しかし胸に開けられた大きな傷穴には一匹たりとも蛆が湧いておらず、未だに魂が宿っているかの様な生気があった。
(…この、匂いは…確か……)
目が見えない彼が感じられたのは懐かしい雰囲気と匂い、そして…
「そう、か。き こうは……」
幻聴とも思える様な語り掛けだった。
しかし、彼は疑う事も無くその声に耳を傾ける。
戦士としての弔いを、ソウルの継承を望む声を。
「それは……」
「…わかった……やくそく、する」
遺体から出てきたソウル。確かな輝きを持つそれは、ゆっくりと溶け込む様にして彼の体に入っていった。
そして最も深きところで混ざり合い、遂に個の境界線が無くなった時、
「…ここに誓う。貴公を永遠に忘れない事を、永遠に共にある事を、その名誉を永遠に守り続ける事を」
「だから、今は力を貸して欲しい……キアラン」
英雄が再び立ち上がった。
竜狩りの槍を放つ魔法
「…まだ死なないのか?ゼーリエ、今のは確実に心臓を貫いていただろう?」
「ああ…だが、奴は理外の存在だ。恐らくは"何か"あるのだろう」
ゼーリエが放った何本もの英雄の槍。それらはカラミットの体を貫いたが、しかし黒竜が弱る様子はない。
「しかし、私の攻撃は確かに…っ!」
空にいる私達を囲う様にして大量の魔法が迫り来る。
凄まじい性能を誇るそれらは一度躱そうともしつこくついてくるが…今の私には大杖によって指向性を増した全力の飛行魔法がある。
「ここまで速いか…よし、攻撃箇所を変えるぞ。シース、次は背後に回れ」
「了解」
如何に恐ろしい魔法といえど、当たらなければ意味がない。
未だに有効打を与えられていないが、それでも戦況は優勢だった。
竜狩りの槍を放つ魔法
「次、右側面」
「了解」
竜狩りの槍を放つ魔法
「次、真正面」
「了解」
竜狩りの槍を放つ魔法
段々と密度と速度を増す
「頭もか…次、真上」
「了解」
竜狩りの槍を放つ魔法
防御魔法
「…!ここか!」
遂に、正解を引き当てた。
だが…
「首か?」
「恐らくはな。だが、あの防御魔法は…」
明らかにこちらの魔法を防いだ青色の正六角形。
それが恐ろしく高い壁となって私たちの前に立ちはだかった。
(何だこれは…!…いや、それがどうした)
だが、諦める事など出来なかった。
(アルトリウスの死を、無駄にするな…!!)
彼が繋いだ"今"が最大のチャンスなのだから、ここで止まるわけにはいかない。
一瞬見えた術式を紐解き、迫り来る
「………異常なまでに編み込まれた数の魔法、正攻法の解除は難しいか」
「しかし…分かったぞゼーリエ。これは魔法に同調し、分散させる事で防御とする術式だ」
「!そこまで分かるか、シース。対抗策は?」
「二つある…一つ目は分散し切れない規模の攻撃だな」
「だが、ハッキリ言ってこの手段は無理だろう。周囲の物体は残さず黄金に変えられている上、自力でそこまでの魔法を展開すれば破壊後の余裕がなくなる」
「やはり、そうなるか。…待て、二つ目は何だ?」
(これは、時間をかけられないな)
「っ…もう一つは、収束した月光だ。唯の月光では分散されて役に立たないが、集中させれば一部を無力化できる」
「成程、ならば私がその隙に差し込もう。…シース、どれだけ耐えれそうだ?」
目の前に聳え立った壁の高さと厚さを考えれば、短過ぎると言える程の作戦会議。
「後五分くらい…っ!」
短い作戦会議が長過ぎると思える程に、残り時間は減っていた。
(ゼーリエ、急げよ…!)
(右、右、正面、上、左、下、下、後ろ、右上…!!!)
何度も躱して、しかし私の肉を抉っていった
「準備完了だ、シースっ!やれ!!」
「
防御魔法
遂に、トドメを刺す準備が整った。
私の月光は期待を裏切る事もなく、防御魔法を突き抜け…
万物を切り裂く魔法
守るものなき、黒竜の首が切り落とされる
はずだった。
「…はっ?」
「まさか、あの一瞬で…!?」
黒竜の首に当たったのは私の月光だけ。
ゼーリエの魔法は、当たらなかった。
訳が分からず彼女に聞こうとするが…
「ゼーリエっ、どうい…?ぁあ"っ!!」
反撃の
この事態を考える間も痛みに悶える間もなく、ただ本能的に回避行動を取るしかない。
「コレは、まずいな…」
「……シース、一度距離を取れ。今は突破する手立てが、無い……」
(ゼーリエ…?)
心を読まずとも、背中から伝わってくるゼーリエの焦りと弱気な姿勢が私達の不利を伝えていた。
(右右左下上正面後右左上右下上右……っ!?)
結界魔法
時に月光を放ちながら、猛烈な
(…まだ、こんな魔法を…!!)
そして、一目見ただけで容易に解除出来るモノでは無い事が分かった。今の状況では魔力も時間も足りず、力押しも正攻法の解析も不可能だ。
これ以上ない程に、状況は最悪だった。
全くもって壊せるイメージが湧かない結界の中、不壊の黄金で覆われた大地の上で絶えず追ってくる
そして何よりも、私とゼーリエでは解除だけに留まる黒竜の防御魔法こそが全ての希望を握りつぶしていた。
『私の魔法を防いだのは、破壊されなかった"二枚目"の防御魔法だ』
『一枚目はお前の月光で無力化できたが……もう一つの方は、そうは行かなかった』
『防ぎ切った訳では無い。奴は四元素説を応用してお前の魔法だけを通過させたんだ』
『つまり…奴に傷を付けるには、お前の月光と私の解除魔法が必要になる。だが、私も精度を重視した複数の魔法を並行しては使えない』
『……悔しいが、現状では突破は不可能だ…』
『一度見ただけの魔法に対して、ここまでの芸当…すまないシース。はっきり言って、私の考慮外だった』
『どれ程までの研鑽を重ねれば、これ程までの……これが、高みか…!!』
やがて回避できる隙間すらも
(もう、私にはどうすればいいか……!)
"シース、私が打開策を見つけよう"
"だから、今しばらくは耐えてくれ"
だが、こんな状況でもゼーリエは諦めてはいなかった。先までの焦りは嘘のような頼もしい声で、いつもの様に盤面をひっくり返そうとしている。
「!……ああ、任せろ!!」
「
だから、私も全力を持って彼女を援護する事にした。
一秒、全方位から殺到する貫通魔法が私の皮膚を貫く前に月光に飲まれる。
十秒、更なる勢いの魔法が月光を飽和させてくる。
二十秒、
"シース、打開策が分かったぞ!!"
"一瞬でもいい。月光を解いてくれ、その後は全て私がやろう"
遂に、ゼーリエの準備が整った。
二十二秒、彼女の言う通り月光を解除し…
二十三秒、見れば肩の上のゼーリエは眠りについていた。
「……っ!?」
(どうして…まさか、罠…!!?)
二十四秒、守りを失った私達に貫通魔法が迫り来る。
(……これは、精神魔法の類…!?)
もう、逃げる余地はない。
壊れる筈の無い結界が割れる音、
それと共に降り立った大きな影が迫り来る魔法を防いだ。
「貴公ら……間に合って良かった」
「遅れた事は後で幾らでも謝そう、だが…」
「今はこの竜を倒す事が先決だ。ここからの作戦を伝えてくれるか?」
「!!アルトリウス…!」
二十五秒、私達の前に英雄が舞い戻った。
その身に親友のソウルを宿し完全復活を遂げたアルトリウスが、守るべき者達を背にしてカラミットと睨み合う。
迫り来るは必殺の魔法。しかし、無敵の騎士としての剛と随一の暗殺者としての柔を兼ね備えた彼ならば、対処は可能だ。
決して真正面から受け止める事はなく、大剣と盾を自在に操って魔法を滑らせる。
そうして全ての攻撃を無力化するのは正しく神業であり、それ故に黒竜も攻め方の変更を余儀なくされたが…
「…解析完了。起きろっ、ゼーリエ!」
「…!よくやった、シース!!」
呪い返しの魔法
攻め方を変えるならば、彼はもっと早くに行うべきだった。
アルトリウスが稼いだ時間はシース達が立ち直るには十分な程に長く、それ故に理不尽の塊たる呪いは跳ね返されたのだ。
そして黄金に覆われてゆく体、それの対処に追われる彼は結果として更なる猶予を与えてしまったのだから。
「なぜ生き…いや、そんな事はどうでもいい」
「アルトリウス、お前に今の状況と…ここからの策を伝える」
「私、シース…そして、何よりもお前がいなければ到底成り立たない、今出来たばかりの策だがな」
「…と言った所だ、はっきり言って成功するかは…」
「ああ、コレでもあの呪いにどれだけ対抗できるか…」
僅かな間の作戦会議は終わり、私達の中でカラミットを打ち倒す策が出来上がった。
しかしそれは脆い策であり、私どころかゼーリエであっても心配を隠す事が出来ていなかった。
だが、
「貴公ら、何をそこまで心配しているのだ!」
「シース殿の素晴らしき作品にゼーリエ殿の慧眼が合わされば、向かう所敵なしであろうに!」
「……なるほど。なれば約束しよう!私が全力を尽くして、この策を成功させる事を!」
「そして、あの悪しき竜を討ち取ることを!!」
(…まさか、本当に成し遂げるとでも言うのか…!)
そんな不安は全てアルトリウスによって消し飛ばされた。威風堂々とした彼の言葉は、それだけで私達の戦意を奮わせたのだ。
「さて、これ以上話す時間も無い…頼んだぞ、貴公ら!!」
「「ああ、もちろんだ!!」」
黒竜を覆う黄金は全て無くなり、攻撃の再開と共に彼は駆け出した。
そして、それと同時に私達も魔法の準備を始める。
「
「
私達の役割は、アルトリウスの攻撃が二枚の防御魔法を貫ける様にすること。
故に発動させた魔法が作用するのは、黒竜ではなく月光の大剣だ。
刃の中で黒と強い碧の光が混ざり…
「…くっ、すまない。強過ぎた」
しかし、月光が黒を飲み込んでしまった。コレでは二枚目の防御魔法に対抗できない、失敗だ。
「ならばもう一度だ、シース!諦めるなよ!!」
猶予は彼が黒竜の元に辿り着くまで。
解呪石が
(イメージ、イメージだ…月光で飲み込むんじゃない、合わせるんだ…)
アルトリウスが一歩踏み出すごとに私達の試行は繰り返された、だが…
(失敗、失敗、失敗…)
一向に成功する予兆は無かった。どれだけ繰り返しても、全ての魔法を飲み込む月光の特性がイメージを阻害する。
「シース…成程な、世話が焼ける」
「…おい、一度落ち着いて私の話を聞け」
そんな焦りの中、ゼーリエが語りかけてきた。残り十歩も残っていない中、彼女は何故か落ち着いている。
「…なんだ」
「覚えているか?私達が永遠に共にある事を約束した時を…そしてお前の月光が唯一飲み込まなかった魔法を」
「…!」
夜空を綺麗な青空に変えたあの瞬間、忘れるわけもなかった。
「要は、あれと同じ事だ。お前一人でも私一人でも成し遂げられないが…二人の力を合わせれば出来ただろう?」
「さて、もういいな…やるぞ」
もう失敗するイメージは無い。私の中は成功のイメージだけに満たされた。
「
「
刃から放たれる碧と黒は滑らかに混ざり合い、新たな光を作らんとする。やがては魔法すらも溶け合って…
「「仕上げだ」」
感覚のままに、できた魔法を二人で唱えた。
「「
英雄が握っているのは
そこにあるは、全ての因縁を終わらせる第三の聖剣。
エクセレクターだ。
眩い白光に包まれた白水晶の聖剣、それを見て策の成功を悟ったアルトリウスは最後の一歩と共に跳び上がった。
そして首を切り落とさんと見下ろし、
(…違うっ!……!)
「ここか!!」
彼が捉えたのは、あらゆる力が収束しているたった一枚の黒い鱗。
的確に急所を捉える暗殺者の目は黒竜の弱点を見逃さなかったのだ。
「ハァッ!!」
防御魔法
結界を蹴り、超高速で突き立てられんとする大剣。それを防がんと二重の防御魔法が展開されるが…
ガァアァアッッ!!!??
「グッ…!ヤアァァァッッ!!!」
その一撃が遮られる事はなかった。
精確無比なそれは、見事に最後の鱗へと突き立てられる。
辺りに響き渡るは、己の命を燃やすかの様な黒竜と騎士の叫び声。
互いに、この一撃の成否が勝敗を決する事を分かっていた。
だから、黒竜は最後の手段をとった。
それは勝負を一瞬で終わらせてしまう禁じ手、黒竜が戦いを楽しむ為に使わない事を決めていた魔法だ。
だが己の命を前にしては、彼もなりふり構ってはいられなくなった。
そして…天秤にかける必要もない程に、アルトリウスとカラミットの魔力差は絶望的なものだ。
攻撃をやめろ
「…!?なっ…」
アルトリウスに逆らえない命令が下される。
このまま彼は剣から手を離し、最後の攻撃は失敗に
「ふざけるな!ここで終われるか!!!」
終わらない。
鉄よりも固い意志は僅かな抵抗を許し、それどころか剣を握る手に更なる力を加えたのだ。
彼の怒りが籠った更なる一押しが鱗に亀裂を作り…
「これでぇ…!!!」
「終わりだ!!!!」
ギィィィィィヤアアァッッ!!!
遂に、貫いた。
この世の終わりの様な断末魔に、大量に吹き出した血の雨。
その後には、暫しの静寂があったが…
「…はぁっ…!!はぁっ…!!」
「「やった…やったぞぉぉぉ!!!」」
それはすぐに、歓喜の爆発によって掻き消された。
最後に立っていた者は、勝利の歓喜に満ち溢れている騎士とエルフに、喜びよりも安堵が勝っている魔族だ。
困難な戦いへの勝利を果たした騎士と魔法使い達。
ここにはそんな彼らを讃える群衆も、名誉と報酬を授ける王も、物語を語り継ぐ詩人も、そして常に見守る月さえもいないが…彼らがそれを気にする事はない。
それは
この戦いの最後を飾るには、聖剣の輝き以上に相応しいものはなかったからだ。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました
書いてて分かった事は一つ
南の勇者は化け物を超えた化け物だという事。