続きを書いた理由の6割は、この方を出すため
この世界に来たばかりの頃は、様々なことに驚かされた。魔族、魔物、竜、魔法、エルフ、ドワーフ、女神…前世では空想上の存在であったものが実在していたのだから
けれども人というのは不思議なもので、ローガンと生活を始めた頃にはすっかり慣れてきていた。故にもはや驚く事などないと思っていたが……その見込みは甘かった様だ
まさか、喋って動くキノコがいるとは
「…無礼を許して頂きたい。私の名はシース、この地に存在するウーラシールなる国を探しに来た者だ」
「いえいえ、仕方がないわ。だってキノコですもの…しかしウーラシールへの旅人ですか」
その、エリザベスと名乗るキノコは見た目のインパクトに反して物腰が柔らかく、落ち着いた女声からも敵でない事はすぐに分かった
「ごめんなさい、今のウーラシールでは客人を迎え入れる事が出来ないの。……危ないから早めに去ったほうがいいわ」
「警告、ありがたい。しかし…」
それどころか警告までしてくれる。私も、彼女の言う通り今すぐにでも離れたいが…脱出できる見立てがない。森の中で巨大な手に包まれてここに迷い込んだ事や、抜け出す方法がわからない事など、今の状況を伝えたところ
「それは災難でしたね。しかし、貴方を引き摺り込んだ手とは一体…?」
「もしかすると……少し近寄ってもらっても良いかしら?」
謎の手に握られたと思えば、ここに居た。狂人の戯言にも思える話、しかし彼女は決して茶化したりせず信じてくれた。加えて何か思いついたようだ。
万一に備えて心を読むが、感じられるのは純粋な心配と親切心。完全に味方だと分かった彼女の言葉に従って…現在、私はキノコに匂いを嗅がれるというこの先一生無いであろう経験をしている
(……鼻があるのか…?)
この森の恐ろしさに、キノコが喋る事に、予想不可能な味方に、突然の親切に……不安と安心が相混ぜの衝撃的な出来事が続き、考えるべき事は他にあるはずだが頭の中では下らない思考しか回らなかった
「こんなことがあるのね…同じだけど、そうでは無い。…とても人臭いのに」
「あの方ですら無理だった、けれども貴方なら…或いは」
やがて、匂い?を嗅ぎ終わったのか彼女が沈黙を破る。同時に私も冷静になってきた、この地に精通している彼女に聞きたい事が次々と頭の中に浮かんできたので早速聞こうとしたところ
「ええ、ええ分かりました。外から来た貴方にとって、ここは何もかも不思議でしょう。何でも教えて差し上げますが…出来ればでいいです、一つ頼みがあります」
「無関係な貴方に頼むべき事ではない、無いのですが…」
「……深淵の魔物マヌスを打ち倒し、宵闇様を助け出しては頂けませんか?」
返ってきたのは予想外の依頼だった
「…何とも、迷惑な話だな」
「申し訳ございません、私達の咎でありながら…貴方に頼るしかないのです」
彼女から伝えられた依頼、それは魔物の討伐。
私をここまで引き摺り込んだ魔物、マヌスの討伐だ。
何とも急な話ではあるが…一応、この地についての情報も教えてくれた
ここはウーラシール。元々は私達が予想していた様に、魔法使いによる魔法の研究と開発が盛んな素晴らしい国であったらしいが…ある時を境に、滅びた。
彼女曰く、滅びた理由はウーラシールの起源…古き時代に凡ゆる魔法使いを魅了し、この国の開祖となった"深淵"、その探究の果てだそうだ。禁忌とされたそれを魔法使い達は求め、結果として化け物を掘り起こしてしまったらしい
深淵は国の姫君たる宵闇を攫い、広がった。すぐに別なる地から勇敢な騎士のアルトリウスが討伐しに来たらしいが…深淵に飲まれ、破れた。
結果として、その時を境に国は滅びたものの最悪は避けられた様だ。多くの魔法使いが維持していた結界すら狂い、皮肉にもこの亡国は魔物を封じ込めたのだ
しかし私が引き摺り込まれた事は、封印の終わりを示した。このままでは世界が終わる。そう、彼女は言っていた
「だが帰るには、どちらにせよマヌスに接触しなければならんな。…その依頼、受けよう」
「ありがとうございます、本当に…ありがとうございます」
仲間はいない、私一人による挑戦。だが諦めるつもりはない
「その宵闇とやらも、生きていたら助け出そう。だが期待はするな、魔物に攫われた奴の末路は大抵…」
「…分かっています。ですが、私は宵闇様の乳母。最後まで諦めたくはないのです」
「結果がどうであろうと、マヌスが倒されればお礼はいたします。けれど無理はしないで下さいね、私は癒やし手でもありますから…万が一のことがあればここに戻ってきて下さい、どんな傷でも治しますので」
ゼーリエ曰く、魔法は天地すらひっくり返すらしい。ならば…敵が強大だろうと成し遂げられるはずだ
「
エリザベスに一時の別れを告げ、贅沢に魔力を使って魔法を発動する。目に見えぬ細かい結晶が高密度の魔力を帯びながら身の回りを覆い、辺り一帯に威圧感が広がり始めた。私を追跡していた羽ばたきの音は遠ざかっていき、今のところ敵はいない
結局、心配は杞憂であったらしい。
最初は私に魔力の質を近づける事で奇襲されたと考えていた為、マヌスが凄まじい魔力の持ち主だと考えていた。故に勝ちを狙うなら多少の危険は飲み込むべきだと腹を決めた。
しかし、エリザベス曰く…辺りを覆う悍ましい魔力、それはマヌスのものではなく、この地特有のものであるらしい。ならば、あの時の手から感じた魔力こそが奴の全力である。その位ならば無理な制限などいらない、自然に湧き出てくる魔力を安全確保のために使って良いのだから
石橋を渡り、森の奥へとさらに進む。時折立ち向かってくる制御を失ったゴーレムは魔力に穿たれ、振り下ろす武器も粒子の如き結晶に阻まれて届かない。私の脅威にはならなかった
余裕が出来れば、頭は回る。彼女に伝えられた最後の言葉、そしてマヌスへの考察すらできた
(私なら深淵に対抗できる、か…)
周囲の魔力がマヌスの魔力で無いのなら、先ほど感じられた私と同一の魔力には何の小細工もない可能性がある。つまり、私とソイツは"偶然にも"同じ魔力を持つという可能性だ。そして彼女曰く、私は深淵を理解し立ち向かえるらしい…"偶然にも"だ
頭の中で、私を包んだあの手を思い出しながら深淵と呼ばれる魔法の解析を始める。
もちろん、記憶の中だけでは難しいにも程があり彼女の言った様な理解はできないが、解析できれば深淵の魔物ヘの対抗策になると思ったからだ
しかし困難な解析を始めた理由はそれだけでは無い。ゼーリエ曰く、魔法とはその者の全てを表すらしい…多くの謎を含むマヌスについてもっと知ろうと思ったからでもある
しばらく進んだ後、またもや白い幻影が見えた。
お互いに別れてしまっていたが再び道を同じくした、ここが収束点である様だ。交わった道の先に見えるは…前世のローマにあった様な闘技場。強固な結界によって覆われており、加えて入口には霧がかかっている
「第一の封印と言った所か、つまりこの先に…」
結界が覆うのは闘技場だけでは無い、この先の空間全てだ。察するに、この結界の中にマヌスがいるのだろう。しかし、霧から感じられる魔法は私を拒絶していない、ここから入る分なら自由といったところか
誘う幻影は既に霧の中に入った。私も、それに続いて魔力を結晶と全身に張り巡らせながら入る
闘技場の中に入った途端、手足が細長く頭が膨れ上がった奇怪な怪物がこちらへと振り向く。その身からは微かに深淵の魔法が感じられて敵だと分かり、結晶の魔力を解放しようと魔法を…
(っ!!?)
目の前に降り立ったナニカ。
凄まじい音と共に煙を撒き散らしながら、それはやって来た。
魔力探知は信頼できない、あらゆる攻撃の可能性に備えて未知の相手に対する警戒心を最大限高め
(攻撃…!)
土煙を切り裂きながら飛んでくる物体。
私の目の前に来た途端、割れた結晶から放たれるカウンターの魔力によって消し炭になるが…視界が晴れた先に、それはいた
コーッ…コーッ……
複雑な紋様が刻まれているが壊れかけの鎧に、特徴的な群青のマント。
こちらを見つめてくる、狼の頭を模した細身の兜に顔は見えない。ただただ、恐ろしい呻き声と息づかいだけが聞こえてくる
手甲に包まれた左手はぶらんと垂れているが…
私を遥かに越える長身は、右手で不自由を感じさせないほど力強く大剣を構えている
(コイツは…)
あまりにもの気迫に動くことすらできず、睨み合っていると深淵の魔法が彼を覆い始め
ォォオォォォオオオオ……!!
苦しむ様な呻きと共に、均衡が破られた
(例の騎士か…!!)
「…はっ!?」
話し合いなどする余地は無く、気づけば目の前に大剣があった。魔力で強化している目にも見えぬ速さ、しかし結晶に遮られて僅かに遅くなり幸運にも感知が間に合う。
風切り音を放ちながら此方を貫かんとする剣先、即座に正面の結晶に高密度の魔力を集中させて放出し、攻撃と共に空へ飛び立って空中からの攻撃に移ろうとするが……
「何て速度だ…この飛行魔法は
攻撃をものともしないどころか、アルトリウスは追いついてきた。左腕は使えず最早ボロボロの体なのに地を蹴り壁を蹴り、音を置き去りにして徐々に距離を詰めてくる
「
だが、追いかけっこなら此方が有利。広い闘技場の中で互いに衝撃波を撒き散らしながら魔法で迎撃を開始する
体の周囲から放たれる何千もの光条。速度だけでいえば避けられるはずがないのに
「…嘘だろ」
一つも、当たらない。防御される訳でもなく、体を捻り飛び回り全てをかわしながら速度を緩めずに距離を詰めてきた
「
嫌な予感に従い、すぐさま別の魔法を発動。
全方位に向けて、結晶から放たれる魔力の奔流が襲いかかり…予感は正しかった。前を見れば、頭の真上に大剣を振り下ろしかけていた彼が吹き飛んでいく
(コイツ…今まで速度を制限していたのか!
本当に、本当に人間なのか…!?)
体を囲む結晶は剥がれ、彼との距離は取れた。
仕切り直しだ
魔力の制限を完全に解除、加えて周囲に展開する結晶の魔力を全て身体能力の強化に変換。後の事は考えず、目の前の騎士に全ての力を注ぎ込むことを選択。
向こうも同じ様だ。体を覆う深淵はさらに深くなり、足にこめられる魔力は探知できるほどに膨れ上がった
僅かな一瞬が、永遠に思え
オオ"オ"オオ"オ"オ"!!
瞬時に生成した、闘技場を埋め尽くす結晶の山。
それを突き破る音と大音声が、真の戦いが始まったことを告げた
戦士でさえ破壊には難儀する硬度の結晶、にも関わらず彼には大した障害にはならない。まるで、飴のように砕きながら凄まじい速度で突撃してくる
「
だが割れた時にこそ、最も輝くものだ…砕かれた結晶達は、しかしそこで終わらない。
散り散りになったそれらを一転して魔法によって集め、致死的な質量の大奔流として放つ。同時に何十万もの光条が奔流内の結晶達から放たれ、今度は回避を許さず命中…
「防御魔法!貴様どこまで…!」
いや、防がれた。彼を覆う金色の防護結界がかわし切れない質量攻撃と放たれる光を遮っている
「ならば、もっとだ…
だが、一方でこれは好機だ。私の攻撃はこの程度では無い、守られようといつかは貫ける。衝撃を与えることで他の結晶も砕き、光線を伴う奔流を更に追加
もう防ぎ切れまい。
これで、勝ち…
魔力による最大限の強化を施した視覚が捉えた。無数の光線と結晶に晒されながら…空中での一回転、音を遥か遠くに置いてきた速度で振り下ろされる大剣
必殺技だ
狼の剣技
回避は、間に合わない。
半端な攻撃で押し返せない事など、すぐに分かった。故に全ての結晶の制御を放棄し左手から放つ月光に全力を込める
全てを薙ぎ倒す剣に、全ての魔法を消し去る月光。
最強の矛と矛が、ぶつかった
瞬間、音が消え
膨大な魔力は彼を貫くこともなく、衝撃波に混ざって辺り一帯を包みこみ全ての結晶を砕いたが…その剣技が私に届く事もなかった
互いの一撃は、対等
騎士 アルトリウス
かつて深淵の魔物 マヌスを討伐し、姫君たる宵闇を救い出さんとこの地を訪れた勇敢なる騎士。正直言って、既にマヌスの手によって殺されているものだと考えていた
しかし、この騎士は生きていた。初めは不思議でならなかったが、今ならわかる。マヌスは彼を殺さなかったのでは無い、殺せなかったのだ
奥の手を除く私の全力に耐え切るほどの実力に頑丈さ…マヌスは彼を狂わせようとも、遂には殺し切れなかったのだろう。そんな考えが出る程に彼は強く、恐らく力押しでは勝てない
だが
ウウヴヴゥゥゥニ、ゲ……
「月光が、深淵を…!」
放った月光がアルトリウスを傷つける事はなかったが、その身に宿る深淵を僅かに薄れさせ微かな自我を照らし出した
それは勝機。もし、このまま深淵を除き切れれば…
「深淵の魔法が薄れると自我が戻るのか…アルトリウスよ、私が助け出そう。もう少しだけ我慢してくれ」
彼の身には正気が戻り、敵では無くなる。
勝利条件を把握して、深淵の更なる解析を開始
深淵の魔法、解除は無理だと思っていたが…希望は見えた。私の魂とも言える月光が深淵を薄れさせた事実、これこそが確信になったのだ
深淵に対する解除魔法を練り上げられる確信と、彼の体から深淵を取り除ける確信
「負ける事など、ありえん」
そして、確信はもう一つ
この戦いに勝つ確信だ
突撃してくる彼に対する恐怖は無く、高揚した気分のままに魔力を込め始めた
魔法とはイメージの世界。
故に失敗も敗北もありえない
凄まじい月光が、ウーラシール全域を照らした頃
「そこか!!!」
結界を抜け、明るくなった森の中で一人のエルフが歓喜に包まれた。一時も離れたく無い相棒、その所在が分かったからだ
「
嬉しさまじりに返しの月光を放ちながら、そのエルフは全速力で彼の元に向かい出した
襲いかかる魔物はいたが、彼女の前では…
如何なるものも、大した障害にならなかった
アルトリウスさんは幾らでも盛っていい。
フリーレンの神話の時代も幾らでも盛っていい
つまり私の拙い文章力だろうが、アルトリウスさんを最高にカッコよく出来るって訳ですよ!!