続き
目の前で更なる深淵を纏い始めたアルトリウスを前に思考を働かせる
この戦いに勝つイメージの確立、それと共に狭まっていた視野も広がっていった。勝てるイメージがあるのなら、後はそこに至るまでの線を引くだけだ
まずは戦場、石造りの闘技場に魔法の触媒である大量の結晶が舞っている。また、辺りをよく見れば更なる結界で覆われており、ここから外に出るにはかなりの時間と手間がいる…脱出は実質不可能
次に敵、戦士として類無き強さを持ちながら防御魔法も使える騎士。地から湧き立つ深淵の魔法に包まれながら、壁と地を蹴り凄まじい速度を乗せた斬撃を放つ。その剣を防御魔法で受ける事は出来ないだろう
次に…
(考えろ、考えろ…!!)
こと戦闘においては足りない頭を絞って考える…そんな時、模擬戦の後に放たれたゼーリエの言葉が頭をよぎった
『お前の計り知れない魔力は他の欠点を補って余りあるほどの才とも言える。魔力消費を考慮しない事で出力される高速飛行の逃げと結晶の魔法による遠距離からの大火力、確かに強力だ。…事実、私ですら最初は敵わなかった」
『だが今、私がお前に勝った様に魔力一辺倒の戦いには限界がある。勝ち方など幾らでもあるからな』
『お前の欠点は魔力に対して、使用する魔法のレパートリーが少ない事。加えて、窮地に陥ると視野が狭まる事だ。常に戦況を俯瞰し、状況に合わせて私が教えた魔法も使ってみろ』
『そして共に、誰もが辿り着けぬような高みへと行こう…私達なら出来る、そうだろう?』
多種類の魔法。
そうだ、もっと自由にもっと広く使おう
何でもかんでも、使おう
「…
彼女から習った魔法を発動。空中に飛び立ち、宙に漂う結晶を触媒として沼をさらに広げていく
さあ、ここからだ
空を飛んで逃げる私に対し、より深き深淵をその身に宿し切ったアルトリウス。先よりも遥かに大きい威圧感に襲われるが、何故か臆する事はなかった
(解析率 20%…)
辺りに広がる沼と同じく、結晶に触れた深淵の魔法の解析も進む。しかし、先までの速さは手加減であったかの様に彼は追いついてきた
(…大丈夫だ、予想通り)
「
速度勝負は最早成り立たない。故に、ゼーリエの様に搦手を使う
跳躍による速度は凄まじく半端な魔法では振り切られるが、私の込める魔力は膨大だ。そして魔法の効果が限定的ならば、効果は尚更強くなる。
闘技場全域へ更に強い重力を作り出した結果、目の前の騎士は私に届く事なく沼へ落ち、更に沈んでいった
同時に更なる解析を開始、地より湧き立つ深淵の魔法に対し沼と結晶によって分析範囲を広げていく
(解析率 45%……!)
「当然、ここで終わる程柔ではないか」
生み出した沼から迫り上がってくる反応。それを感知した瞬間、泥と共に飛び出してきた騎士…壁まで泥になった闘技場であろうと、アルトリウスは自分で作った結界を足場として再度距離を詰めてくる
「化け物め…!だが……」
強くなった重力をものともせずに、彼は高速で跳んでくる。だが冷静に見れば欠点が見えてきた。空を飛ぶわけでもない彼の動きは直線的であり、理性が消え掛かっているからかフェイントも分かりやすい。
加えて結界は蹴り付けるより前に生成されており先読みが可能
故に
「
私に近寄る為の、本命の結界を察知。地面に引き寄せる魔法を解除して今度は上方向へと引っ張る。
頭上を凄まじい速度で過ぎて行くアルトリウス、やはり狙いを誤った様だ
(解析率 60%)
「
時に下へ引っ張り、時に上へ引っ張り…
後はひたすらに、空中へと向かってくる彼の感覚を狂わせて攻撃をいなし続ける。力の調整において常に不利な選択を強いる事は出来ているが、決して私が有利という訳ではない
変わりゆく環境に適応し徐々に彼の攻撃は私に迫ってくる。何度目かの突撃、そして目の前を横切る剣先。更に早く振るわれたそれは、衝撃波だけで私を覆う結晶の膜を払い切った…
目の前で構え直される大剣、結晶の再展開と回避は間に合わない。尋常なる術では受ける事が出来ない、一撃貰えば死は確定するだろう
目の前に迫る死を前に
「
魔法を発動、対象は…私。
瞬間、この身は厚い結晶で覆い尽くされ泥沼の底へと沈んでいく。私を追う様に致命的な縦振りがなされるが、間に合いはしない
(っ!……解析率 95%!)
「
泥と結晶を突破してくる衝撃波に背を割かれながらも、致命傷は防いだ。解析はあと僅か…泥の中を高速で移動し、続いて潜ってきたアルトリウスから必死で逃げ回る
(解析率 100%…!)
鎧の背部を掴まれる感覚。追いつかれた
(まだだ…!奥の手を!!)
沼の外に放り投げられ真下から迫る剣と騎士。
此処まで回避し続けたせいか、絶好の機会を前にしたアルトリウスの殺意と気迫は感じたことが無いほど膨れ上がっており、それらの爆発がこれからの剣に乗せられる事は容易に想像できた。
沼に逃げる事能わず、こんな姿勢では空中で動こうとも容易に切り裂かれるだろう
姑息な手段を許さない、戦いに終止符を打つ一撃。
それが、正に今から放たれようとしていた
だが、それはコチラも同じ事。
勝負を決める解除魔法は丁度練り上がった。彼に絶えず纏わりつく深淵を祓い切るには至近距離でブチ込まなければならないが…故にこの状況は好都合
泥沼を全て巻き上げる勢いで突撃してくるアルトリウス…反撃の警戒はなく、ただただこれで終わらせるという意思だけが伝わり、飛び散っていく泥が止まって見える
(まだ、まだ……!!)
ゆっくりと右から迫ってくる大剣、現実的に考えて如何なる防御魔法でも防ぐ事は出来ない
だが、魔法の世界では天地がひっくり返るのだ。
常識の範疇に無い魔法だが、その中でも更に常識外れなものがある
「
呪い、魔力差すら無視してただ一つの不可解な結果を押し付ける理不尽。英雄たる騎士の剣であろうと、例外では無い
腕から湧き立つ黒い煙は大剣に巻きつき…美しき刃は呆気なく石へと変わる。
そして脆くなった刃に、溢れる程の魔力で強化された右腕を叩きつけた
パリィ
剣身を叩き折られ、私の血飛沫と共に闘技場の天井へと飛んで行く大剣の剣先、捨て身の勢いを逸らされて至近距離で崩れるアルトリウスの体勢。
右腕の痛みを無視し、そのガラ空きの胴体へ左手を突きつけ
全ての魔力を、注ぎ込んだ
「正気にぃ……戻れぇ!!」
アアア"!!??アア!ッ""アアッ!?
左手から流し込まれる月光で作られた解除魔法、目減りしていく私の魔力、響き渡る絶叫。
やがて沼に落ち、それでも離れまいと痛む右手でアルトリウスを掴み深淵を、祓い続ける
初めはコチラを逆に呑み込まんと溢れ出た深淵の闇が、いつしか月光に負け始めた
視界が碧に染まり切った時
「………か、ん しゃ…る……」
絶叫と共に暴れていた騎士はその動きを止め、跳ね続けていた泥の音も聞こえなくなっていき
急拵えの解除魔法の魔力消費は凄まじく、魔力切れで体は動かない。慣れてきた倦怠感を感じながら、騎士と共に泥に塗れて沼に体を任せた
「勝った、勝った、のか…」
「これが、ゼーリエの言う闘争か…闘争の楽しさなのか!」
明確な殺意と、命に届き得る強さ。
それらを目の当たりにして怖かった筈なのに、勝てるイメージがあろうとも負ける可能性は十分にあった危険な戦いなのだと今になって分かってきたのに
「ハハ…ハハハハハ…!!」
この戦いを越えた今、何故か安堵と共に喜びが湧いてきてしまった。元々、戦いなど忌むべきものだと思っていたのだが…ヒリつく様な戦いに勝つ喜びが痛みと恐怖を無くす程に体を侵してきたから、そして何よりもこれで彼女の事をより理解できたから
戦いは、高みを目指す為の闘争は素晴らしきものだと思えた
「ハハハ……さて」
戦いは終わり、闘技場にある二つの出入り口にかかっていた霧はいつの間にか晴れていた。外から入る分には自由で中からは出られない代物である事は分かっていたが…戦いが終わると晴れる霧とは何とも不思議なものだ
(一時、退却だな…)
だが出れるなら好都合、多少は魔力も戻って来たから動けはする…背中と右腕の怪我もある為、一旦エリザベスの元へ戻る事を決めた
「…重っ!!」
勿論、未だに起きないアルトリウスも連れてだ
体格に見合ってそれ相応の重さをしており、加えて足場が泥沼であるから運びにくくて仕方がないが…
(貴公には、まだやってもらう事があるからな…)
この凄まじい強さを持つ騎士を置いていく事は出来なかった
「…ヌゥッ!ヌゥッ!」
足を引きずって運ぶ、何とか入って来た出口まで辿り着こうと言ったところで
ギギィッギィギギィ…
(…!!)
不愉快な鳴き声、視界に入って来た異形。
長い腕を持ち頭が膨れ上がった人型の魔物
「此処にいた奴…!」
沼に足を取られることも無く、肘を肩まで上げて不自然な長さの腕を引きずらない様に近づいてくるそいつ。
沼に後を残しながら重い騎士を運ぶ私に、泥を跳ねさせながら走っている魔物。どちらが早いかなど一目瞭然であった
逃げ切る事は、出来ない
(大した魔力はない、殺し切れる。慎重に……)
故に、回復して僅かにしか残らぬ魔力を慎重に操り左手に流し込む。射程距離を犠牲にして最大限消費を抑える様に集中
連続する湿っぽい足音が何回か続いた後に、そいつが腕を振り上げ泥が顔にかかり始めた瞬間
「
膨れ上がった頭を細い光線が貫き、異形の魔物は血とも深淵ともつかぬ液を流しながら沼に倒れ伏した。一先ずの脅威は去り、早く逃げようとするが……
アッハヒャヒャヒャギギッギィギギィギヴヴゥヴゥゥァァア"ア"ァァグィッグッグゥッギィギギィギヴヴゥヴゥゥゥァア"ア"ァァ…ハヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャグィッグッグゥッ………
「…冗談だろ……もう、魔力は……」
次々に聞こえてくる不快な音、気持ちの悪い嗤い声、苦悶の音……数多くの魔物が此処に集結してきている。後ろを振り向く事なく、必死に逃げようと闘技場の外へひたすらに歩みを進めるものの、石を叩く様な乾いた音の集合は湿った音へと変わって段々と近づいて来る
(どうする、どうする……!)
近づいて来る足音は私の焦りを煽り、選択を迫って来る
無駄と知りながら抗うか
それとも…
(…ダメだ、それだけは……)
アルトリウスを置いて行くか
この騎士を連れて帰る事はあくまでも最善策、此処を切り抜けられなければ共倒れ、正しい選択は私だけでも逃げ延びる事なのに…こと、なのに
その選択は、選べなかった
「……ああ"っ!!なるようになれ!」
彼に対して情を抱いた訳ではない。
他者を切り捨てて自分だけ逃げる強さが無かった。
ただ、私が愚かで臆病であっただけだ
深い森を背に、真上からの日光に照りつけられながら闘技場から出て来る何十匹もの魔物達に対峙…魔法ではジリ貧が目に見えている
「…借りるぞ」
彼の握る大剣を無理やり奪い取り魔力は体に流すだけにとどめた。剣など振るった事はないが、これなら力に任せれば何とでもなると無理矢理自分を信じ込ませる
「来いっ!!」
無謀、蛮勇ですらない。それでも退く事は最早間に合わない、苦し紛れに自らを鼓舞して一番槍と言わんばかりに飛び込んできた魔物に剣を振
刹那、目の前の頭が降って来た黒い光に貫かれた
「馬鹿者が、無謀が過ぎるぞ」
「なっ…!?…!」
大きな耳に掛かる事なく風になびく金色の長髪、落ち着いた声、澄んでいる魔力…
それらは転機の象徴
「状況は良く分からんが…まずは五月蝿いコイツらを片付けようか。話はそれから聞こう」
何故ならば
「きて、くれたのか」
「当たり前だろう?何せ、私は…」
「お前の、一番の相棒だからな」
ゼーリエが、私の親友が来た証なのだから
夢の中であろうと、その光は如何なる障壁をも乗り越えて届く。
故に、深淵の底でそれらは目覚め始めた
あるものは己が求めてやまぬモノを、
あるものは過去の怨みを輝きに見出した
同じ事を繰り返し流れて行く筈の物語は、しかしイレギュラーの手によってどうしようもない程に捩れ曲がってしまったのだ
ここまで読んで頂きありがとうございます
裏設定
ドイツ語表記の魔法は大体ゼーリエや民間由来の魔法
英語表記の魔法は大体シースとローガンの合作
後者は魔力の効率が非常に悪い(ゼーリエ談)
ドイツ語はよく分からないので変な所あったら教えて頂けるとありがたいです