「これで、剣はどうにかなったな。アルトリウス、他に足りないものはあるか?」
「……実を言えば、大盾も持っていたのだが…」
英雄譚の一節は静かに終わり、暫くの余韻の後にゼーリエの言葉で現実に引き戻された。そして、彼女が再度アルトリウスに確認をとると多少の問題を含んだ話が返ってきた
彼曰く、元々大剣に加えて大盾も使っていたがシフという彼の友を守る為に結界の触媒にしてきた、そしてその盾は今なお大穴の中で友を守る為に置いてきてある…らしい
加えて私達に配慮してか、彼は事が終わった後に自力で赴くなどと言っていたが、彼の大事な友が結界に守られているとは言え大敵であるマヌスの膝下に取り残されているのだ
触媒にされているものの、盾を回収すると言う名目もある。最終的にはゼーリエからの提案…ウーラシールでの魔法の収集を手伝って貰う…と言う条件を付け加える事で押し切り、マヌスまで至る過程に彼の友を救出する事もねじ込んだ
「貴公、本当に…何と言えば良いか……ありがとう」
「マヌスを倒す為には万全を期す必要があるからな。これもまた仲間として当然の協力だ」
これで、残るは本当に最後の準備となった
「さて、そろそろ良いか?シース、やるぞ」
「……本当に、やるのか?」
「もう決まった事だろう、ごちゃごちゃ言うな。ほら屈め」
最後の、準備…彼女の言う通りに膝を曲げて肩に顔が乗ったことを確認してから立ち上がり、そのままおんぶをする
そして、二人で魔法を唱えた
「「
微かな抵抗である背中の隙間は、魔法によって彼女の体がピッタリとくっつく事で無くなり、何かが潰れる感覚と共に心臓が高鳴る
「…何と言うか、貴公らは……とても、仲が良いのだな!」
「…恥ずかしい………」
若干引いているであろうアルトリウスに、すぐ横で"むふー"という擬音が幻視できる様な顔をするゼーリエ。余りにもの羞恥心に現実逃避を始めてしまう
二人の仲を別つこと無きものにする魔法
これは、かつて強大な竜と相対した時にゼーリエと作り上げた一つの魔法だ。効果自体は私達二人の体を接着すると言う単純なものである。
しかし私が足として高速飛行をする事で彼女に足りない機動力を補い、彼女が多彩な魔法を行使する事で私に足りない状況対応力を補う、言わば両者の短所をカバーし合える魔法でもあるのだ
欠点は、恥ずかしい事
ゼーリエの柔らかい感触に近づけてくる顔で何故かドキドキするし、ほとんどの人は何とも言えない微妙な表情を浮かべる。
(大敵であるマヌスに対して万全を期す為とはいえ…やはり恥ずかしい!!)
「おい、早く歩け。出発するぞ」
「……分かった、」
しかし、時間とゼーリエは待ってくれない。僅かな間の現実逃避は終わり、焚き火の後始末をしてエリザベスに出発を告げる
「では、さらばだエリザベス殿。…そうだ、事が終わったら報酬と共に貴女についても聞いてもよろしいか?」
「あらあら…まさか、こんなキノコを口説くだなんて……」
「ち、違うっ誤解だ…待てゼーリエ、何で首を絞める。元はお前が気になっていた事だろうっ?」
「ふふふ、ごめんなさいね冗談よ。薬と一緒に色々と話の種を用意しておきますわ。ですから、どうかご無事に戻って下さい……」
「…あぁ、もちろんだ。約束する」
「ここまで木が生えていたか…?ええと、こっちだ」
アルトリウスに先導して貰いながら、深い森の中を進んで行く。若干心配になる調子だが、あてもなく進むよりはマシだと信じたい
ずっと続く吹き抜ける風に揺れる枝葉の音、そして二人分の足音。彼曰くゴーレムに接敵しないルートらしいが…平穏な森の散歩、という訳でもなく踏みしめた土の固い感触が私達の緊張を示している様にも感じる。
そんな雰囲気に耐えられなくなったのか、いつしか雑談が始まった
「…なぁ貴公、嫌なら言わなくても良いが……貴公はもしや、竜に縁がある者なのではないか?」
「…どういう事だ?」
「"竜"?シースが、そう見えるのか?」
何も言えない静寂を破ったのはアルトリウス。突然の訳が分からない質問で私もゼーリエも困惑してしまい、思わず聞き返してしまったが、その返答で更に困惑することになる
「その名前に、角、そして魔術…てっきり半竜か何かだと思ったのだが……」
「何だそれは。角は、まぁまだ分かるが何故?」
「今でこそ、飛竜のような矮小な存在が殆どであるが…白竜のシース公のように竜とは元来、常軌を逸した魔術を使えるのであろう?そして不死の鱗と高度な魔術が無くとも、その角だけは今なお色濃く残っているのだと聞く。貴公は名前も相まって、正しく竜の末裔なのでは無いかと思ったのだ」
「……それは、御伽話だろう?」
彼の話は、私が知る"白竜シース"の御伽話にそっくりであった。とは言え、この話は人々に竜と魔族の危険性を分かりやすく伝える為の仮想のもの。にも関わらず、彼は真剣な様子を崩さなかった
「うむ…確かに、かの公爵の魔術は御伽話の一節と言って差し支えないだろうが……」
彼の語りは、まるで御伽話など知らない様な口ぶりで
「待て、まさか…」「おい、それじゃあ…」
「「"白竜シース"が実在しているとでも言うつもりか?」」
「…………貴公らは、それ程までの魔術を使えながら、一体何を言っているのだ…?」
ここに来て初めて、彼と私達の違いが浮き彫りになった
「エルフ?魔族?うーむ、聞いた事が無いな……ああ、となると貴公らは別の世界から来たのだな」
「「別の、世界…?」」
「まぁ、それなら貴公らが知らぬのも無理はないな。しかし別世界の、それも魔術を扱う者に助けられ、共に深淵を狩りに行くとは……これも大王グウィンの思し召しか?」
「待て、まるで訳が分からん。説明してくれ」
謎が謎を呼び、質問が質問を呼ぶ。
色々と聞き出した結果、彼曰く…世界は元々分かたれず、灰色の岩と大樹と朽ちぬ古竜ばかりであったが、"はじまりの火"によって差異がもたらされ、同時に一つだけであった世界も様々な形に分岐したのだとか。故に複数の世界が存在し、時折交わる事も起こりうるらしい
正しく神話であるが、彼の強さとその語りから事実であると感じられる。
それは非現実的で、しかし実際にあったと言えるような話に何だか物凄くワクワクして来て……
「…でだ!岩の如き古竜の鱗はグウィン王の雷によって貫かれ…!」
「興味深いな…」「何と…アルトリウス殿!他には無いか!」
「勿論あるとも!やがて落とされた古竜はイザリスの魔女が放つ炎の嵐によって……」
気づけば、互いの世界についての話で盛り上がっていた。当初にあった嫌な緊張など最早無く、深い森の暗さに負けないような活気が私達の間に広がる
やがて
「貴公らの魔法も私が知る魔術とは違うものなのだな……おっと、取り敢えず話はここまでだ。目的地に着いたぞ」
木々に囲まれた石造りの建物の中に、闘技場近くにまで続く結界の隙間を縫うような穴を見つけた。一瞬、ここから飛び降りるのかと思ったが、彼が床にあるスイッチを踏むと、青白い光と共に穴の底から床が迫り上がって来た
(エレベーターか)
アルトリウスとエレベーターに乗り、若干狭さを感じながらもゼーリエと共に解析を試みながら高速で降下する。
やがて動きが止まり、解析が終わりきらなかったのか名残惜しそうにしている彼女を宥めつつ目の前に聳え立つ闘技場へと足を踏み入れた
ここからは、いよいよ敵の本拠地だ
不快な笑い声に、鳴き声。
闘技場に入った瞬間、例の人型魔物達が奇襲をかけて来るが…こちらには最高の騎士であるアルトリウスと、熟練の魔法使いであるゼーリエがいる
瞬きする間に、碧色で描かれる軌跡の中で影となった連中は上半身と下半身を泣き別れにされ、魔法を行使しようと遠くにいたヤツらは黒い光によって跡形もなく消し飛ばされた。
他愛もない相手、そう思った瞬間何かが近くに落ちて来る
「あ…?………何で」
それは、魔物の上半身。消える事なくドクドクとドス黒い血を出している。突然動き出すとか爆発するとか、そんな事は無く問題は無い筈なのだが
それは同時に途轍もなく香ばしい匂いを出していた
「…?コイツら、魔力になって消えないな」
「ゼーリエ殿、この地は貴公らの世界とも交わっているが私の世界に基づく場所でもあるのだろう。そちらの常識が通じぬ事があってもおかしくはあるまい」
「それもそうか。…シース?どうかしたか」
「いや、ただな…コイツら、何か変な匂いがしないか?」
私の問いに対して返ってくる答えは、悪臭だけ
香ばしく、美味しそうな匂い。
…人喰いの魔族である、私にとって
「うむ…そうだな。嫌な、匂いだ…」
「お前は鼻が良く効くからな。悪臭を感じない魔法を掛けてやるから少し待ってろ」
「本当に、貴公らの魔法には便利なものが多いな」
(…後で弔わないとな)
言うべきでは無い事実に若干気持ちを悪くしながらも気丈に振る舞って、再び先導するアルトリウスに着いて行く。
深淵のせいだろうか青黒いタールを塗りたくった様に変色した石床を不思議に思いながら、闘技場にあるもう一つの出口を潜り抜け、遂に辿り着いた
闘技場を抜けた先、そこで待ち構えていたものは黄金の国に相応しい美麗な光景…などでは無い
「これは…酷いな」「深淵とやらは随分と厄介な代物のようだ…余計に興味が湧いて来た」
「……まさか、ここまで悪化しているとは」
美しい街並みを形成していたはずの建物は軒並み青黒い深淵によって塗りたくられて沈んでおり、深淵に侵されてない部分を探す方が難しいほどである。加えて活気のある声の代わりに不快な声の喧騒が激しく、更には香ばしい匂いが強烈なものとなって鼻をついており、もはや黄金の国の面影など何一つ無かった
「「「……………」」」
だが歩みを止める事はない。時折襲いかかって来る深淵に侵された人間を撃退しながら、崩れ掛けの足場に気をつけつつアルトリウスの案内に従って建物の屋上を黙々と進む
(魔力の消費を抑える為とは言え、こんな所で飛べないとは……ん?)
やがてボロボロな木の橋を渡り、塔だと思わしき建物の屋上についた時…何とも異色の雰囲気を放つものが見つかった。
宝箱だ、それも堂々と屋上の真ん中に置いてある
「……これ、怪しいがミミックでは無いな。アルトリウスは周囲の見張りを、シースはコイツを開けてくれ。もしかしたら魔導書かもしれない」
「約束通りだな、了解した」
「ミミックでは無いのか、驚いた。しかし、ここにウーラシールの魔法が…」
どう見てもミミックにしか見えなかったが、違う様だ。何処か悪い予感を感じつつも、ワクワク感と共に宝箱の蓋に手を掛けて
「……はっ!?」「コイツ、ミミッ……」「貴公ら!?」
突然伸びて来た腕に引き摺り込まれかける。よく見れば宝箱の蓋にはきらりと光る棘のような鋭い歯があり、ゼーリエが咄嗟に張った防御魔法に突き立った…その瞬間
「むぅんっ!!」
目の前のミミックは噛みつきが危害を及ぼすよりも早く、振り下ろされた月光によって真っ二つにされた
「すまない、助かった。……1%を引いたか。ゼーリエ、そんなに気落ちするな。こればかりはどうしようも無い」
「それに、ほら何かあるぞ」
死して尚掴み続ける腕を無理やり外した後に肩の横で何とも気まずそうにしているゼーリエを宥めつつ、ミミックが残したものを拾い上げてそのまま渡す
「…シース、すまなかった。………何だコレ。魔導具の類であるとは思うが、木のお面?」
「ゼーリエでも見た事がない代物か、となると…アルトリウス殿はどうだ?」
「お、懐かしいものだな。それは…」
彼曰く、これは人面と呼ぶらしい。友の一人である"鷹の目のゴー"が感情を移しながら古木を手彫りする事で作り出したものであり、刺激を与える事で込められた感情に由来する言葉を発するのだとか
「しかし、それは随分と擦り切れてしまっているようだ。もはや効力を失い、また彫らねば使えないだろうが…確か、この地にはゴーが隠居していた筈。流石に避難しているとは思うが、彼の製法書くらいなら残っているかもしれない」
「それは、また面白そうなものだな。…それならゼーリエ、ここで製法書とやらを見つけたら後で彫ってみてはくれないか?それで今回の件もチャラだ」
「…勿論だ、約束しよう」
久々のミスに少し気落ちしている彼女を励まし切り、いつもの自信に満ちた顔を合図として再び歩みを進める
市街を奥に進むごとに直上からの日光は届かなくなり、いかにも深淵の根源に近づいている事が感じられる。しかし虎穴に入らずんば虎児を得ずというように魔導書が見掛けられるようになってきた
時に書棚から、時に宝箱から
満足げな顔のゼーリエを横目に、様々な書物を魔法によってドンドン収納して行く。やがて大穴の間近に迫り、最後の回収地点で黙々と漁っていると彼女から話しかけられた
「…今ならアイツには聞こえないな。おい、シース」
「お前は、強力な騎士のアルトリウスと戦ったのだろう?感想を聞いていなかった事を思い出してな…どうだった」
「どう…か」
そう言えば、あの時の話では余り多くを話せなかった。戦いの様は話したが…最も重要な、私が理解した一つの事は未だ彼女に伝えられていない
「"楽しかった"…うむ、楽しかったんだ」
「命を賭けた闘争が、ひりつくようなあの感覚が…とても、とても心地よかった。ゼーリエの言う事が、良くわかった」
「ほう、それは……」
本をしまいながら、あの時感じた事をそのまま言葉にして放つと…返事は無いが顔の横でチラリと見えた彼女は、普段から眠たげな目を更に細めて何処か妖しげな笑みを浮かべていた。
それは、かつて見た最高の笑み。加えて背中を微かに揺らしている鼓動の早まりは如何に彼女が喜んでいるかを静かに語っており、同時に私が彼女の期待に十分応えられた事も示していた
しかし、今この時に出された
「ふふっ…ふふふふふ……でも、まだ足りないな」
「お前ならば、あの騎士を殺すことも出来ただろうに…」
「………後、もう少しだ。これは私とお前が友になったきっかけではある、だがここまで来たからこそ」
「お前には臆病と容赦を捨てられるようになって貰いたい…できるか?」
彼女の、最後の言葉には答えられ無かった
…何、あの子が中々寝ない?
今日は私のお話が聞きたい、か…
まぁ、魔法を使うのもアレだからな。よし何か読むとするか、お前は先に寝ていいぞ
やぁーーーー、……そんなに私の話が好きなのか。なら今日は私の親友が大好きだった、とっておきのお話をしてあげよう
題名は…白竜シース
むかしむかし、女神様が天地をおつくりになるよりもずっとむかし…この世界には竜がたくさんいました。竜達はどんなものでも貫けない硬い鱗と空を自在に飛び回る翼と立派な角を持っていました。そして、何よりも竜達は素晴らしい魔法を使う事ができ、みんなが自分の持つ魔法を自慢しあっていました。
そんな竜達の中にシースという名前の、少し変わった白い竜がいました。シースは竜達の中でも、際立って上手に魔法を使う事ができました。それどころか、シースは自分だけにしか使えない光の魔法すら持っていたのです。けれども、たった一匹の友達を除いて他の竜達からは嫌われていました。
なんでかって?
それは、ウロコがないからです。
ウロコがないシースは毎日毎日、他の竜達からたくさんいじめられました。たくさん、たくさんいじめられました。でも、シースはへっちゃらでした。
これも、なんでかって?
それはね、シースにはたった一匹ですがとても大切な友達がいたからです。
その友達は、カラミットと言う名前の黒い竜です。
カラミットはシースと同じくらい上手に魔法を使えました。火、土、風、水…あらゆる魔法を一番上手に使えるカラミットは竜達の中で一番偉かったのです。けれどもただ一つ、シースみたいに綺麗な光を作る事は出来なかったのです。
ですからカラミットはシースの光の魔法に興味を持って、シースと仲良くするようになりました。初めはお互いにぎこちない関係でしたが…シースはウロコがない自分に優しくしてくれるカラミットに惹かれ、カラミットは自分と同じくらいに魔法が使えて楽しいお話が出来るシースに惹かれて行きました。
そして…いつの間にかカラミットとシースはお互いにとって、かけがえのない友達になりました。
かけがえのない友達がいるシースはどんな事をされてもへっちゃらでしたが………
……おっと眠ったか、続きはまた今度だな。
おやすみーーーー、良い夢を
ここまで読んで頂き、ありがとうございます
月光の大剣を持つ竜がシースであるのなら、かの竜が本来持つべきものは何処へ行ったのだろう