誤字報告、本当にありがとうございました
彼女の言葉に答えを出せないまま本を集め切り、アルトリウスが待つ場所へと向かって彼と合流した
「…戻ったか。貴公ら、何か収穫はあったか?」
「勿論だ。それはもう十分満足できるほどに…だな、シース」
「あ、ああそうだな」
とにかく集める事に夢中で中身は大して確認していないのだが、彼女にとっては"大きな収穫"であったようだ
「良かった…さて貴公ら、ここからは」
「わかっている。ゼーリエ、頼んだぞ」
「勿論だ。今度は、逃したりしない」
目の前に広がるは一寸先見えない闇。ただ、月光の大剣が放つ光だけが行く先を照らしていた
「この暗さは、日光が入らないから…という理由だけでは無いな」
新月の夜が明るく思えるほどに暗く、どこまで続いているかもわからない大穴。いっそ不自然さを感じさせない程に生命の痕跡は何一つなく、アルトリウスから話を聞いているとはいえ、ここにはマヌスを除いて何もいないとさえ思える
だが、それは間違いだ
「貴公ら、先に言った通り……」
「ああ、わかっている。しかし、コイツらは…一体何なのだろうな?」
ゼーリエと同じ様な疑問を抱きながらアルトリウスが指差す方に視線を向けると、ぼんやりと漂うものが見えた。
それは、深い闇を白い靄で切り取った人の黒いシルエットがそのまま動いていると言って差し支えない何か。目だと思わしき部分には二つの光が漏れ出ているように見え、まるで人を模しているようだが一切の活力も命も感じられない全く別の存在だ
深淵湧き
アルトリウスも、私達も知らぬ謎の敵
「触れられれば、ただでは済まないぞ。動きは鈍いが油断はするな!」
「チッ…無駄に数だけは多いな、だが」
穴へと足を踏み入れた瞬間、名前の通り湧き出す様に大量の姿を現した深淵湧き達。その姿も相まり、まるで巣の前の飴に集まってくる蟻の大群にも見えるが、しかし私たちは無防備な餌などではない
魔法を使ってくる事も無く低速で近づいてくるだけのコイツらは、ゼーリエの魔法とアルトリウスの月光によって呆気なく霧散していく。
魔力の温存の為に見ている事しか出来なかったものの、深淵湧きが障害となる事は無い。これと言った支障も無く、更に潜れそうだ
「スンスン…ここか」
「ここだと?行き止まりの様だが…」「……アルトリウス殿、まさか…もう、貴殿の友は……」
時折湧いてくる深淵湧きをあしらいながら暫く進み岩でできた天然の狭い通路を抜けた先、突如としてアルトリウスが歩みを止めた。一瞬、最悪な予感が頭をよぎったが…
「ああ違う、そう言う訳では無い…そうか、貴公らは知らないのか」
「ならば、きっと驚くであろうな。よく見ていてくれ」
「アルトリウス殿、一体何を…?」
特に動じていない彼の様子から幸いにも間違っていた様だ。一方で、突如として右腕を振り上げた彼の様子に少し驚いてしまう
「ふんっ……さぁ、どうだ?行き止まりなどでは無かったであろう?」
彼が腕を振り下ろした先、そこに合ったはずの岩壁はゆっくりと消えて行く。幻影だ
「なっ…!」「幻を操る類の魔法…?いやでも、この距離で一切の魔力を感じられなかった……何だ?」
私は多すぎる魔力故に探知能力が普通の魔法使いに比べれば低いため、見破れなくてもおかしくない。
だが驚くべきは、私よりも魔力探知に優れたゼーリエでさえ、この距離で幻を破られるまで分からなかった事だ
「これは私の友であるアルヴィナの仕業だな。彼女はこう言った類の魔術が得意でな、本来は痕跡などほとんど残らないが…匂いが残っていた」
「恐らくは貴公らがそうであったように、私にしか分からないようにした…シフを守る為であろうな」
「…そうだな、彼女は貴公らと気が合うと思う。ここで為すべき事をなしたら是非とも彼女に会ってみないか?彼女の魔術は貴公らにとっても興味を惹かれるものだが逆も然りだからな」
「危険を背負ってまでここまで来てくれた私の友への礼でもあるのだが…どうだろうか」
ゼーリエですら見破らないほどの幻を生み出せる魔法使い、そんな人物に会える機会があるのならば、答えの選択肢は最早無かった
「「もちろんだ」」
「良し、なれば善は急げと言う。シフも近くにいるだろう、行くか」
そう言った後、何処か気が逸った様子で進み始めたアルトリウスの後をついて行き、闇の中を潜っていった先にあるものが見える。
闇の中で、ただ一つ黄金色に光り輝く結界とへばりついている深淵湧き…そして、隙間から僅かに見える一匹の狼
「シフ!!」
ワン!!
その瞬間、止める間も無くアルトリウスが駆け出した。束の間の閃光が走ったかと思えば深淵湧きは全て消えており、目の前には地に伏せられた盾とそれを無視して狼に抱きつく騎士だけだ
「ああ…シフ、シフ……よかった、無事で…良かった……」
特別な説明が無くとも、それは親愛なる友人同士の再会であることは明らかである。
感動的な光景を、暫くは私もゼーリエも静かに見守っていた
「シフ、ここは危険だ。だが暫くはアイツらも湧いてこない、今の内に逃げろ」
クゥーン……
「大丈夫だ、この方達が加勢してくれる。とても強い魔術師だ…必ず勝って戻ってくるさ」
月光が微かに照らした闇の中で交わされる短い友の語らい、その後シフと呼ばれた彼の友人である狼は少しの躊躇いを見せながらも私たちが来た道へと走っていった
「…………済まない、待たせたな。この通り盾も回収した、もう大丈夫だ」
「言い出したのは私だから気にしないで良い。だが…シフ、は大丈夫なのか?念の為にエリザベス殿のいた場所ぐらいには同行するべきだと思うが」
「ここまでの道中で残っている敵はいない、シフなら大丈夫だ。それに…マヌスが襲いかかるとすれば私達、かえって共にいる方が危ないだろう」
「なら、良いが」
左手に月光の大剣を右手に大盾を持ち、何一つ心残りない騎士が闇の中で悠然と立っている。
即ち、今こそがマヌスを討伐する時なのだ
シフを助けて更に潜り、穴の奥底にて再び白い幻影と出会う。その幻影は、ある場所を境として何かを潜り抜けていった
「あっ…」
「シース、どうかしたか?」「貴公、何かあったのか?」
「…白い幻影が、見えた。ゼーリエ達には見えないのか?」
確認を取ろうとも、返事は否定…私以外には見えていないようだ。
しかし幻影が潜り抜けた場所をよく見れば、岩壁に空いた穴を塞ぐように霧が見える…外からは入れて、中からは出られないあの霧
この地に入ってから度々見えた私の幻影、誘うように霧の向こうへと抜けて行くそれ
理解した、幻を操る張本人はこの先にいると
「二人とも、マヌスはこの先にいる」
故に警告した、この先こそが戦いの場なのだと。
ゼーリエは怪訝な様子だが、アルトリウスは何かを感じ取ったのか警戒心を最大限に高め始め、その様子を見て彼女も顔を引き締めた
「…私が先に入る。貴公らは慎重にな」
盾を構えたアルトリウスが先行し、私達はそれに隠れるようにして後ろにつく
そして、霧を抜けた
霧を抜けると崖側に出た、真下に広がる照らしきれぬほどの闇を警戒していると…闇の中から見覚えのある巨大な手が迫り来る
「ぬぅんっ!!」「はっ!!」
だが、今度は引き摺り込まれたりしない。アルトリウスの斬撃とゼーリエの魔法によってその手は弾かれ、代わりに私たちがいる崖を崩した
「遠距離戦は元より考えてない…このまま降りるぞ、シース!アルトリウス!」
「「了解した!」」
そして、流れのままに闇へと身を投じる。彼女が魔法によって落下の勢いを抑え、アルトリウスが時折襲いかかってくる手を弾きつつ深くへと落ちて行き…
深淵の奥底にて、そいつはいた
幾度も捻じ曲がった木々がそのまま生えているかのような、天を衝く何本もの大きな角。
その下にあるは醜悪な顔…そして、毛皮に包まれている巨大な左手と鋭く尖った爪を生やす足、肋の如き何かで覆われた胴と僅かに見える尾はまるで飢えた獣のようであった。
しかし形を残した右手に握られた杖は私達を簡単に見下ろす巨体にも関わらず、そいつが確かに人であった事を私に思わせる
何度も撃退されたにも関わらず、それでも何か大切な物を見つけたように左手を私に向ける"獣"の名は
「マヌス…雪辱を果たしに戻ってきたぞ…!!」
巨大な左腕を叩きつけんとするマヌスに対し、先手を取ったのはアルトリウス。目で捉えることが出来ない速度で激突、闇を震わす衝撃波を伴う強烈な先手を喰らわせてマヌスを押し込み、私達から距離を離した
「よくもまあ、やってくれたものだな…だからこそ、お前はここで死ぬんだ」
アルトリウスの大剣はマヌスの左手で受けられたが、ゼーリエが続く。顔のすぐ近くで魔法を放ち始め、多種多様な魔法がマヌスへと襲いかかる
空間を抉り取るもの、何でも切断するもの、無限の質量とやらをぶつけるもの…凄惨な魔法の数々が進む中、
ア“ア“ア"ア"ッ!!
「…まぁシースで駄目だったからな、概念的な魔法はやはり通じないか……」
「来たか、シース殿!」「分かってる!」
獣の如き咆哮と共にマヌスの杖から放たれる深淵の魔法。それは近接して押していたアルトリウスを押し返し、彼を徐々に侵食して行くどころかゼーリエの魔法すら飲み込んでここまで迫って来る
防御魔法や結界で防げる類のものでは無い。対抗策が無ければ、これで終わってしまうのだろう
やっと、私の出番だ
自身の左手、そして月光の大剣を対象として魔法を放つ
「
瞬間、辺りを包む闇と深淵が消し飛んだ
「感謝する!!」「なるほど、となれば…」
余韻に浸る間も無く、アルトリウスが再度突貫。左腕部による薙ぎ払いを逆に盾で押し返しながら、未だに深淵の魔法を放ち続けるマヌスに向かって光を残す大剣を振るった
膨大な量の魔力を含んだ深淵、常であればアルトリウスの一撃を押し返すだけの力があるだろうが…
今、彼が手にするものは月光の大剣。
マヌスを包む深淵は祓われ、ガラ空きの胴体に深い斬撃が刻み込まれた
そこへ
「今だ」
ゼーリエによって放たれる高速の魔法が深淵を潜り抜けて突き刺さった。特別な効果は無く、ただ圧縮した高密度の魔力をぶつけるものであり、本来はそれ以上の魔力を持つ魔法に流されてしまうが…
「やはりな。攻撃、そして防御までもが深淵の魔法に頼り切りか」
「確かに強力な魔法ではあるが…故にそれ以外の防御手段をもたず、無くなれば突破は容易い。分かったな?シース」
「…ああ。ならば、位置を変えようか」
深淵は、祓える。
私の月光を乗せたアルトリウスの斬撃に魔法が合わされば通るのだ。
私、そして彼女にも勝つイメージが出来たようだ
余裕の表情を浮かべ始めたゼーリエに安心感を覚えながら、射線を確保する為に元来の飛行魔法を使って空へと浮かぶ
(アルトリウスがマヌスを留めているから速さは要らない…今は魔力の消費と射線の通りやすさだけが必要)
言葉は無くとも今の魔法を見てアルトリウスも作戦を把握したのだろう、前線を維持しながらも攻撃の後に傷口から退避する様になった
「ハァッ!!」
グヴヴゥ……
巨体を活かした叩きつけや薙ぎ払いはアルトリウスの大盾によって容易に抑え込まれ、必殺の魔法である深淵は私の月光によって無効化される。
加えて、彼の斬撃に合わせて放たれるゼーリエの強力な魔法…戦況はコチラが遥かに優位だ
一方的な攻防が続き、マヌスの体は次第にドス黒い血に覆われる。そして、激しかった動きも鈍くなっていった
(これで6分…)
「
もはや何度目かも分からぬアルトリウスの斬撃、首を狙った必殺の剣をマヌスは辛うじて左腕で防ぐが…
「……ゼーリエ殿!ここに、全力を!」
「!!そういう事か!」
もはや、限界であった。深く刻まれた剣傷に続けて彼女の魔法が叩き込まれ
ガア“ア“ァッ!?ウヴヴッ……ァァァ
何度も攻撃を防いできた左腕は遂にその体と別れを告げた。降り注ぐ黒い血に闇の中で響き渡る絶叫
つまり、最大の好機だ
左腕を失いまともな抵抗が出来ないマヌスと僅かな傷だけのアルトリウス。彼はマヌスの真正面から接近して無駄な足掻きを冷静に大盾で流し…再び一文字に胴を深く切り裂いた
「………」
十字となった傷の中心をゼーリエの魔法がぶち抜き、胴の真ん中にぽっかりと穴を開けたマヌスは叫び声すら上げずに倒れ伏した
もはや抵抗する力は無く、微かな息をしているだけだ。
これで、最後の仕事も出来る
「……ここまで、簡単に事が済むとはな」
「そう思うか、シース。だが魔法の相性は時に残酷なまでに勝負を決める、まあ覚えておくといい」
「貴公らのお陰だ…確か、マヌスから結界を渡る手段を得るのだったな?」
「ああ、と言ってもすぐに終わる。そいつに触れて記憶を読むだけだからな」
彼は心配を隠し切れていないが、何かがあってもゼーリエが対応できる上、深淵による精神汚染も私ならどうにでも出来る
ソウルをイメージして、更に効果を増す為にマヌスの頭に直接手を触れてから心を読む魔法を使う
「……………」
(っ…!!!)
記憶の中へと飛び込んだ瞬間、それは強烈な月光から始まった。
続けて流れ込んでくる記憶
人でありながら、人でなしとされるトラウマ
人になりたいという強い羨望
己の魔法に惹かれる人々
いつの間にか築かれる国
孤独な魔法の探究、しかし燃え上がった火
裏切りと封印
見出した人としての証、人間性
人間性に飲まれて行く心と残り火…………
(何だ、この…親近感は、懐かしさは)
月光と共に真っ先に見えてきたそれら、無駄なものである筈なのに…どこか無視はできなかった。まるで泥の様にへばり付いてきたそれらを無理やり振り払い、アルトリウスとの対決の記憶を流しながら更に心の解析を進める
ふと見えた角が生えた鎧
(…これは、私か?)
親近感
(……………)
僅かな差異
人である直感と、裏切られた感覚
誘い込む準備
封印の結界を越える魔法
(これだ…!見つけた!!)
目的のものを見つけ、術式を完全に記憶する。
見続けたいと思う気持ちを抑えて、すぐ様記憶の渦から抜け出した
「……はっ!」「戻ってきたか。どうだ、見つかったか?」
「シース殿、何処か異常は…」
「ああ、しっかりと覚えてきた…アルトリウス殿、心配しなくて大丈夫だ。何も、問題ない」
現実に戻ってくると、心配そうに覗き込むアルトリウスに余裕の表情を崩さないゼーリエが見えた。それぞれの疑問に答えつつ時間を確認すれば…幸いにも大した時間は経っていないようだ
「なら、もう殺していいな。シース殿、後は私がやろう…暴れるかもしれない、念の為に下がっていてくれ」
「……」
目前で息も絶え絶えにしているマヌス、先よりも更に少ない動きはもう後がない事を示していた。そんな彼に気を取られている私の前に立ち、止めを刺さんと大剣を振りかざすアルトリウス
「待ってくれ…私が、殺す」「…シース?」
見てきた記憶のせいか…私に似たところのあるマヌスが何処か哀れに思われて、咄嗟に私らしくない言葉が出た。
「シース殿…?……ああ、そうだな。この名誉は貴公が貰い受けるべきだ、さあやりたまえ」
獣のように成れ果てた姿ではあるが、それでも彼は私の月光に強く惹かれていた。ならば、最後くらいは…
「おい、シース…一体どうした?」
「…何でも、無い」
ゆっくりと魔力を左手へと流し、魔法の準備を整えて行く。やがて碧色の月光が漏れ始めた。
漏れ出した月光は、やがて彼だけで無く足元に広がっている黒い血溜まりすら照らし始め…
「さらばだ。願わくは、お前の次の生が報われるものであらん事を」
別れ、そして祈りの言葉と共に餞別の月光をその頭に目掛けて振り下ろした
あぁ、口惜しい。とても、口惜しい
ウーラシールの姫君と並んで、己を人間たらしめる証の一つになれたであろう光。それは最早手に入れられぬ事を理解した獣が吠える事もできずに静かに嘆いた
何で、お前が。私と同じ、お前が
やがて嘆きは怨嗟に変わり、しかし何の意味も為さない。だがその時、碧色の月光が閉じ行く瞼の先から優しく伝わってきた
…何て、美しいのだろう。最期に、闇の中でこんなものを見れるだなんて……
だからこそ、獣は瞼を閉じず……それを目にする事になった
何故、私の血は、とっくに……
ドス黒く染まり切った己の血。それを知った時から分かっていたのだ、最早自身が人になる事など叶わないことを。
それなのに
ああ…これが、血か。赤い人の血か
月光に照らされた己の血は、赤く染まっていた。かつて己の中に宿っていた赤き血のように。
残り火ですら無かった燃え殻が燃え始めた
人間性など、闇など、偽りにすぎない。
これだ、この光だけが私を人にするのだ
己の中に溜まりに溜まった人間性を、全て心の火に焚べる。悍ましき"ヒト"としての証は、ただその月光を手に入れる為に捧げられたのだ。
人間性を注がれた火はドス黒く燃え上がり、遂には体の外へと広がって行く
ああ、遠くに行かないでくれ。
私にはそれが必要なんだ
腹の真ん中に空いた穴から微かに漏れ出た火が暗い炎の輪となり、体を包んでいた痛みすら火に焚べたのか、最早痛みすら感じない。左腕は失ったが切り飛ばされた断面から噴き出す黒炎が代わりを果たし、その巨体を起こす
やがて獣性と深淵すら焼き尽くされ、新しく生まれ変わったヒトは産声を上げ始めた
「さぁ、私に寄越せ。お前の、光を」
「私が、人であるために」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます
とんでもない原作改変、嫌な方がいらっしゃったらごめんなさい