奴隷から始まる異世界転生譚   作:青い灰

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序章 坑道の奴隷編
プロローグ


 

 

 

 

「…………」

 

 

なにか、夢を見ていた気がする。

 

ぼんやりとした視界に映るのは土が剥き出しの天井。今にも崩れ落ちてきそうなそれを支えているのは、鉄の棒を組んだ脆いそれだけ。そしてそれらを照らすのは、壁にかけられた松明の光だけだった。

 

背中が痛い。頭が痛い。

酷い寝心地の正体は寝床のせいだ。藁を敷いただけのそれを寝床と呼んでいいのかは分からないが………

 

 

「おや、起きたかい」

 

「……おはよう、爺さん」

 

「おはよう」

 

 

身体を起こせば、そこに一人、老人が座っていた。

長い髭と白髪は長生の証で、またその眼は開かれることなく静かで穏やかな雰囲気が伝わってくる。

 

 

「倒れたらしいが、覚えとるか」

 

「………あぁ」

 

 

言われて、思い出す。

確か、落ちてきた瓦礫に………

 

 

「死に損なったらしい」

 

「ほっほっほ、確かにな……」

 

 

爺さんは笑い、頷いた。

死ねた方がずっと幸せだったろう。

 

 

「わしとしては、若いのが死ぬのは見たくないがの……」

 

「………そうか」

 

 

その考えを見抜いたように、爺さんは言う。

年の功、というやつだろうか。希死念慮を否定されないだけ優しさを感じる。痛む身体を起こし、立ち上がれば、眩暈がして軽くふらつく。壁に背中を預けて、息をつく。

 

………と、その時だった。

その洞窟の一室へ、足音が近付いてくる。

身構える暇もなく現れたのは、黒い服に鞭を持った男。

 

 

「ほう、貴様……

 寝て起きて早々にサボりとは、な!!!」

 

「っ……!!」

 

 

振り上げられた鞭がしなり、胴体に叩きつけられる。

ボロ布を上から被っただけのそれに、鞭の一撃を防ぐ力などなく、強烈な痛みが肩から腰にかけて駆け巡る。

 

そして、それは一撃では終わらない。

びゅうっ、と風を切るそれが、次は頭に、足に飛んでくる。迸る痛みと、心の奥底でぐつぐつと煮えたぎる怒りに、だが今は耐えるしかない。

 

 

「っ……っ…!!」

 

「……ふん、悲鳴も上げなくなったか。つまらんな」

 

「寝起きだからであろう」

 

 

鞭が止まり、男は鼻を鳴らして吐き捨てる。

それに言葉を返すのは、爺さんだ。男は爺さんを睨みつけ、だが爺さんは怯むことなく、言葉を続ける。

 

 

「また寝かせる羽目になれば余計な手間になるぞ……」

 

「………確かにな。

 フッ、次は同じようにして死んでくれれば

 埋める奴の手間も省けるだろうよ」

 

「………」

 

 

男は爺さんの言葉に頷きつつ、そう言って嘲笑う。

俺は何も言わず、男を睨んだ。

 

 

「ほう……?何か言いたそうだな?」

 

「………いえ、別に」

 

「あぁそうか、良いとも。

 夜になれば力ずくで聞いてやるからな。

 楽しみにしておくことだ、くくくっ」

 

 

男の舐め回すような視線。

それだけ言って、男はこちらに背を向けて去っていく。

 

 

 

「(日本語)………クソホモ野郎が」

 

 

 

俺は、静かに怒りをその一言に込めて吐き出した。

懐かしい、生まれ変わる前の言葉で。

 

 

 

 

 

 

 

────

 

──────

 

 

 

 

異世界に、夢を見ていたところはある。

 

どうしようもない現実から目を逸らして、そんな夢を見て。結局、本当に異世界に記憶を持ったまま生まれ変わって。

 

 

俺は、生まれたときから奴隷だった。

 

 

意識があるのは、5歳くらいのときからだ。

だが年齢は分からない。この洞窟の中では日夜が分からず、なんとか暖期と寒期の繰り返しを年として数えているから。多分今は、10歳くらいだろうと思う。

 

俺は奴隷として、この洞窟で採掘をしている。

鞭を持った男、またその仲間たちから盗み聞いたことだが、魔石と呼ばれる魔法の力を宿したそれが、この洞窟で大量に採掘できるようだ。土を掘り、岩を砕き……その繰り返し。

当然だが、掘り起こした魔石は取り上げられる。

 

 

食事もロクなものがない。残飯のような、いや、実際にそうなのだろう、鞭男たちのパンの欠片に、魚の頭に骨。とても腹を満たせる量はない。他の奴隷の人たちは俺が子供だからと言って分けようとしてくれるが、そうやって倒れられては意味がない。だから全て断って、土から湧いた虫で、時には土を噛み、空腹を紛らわせる。

ネズミやモグラが這い出てくれば、それはもうご馳走だ。

 

寝床も、ただ藁を敷いただけ。

硬い地面じゃ眠れるはずもなく、けれど、毎日休むことなく働いて、取れない疲れと、怒りだけが募っていく。

 

 

そして、盗み聞いた会話では。

魔石を掘り尽くしたとき、この坑道は魔法により爆破され、埋め立てられる。

 

そこに()()()()()()()、奴隷ごと。

 

 

 

 

………けれど、このまま黙って死を待つ気はない。

 

 

今現在は、奴隷の全員が好機を待っている。

不幸中の幸いなことに、ここの奴隷には多くの人材がいる。かつて冒険者だった力自慢、宮廷魔術師、皇宮の学者まで。俺もそのうちの一人で、異世界に日本語という言語はなく、だからこそ日本語を〝暗号〟として至るところに書き示して作戦を伝えられる。

 

たった3年で、奴隷全員に日本語を教えられた。

今や全員がひらがな、カタカナを使え、会話と読み書きまで出来るようになった。

 

 

あとは、好機を待つのみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………!」

 

 

つるはしを振り上げ、巨岩を叩く。

採掘作業は辛いが、心も身体も鍛えられる。割れた岩からは粉塵が溢れ、それを口鼻を腕で覆いながら手で払い除ける。そして腰につけた小さなランタンで照らす。が、残念ながらあるのは岩の塊と砂ばかり。

 

こういう岩の中にこそ、魔力の塊である魔石は出来やすい。だが今回はハズレらしい。心の中で舌打ちする。

 

瞬間、背中へ風を切る鋭い痛みが走る。

 

 

「っ……ぐ……!!」

 

「はっはっは!

 気合いが足りんのだ、もっと魂を込めろ!!」

 

「……っ!分かり、ました……」

 

 

余計なことは出来ない。

肥えた豚のような連中とはいえ、悔しいことに鞭の名手だ。一人ならともかく、横目で振り向けば何人もの鞭男が坑道をウロウロしては気まぐれに鞭を振るい、奴隷を打っている。行動を起こすのなら、もっと多くの人数が必要だ。

 

今すぐにでも殺してやりたいが、我慢しなければ。

去っていく鞭男を横目に奥歯を噛んでいると、また、新たな足音が近付いてくる。振り向けば、そこには、二メートルはあろうかという巨漢が立っている。筋骨隆々な身体に、その禿げ上がった頭は威圧感すら感じるものだ。

 

 

「病み上がりにひでぇもんだな。大丈夫か?」

 

「……えぇ、問題ないですよ。アニキ」

 

「そうか?なら良いが」

 

 

この採掘場の奴隷、その筆頭がこの人だ。

名前は捨てたらしく、いつからか、アニキと呼ばれている。少なくとも俺が生まれる前からここにいるとか。

アニキは割れた大岩をどかすと、ゆっくりと持ち上げる。

 

そして、声を抑えて言葉を続ける。

 

 

「(日本語)……恐らく明後日の採掘で終わりだ。

 クローリク嬢が出口まで穴を掘り抜けたらしい」

 

「!」

 

「(日本語)魔石の数も明日分で揃うだろう。

 今日を含めて、あと4日。それまで耐えろ」

 

「………」

 

 

あと4日か……長いような、短いような。

アニキは岩を抱え、そこから小さな魔石を取り出した。またそれを、俺の背負うカゴに投げ入れる。

 

 

「ありがとうございます」

 

「気にするな」

 

 

俺はまた、つるはしを振り上げる。

そして、振り下ろす。

 

 

 

 

 

繰り返し。

 

 

 

 

 

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