奴隷から始まる異世界転生譚   作:青い灰

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10話

 

 

 

 

 

両開きの大扉を開ける。

最初に感じたのは、鼻を突く酒の臭い。まだ微かなそれは、恐らく木造の壁に染み付いたものだろう。扉を開けて中へと進めば、それは強くなっていく。

 

 

「酒くせぇ……」

 

「うん?あぁ酒の臭いか。

 慣れた方がいいよ、基本はここだから」

 

「そうか……」

 

 

中は、どうやら酒場のようになっているようだ。

まだ朝だというに飲んだくれている連中もそれなりにいる。筋骨隆々な半裸の男とかもいてファンタジーを感じる。まぁそれは置いておくとして………酒の臭いがキツい。

 

前世から割と鼻は効く方だが……ここまでだったろうか。

くさい。

 

 

「おっ!?レイラちゃん!?

 どうしたよ組合に顔出して!?」

 

「おぉ!?レイラちゃんきてんのか!?」

 

 

と、なにやらわらわらと飲んだくれを含めた連中、それも、主に野郎どもが声をかけてくる。レイラは微笑んだまま手を振り返しているが、細められた目にはやはり関心がない。

どうした、なんでここに、なんて質問も殆ど無視している。そのままづかづかと進んでいくのを着いていく、と。

 

 

「まぁ待て、レイラさんよ」

 

「うん?」

 

 

立ち塞がったのは、大柄な男だった。鎖帷子、その上からはマントを羽織った男。それを前に、レイラは足を止めた。

目的の場所だろうカウンターはすぐ近くだが………ふむ?

この男、顔には出てないが酒の臭いが強いな。

 

 

「一季前に騎士団に引き抜かれて、

 どうやらもう第三騎士隊の隊長だって話じゃねぇか」

 

「あぁ、そうだね。それがどうかしたかい?」

 

「どうかしたかい?じゃねぇ。

 どんな手ぇ使ったらそうなるんだよ?

 身体でも売ったか?」

 

「……はぁ、またそういう話題か。

 品がないから好きじゃないんだよね」

 

「お貴族様相手じゃさぞ楽しい相手だったろうなぁ?」

 

 

珍しくレイラの顔が曇る。

めちゃくちゃ煽られると彼女でもこうなるらしい。周りでは顔を青くするやつ、聞き耳を立てるやつ、それから……

 

 

「おいっ、やめとけ!

 レイラちゃんに手ぇ出すのは不味いって!!」

 

「あぁ?お前だっておかしいって思ってんだろ?

 こいつ、俺たちを踏み台にしたってことだぞ!!」

 

 

流れ変わったな?

周囲が一気にしんと静まり返り、視線が集まる。

男を止めようと割り込んできた男も、苦い顔をして一歩足を引く。事実、男の言葉には圧と本気さが込められている。

 

 

「冒険者組合の立場捨てて騎士になれて満足か!?

 俺らを影で馬鹿にしてやがったんだろ、売女め!!」

 

 

この男もまた、自分たちの立場を守ろうとしている。

酒の勢いもあるのだろう。だがそのために、他者をこうして陥れるのは気に入らないし、間違っているとも思う。

 

平民は貴族の誇りを知らず、貴族もまた平民を知らない。

隣の芝はいつだって青く見えるものだ。平民と貴族の距離が近いこの国では、こういうこともあるのだろう。

だが彼女がただの貴族ならともかく、本物の貴族の騎士なら

それこそ剣が抜かれるようなことになっていただろう。

 

件のレイラを見上げれば、曇った表情は柔和でも、その眼の奥に、面倒くさそうな感情が浮かんでいる。殺気でないだけマシなのが分かる。もし相手が魔女なら冷気が漏れていた。相手は野郎だが。

 

 

とにかく。

一歩前に出て、レイラの前に、男の目前へと割り込む。

 

 

「あぁ!!?ガキが邪魔すんじゃねぇよ!!

 怪我する前にどっか行け!!」

 

「貴方の言い分も分かります。

 ただ、我が主は私のために組合に来て頂きました」

 

「あるじだぁ?

 てめぇ奴隷か……はッ、散々だな」

 

 

鼻で笑われ、睨みつけられる。

言動的に普段はまともな人なのだろう。最初は蹴られそうな勢いだったが、丁寧に言葉を返せば男もかなり落ち着いた。強烈な殺気と威圧が向けられてはいるが………

 

 

「幾つだ」

 

「10です」

 

「………」

 

「………」

 

「…………………はぁあぁあ………」

 

「………」

 

「…………チッ。怒る気も失せるってもんだな。

 子供に怒鳴り散らかすたぁ……どうかしてんな」

 

 

沈黙、そして大きな溜め息。

男は苦しげに舌打ちして頭をおさえ、そう言い引き下がる。やはり、まともな人間だ。殺し合いにならなくて良かった。こんな人を殺すことはないだろう。

 

 

「悪いね、アル」

 

 

なんだその愛称は。

初耳なんだが。

 

 

「それに、君も」

 

「………もう良い。こっちこそ悪かった。

 それと、お前……アル、っつーのか」

 

「アルガリアです。

 今の呼び方は俺も初めて聞きました」

 

「はっ……そうか、アルガリア。

 てめぇ、強く生きろよ」

 

 

彼は、近くの椅子を引き寄せて座り込む。

酔っていながらも冷静で、その眼は確かに俺を見ていて。

焦点のズレもなく、そして細められる。

 

それから、男は困ったように笑った。

 

 

「って、言うまでもねぇか……」

 

「いえ。ありがたく。

 お言葉、受け取らせて頂きます」

 

「…………そうか。ありがとよ」

 

 

男は俯き、沈黙する。

止めに入ってきた小柄の男は、慌てたように頭を下げる。

俺もそれに軽い会釈を返し、彼は男を宥め始めた。

 

レイラが俺を見る。

にこり、と笑っていた。なんでもないかのように。

 

 

「行こうか」

 

「はい」

 

 

困った主に見初められたものだ。

 

 

 

 

しかし……本当に殺し合いにならなくて良かった。

 

酔ったままでも、戦えば殺されそうだった。

あの男、かなり強い感じがする。雰囲気というか、持ち前の威圧感というか、よくは分からないが、とにかく強い。

それこそレイラほどではないが………底知れない感じだ。

 

あの腰の剣を抜かれたとして、俺は反応が出来たろうか。

一瞬でも気を抜けば首を刎ねられるような殺気だった。まだ今の俺では対応しきれなかったような気がする。

 

 

 

 

 

……………まぁ、いい。

彼さえ良ければ、仲良くしたい相手だが。

 

今は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静まり返り、だが少しずつ賑やかさを取り戻した酒場。

その頃に、俺たちはカウンターに辿り着いていた。

 

 

「こんにちは、レイラさん。お久し振りですね」

 

「うん。久し振りだね。

 この子を紹介したくてね、マスターはいるかい?」

 

「はい。あ、丁度こちらに……」

 

 

受付であろう、緑の服を着たお姉さんが手で示した方から、杖をついた長い髭の爺さんがやって来る。あ、この人も強い雰囲気を感じる。さっきの男と同じくらいの強さだろうか、凄い穏やかそうに見えるのに………

 

 

「……ほっほほ。

 これはこれは、珍しい客だの」

 

「久し振りだね、マスター」

 

 

珍しい、というには俺も同感だ。

レイラが珍しく自分から声をかけたのと、珍しい客、としてレイラと同時に俺にも視線が向けられたのだ。なんとなくの強さ測定紛いをしていたのがバレた。

 

 

「そっちの子……わしの顔に何か、ついとるかの?」

 

「いえ、つい。

 気分を害されたようで、申し訳ありません」

 

「ほっほっほ……世渡りが上手いの。

 そなた、エルトリアのようには見えんが……」

 

「10歳です」

 

「そうかそうか。

 先の話も聞いておったぞ。まだ10歳とは思えんのう」

 

 

爺さんはうんうんと頷いて、髭を撫でた。

しかしレイラも言っていたが、エルトリアとはなんだ。

話の流れからして、見目より歳を重ねているエルフのような長命種がいるのだろうか?まぁ実際に精神年齢は二十五だ、間違ってはいないか。

 

……とにかく名乗ろう。

 

 

「申し遅れました。

 我が主、レイラ・アルカードの奴隷。

 名をアルガリアと申します」

 

「おっと、丁寧にすまんのう。

 わしはシルバー・エヴァンス。

 見ての通り、このガリア冒険者組合の組合長よ。

 老い先短い身じゃがのう」

 

「お戯れを。まだまだ御健在のようですが?」

 

「ほっほほ、やはり分かるか?

 これはまた、えらい客がえらい子を連れてきたのう」

 

 

そう言って、シルバーがレイラに視線を向ける。

えらい客、というように、どこか他の冒険者たちとは彼女の対応が違う。彼女は貴族とはいえ距離が近い感じだったが、彼はレイラを完全に自分より上の立場に見ているようだ。

 

組合長となれば、それなりの立場がありそうだが………

レイラが敬語にならないのは彼女なりの素の口調のようで、あまりアテにはならなそうだ。

 

 

「まぁね。どう?

 冒険者にしてあげたいんだけど」

 

「わざわざそなたが来られたのもある。

 構わん……と、言いたいところなのじゃが、

 最近は死人が多くて選考が厳しくなってのう。

 見る必要もなさそうじゃが、実力を見なければの」

 

「そっか。じゃ、アル。頑張って」

 

「頑張ります」

 

 

ふんす。

とは言ってみたものの、実力を見るとか言われても一体何をするのか分からない。テストとかするのだろうか。嫌だな。やるのは良いけど結果を見るのが嫌だな。

 

……というか、死人が増えている、といったか。

冒険者の広告、いや広報みたいなアレに憧れて入ってきて、みたいな展開もあるのだろうか。

 

 

「それで実力を見る、というのは?」

 

「言葉通りの意味じゃよ。

 わしと……いや、そうだのう」

 

 

シルバーは自分と、と言いかけて、やめた。

良かった。爺さんと戦いになればボロ雑巾にされそうだし。シルバーは、そうしてカウンターの外、俺たちの後ろに目を向けて、そして名前を呼んだ。

 

 

「おーい、ザイル。ちと手伝ってくれんか」

 

 

そして顔を上げたのは。

 

 

 

 

「は?俺か?」

 

 

 

 

さっきのあの男だった。

 

 

 

 

 

は?

 

 

 

 

 

 

 

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