頭が痛い。
身体が焼き焦げるように熱い。
あぁ不味い、これはどうにもアレを思い出す。
蝋燭の火で炙られる方がずっとマシだ。
嫌だ。
怖い。
血が、滴る。
命が、流れていく。
これは、これは─────
「っ………!」
「おや、起きたかい?」
聞こえてきたのは、覚えのある女の声だった。
慌てて周囲を見渡しても、そこは木造の部屋というだけで、別に血潮に濡れているわけでも、炎に包まれているわけでもなく、ただ、静かに微笑み、首を傾げる女がいるだけだ。
「レイラ」
「うん。悪い夢でも見たのかな?」
「………………」
名前を呼べば、そんな問いが返ってくる。
自然だ。何もおかしいところはない。それにあぁ、そうか。ただの悪い夢だ。俺は、今は、何も。
汗で濡れた布服が背中に張りついて気持ちが悪い。
残響のように痛む眉間に手を押し当てる。
「そんな、ところだ」
「気分の良い光景ではなかったね」
「何を、知ったように……」
「視ていたからね。
燃え上がる炎、滴り落ちる血。そして」
やめろ。
「君は…………」
「…………」
「……はぁ。悪いね。こういうのは苦手なんだ」
「少し、一人にさせてくれ」
独りになりたい気分だった。
顔も見ないまま、そうやって突き放す。けれど。
「それは断らせてもらおうかな」
「…………」
鬱陶しい、そう思えるほどの気力もなかった。
寧ろ───────
「好きにしろ」
それだけ言って、暫し、沈黙だけが続く。
何も変わらない微笑みが、静かに俺を視ている。
────
───────
続く沈黙を、気まずく思えるくらいには落ち着いた。
考え直せば分かる。夢見と寝覚めが悪いというだけでそれを女に、それも主である彼女に傍にいてもらったなど、かなりとんでもないことをしている。不味い、それも考えた時点で凄まじい羞恥が襲いかかってくる。
「………」
「………」
「その、いいか」
「うん?」
さっさとこの空気を、というか状況をどうにかせねば。
それにシルバーやザイルを待たせているかもしれないのだ、俺は一体全体何をやっている……
「いや、その……あの、だな」
「うん」
落ち着け。冷静になれ。深呼吸だ。
そう、ただ、一言でいい。
「………ありがとう」
「ふふ、いいとも」
彼女は笑みを深め、クスクスと笑う。
思えば、誰かの笑顔を不快に感じなくなったのは、いつからだったろうか。きっと、奴隷の時から、そんな余裕もなく、縛られていたからだろうが………
まぁ、いい。良いことだ。
起き上がる。
「もう良いのかい?」
「あぁ。ていうか、なんで倒れたんだっけか」
「マナの循環路が焼き切れていた。
あの1級冒険者の真似をしたんだろうけど、
君の身体には負担が大きすぎたみたいだね」
「成程」
やはりそうだったか。
よくよく考えれば十歳の身体にあれだけの量のマナを回せば焼き切れもするだろう。それにいきなりマナを流したから、その影響もあるか。身体を慣らす訓練もしなければ。
「治療は済ませておいたから、もう動いても良いはずだ。
私がいないところで、こうはならないようにね」
「治してくれたのか?」
「まぁね」
「ありがとう」
レイラは笑みを深め、それから椅子の上で腕を組んだ。
雰囲気が少し変わる。
「それと……一つ、聞いても良いかい?」
「ん?」
妙に真剣みを帯びたその声に、レイラを見る。
その表情はいつもと変わりはなく、だが、その声音だけが、静かな緊張感を醸している。
「君は、厄災についてどう考えてる?」
「………え、厄災?」
「ん?あぁそうだけど」
俺の夢を〝視た〟とか言っていたし、てっきり夢についてを聞かれると思っていたのだが………厄災?
「厄災というと、あの大戦乱期の?」
「……あぁ、そうだね。
直近の〝影の厄災〟だよ」
この世界では、幾つかの大規模な破壊を引き起こした存在を〝厄災〟と呼び、基本的に厄災は強い力を持つ〝調停者〟が主として対処にあたり、撃破、また封印されている。
影の厄災については………残念ながら、何も知らない。
いや、他の厄災についても全く知らないのだが。
「大戦乱期に突然現れて、調停者を殺して、
でも結局は封印されたってくらい……か?」
「………ふぅん?」
「?」
そんな俺の曖昧な返答に、彼女はこれまた珍しく意外そうな顔をして腕を組む。望むような答えではなかったのだろう、しかし、どうしてそんなことを聞くのだろうか。
「……なら、ただの偶然かな」
「何がだ?」
「いや………うん、まぁ話してもいいか」
小さく呟いた言葉に俺が聞くと、レイラは、ほんの一瞬だけ目を伏せてから頷いた。
「私は個人的に厄災について調べていてね、
君が厄災と何らかの関わりがあるんじゃないかと
思っていたんだけど………そうでもないみたいだね」
「そりゃ悪かったな」
「いや、いいよ。
厄災と関わりなんて持つべきじゃないからね」
つい嫌味っぽく言ってしまうと、レイラはそう答える。
気にしていない、というより気にならない、というような、そんな余裕の無さに似たものを感じる返答だった。しかし、だからこそ触れてはいけないものだろう。詮索はしない。
「さて、大丈夫そうなら戻ろうか。
あの老人と呑んだくれも待ってるだろうしね」
……どうやらザイルは呑んだくれと認識されたらしい。
俺たちは部屋を出た。
────
──────
「すいません、遅れました」
受付にいたお姉さんに案内された組合の一室。
そこは客室のようになっているようで、そこに待たせていた二人が向かい合うように座っていた。
「おう、もう大丈夫なのか?」
「はい。すみません」
「気にするな……とは言いたいが、
もし魔物とでもやりあっておる時に倒れれば事じゃ。
気をつけておけ」
「仰る通りで……」
シルバーの言葉に俺は頭を掻きながら苦笑いを返す。
そりゃそうだ。殺し合いで急に倒れたとか笑い事ではない。
「さて、まずは座れ。
話の続きをしなければの」
ザイルが立ち上がり、俺はそこに座るよう促される。
言われた通り、シルバーに向かうよう座る。座れば沈んで、座り心地のいい高そうなソファだ。幾らするのだろうか。
「………まぁ、試験は合格じゃ。
ザイルを相手に、その歳であれだけ出来れば十分。
まずは冒険者組合についての説明じゃが……必要か?」
「お願いします」
「うむ」
まず、冒険者は1~9級に分かれている。
数字が小さいほど高い階級となり、報酬が多く、かつ危険な仕事が受けられるようになる。魔物討伐依頼は五級からで、それまでは商人組合の下請けや、町での迷子や猫探し、また建築関係の仕事が多いようだ。
階級の上昇は仕事の達成数で決まるらしい。
当人と同じ階級の仕事を受けて達成し続ければ、組合側から昇格が通知される。降格は基本的にはないらしいが、あまり素行が悪いと有り得るとか。
それから、仕事の受領。
掲示板に張られた依頼紙を取り外し、組合の受付で受領印を貰ってその紙を手に、依頼主の元へと向かう。そこで依頼を達成したら、依頼主からサインと報酬を貰う。最後は受付で報告を行って、終わりだ。
「………と、簡単にはこんなところかの」
「依頼主が死んだ場合はどうすれば?」
「受付に申し出れば組合の者が確認する。
報酬の振り込みは多少遅れるが……
依頼を失敗したときも受付に報告すればよい」
「分かりました」
そこは失敗扱いにならないらしい。良心的だ。
あとは……
「依頼を達成したとして、
依頼主が報酬を支払おうとしない場合は?」
「その場合は組合に引きずり出すことになる。
手を出してはならん。受付に相談せい、
騎士団への通告と、虚偽の裁きが下されるからの」
虚偽の裁き、というのは初耳だ。それはそれとして、騎士団という言葉に何気なくレイラに視線を向けてみる。彼女は、にこりと笑みを深めて頷いた。
「ちなみに、虚偽の裁きは私が代行するよ。
本来は調停者の役目なんだけど、
ガリアの調停者は影の厄災で死んじゃったからね」
「それなんだが……
なんで王国騎士のお前さんがやってるんだ?」
「陛下からの命令だから、としか言えないかな。
精度についてはそれで十分だろ?」
ザイルの問いに、レイラはそう軽く返す。
話を聞く感じでは、恐らくは嘘発見器みたいな役目だろう。確かにレイラは人の考えを見抜くようなことが多い。現に、さっきも夢について完璧に言い当ててみせた。
「なんなら、今の君の考えを当ててあげようか?」
「………」
「おや、知り合いが一人死んだのかい?
随分と良くしてあげてたらしいが、つい昨日、
貴族の跡取り争いに巻き込まれたらしいね」
「………………」
「成程。それとアルを重ねている自分に失望して────」
「やめろ。もういい。
………っ、はぁ、分かった。お前の力はよく分かった」
「それは良かった」
…………なんだか随分と重い話が聞こえてきたな。
相変わらず表情の変わらないレイラと、ほんの一瞬、俺へと向けられたザイルの焦燥の視線。彼は苦い顔で視線を逸らし俯き、首を横に振りながら大きく息を吐く。
なんだか納得した。
これだけの人があそこまで酔い潰れて、そして当たり散らす理由はそれだったというわけか。シルバーが渋い顔をする。件のレイラは「どう?」と言わんばかりの顔で首を傾げて、俺に視線を向けてくる。やっぱ人の心とかなさそうだな。
「……ふむ。まぁ、それは一先ず、置いておこう。
アルガリア、そなたは5級からでも良かろう」
「えっ、なんでです?」
「本来なら実力も実績も少しずつ下積みするものじゃ。
そなたの実力は3級でも通用する。
足りん実績は討伐依頼をこなしていけば良い」
「いや、そっちではなくて……9級から6級は?」
「…あー……」
シルバーは一瞬、俺から視線を逸らす。
その先にいるのは、レイラだ。この人こいつに何か弱みでも握られてんのか?様子を伺うような仕草が多すぎる。
横目で俺もレイラに目を向けると、なんか彼女と目が合う。びっくりするだろ。怖いわ。
「アルは9級から始めたいの?」
「そういうものでは?」
「階級上げ面倒くさいよー?」
「まぁそうかも知れないですけど横着はどうかと……」
むー、と口を尖らせるレイラ。
なんでお前が圧かけてるんだよ。本当どういう立場なんだ、この女は。王族かなんかじゃねぇだろうな。
というか、こんな俺みたいな小僧がいきなり五級とか、まず間違いなく不満不平が出るだろ。他所さまに迷惑かけんな。そんな視線を向ければ、それも読んだのか読んでないのか、彼女は頬を膨らませて言う。
「じゃあ9級からで良いんじゃない?」
「そ、そうか……アルガリア、良いか?」
「お願いします」
そんな感じで、俺は冒険者になった。