奴隷から始まる異世界転生譚   作:青い灰

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13話

 

 

 

「おはようございます」

 

 

早朝。

そろそろ涼しくなり始め、寒期に入るくらいだろうか。俺は大通りにある、木箱に野菜が並べられた店に声をかけた。

五十代くらいだろうか、店頭の椅子に座って、木箱に果物を並べていた女性が俺に視線を向け、驚いたような顔をする。

 

 

「あら、アルちゃん。朝から来るのは珍しいわねえ。

 安売りは夕方からだけど、何が入り用かしら?」

 

「アルちゃんは止めてください、ガレッテさん。

 今日は買い物じゃなくて依頼を受けてきました」

 

 

懐から丸めた依頼紙を取り出し、それを広げ野菜屋の店主、ガレッテに見せる。すると、またも彼女は驚いたような顔で俺を見下ろした。

彼女には買い出しで世話になっている。安いし、傷の少ない野菜は質も良い。しかも夕方になれば安売りまで始まって、財布にも優しいのだ。しかも、たまにサービスで野菜一つをタダでくれる。俺が奴隷だというのを伝えてからで、それを憐れんでくれているらしい。きっと聖人かなにかだろう。

 

 

「アルちゃん、あんた冒険者になったのかい?」

 

「えぇ、少し前に。まだ新米です。

 それはそうと、なんでも盗っ人がいるとか?」

 

「そうなんだよ………はぁあ。

 あいつには商店通りの皆も困っててね……」

 

 

ガレッテは大きな溜め息をつき、眉間を押さえ首を振る。

 

 

 

 

冒険者組合、6級依頼。

商店通りの盗人をなんとかして欲しい。

 

大通りの商店通り、夕方に売り物を奪い去っていく盗っ人が現れている。被害が大きくなっているのでどうにかしたい。犯人の身柄は冒険者さんに任せる………とのことだ。

 

報酬は金貨2枚と、商店通り詰め合わせを大木箱二つ分。

6級の依頼にしては格別の報酬だ。

 

 

 

「俺も見ました。獣革のフードを被った奴ですね」

 

「あぁ。多分スラムの連中だとは思うんだけど、

 あんなのが居ればこっちも商売あがったりでねぇ……」

 

 

二回ほど、買い出しで見たことがある。

粗い獣革のフードを被り、商店通りの店を荒らし、食い物や金品を盗んでいく。現れる時間帯である夕方は仕事終わりの人で商店通りは埋め尽くされる。その人たちを押し倒して、そいつは盗みを繰り返しているのだ。

 

騎士団も出てくるのだが、その人集りもあり、怪我をさせる訳にもいかず、捕まえられずにいる。それに加えて、恐らく相手は魔法を使っている。風の魔法で屋根に飛び上がって、そうして何処かへ逃げおおせるのだ。

 

私有地、また定められた場所以外での魔法の使用は、ガリア皇国法で禁じられている。故に、騎士団でも捕まえられない現状が続いている。

 

 

 

 

冒険者になって数十日、俺は七級まで階級を上げたが……

この依頼、当初は八級の依頼だった。

 

しかし、依頼を受けた冒険者の数組が依頼を失敗。

あまりにも逃げ足の早い盗っ人に、だが追いついた冒険者もいたらしいが、手酷い傷を負って意識を失っていたという。

 

それを受けて組合はこの依頼階級を六級に引き上げ、そして今日、俺に直接依頼を受けないかとシルバーさんから提案を受けて、こうして今に至るわけだ。

 

 

「………こっちで調べてみます。

 依頼は俺がなんとかしましょう」

 

「でも……大丈夫かい?

 前の冒険者さんは……」

 

 

心配そうな顔をするガレッテさんに、笑顔を返す。

 

 

「もし依頼を達成できたら、またサービスして下さい。

 ここが一番質が良いんですよ、野菜」

 

 

まずは情報収集だ。

俺はガレッテさんに背を向けて走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

───────

 

 

 

主に商店通りの店頭にいる人たち、巡回の騎士団にも聞いて集められた情報は、以下の通りだ。

 

・獣革のフードを被った小柄な人間族。

・顔つきは見えない、男か女かも分からない。

・魔法を使って屋根に逃走、スラム街の方向へ逃げる。

・途中で路地に降りて、そこから逃げ切られる。

 

 

スラムの人間の可能性は高い。が、高いというだけだ。そう誤認させるつもりの犯人の策略というのも有り得る。だが、まだ情報が少なすぎる。聞きに行くべきは、前に依頼を受け負傷した冒険者だ。

 

 

 

 

 

と、いうことで。

 

 

「頼もう」

 

「………なんなんだ君は」

 

 

ドアを蹴りつけ、組合の一室に乗り込む。

ベッドで眠っていたのは、傷だらけの青年だ。クソこいつもイケメンかよ顔面偏差値高過ぎだろこの世界……!

……げふんげふん。

 

 

「例の依頼で大怪我を負ったらしいですね。

 引き継ぎに来ました。情報をください」

 

「礼儀と配慮の欠片もないな。

 いや……はぁ、冒険者なんてそんなものか」

 

「は?負け犬が礼儀と配慮とか気に出来るんだな?

 つーかてめぇも冒険者だろうが」

 

 

溜め息と苦言を聞いてしまい、つい煽り返してしまう。

相手の額に青筋が浮かぶ。

 

 

「………まぁいいだろう。

 ふん、僕が負けたのは事実だ」

 

「………こちらも、怪我人に失礼でした。申し訳ない」

 

 

だが飲み込みは良いらしい。

俺も怒りを抑え、頭を下げる。と、相手は驚いたように目を見開いた。なんなんだよ。

 

 

「……はぁ、いや、すまない。

 前の生活が抜けきらないんだ」

 

「貴族か何かで?」

 

「まぁ、そうだ。

 こんな子供に情けないな、ふう」

 

 

青年は青い前髪をかき上げ、顔を上げて視線を俺に向ける。貴族が冒険者になるには色々と面倒な手続きが必要らしいが彼はそれをクリアしたのか。しかし誇り高いらしい貴族が、なぜ冒険者なんて誇りとは無縁そうな仕事に……?

いや、詮索は野暮ってものか。

 

 

「7級、アルガリアです。先程は失礼を」

 

「僕は5級のアラン・ベル……

 いや、家名は捨てた。ただのアランだ。

 その口調も楽にしてくれ。幾つだ?」

 

「10だ」

 

「しっかりしてるね」

 

「そうでもない」

 

 

いつものお決まりの流れだ。

しかし………家名を捨てた、か。色々あるらしい。

 

 

「……いや、そうか。アルガリア……

 君があの1級冒険者と戦って認められたっていう?」

 

「あぁ」

 

「成程。確かに、君なら………あいつに勝てるかもな。

 分かった、あまり頼りにならないかもだが、

 僕の知る限りの情報を話そう」

 

 

アランはそう言って頷く。

彼は布団を取り、ベッドの縁に足を出して座った。あまり、大きな傷はあるように見えないが……

そう思ったとき、布団に隠れていた傷が露になった。纏った軽い服装、その胸元。

 

…………大きな、傷痕。

 

 

「ん。あぁこれは……関係ない。別のものだ。

 とは言っても、これを抉られたわけなんだが」

 

「……そうか。すまん、早合点した」

 

「いや、いい。さて……

 今回の犯人だが、銀髪ではない、白髪の女だ」

 

「……………」

 

 

思い出すのは、クローリク……ヨミの姿。

彼女も銀髪とは言えない、完全な白髪だった。まさか、とは思うが、彼女は……いや、有り得ないとも言いきれない。

 

この世界で白髪は珍しい。銀髪は少ないがいるし、歳を経て白髪に変わることも当たり前ではあるが、若いままの白髪はヨミ以外には見たことも聞いたこともない。アルビノという可能性も有り得るだろうが……

 

 

「そいつ、剣を使ってたか?」

 

「いや、短剣だ。

 それで古傷を抉られたんだが……心当たりでも?」

 

「……知り合いが同じ白髪の女でな。

 まさか、とは思ったんだが……」

 

 

まだ可能性の域を出ない。

とにかく、その女を探さなければ。

 

 

「だが……強かった。僕もガリア流剣術は学んでいたし、

 その時も剣を持ってた。足場が悪かったとはいえ、

 あんな一瞬でやられるとは………くそっ」

 

「………確かに、屋根の上か」

 

 

アランは悔しそうに奥歯を噛み締める。

狭く、またガタガタの足場の屋根上での戦闘。相手はそんな足場を走り回り、そして路地に姿を消している。想像以上に厄介な相手らしい。

 

 

「追い詰めるなら、路地に降りたところだろう」

 

「それか路地に落とすしかないな」

 

「………死ぬんじゃないか?」

 

「魔物が化けてたってことにすればいい」

 

「…………………」

 

 

冗談だろ。そんな目で見るな。

『正気かこいつ』みたいな目をやめろ。

 

 

「冗談だ」

 

「………冗談で何よりだ。

 どんな人生歩んできたんだ君は」

 

「生まれてから今もずっと奴隷だ」

 

 

笑って返すと、アランは目を見開き、辛そうな顔をする。

だからそういうのやめろ。

 

確かに酷い人生だったが今はそれなりに、ていうか前世よりずっと充実している。こんな歳から自由に過ごせて学校にも行かなくていい時点で前世とは大違いだ。相変わらず人生はクソッタレだが、かなり余裕が出来た。

 

 

「…………すまない」

 

「今は主に恵まれてるから気にするな。

 お互い環境に恵まれねぇな?」

 

「………はは、そうかもな」

 

 

貴族様も考えることがあるのだろう。

その笑顔は、どこか気の抜けた穏やかなものに見える。

 

 

「僕から話せるのはこのくらいだ。すまない」

 

「さっきから謝り過ぎだな」

 

「すま………ん゛んっ、ともかく。

 僕から話せるのはこれだけだ。もう行くのか?」

 

「あぁ。スラムに聞き込みと、

 あとは準備も色々と必要だからな」

 

 

スラムの人間なら金を少し握らせれば喋ってくれるだろう。それと、相手が手練れなら武器も必要だ。組合で木の槍でも借りる選択もあるが、斬られれば使い物にならない。あれも人間を撲殺できるくらいの強度はあるが、この世界の武器はやたらと切れ味が高かったりする。

 

なので、武器屋に特注で頼んでいる。

そろそろ出来ている頃合いだろう。まずはそっちだ。

 

 

「そうか、僕も行こう」

 

「報酬はやらんぞ」

 

「がめついな……報酬は要らないさ。

 随分と大人びてるけど、まだ10の子を見送るのはね。

 それに一度は失敗したんだ。名誉挽回といきたい」

 

「んん……そうか。じゃあよろしく頼む」

 

 

人手があるのは助かる。

それに子供云々とか言われて追い払われるより、年上の彼が居てくれると色々と楽だろう。何よりこれも縁だ。こうして良い人たちと関係を広げていけば、いつか得をするだろう。

 

 

「あぁ、よろしく頼む。アルガリア」

 

 

アランが仲間になった。

うん、仲間が増えるのは良いことだ。

 

 

 

 

 

────

 

───────

 

 

 

 

 

ガリア皇都キサルピナについて少し説明を。

 

キサルピナは見上げるような高壁に囲まれた巨大な都市で、東西南北の郊外と城下町、そして中央区に分かれている。

北区には〝教会〟という一大組織の聖堂街が広がっており、西区には主に畑作などの農業が盛んであり、南区は冒険者や商人のための区画となっている。

 

俺やレイラが住む邸宅は中央区へ続く階段付近にあり、一応城下南区に位置している。商店通りは東西南北全てにあり、俺たちが使っているのも南区のものだ。

 

あとは東区だが……そこはまぁ、後でいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『僕も準備がある。君の方でも準備が終わったら

 スラムに行く前に大通り前の噴水で待ち合わせよう。

 あそこも治安が悪いからな』

 

 

アランとは一度別れ、俺は郊外に向かう。

 

 

武器を発注していた武器屋は皇都の郊外西にある。ちなみに徒歩で区の中心から別の区画の中心に向かうと走るとしてもかなり時間が要るので、走獣というこの世界の馬を借りる。

 

イタチに似た大型のそれに乗り、郊外へ。

昼間は馬車も少ないので公道もすいすいと行ける。郊外まで出れば、人通りは殆どない。高壁の外へ依頼を受けに向かう冒険者や、商人とすれ違うくらいだ。

 

石造りの家々が建ち並ぶ城下とは違い、郊外は自然が目立つ田舎っぽい風景が広がっている。川が流れ、草原や田園まで広がるそれは、前世を思い出す。小さい頃は田んぼの周りを走り回って、カエルを捕まえたりしたものだ。

……いや、今も小さいな。身長120とかそのくらいだろう。

人を見上げて話すことばかりだ。つらい。

 

 

………と。

ぽつん、と草原の中に一つ建っている小さな家。

煙突からは煙が上がり、かぁん、かぁん、と鉄を叩く甲高い音が外まで聞こえてくる。そこで、走らせていた走獣がその速度を落としていく。

 

 

「クルルル……」

 

「あぁ、ありがとう。待っててくれるか」

 

「ガァウ」

 

 

人の言葉も理解する、賢い獣だ。

走獣から降り、その頭を撫でてやれば、心地よさそうに目を細め、一つ鳴いた。前にもこいつ借りたが、妙に懐かれた。それに何だか愛着が湧いてしまっている。お金が貯まったら買ってしまうのもありか?……まるで見受けみたいだな。

 

 

「クルル……」

 

「大丈夫だ。そう怖いやつじゃない」

 

 

心配そうに唸る走獣を宥める。

走獣が足を止めた理由は、なんとなく分かっている。

 

この建物から伝わってくる熱気と、金属を叩く音。

それに薄々と混じった、だが、強大な存在感。

レイラや、ザイルと戦って感じた気配と似たそれは……

 

 

紛れもない、強者の気配だ。

 

 

自覚すれば分かる。

肌が震えるようなそれは、ザイルとは明確に違うもの。

それでいて、レイラに近く、そして遠くにあるもの。

 

扉を開ければ分かるし、正体はとうに知っている。

だからこそ、恐ろしくはない。ので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頼もう」

 

 

気楽に、扉を押し開けていく。

鳴り響いていた金属音が止まり、俺はそちらへ目を向け。

 

 

そうして重なるのは、鋭い黄金のような視線。

 

 

それは細められ、その下にある形の良い唇が、ぐいと歪む。剥き出された牙は、それが人の形をしているから、辛うじて人のものに見えるだけなのだろう。

 

頭からは、後方へ向かって二本の角が伸びている。

その腰から伸びる、深紅の鱗に覆われた尻尾が揺れた。

 

 

 

「よぉ、アルガリア。

 頼まれてたモン、出来てるぜ」

 

 

 

人の形をした竜が、黒い金槌を片手に立ち上がった。

 

 

 

 

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