奴隷から始まる異世界転生譚   作:青い灰

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14話

 

 

 

 

 

皇都キサルピナ東区は、郊外を含め、スラムだ。

正確には『貧困層のための居住地』と言った方がいいか。

 

大戦乱期で出た大量の移民や孤児。彼らを受け入れるため、意図的に作られた〝捨て置かれた場所〟。奴隷商や闇市など皇国法的にグレーな場所も多く、基本的に騎士団を呼べず、困窮した彼らに、しかし受け入れた国は関与しない、というスタンスを維持している。

 

とはいえ、彼らも労働力として国の一端となっているとか。レイラが言うには、治安こそ悪いが社会として成立している一つの区画、とのことだ。実際、依頼で手伝いに行く西区の農場や、各区の建設現場にはスラム出身だという人もいた。

 

故にその実態は、そこまで寂れた場所ではない。

活気もあるし、貧しいながらも、懸命に生きている人たちが暮らす場所。勿論、治安はそれなりに悪いのだが……

そこはまぁ、ご愛嬌というやつである。

 

 

 

 

「………それにしても随分と……

 本格的な武器を使うんだな、君は」

 

「そうか?」

 

 

隣を歩くアランの問いに、俺は首を傾げる。

薙刀……いや、青龍刀、というべきだろうか。

かの竜の鍛治屋に頼んでいた武器は、そういった代物だ。

 

太めの長柄に、その先端には大型の黒い刃。

長柄には龍が巻きつくように金装飾が施され、そして全体に竜の鍛治屋、ホゥロウ曰く『竜の炎にも耐えられる』という強力な魔力耐性と耐熱性を保有した特別製だ。とんでもない名刀に仕上がったわけだが、困ったことに使い手が俺だ。

武器に対して使い手が貧弱すぎる。

 

 

「………」

 

 

ずしり、と重いそれは、だが坑道で振っていたつるはしより少し重い程度だ。振り回すのには何の問題もない。鍛治屋の外でエルトア流を全て素振りしてみたが、ザイルとの戦いで使った木製の槍となんら変わりない速度で振り回せた。

 

マナ循環とエーテル術も鍛えている。

とはいえどちらも齧った程度、本職の魔法使いには及ばず、マナ循環は最長で一分半、エーテル術も炎の発生はともかく操作が未だに覚束ない状態だ。

 

それでも、それなりには戦えるハズ。

 

 

「いや……そうだな、君の歳と見た目に

 引っ張られているだけかもな。本当に10歳か?」

 

「……本当は25って言ったら信じるか?」

 

「混血か?」

 

「うんにゃ……まぁ色々あってな。身体は年齢通りだ」

 

 

アランはふむ、と顎に手を当てて考え込む。

いつもの流れだ。

 

 

「……エルトリアの髪色でもない、

 それに顔つきも、エルトリアより極東の戦人顔だな」

 

「そうなのか?」

 

「あぁ。大陸の極東の人間の顔つきだ。

 その武器もだが……極東に思い入れでもあるのか?」

 

「……んー。そうかも、な」

 

 

確かに日本に思い入れがないわけでもない。腐っても前世の故郷だし、たまに組合の中で刀を持っている人を見れば少し興奮してしまう。おぉ、ってなる。

 

 

「にしても、極東か。

 いつか行ってみたいな」

 

「同感だ。僕も興味がある。

 今は何やら騒がしいみたいだけど、

 華の国というところには行ってみたい」

 

「華の国か……」

 

 

坑道にいた頃に聞いたことがある。

なんでも、道には色鮮やかな華々が咲き誇り、独自の文化を古くから受け継いでいるのだとか。それが日本に近いのなら俺とは別に転生してきたやつがいるのかもしれない。

 

それにすぐに死んでしまったが、奴隷の一人が華の国に一度行ったことがあり、その時に聞いた言語と日本語が似ていると言っていた人がいた。可能性はある。

 

だがまぁ、機会があれば、だろう。

それはそれとして、だ。

 

 

「さて……そろそろだな」

 

「あぁ」

 

 

頷く。

結論から言おう。情報は得られなかった。

 

複数人に幾らか金を積んだが、それでも「何も知らない」と答える者ばかりで、俺とアランは外に出た。もうそろそろ、夕刻になる。日が傾けば、もう戻らなければ。

だが。

 

 

「………情報は皆無だったけど、結論は出たな」

 

「その通りだ。可能性が一つ潰れた。無駄ではない」

 

 

アランが頷く。

可能性、犯人はスラムの者であること。

それは無くなった。スラムの人間の繋がりは城下のそれよりずっと深い。それでいて金で崩れるような脆弱さだ。簡単に掴めるはずだが、それでも駄目なら関係はないと見ていい。

 

 

「作戦はどうする?相手は魔法も使ってくるが、

 だからと言って僕らが使うわけにもいかないぞ」

 

「俺が屋根の上から直接追いかける。

 アランは路地から追跡してくれ。

 最初、相手に敵は俺一人だと相手に錯覚させて、

 戦闘に持ち込んだら多勢に無勢で一気に畳み掛ける」

 

「………もう考えていたのか。

 はぁ、本当に見た目以上なんだな……」

 

 

アランが俺の提案した作戦に苦笑いを返す。

これはアランが一度敗北したことを元に、相手の油断を誘う作戦だ。犯人は一度、アランを正面から相手にして撃退し、少なくとも自信がついているだろう。俺の見た目は十歳程、それで追いかけ回せば今回も撃退に移ってくるはずだ。

 

彼には悪いが、その経験も作戦に使わせてもらう。

それも分かっていての、苦笑だ。

 

 

「我ながら、情けないな。

 いや、こんな風に言えば君に悪いが……」

 

「気にするな。まぁ奴隷の人生なんて

 経験するもんでもないが、心身は鍛えられる。

 それでも、ガキなのは事実だ」

 

「………僕はもう、君を尊敬までしている。

 僕が君の立場なら、とっくに心を折られてるだろう」

 

「とっくに擦りきれて、折られる心も残ってない。

 それだけの話だ。正気のフリをしてるだけで、

 ずっと前から狂ってるのかもな、俺は」

 

「………」

 

 

沈黙。

そうだ。心なんてとっくの昔に折れている。擦り減らして、削り落として、そうやって生きるしか、方法を知らない。

悲痛な顔で俯くアランを、笑みを浮かべ横から見上げる。

 

 

「なんてな」

 

「は?」

 

「こういう冗談を言って、こうやって笑えるなら、

 きっとまだ正気なんだろうよ。大丈夫だ」

 

 

それでも、笑えるくらいは余裕があるから。

死んで、冷たくなっていないのなら、問題はない。

 

 

 

生きて苦しみ続けて、死んで解放される。

 

そんな生き方しか出来ないとしても。

 

 

死は、恐ろしいものであるべきだから。

 

 

 

 

 

 

 

空が、赤くなり始めていく。

 

外壁に重なろうとする陽光が、どうしようもなく眩しい。

 

 

 

 

 

 

 

沈黙と共に、俺たちは足を進める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────

 

───────

 

 

 

 

商店通り、夕刻。

アランにはスラム側の路地に待機してもらって、俺は通りの中央辺りで騒ぎが起こるのを待つ。

 

日の暮れと同時に各々の仕事も終わり、商店通りは安売りや夕食の材料を探す人々でごった返している。俺たちが通りに戻ってきた頃には、その中を進むのも難しいくらいの人々で溢れかえっていたが……まだ、犯人は出ていないらしい。

 

それに、なにも毎日出るわけでもないのだ。

今日に犯人が現れ、そして必ず事件を起こすわけでもない。それに小柄な体躯と獣革のフードが特徴とはいえ、それらも冒険者の装いとしては一般的なものだ。間違いなどあれば、それこそ迷惑をかけるだけになる。

 

 

「………」

 

 

それにしても、アランのやつ。

あいつは人が出来てる。家を捨てた自分も一杯々々だろうに他人の心配とか、尊敬するだとか、最初は気に食わないとか思っていた自分が恥ずかしい。あいつは、他人を思いやれる典型的な〝良い人〟だ。

 

今回も犯人を殺す、なんて言えば驚いた顔をした。

あいつからすれば些細なことでもないだろうに、傷を負い、それでも相手を恨んでいる様子はない。

 

 

「隣の芝は、いつだって青いもんだよな……」

 

 

そんな風にひとりごちて、俺は噴水の縁に座り込む。

 

俺からすれば、そんなあいつこそ尊敬できて、また羨ましい人間だ。他人を思いやるような余裕は俺にはないし、それに傷を負わせられた相手は憎み、絶対に容赦はしないだろう。俺はそんな優しい人間じゃない。

 

貴族なんて立場に甘えて、いつか堕落するだろう。

家を捨てるなんて選択はないはずだ。あいつも、自分なりの理由があるのだろうが……

 

 

「悩みがあっても言わないタイプだろうな、あいつは」

 

 

だからと言って、そこに踏み込むのも違うだろう。

友達として適度な距離を保ちつつ、それを聞けるくらいまで信頼を築いていけばいい。信頼できる友達はいて困らない。折角の縁だし、仲良くしたい。

 

 

 

さて。

噴水の縁に立ち上がって、少しでも高くから通りを見渡す。そろそろ暗くなってきたが人通りが減ることはなく、むしろ多くなってきている。光石の街灯の明かりがつき、そろそろ夜になろうか、という時間帯。

 

 

レイラには肉じゃがモドキを作り置きしているが、ちゃんと暖めて食べただろうか。自作のみりんと醤油、鰹出汁に似たものを使ってほぼ完璧に味を再現した傑作。

果たして彼女の口に合うのだろうか──────

 

そんなことを考えながら、通りを眺めていたとき。

 

 

 

「!」

 

 

ふと目に入った、獣革のフード。

聞いていた通り小柄な背格好のそいつが、通りすがった店のパンを物色しているのを見つける。店の主は他の客の相手で気づいていない。見覚えのある姿のそいつは、そして。

 

 

「あっ、こら、お前っ!!

 くそっ、誰か!!そのガキ、泥棒だ!!」

 

 

そいつが、ダッシュで逃げ出した。

店主が慌てて叫ぶが、そいつは人混みの中に向かっていく。

 

 

「あいつか……!」

 

 

石畳の上に飛び降り、全身にマナを回して走り出す。

 

 

 

 

逃がしはしない。

 

 

 

 

 

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