「逃がすか……!」
通りを駆け抜ける。
人混みを抜け、並ぶ出店の上へ跳び、家々の壁を蹴りつけ、同じように通りを疾走する敵を追跡する。
悲鳴と怒号が飛び交う。
こいつが現れてはよくよく起きるそれらも、今日に関してはより大きなものに感じた。それらを追い抜き、背中に感じて暗がりの通りの風を切っていく。
確かに、確かに速い。
普通に走っては追いつけない速度、これでこの人混みを雑に抜けられれば撒かれる。だが、地を蹴って壁に移り、そしてそこからまた人の少ない地に跳び移り、それらを繰り返せば追いつけなくもない。生憎と、パルクールは依頼の迷い猫を追いかけるので鍛えられている。
「────!」
「!」
ちら、と視線がこちらに向く。こちらに気付いたか。
だが何か妙だ。認識がズレる、というか……靄がかかる。
認識阻害の魔術だろうか。こうも正体を掴めないのはこれが原因だな。視線を合わせた、もしくは顔を相手に視認させる条件で発動しているのだろう。
石畳から壁へ跳び移り、ほんの一瞬、追い越す。
「捉えたぞ──────!」
「!!」
強く壁を蹴り、人混みを抜け石畳を走る敵に飛びかかる。
取った────────!!
「チッ……!」「っ、しまっ……!?」
「え!?な、なに────」
舌打ち。
同時に、飛びつく先に女の子が引きずり出される。
あいつ────身代わりを立てやがった!
「うぎゃあ!!?」「っ、ぐ!!」
何とか身をよじり、女の子を抱き止めて石畳の上を転がる。花のような匂いが鼻を突き、視界が滅茶苦茶になる。マナの循環で大した怪我も痛みもないが……くそっ!
こんな子供を盾にするか!?
女の子に代わり路地の壁に叩きつけられ、背に強烈な衝撃が走る。だがすぐに身体を起こし、周囲を見回す。
勢いを殺し、だがいつでも走り出せる体勢でそれを見ていたフード、その奥の視線と視線が重なって、再びそいつが地を蹴って走り出す。
盗んだものらしき果物なんかが地面を転がる。捨てたか。
「っ───!!」
歯噛みする。だが今、優先すべきは………!
腕の中で、コーラルピンクの髪の女の子が眼を開けた。
「おい、怪我はないか?
どこか痛むとこは?」
「えっ、え、あ……な、ない……」
「っ……ごめんな、怖かったろ。今度、お詫びはする」
女の子を離し、視線をフードへ向ける。
まだ驚きで状況が理解しきってなかったようだが、それらを逐一説明している時間はない。その頭を優しく撫でて、再びフードを追って走り出す。
「くそっ、逃がすと思うなよ!!」
流石に躊躇ったのだ、あいつも一度は走りを緩めた。そんなお陰で距離こそ広がったが、まだ撒かれてはいない。それに特に面倒な人混みは抜けきった、まだ人通りはあるが十分に足の踏み場はある!
マナの循環を更に加速させ、ギアが一つ上がる。
そこで。
「─────しつこい……!」
「!!」
フードから、お褒めの言葉だ。
一瞬振り向いたフードの下で、白い歯が剥き出されている。そうだ、圧はかけられているのだ。このまま体力精神纏めて削り取ってやる。
「……
「!」
魔法の詠唱……!
足を止め、フードの視線の先には住宅街。スラムの方向だ。屋上に逃げるつもりか。だが、ここまで追い込んだ。
ここで逃がしてなるものか。
風が振り上げられたフードの腕に向かって吹き荒れる。
魔石を使っている様子はないが……今はいい!
マナを循環させつつ、別のマナを足に込める。
風を纏う腕を地面に振り下ろし、フードが飛び上がる。
強く石畳を踏み込み、同じ高さにまで跳ぶ。
「な……っ!?」
「逃がさんぞ─────!」
驚きの声が届く。
それにそれだけ返し、フードの奥で再び歯が剥き出される。そして、その掌がこちらに向けられる。
─────まさか!?
「
その掌に風が収束し、乱雑に放たれる。
風の圧力弾。吹き飛ばされる程度でダメージはない。
だが─────ここは空中だ。
吹き飛ばされ、地面に叩き落とされては死ぬ。回避も防御も意味をなさない乱雑なそれは、今はただ純粋な暴威となって襲いかかってくる。
───────仕方ない。
「爆ぜろ!!」
同じように掌を向け、マナを通じてエーテルを活性化。
急激に力を得たエーテルが、意識に接続される。
燻る、だが燃え上がるような炎を、そこに投影する。
前方の空間に、灼熱の衝撃波が生じた。
ごうごう、風が鳴く。
住宅街、屋根の上に着地する。
風の砲撃を爆撃で相殺し、余波で吹き飛ばされるもどうにか屋根の上に着地できた。力を失うエーテルと風が吹き荒れ、遠く、遠くにフードが着地した。
こんな場所でエーテル術を使ってしまったか。俺もただでは済まないだろうが、死ぬよりマシだ。あんなのを食らっては道路を挟んだ向こう側の家に叩きつけられるだろう。それにまさか、相手もここまでだとは思っていなかった。これは、単なる泥棒ではないらしい。
「………ふう、ヒヤヒヤするな」
息をつく。
アランに傷を負わせたのも分かる。必死になったとき、その躊躇いが一切ない。自分の力を把握しきれていない、幼児の純粋さにも似た躊躇のなさ。それでも、後になって負い目を感じる辺り、こいつは恐らく子供だ。自分の起こしたことに後悔はあるはずで、迷ってもいるはずだ。
フードはこちらを見据え、腰から短剣を抜く。
俺も、背中の青龍刀を手に腰を落とした。
構えはしない。
力量差を見切られれば逃げられる。先の爆撃はミスだったが何度も連発は出来ない、そう思わせられたのなら良し、だ。とにかく。
「武器を捨てて膝をつけ。
それが出来ないなら、ここで仕留めるぞ」
「………──────」
警告し、一瞬。
その口元が動いて、追い風が吹く。
「「────────!!」」
強風と火花が舞い荒れる。
強烈な金属音、開戦のゴングが夕暮れの空に響き渡る。
疾風のようなナイフの一閃、それを逆手に握る長柄で受け止め、そして後方へと押し出すように弾く。それに抗うことなく、その勢いを利用してフードが大きく下がる。
屋根、三つ分は離れていた。
それを瞬きの間を見切って詰めてきた……
恐らくは、風の魔法で自分を吹き飛ばしての高速移動。
一歩でも間違えば明後日の方向に吹っ飛ばされる技。それを体勢を維持したまま攻撃に使ってきたのか。アランはこれにやられたらしい。そりゃあ瞬きを見極めて一瞬でこれほどの距離を詰めてくるとは思うまい。とんでもない出力と精度、本当にただの魔法か?それを為し得る技量もだが……
小細工、というには巧い。
踏ん張るにしても、こうも傾く屋根の上では難しい。地形は相手に利があると見ていいか。
「──────!!」
青龍刀を大きく振りかぶり、フードに躍りかかる。
目的は制圧、抵抗があるのなら痛い目を見て貰おうか。
「らァ!!」
「………っ!」
加減しながらも振り下ろした青龍刀を、フードはステップで回避。屋根が砂塵を巻き上げ、フードが動くより早く柄尻の刺突で追撃を仕掛ける。その構えで再度ステップを誘発し、狙いを定めて鳩尾を撃ち抜く。
「そこ!!」
「く、っ!?」
ヒット。ナイフの腹で受けられたが、受けきれまい。
マナ循環でギアを上げた膂力で、屋根上から突き飛ばす。
「っ、く……ぅ!!」
「落ちろ!」
路地に落ちるより先に、フードは対岸の屋根を掴んで落下を耐える。高さは一階分、このまま路地に叩き落としてやる。長柄を回転させ、屋根の石を柄尻で弾き上げ、フードを狙いその瓦礫を蹴り飛ばす。
「く……あぁ、っ!!?」
瓦礫がその肩に命中し、フードの手が屋根から離れる。
それを見て屋根を駆け抜け、俺も路地へ飛び降りる。
弱いな。戦い慣れしていない。
拍子抜け、というべきか。つまらない。
「っ、っ……あ、ぁ……っ……!」
「……」
向かいの壁を蹴り、勢いを殺しつつ路地に降り立つ。
落下に受身も取れなかったのだろう、石畳に叩きつけられ、フードは声を上げて痛みに
勝負は決した。
短剣もフードの手から離れ、路地に転がっている。
「………」
「っ……っ、っは、っ……!」
青龍刀を握ったまま、フードに歩み寄る。
それに気づいたフードは息を荒く、じたばたと手足を動かし抵抗しようとする、が、呼吸もまともに出来ていないのか、それは見るも哀れな、弱いもの。
青龍刀を背中に納めて腕をわし掴み、フードを剥がす。
「…………………ヨミ」
雪のような白の長髪。涙で潤んだ琥珀色の瞳。
上気した赤い顔、その顔立ち。
彼女と……ヨミと、
「………いや」
だが、違う。
本能的に分かる。彼女とは髪の長さも違う。
ヨミはショートカットくらいだったが、この女はロングだ。それにこの違和感。全く同じ顔をしてはいるが、別人だ。
ヨミじゃない。
「お前は………」
双子?
ヨミは家族のことについては全く口にしたがらなかった。
双子がいてもおかしくはない、が……顔つきは
兄弟でも、姉妹でも、双子でも、同じ顔の人間はいない。
だが、この女の顔は
クローン。
そんな単語が脳裏をよぎる。
有り得ない、とは言いきれない。ここは異世界だ、魔術での人間の複製が、在ったとしてもおかしくはない。複製された人間がいるのだとして、その利用としては恐らく………
「アルガリア!」
聞こえてきた声と足音に、我に返る。
振り返れば、アランが走ってきていた。その表情は険しく、アランは慌てたように向かってくる。
「……殺したのか?」
「いや、路地に叩き落としただけだ」
「………あぁ、そうか……」
なんだその『やりすぎだろう……』みたいな目は。
改めてフードの女に視線を向ければ、そいつも息を整えつつキッとこちらを睨んでくる。なんなんだよ。
「はぁ……とにかくお前、観念しろよ。
アラン、こいつどうする?」
「捕まえたのは君だからな。君に任せる。
………あまり酷いことをするなら、流石に止めるが」
「じゃあ、まずは教会だな」
「「えっ」」
声が重なる。
勿論それはアランとフードのこいつのものだ。
「え、俺なんかおかしいこと言った?」
「いや……その、なんというか……
僕の思った以上にまともなことを言うものだから、
少し、驚いたというか……」
「………………」
「えっ何?俺そんなに信用ないの?」
アランには割と酷いことを言われ、フードのやつからは目を逸らされる。なんでそんな異常者みたいな扱いされてんの?いやまぁ確かに異常っちゃ異常だけど。十歳で中身大人で、異世界転生者だけど。まともじゃないかもなぁ、とか自分で言ったりしたけど、流石に傷つく心は残ってる。
「その、なんだ。すまない」
「……まともじゃないかも、とか言ったの俺だし。
まぁ別にいいよ。あと、こいつ縛るから手伝ってくれ」
「あぁ、分かった。
悪いが大人しくしてもらうぞ」
「………」
そんなこんなで、追跡は終わりを告げたのだった。