教会。
その名前通り、一大組織〝教会〟の宗教施設だ。
組織としての教会、施設としての教会があり、これは施設の教会の役割について、だ。
しかし、この世界では前世の『病院』としての側面もある。とはいえ病気は専門外であり、主に怪我、そして〝呪い〟を専門とするものだ。
教会には治癒の魔術を修めた聖職者が一人は常駐しており、昼夜問わず訪問することで、傷の治療、呪いの解呪を行う。そのため、傷を負ったら教会へ、というのが常識だ。
ちなみに、軽傷では拒否されたり、傷の大きさに応じて金もかかる。ぼったくる聖職者もいるらしい。
今回向かったのは、アランがいた教会だ。
俺も世話になったことがあるうえに、そこのシスターは特に信頼できるし、治療の腕も評判だ。
「こんばんは。あれ、アルくん?
それに………えっ、アランさん!!?」
「…あ、あぁ……」
戸を叩くと、現れたのは金髪の可愛らしい少女だった。白い修道服に身を包み、あとかなり胸がでかい。そんな彼女は、アランを見てぎょっと驚いた顔をする。
ちら、とアランへと目を向けると、アランはバツの悪そうに苦笑いで視線を泳がせる。
「もう!夕方には戻ってくるように言いましたよね!?
それにその服、冒険者の仕事をしてたんですか!?」
「………その、すまない」
「お前今日は謝ってばっかだな」
「どうしてこんな夜まで出歩いたんですか!?
私、あと二日は安静にと言いましたよね!?」
「あ、あぁ……」
ぷりぷりと怒るシスターにアランは押され気味に頷く。
頬を膨らませるその姿は怒っていても癒される。かわいい。小動物のような愛らしさがあって和む。
「アルくんもですよ!」
「えっ俺も?」
「アランさんが一緒でも子供が
こんな夜まで出歩いてはいけません!」
「すいませんでした」
駄目だ正論すぎる。
急に矛先がこっちを向き、そしてハッとしたように、彼女はその大きな目を見開く。その視線は、俺の背中に。
意識のない、フードの女。
寝ているだけだが。人の背中で寝るな。寝息が首にかかってくすぐったい。
「怪我人です。シスター、お願いできますか?」
「っ、分かりました。こちらへ」
真剣な顔つきになったシスターが教会の奥へと走っていき、俺たちもそれに続く。そして、長椅子の並んだ礼拝所、その先にある小部屋に案内される。
アランのいた部屋と同じ、簡素な部屋。
俺はそこのベッドに、フードの女を寝転がせる。
「傷の場所は?」
「肩と背中、あと腹もです。拘束はそのままで」
「分かりました。拘束については後で聞きます」
傷の場所を聞いて、シスターは頷く。
拘束については深く聞くことなく、彼女は目を閉じて両手をフードの女に添える。すると、ぶわり、と風が吹く。
周囲のエーテルが、活性化するのが分かる。
「──────始めに光を、終わりに闇を。
生に光あり、死には闇あり。我は穢れを払う者」
詠唱。
だが魔法のそれではない。
〝秘蹟〟と呼ばれる教会独自の魔力術。
魔法でもなく魔術でもなくエーテル術でもないそれは、ただ信仰のみに依って発現するのだと。
「あるべき光を彼の者へ、あるべき闇は未だ無く。
裁き、赦し、禊ぎ、清め、そして払う」
周囲のエーテルが光を帯びる。
………ただの治癒の秘蹟と魔術の重ね技ではないな。
「我が壊し我が癒す。我が殺し我が生かす。
我が手に光あり、我が手に闇あり。
光の目覚め、闇の眠りをもたらさん」
じり、と魂を焦がされるような感覚。
痛みに似たそれは暖かく、そして冷たい。
「我が赦し我が裁く。
我が手を以て、あるべきでない暗き穢れを取り除く」
光がふわりと舞い上がる。
ゆっくりと、それは眠る少女の身体へ吸い込まれていく。
「祈りは此処に。休息は此処に。
其の穢れに釘を打ち、油を注ぎ、印を結ぶ」
ビリビリと肌が震える。
焼けつくようなそれは、だが、目の前の光景とは対照的。
光が、溶けるように少女の身体を包み込む。
「───────〝
光が、弾けた。
「ふ、うぅぅ………で、出来た……」
シスターはそう言って、その場にへたり込む。
汗が頬を流れていくのが見える。かなり疲弊したらしい。
しかし、今のは………
指摘するより先に、シスターが口を開く。
「かなり、強力な、呪いに、侵されていました……
はぁ、はぁ……どうにか、解呪、したので……
傷の方も、大丈夫、だと、思います……ふう、ふぅ……」
息も絶え絶えで、シスターは言う。
慌ててアランが駆け寄り、肩を貸して近くの椅子へと彼女を座らせる。……俺は、呆然とフードの少女を見ていた。
呪い。
通常の手段では治すことも出来ず、教会での聖職者の解呪を頼るしかないそれは、肉体を、あるいは精神を蝕むものだ。そして呪いは、高位の聖職者にしか認識出来ない。
違和感の一つもあったわけではない。俺でも分からなかったそれは、だが、どういったものだったのか───────
解呪のとき感じた、魂の焼けつくような感覚。
心臓の奥に、熱された刺を突き刺したようなそれは……
呪いが解けたという、喜ばしいものではないようで。
背中を、じとりとした汗が伝う。
────────それは、
答えは出ない。答えてくれるものはいない。
シスターは信頼できる。聖職者としての呪いの察知、それに治療と解呪の腕も見込んで此処に来た。呪いであるものが、呪いというものが、良いものであるはずもない。それでも、拭いきれないこの感覚は………一体、なんなのか。
いや、取り敢えずお礼を言わなければ。
「シスター、ありがとうございます」
「はい……少し、休みます。
魔力を、使い過ぎました……お二人は……?」
「………」
これから、どうするか………
俺はアランに視線を向ける。だが、彼はどうやらシスターが心配らしく、目を細めて彼女の背中を擦ってやっている。
言葉通り、マナ欠乏状態に陥っているようだ。顔色が悪い。
「アラン」
「ん……なんだ?」
「いや、なんでもない。
シスターを見ててくれるか」
「あ……あぁ。任せてくれ」
もし少女が目覚めて、驚いて襲ってくることがあれば事だ。それを危惧して頼むが、アランはどこか慌てたように頷く。シスターからどうするか聞かれたが、反応しなかったな。聞いてなかったのか?
こいつなんか様子がおかし………あっ、ふーん……?
そういうこともあるか?
「シスター、台所を借ります。
彼女の他に休んでいる方はいますか」
「え?えっと……いえ、今は、いませんけど……」
「分かりました。
夕餉は俺が作ります、今は休んでください。では」
「え、えぇ?」
返事を聞かずに部屋を出て、扉を閉める。すたこらさっさ。今世の俺は気遣いも料理もデキる男だ。きっと。
─────
─────────
一時間ほど。
多めに作った肉入りスープにパンを浸け、盆に乗せて台所を出る。教会の礼拝所は月明かりに照らされ、人の気配もなく静寂に包まれている。照らされた女神像の抱く赤子へと月の光が差し込む様は、信仰などない俺にすらも、その神聖さを感じさせる。
「………」
「おや、いい匂いだね。今日は何を作ったのかな?」
「果実酒に浸したリーブ肉のスープだ。
ダシは大花魚の骨を砕いて粉末にしたやつ──────
────────ってうおぉおあぁああああ!!!?」
悲鳴を上げて飛び退く。
びっくりしたスープがこぼれるだろうが!
台所を出たはずが、なんかレイラが真後ろにいた。
普段のやり取りすぎて気づけなかった。つーか台所にすらもいなかっただろお前。ひらひらと手を振って、レイラは腕を組んで首を傾げる。
「やぁ。今日は泊まりかい?」
「い、いや……帰るつもりだったけど……
お前なんでここに……」
「何事だ!!?」
奥の部屋からアランが飛び出してくる。後ろにはシスターも付いてきており、彼女は首を傾げる、が、アランはレイラを見てぎょっとしたように目を見開く。
「……レイラ・アルカード……!?」
「やぁ、ライラック家のご子息だね。
実家は大変そうだけど、こんなところで一体何を?」
「……その名は捨てた、僕には関係ない!」
「そうか。まぁそう怒らない。
私の目的はそれそこの、シスター・セレシアだ」
びくり、とシスターが肩を震わせる。
アランが一歩前に出て、彼女を庇うように立ちはだかった。なんだ?話について行けない、つーかなんだこの状況は?
スープが冷めるのだが。
レイラは敵なのか?いや、だが敵意はない……
だが相手はレイラだ、敵意などなくても一瞬で俺たち全員を殺すことは出来るだろうが、一体何をしに……いや。
「ま、待ってくれ。
レイラ、いや、主。一体何をしに此処へ?」
「仕事だとも。
ここで大規模な魔力行使があったから、
私はそれを確かめに来ただけだよ」
「え……は?」
「何もそんな構えることはないよ。
ちょっとした視察だからね、あはは」
アランは呆けたように声を漏らし、レイラが笑う。
確かに、魔法使いと同等のマナ総量を持つ聖職者の一人が、マナ欠乏に陥るほどの魔力を使ったのだ。そりゃあ何事かと確認に来るのもおかしくはないか。
「さて、改めて……騎士第三隊のレイラだ。
さっきの感じからして高位解呪の秘蹟かな?
かなり重症の者がいたみたいだね」
「あっ、は、はいっ。
ご心配をおかけしました、申し訳ありません」
「構わないよ。騎士団には私から報告しておこう。
随分と良いシスターがいる、とね」
「あ……ありがとうございます!」
顔を赤くして頭を下げるシスターに、レイラは笑みを浮かべ頷く。一瞬目を細め、その視線が奥の部屋へと向けられる。
どうかしたのか、と聞こうとして………
「すまない、その……一つ、聞いてもいいか」
「うん?なんだい?」
警戒を解ききらないアランが、レイラに怪訝な目を向ける。相変わらずレイラは笑みを崩さず、首を傾げた。
「アルガリアに『主』と呼ばれていたが……あれは?」
「あぁ、私が飼い主だからね」
「え、飼い主……って、ことは……」
「そういうことです」
口にせず、そう伝えた。
シスターが顔を曇らせ、アランが可哀想なものを見るような視線を向けてくる。まぁ見下されるよりはマシだ。
「………スープが冷えます。
主、この話はもう良いでしょう」
「そうだね、君の料理が冷めるのは損失だ。
シスター・セレシア。最後に一つ、良いかな?」
「は、はい。なんでしょうか」
ニコニコとした表情のまま、レイラが視線を向けた。それにシスターが頷き、首を傾げる。
「彼女にかかっていた呪いについて、
君は、どれほど知り得たのかな?」
「え?い、いえ、私は……」
違和感。
レイラがそんなことを気にするのか?彼女にとって、これはただの泥棒事件の顛末であり、些事に過ぎないのでは……
待て。
なぜ会ってもいないのに『
あのフードには、やはり認識阻害があった。
今は被ってこそいないが、レイラはフードに一度も会ってはいないはず。アランが髪色まで認識できたのは恐らく、偶然フードが取れて認識阻害から外れたのが原因だろう。
何故、その素性をレイラは知っている?
「私は、ただ強力な呪いだとしか……
それで、早急に解呪すべきだと思ったので」
「ふむ、そう、か……」
珍しく、考え込むようにレイラは顎に手を当てた。
やはり何かある。しかし、これは聞くべきなのか────?
いや、聞かねば分かることも分かるまい。はぐらかされればそれで良い、単なる興味という可能性もあるのだ。
「主、何か知っているのですか」
「何か、というと?」
「………その呪いに侵されていた者は、
今回、依頼を受けて追っていた泥棒でした。
それについて、私は知るべき理由があります」
「私の質問の答えにはなっていないね」
痛いところを突いてくる。
何か、と聞かれれば勘づいたことを言わなければならない。それは危険だと感じてわざわざ論点をズラしたというのに、やはり思考を読まれているのは確実らしい。
「ふふ、君は賢いからね。この件に関しても、
深く詮索すべきではないと気付いているんだろう?
それに、わざわざ負けると分かっている舌戦に
挑んでくるとは、よほど興味を惹かれたと視えるね」
「……………」
視える、か。
何もかも見透かされているのなら、構うものか。
事実、これは………ただの好奇心でしかないのだから。
「分かっているのであれば………」
「うん。全て分かっているとも。
そのうえで、私は言うべきでないと判断した」
「…………」
「何故、と聞くかい?
これは軍、いや、国家機密に関することでもある。
そして平穏を乱す、知るべきでない事実もあるのさ」
諭すように、いや、実際に諭されているのだろう。
レイラはそう告げて、口元に浮かべた笑みを深める。
国家機密、そして、平穏を乱す事実。
告げられたそれらは、確かに触れるべきではないものだ。
「分かるよ。事実とは、事実だからこそ隠されるものだ。
残酷極まりない真実より、嘘で固めた虚構の方が、
ずっと、そして、誰もが平穏でいられるのだからね」
………反論、出来ない。
それを知り、秘密を暴くことが平穏を崩すのならば、それは暴くべきではないものだ。そしてその言葉の意味としては、今のこの状況、国家機密という言葉から察するに、この国はその『嘘で固めた虚構』によって守られているのだ。
それは、触れてはいけないものだ。
けれど、何故か。
知るべきだと、そう誰かが、叫んでいた気がした。
嘆くように、哭くように。
知って欲しいと、呼ばれたような。
頭が痛む。
なんだ、これは。
呼ばれた?誰に?
いや、だけど、確かに、いつか───────
「そうか。そういうことか。
君は彼女に呼ばれて、ここへ来たのか」
顔を上げれば、レイラが驚いたようにそう言った。
彼女?あのフードの?いいや、それは違う。彼女じゃない。
俺が呼ばれたのは──────
靄がかかったように、記憶が薄れていく。
駄目だ、思い出せない……
「………ちょっ、ちょっと待ってくれ。なんの話だ?
さっきから……全く着いていけてないんだが」
「悪い、アラン。こっちの話なんだ。
レイラ、俺は──────」
「うん。それなら、知るべき理由があるんだね」
俺の言葉を遮って、レイラが頷く。
その冷たい微笑みに、僅かに、熱が帯びたような気がした。感情の色が浮かんだそれを、俺は初めて見た。
「………さて、シスター・セレシア、ライラック卿」
そして、レイラは二人へ視線を送る。
二人は突然の指名に驚き、身を固めた。
「明日、恐らく騎士団が尋ねてくるだろう。
この件について、そして彼女について。
黙っていて貰えるかい?」
「え?」「なんだと……?」
「これは、私個人としての頼みだ。
その報酬として、君たちの懸念───────
教会の維持費の融通、ライラック家の保護を請け負う。
無論、アルカード家の者としての力で、だ」
滅茶苦茶しすぎだろ。
二人は呆然と、恐らく、懸念していたことを読まれたことに驚いているようで。だが、慌てたようにアランが前に出る。
「待て!何故そのことを……!」
「貴族ならば、貴族院の一席である
ライラック家の苦境については最早周知の事実だ。
主柱を失い、後ろ盾を失い………そして、
貴族院の席を保つために家を離れた君のこともね」
「っ……!」
「私は貴族院の席については興味ないんだ。
それに、私の後ろ盾については知っているだろう?
私からも、ライラック家の保護を進言しておこう」
「……っ……だが」
「これは自分の問題だ………と?
それはそうだ、だから保護するだけに過ぎない。
君が家を取り戻し、再び周囲の外圧に対抗できる力を
手に入れることまでには、私は関与しない」
「……………何もかも、お見通しということか。
分かった…………よろしく頼む」
アランが諦めたように両手を上げ、降参を示す。
そういえばレイラも貴族だった。先もだったが、やはりこの女、舌戦に関しては絶対に負けないのだろうな。思考読みは反則だろうが……
「あの、私は……」
「他言無用、知らぬ存ぜぬを通してくれれば良いだけだ。
それが、彼女の身を守ることにも繋がるからね」
「………分かりました。
そうであれば、私も虚偽を貫きましょう」
「助かるよ」
シスターも頷く。
どうやら、これで話は纏まったらしい。
「アルガリア。
帰ったら、話の続きをしようか」
レイラの笑みには、やはり、感情の色が浮かんでいた。
ちなみに、スープは冷めてしまった。