「し───────ッ!」
風を切って振り抜かれる、居合いの形を取った一閃。
ガリアの剣術は耳にした程度だが、それらは速度を重視し、そして的確に敵の弱点を狙うものだという。確かに、成程。
アランの放ったそれは、完成された技だ。
居合いの構えをとる初動はともかく、隙がない。構えられた時点で反撃を確定する。居合いとはそういうものであるし、何より、その速度が異様だ。黙視では捉えられない。
だが、それだけに弱点は明確だ。
剣の軌道が分かりやすく、ましてや初撃で撃つはぶっちゃけ馬鹿だと思う。
「っ……!」
軌道を読み、大きく腰を落とした回避。
木剣はその白髪を掠めて空振り、低姿勢のまま、だが一切の速度も落とさず、少女が突撃する。
「「──────!」」
そうして素早く振るわれる木の小剣は、だが、引き戻されたアランの木剣に防がれる。
かぁん─────
そうした木刀同士の小気味良い衝突音が響き渡った。
「………光るところはありますけど、てんで駄目ですね」
「アルくん……ちょっと冷静すぎませんか……?」
溜め息混じりに呟いた俺の言葉に、シスターが青ざめた顔をこちらに向けた。この教会の中庭で繰り広げられてるのは、アランと白髪の少女……セブンの、木刀による模擬戦。
ルールとしては、両膝をつけるか倒れるかで敗北。
魔法、魔力の使用は禁止。怪我はシスターが治療する。
今回で四戦目、アランが二勝、セブンが一勝。休憩は与えず連続で戦わせている。どちらにも疲労が見えるが、しかし、アランの方が体力に余裕が見て取れる。
アランは、全体的に良質な戦い方をする。
姿勢、動き、呼吸、剣の振り方、どれもそれなり、といったところだろう。だがどれも中途半端、完成にまでは至ってはいない。それを、それぞれで補っているのは巧いやり方だ。
セブンは……その真逆だ。
どれをとっても、ピーキーな戦い方。一撃必殺を狙うこともあれば、少しずつ相手の精神力を削ろうとする動きもある。だが姿勢制御に関しては完璧だ。どれだけ無茶な姿勢でも、その柔軟さと重心移動で動き回れている。
どちらにも言えることだが、才能はある。
必要なのは経験の蓄積、いわゆるレベルアップだ。
相手の動きに合わせるのではなく、それを学び、そして己に活かす。彼を知り己を知れば百戦殆うからず、という言葉を実戦を以てこいつらの身体に覚えさせる、というのが今回の模擬戦の目的だ。ちなみにそれは伝えていない。
事実、一戦目で大勝したセブンは、二戦目でアランの防御を崩せずに敗北、三戦目は追い詰めたものの、体力差を見せたアランに再び敗北している。どちらも相手の戦い方を吸収し間違いなく成長している。
そして、見学している俺としても学びはある。
アランの型、セブンの動き、そのトレースは終えた。特別な技量は必要ない、身体動作で再現できるものだ。
ガリアの剣術も興味深い。エルトアの柔軟性に重きをおいた武術とはまた違った流派だ。ガリアで槍があまり使われず、剣が主流なのは残念ではあるが………
しかし、たまには剣を握るのも良いだろうか。
折角エルトアの剣術を学んだのだし、ホゥロゥにまた新作を注文しておこう。たまには木刀も振っておかなければ忘れてしまいそうだ。
「シスター、次、手合わせでもします?」
「えっ!?い、いえ、私は……遠慮しておきます……」
木刀を片手に取り、立ち上がりながら言ってみる。が、だがシスターは驚いたような顔をして首を横に振った。
そうして、木刀を打ち合わす二人を眺める。
「……傷つけ合うのは、あまり好きじゃありません」
「あの二人よりはずっと強いでしょう、シスターは」
「強さは誰かを守るものですけど……
同時に誰かを傷つけるものでもあります。
だから私は釘と金槌を棄てました。もう、ずっと前に」
シスターの声音は、少しだけ影が差す。
かん、かん、と木刀同士がぶつかり合う音が響いて、それに視線は向けたまま、互いに顔も向けずに語らう。
「勿体ないですね」
「私は、誰かを癒す者で在りたいのです」
高潔で、それでいて、謙虚だ。
力を持ちながらそれを振るわず、他のために在ろうとする。それは、たとえ偽善であろうとも、尊ぶべきものだ。
「それが貴方の信念なら………
勿体ないとは、失礼なことを言いましたね」
「いえ。それに、私情がないこともありません」
「私情?」
「あまり暴力的なところは、見せたくないんですよ」
ふふ、と微笑みながら言うシスターに、俺も笑う。
成程確かに、女の子であればそうだろう。教会のシスター、という立場にありながらも、彼女もまた一人の少女だった。力量だけに目を曇らせてしまうとは、反省、反省。
とはいえ、だ。
「……成程。ですが、それもまた強さです。
その信念を否定し、他者を害することでしか
在れない者が貴方を阻んだのなら、どうします?」
「話し合います。
同じ人間同士なら、理解し合えるはずですから」
「それは綺麗事、絵空事ではありませんか?」
「それでも私は誰かを癒す。
それが私だけの信仰であり、強さです」
「………」
驚いた。………正直、みくびっていた。
綺麗事、絵空事。そう言ったのは本心だ。それに対しても、それでも、と言葉を返し、その自我を己のものとして自らの信仰、強さと断言した。
信仰という形での一つの理想、その完成形のような人間性。
「お見事……流石はシスター。舌戦もお強いことで」
「これでも多くの人と関わっていますから。
………にしても、まるで司祭様と話しているようですね。
まさか、アルガリアさんとこんな話をするなんて」
「くっくく、それはそれは………疲れましたか?」
「かなり」
思わず笑いがこぼれ、それにシスターは苦笑を返す。
声だけでも分かる、げんなりした声音。それにしても、俺は最近の舌戦では負け続けている気がする。敬虔な信徒を少し試してみたくなって意地悪したつもりだったが、真正面から敗北させられるとは思わなんだ。
「なら……逆に聞いても?」
「なんなりと」
「アルガリアさんの強さ、とは……なんですか?」
強さ、か。
単純明快だ。悩む必要などない質問だ。シスターに言うのは憚られるが、こうも負けておいて虚偽を吐くのは良くない。木刀のぶつかる音を聞きながら、彼女に顔を向ける。
「ただ、敵を排除するためのものですよ」
「………」
彼女は、微笑んでいた。
否定されると思っていたそれは、だが、その微笑みだけで、言葉もなく返された。
「言い方の問題ですね。
教会のシスターとして一つ助言をするとすれば、
「では俺の強さはどう正しましょうか、シスター」
「それこそ、簡単ですよ」
シスターは微笑んだまま、告げる。
その微笑みは、その青い瞳は鏡のように、俺を映す。
「貴方の強さは、生きるため」
醜く歪んで腐り果てた、血肉の塊を映す。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い………気持ち悪い。
逃げるように、目を逸らす。
そして。
「が、っは………!?」
セブンの木刀、その柄尻が、アランの鳩尾を捉える。
短い絶叫、それに俺とシスターの視線が向き、アランはゆらと身体を揺らし、そうして、膝から崩れ落ちた。
「そこまで」
その瞬間に、試合の決着を告げる。
セブンはふふんと鼻を鳴らし、それをアランが憎らしそうに見上げて立ち上がる。
が。
「く、っ……ふぅ、はぁ……っく………
アル、ガリア……まだ続けるとは、言わないよな……」
「………っは、っ、は、あっ………しん、どい……」
「はっ、まだまだ体力は足りないらしいが、
お前たちの試合はこの辺で終わりにしておくか」
汗だくの二人が視線をこちらに向けてくる。
その様子を鼻で笑いつつ、俺は握った木刀で肩を叩く。まだ鍛えさせたいのは本当だが、二人はうんざりしているのだ。心意気もないまま求めたところで、結果は出ない。
「趣向を変える。
二人同時にかかってこい」
「「………………」」
二人はおぞましいものを見るかのような顔で沈黙した。あと拒否権はない。木刀を垂らし、その切先で地面を削り上げて二人へ向け、軽く殺気と土を飛ばしてやる。
「「!!」」
びく、と二人の肩が跳ね、瞬間的にそれぞれ木刀を構えた。反応は悪くない。これくらいの緊張感を保たねば、実戦ではすぐ死ぬことになるのだが。
「殴られたいなら動かなくてもいい。
シスターは治療したくてウズウズしてるようだぞ」
「捉え方おかしくないですか!!?」
「癒す者なのでしょう。役目を果たして貰うだけです」
「それは……そうなのですけど……!?」
シスターが渋い顔で慌て出す。
そして。
頭上からの木短剣の一閃を、木刀で受け流す。
「………ちッ!!」
「それで良い」
追撃の一撃を、セブンは空中で身体をひねって見事に回避。着地と同時に、素早く間合いから抜け出した。
そして、強くこちらを睨みつけてくる。
「………一発、殴られた分は返したかった」
「やる気があるようで結構。
ただ、その
「必ず返す」
「返せるよう
無口だが言うことは言う女だ。
お喋り好きなヨミとはかなり違うが、嫌いじゃない。そして最後に、アランの方へと向き直る。
それにアランは剣を抜刀術の構えに直し、腰を落とす。
「お前も、お家を守るつもりなら鍛練を欠かすな」
「っ、ふ……そのつもりだ。
機会があれば僕にも殴らせてくれよ、セブン」
「私が先だから」
「早いもん勝ちさ。覚悟しろよ、アルガリア」
「強めに寝かしつけてやろう。
夢でその機会とやらが見られるようにな」
悪い顔で笑うアランに、言葉を返す。
二人が木刀を構え、俺もまた、それに応じる。
────
───────
「7番って……お前、そりゃ名前じゃないだろ」
思わず、俺はツッコむ。
目を覚ました白髪の少女が名乗ったのは、型番としか思えぬ番号。だが、それでも彼女はその首を横に振った。
「それでも、私は7番」
「……」
二人きりの部屋で、俺は深い溜め息をつく。
ホムンクルス、そうレイラは言っていた。人造生命、或いは人のカタチを模したゴーレム。その雪のように白い髪と肌はそれを象徴するかのように、人の色をしていない。
「……」
七番は静かに、目を閉じた。
自分から何かを語り出す様子はない。落ち着いている、そう見えるが……内心は、さて。
三本、指を立てる。
「聞きたいことは3つ。
お前の素性、何故盗みを働いたか……それと」
「……それと、なに」
「お前と同じ見た目をした女のことだ」
「───」
やはりか。
一瞬、閉じられた瞼が動いた。何か知っている。
その瞼が開かれ、琥珀色の懐かしい瞳が俺を捉えた。そこに宿る感情は、だが曇って読むことが出来ない。
言葉を続ける。
「無理に答える必要はない。拷問するつもりもない。
だが、正直に話して貰えると助かる」
「それで、話した後は私を殺す」
「俺は雇われただけだ。
その依頼は強盗事件の解決、お前を殺すことじゃない。
要するに、お前が盗みを辞めればそれでいい」
「………」
彼女は沈黙する、が。
すぐにさっ、と顔を上げた。
「私が盗みを止めれば、貴方はお金が貰えるの?」
「そうだな」
「………」
金に食いついてきたか。
だが、それでは彼女が盗みを働いていた意味がない。盗めば金を払う必要はないだろう。ここですぐに盗みを認めれば、俺を騙してまた盗みに出られることも彼女は考えたハズ。
だがそれをせず、金に興味を示した。
養っている相手でもいるのか?或いは、他の………
いや、今聞くべきことがある。
「そろそろ、質問に答えて貰おうか。それと、
殺しはしないが下手な動きを見せれば攻撃する」
「………私はただの七番。それ以上でも以下でもない。
盗みをやってたのは、お腹が減ってたから。
あと、私と同じ見た目の人なんて私は知らない。
私は一人だから」
成程。
墓穴を掘ったな。二人、もしくはそれ以上。ヨミ、そして、この七番と同じ見目の女がいる。こいつは一人だが、しかし二人、或いはそれ以上で存在している。こいつ自身が独立し動いていると、それだけの意味を持つ言葉を吐いた。
そもそも七番の時点で意味はないが。
「嘘は見逃そう。
お前たちが頼れる者はいないのか」
「……」
「そうか。食糧が必要なんだな?」
「…………そう」
それは確からしい。
ふむ、金があれば食糧も買えるが、盗む方が早いと考えた。動機はそんなものだろう。盗んだ量から考えて、二~三人、それ以上は確実だろう。恐らく同じホムンクルスを庇いつつ食わせるため、盗みを働いていた、というところか。
「職を紹介してやる。盗みはやめろ」
「………何が目的?」
「事件解決以外に何がある。
条件は俺たちと一緒に働くことくらいか」
「……」
「夕方には終わる仕事ばかりだ。報酬は山分けだがな。
必要なら、今回の報酬で木箱二つ分の食糧がある。
それもくれてやってもいい」
悪くない条件を提示したつもりだ。
彼女は驚いたような顔で、だがすぐに表情を元の仏頂面へと戻す。平静を保っているつもりだろうが、割とすぐに表情が変わるのはヨミと同じだ。
「……分かった。でも、裏切ったら刺し殺すから」
「好きにすればいい。出来るものならな」
笑みと共に言葉を返す。
裏切る、その言葉の意味がどこまでかはともかく、こうして仲間が増えるのは悪いことではない。それに言えないことがあるのなら、言えるまで信頼して貰えばいいだけだ。
それが、いずれ知るべきものに繋がるはず。
……そう、慌てることはない。
ゆっくりと、だが確実に、道は辿っていけば良い。
『そろそろ話は終わったか?』
と、そこで。
ノックと共に、アランの声が扉の向こうから聞こえてくる。俺が彼女に視線を向けると、彼女は頷く。
「丁度話が纏まったところだ。入ってくれ」
『あぁ、分かった』
そして、扉が開かれてアランが入ってくる。
手には木刀が握られており、本人は首に巻いた手拭いで顔の汗を拭き取っている。
「そういえばお前、何してたんだ」
「見ての通り、鍛練だ。
君の強さを見聞きして、僕も鍛えなければ、と」
「良いことだ。あぁ、折角だ。俺が鍛えてやろうか?」
「へぇ、良いのか?」
「そこの……七番女と一緒にな」
「七番?」
顎で指し示し、またそれにアランが首を傾げて顔を向ける。そうだ、人の名前でないという話だったか。
「君、そんな名前なのか」
「名前じゃないけど、そういうもの」
「………名前は必要じゃないか?」
「いらない。私は七番」
「いや、それだと悪目立ちする。名前は必要だ」
首を横に振る七番に、俺はそう指摘する。
七番なんて呼び方は分かりやすいが、俺以上に奴隷のような呼び方だ。冒険者として働いて貰うにしても、名前は要る。彼女が断固として七番で在りたいのなら………
「セブンだな」
「セブン?」
「いらないって言ってる」
「セブンは七番目の意味だ」
「じゃあそれでいい」
「いいのか……」
セブンが仲間になった。