魔石というものは、魔法の力を宿している。
さて、そも魔法とは、だが。
魔導士の奴隷……
カレル曰く、世界に力を借りる技術なのだと。
この世界は、エーテルと云われる人間の身体にはない魔力が大地から溢れ、大気に満ちている。人間がそれを取り込むとマナという、取り込んだ人間に合わせて魔力が変化する。
『取り込んだマナを使い、世界に干渉する。
結果起きる〝事象の再現〟こそ、魔法なのさ』
『へぇ……』
カレルはそう言って、岩壁へ欠けたつるはしの刃で日本語を書き込んでいく。まるで授業を受けるようなそれは、しかし前世のそれよりはずっと面白い。彼も、かつては弟子を取りこうやって授業をしていたらしい。
『火、水、風、土。
正確には〝暖〟〝寒〟〝流〟〝固〟だけど、
魔法はこれらの特性に当て嵌めて使われている』
『だんかんりゅうこ……?』
『あぁ、火は暖かく、水は冷たく、
風は流れ、そして土は固まる。
これが自然の原理であり、魔法の起源だ』
地水火風。四大元素、というやつか。
なんだか難しいが魔法の属性には四つ、地水火風があると。しかし事象の再現とは、中々凄いことをやっている。だが、原理を考えると簡単そうにも聞こえる。
『じゃあ魔法を使うのは簡単だったりするんですか?』
『いや、そうでもない。
基本的には魔法を安定させるために
マナの干渉器が必要になるんだ。
それが、魔石といったエーテル生成物だ』
『ほー……つまり魔石が触媒になるってことですか』
『そうだね。
その他にも色々あったりするんだけど……
それ無しだと魔法が安定しない』
『安定しない、というと』
『暴走したり、そもそも魔法が発生しなかったりする。
手練れの魔法使いは触媒無しで使えたりするけどね』
凄いな。俺も目指そう、手練れの魔法使い。
そう考えていると、カレルはうん、と頷いて再び岩壁に字を書き出していく。
『そもそも、魔法とは神の業だとも言われる。
エーテルと呼ばれる魔力も、元は死んだ神が
地に落ち、そして大地と同化して溢れ出したもの、
なんて言われていたりするんだ。
再現とはいえ、引き起こした事象の制御は難しい』
『………神』
『うん。だからこそ、僕らには触媒が必要だ。
そして、才能も。こればかりは仕方ない』
やっぱり才能か。
カレルは息を吐き、手を止めた。
『君にも、才能があるよ』
『え、本当ですか』
『うん。特に……炎。暖の特性が、かなり強い』
カレルは最後に、刃を置いた。
そして俺を見下ろして、笑いかける。
『使い方は教えるけど、決してそれを人の近くで
暴走させることはないようにね。
君のそれは、周りのものを焼き尽くす劇物だから』
────
───────
「………」
この坑道に、墓はない。
崩落に巻き込まれてしまえば、死体すら出てこなくなる。
俺は手を合わせ、黙祷する。
カレルは坑道を崩壊させる魔法陣を見つけた最初の一人だ。俺たちの反乱のきっかけになるそれを見つけた彼は、しかし採掘中の崩落に巻き込まれて死んだ。
或いは、意図的に殺されたか。
どちらかは分からない。
ただ死者へ出来るのは、無念を晴らし、弔うこと。
何人も死んでいくのを見た。
瓦礫に潰され、鞭に首を絞められ、処刑され………
そして、自死を選んでいくのすらも見てきた。
だからこそ、俺たちに出来るのは足掻くことだけだ。
彼らの意思を受け継ぎ、そしてこのクソッタレな地の底から這い上がって、空を見上げて、彼らを思い出せるように。
「あたしたちは、生きないと」
聞こえてきたのは、隣から。女の声だった。
それはまだ幼くて、けれど凛としていて。
視線を向ければ、雪のように白い髪の女の子が、俺を真似て手を合わせ、黙祷していた。歳は、俺と同じ10くらいか。
彼女がそれを終えると琥珀色の鋭い切れ目が開かれ、それが松明の光を反射する。
彼女らしくない行動に、俺は少し驚いていた。
「らしくないな、ヨミ。
お前、誰かを弔ったり出来たのか」
「雰囲気だけはね。
まさかあんたがいるとは思ってなかったけど」
「だったら悪いな、付き合わせて」
ヨミこと、クローリクは大きな溜め息をつく。
その呼び方は、彼女の教えてくれた本当の名前だとか。まぁ信頼の証だろう。同世代は、俺と彼女だけだ。彼女もまた、俺と同い年とは思えないくらいには大人びているが。
ヨミは目を閉じると、小さく呟く。
「……汝、忘れることなかれ。
涙は生者の特権であり、死者には許されざるもの」
「急になんだよ」
「昔聞いた詩の一節。
あたし、これあんまり好きじゃないけど………
生きてる間は、好きなだけ泣いてもいいんだって」
ふざけた詩だ。
涙なんて弱さの象徴みたいなものなのに。
でも、俺はそれを鼻で笑うことは出来なかった。それを言うヨミの眼が、どうしようもなく遠くを見ているようだった。だから、ただ視線を逸らして、言葉を返す。
「俺は、泣くつもりはないけどな」
「……同感。
泣いたとしても、現実が変わるわけじゃないし」
「だけど、変わるまで、もう少しだ」
ヨミは、それに頷く。
彼女の存在は、坑道で死んだことになっている。だからこそ人知れず、坑道に穴を掘り続けて、遂に出口を見つけた。
俺たちはただ、崩れた坑道の一つを見つめる。
「涙は生者のために
そしてそれ以上に死者のために」
詩が、静かに響き始める。
汝 涙を流さぬことなかれ
汝 死を悼まぬことなかれ
それは苦痛となって苛む毒となる
汝 知ることなかれ
死の冷たさを 死の熱を
汝 生きて伝えよ
かの者は ただ使命を果たしたのだと
ただ、俺たちは、その坑道を見つめて。
墓ですらないそこに、けれど、この弔いが届くように。