奴隷から始まる異世界転生譚   作:青い灰

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2話

 

 

 

 

望んだわけではない。

 

もしも地獄があるとするのなら、それはこの世だ。

多くの生物が生き、死に、そして苦しみ抜くこの世界こそ、地獄なのだろう。そしてその精算すべき罪は、きっと。

 

 

……生まれてきたという、逃れられない罪なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「………ありがとう、ございました」

 

 

よろよろと立ち上がり、笑い声に言葉を返す。

吐き気がした。人の悪意に、その捌け口に。抑えようとした口元から、白濁が垂れ落ちる。しまった、と思うより先に、風を切る音が耳に届く。

 

 

「おっ、勿体ねぇなあ!!」

 

「っ……!!」

 

 

足元を、鞭が鋭く打った。

覚束ない足元は痛みに耐えきれず、また倒れ込んでしまう。更に二つ、風を引き裂いて、倒れた頭と背中を打ち据える。特に背中の一撃は、内臓がひっくり返るような重さ。

 

 

「っ、ご、ぼぇ、っ………!」

 

「あーあー、ゲロっちまったよ……

 なぁ……ちゃんと掃除しろ、よッ!!」

 

「!!」

 

 

頭を鞭で叩きつけられる、先と同じ重い一撃。

吐物の上に顔から突っ込み、更に食道を熱が上がってくる。咄嗟についた腕も身体を支えきれず、そのまま四肢を投げ、倒れ伏してしまう。

 

 

「ぉ、ぇ……っ」

 

「ははは………あぁしかしなぁ、

 やっぱ男のガキばっかり犯してもつまんねぇや。

 締まりはいいけど」

 

「仕方ねぇだろ。女のガキは二人とも死んじまったし、

 ちゃんとした女ならこんな塵臭ぇとこにゃ来ねぇよ」

 

「そりゃそうだがよ……あー、さっさと

 こんな仕事終わらせてエガルの娼館に行きてぇな」

 

「それまではこいつの口とケツで我慢しろ、ははは」

 

 

クソみたいな会話を聞きつつ、吐物を啜り直す。

数は三、鞭さえなければすぐに殺せる数だ。今なら魔法でも焼き尽くせるが、騒ぎが大きくなってしまえばすぐに相手も数が揃ってしまう。

 

今は、耐えろ。

あと今日まで、今日まで耐えるだけでいい。

 

 

「そういえば……明日だっけか?

 確か新任の第三騎士隊長サマが来るってのは」

 

 

………なに?

 

 

「あぁ、面倒だよなぁ。

 けどアレだぜ、とんでもねぇ美人って話だ」

 

「いいよなぁ、ちっ、騎士だとかいう身分でも

 どうせ隊の中じゃやることやってる癖によ」

 

「来るのは一人らしいぞ?

 全員で襲えばなんとかなるんじゃねぇか」

 

「ならお前一人で行けよ、

 腐っても騎士隊の隊長格だぞ、おれぁ嫌だね」

 

 

「…………」

 

 

これは、厄介な話を聞いてしまったか。

計画が狂う可能性が出てくる。今は情報を聞き出さねば……

 

 

「おっと、まだこいつがいたな。

 さっさと掃除しちまえよ、奴隷の数も足りなくなって

 こっちも苦労してんだ、さっさとやれ!!」

 

「っ……!!」

 

「足りなくなったのはお前の()()のせいだろ?」

 

「だったらおれのせいじゃねぇよ、はははっ!」

 

 

 

クソッタレが………

 

 

 

 

 

 

 

────

 

───────

 

 

 

 

 

「(日本語)計画は、このまま進める」

 

 

アニキに相談したところ、返ってきたのはその答えだった。俺は腕を組み寝床に腰を下ろしたまま聞く。明らかに危険、だが考えがないわけではないだろう。アニキは少しは悩み、だがすぐに決断していた。

 

 

「なぜ?」

 

「明日のことは全員に伝えちまった。

 これ以上引き延ばしちまえば士気が落ちる。それに

 クローリク嬢の逃げ道が見つかるのも時間の問題だ。

 それにお前、勘違いしてねぇか」

 

 

アニキの言葉に、首を傾げる。

 

 

「作戦は()()だ。

 お前、連中と正面からぶつかる気じゃねぇだろうな」

 

「必要なことでしょう。

 誰かが時間を稼ぐ必要がある」

 

「お前がやる気か」

 

「……魔法も剣術も槍術も、全て頭に叩き込みました」

 

 

言葉を吐き出す。

準備はとうに済んでいる。削り出した魔石の刃を振るって、奴らを一人残らず、生きてきたのを後悔するまで苦しませ、そして皆殺しにするために。

 

アニキは俺を睨み付け、だが、大きく息を吐いた。

 

 

「お前さん、別の世界から

 生まれ変わった、って話をしてたな」

 

「はい」

 

「お前の知識で、俺たちも何人か救われた。

 お前が苦しんだ前世とやらの知識でな」

 

「はい」

 

 

 

 

「………二度目の人生を、

 もっと良いもんにしたいとは思わねぇのか」

 

 

「そんなもの、とうの昔に諦めた」

 

 

 

 

吐き捨てる。

殺してやりたいくらい、どいつもこいつも憎くて堪らない。特にあの鞭を振るって豚のように肥え、俺たちを嗤う連中は生かしておくことは出来ない。死んでいい人間だっている。殺すべきものも、ある。

 

 

「お前さん一人に、何が出来るよ」

 

「今にでも魔力を暴走させれば、

 この坑道の一画にいる人間を残らず焼き殺せる」

 

「………あぁ、お前さんなら出来ちまうかもな」

 

「これでもか」

 

「それでもだ」

 

 

アニキはそれでも引かない。

大人しく話を聞け、ということなのだろう。

 

 

「お前さん、前世は………幾つで死んだ」

 

「15」

 

「若いな」

 

「生きるのが辛かっただけだ。

 アニキにとっては若くても、十分長く感じたよ」

 

「じゃあ、今は25か。若造じゃねぇか」

 

 

アニキはまたも、溜め息をつく。

その見目から察するに、恐らく彼は40か50くらいだろう

 

そして、そうだ。俺はただの若造だ。

でも、それに納得がいかない。あの頃とは違う。今の俺には力がある。前世でも今世でも、俺を馬鹿にして嘲り、そして失望していく奴らを、一人残らず殺せる力がある。

 

 

「お前さんは、自分にゃ力があるとでも思ってんだろ」

 

「あぁ」

 

「なら、クローリク嬢はどうだ。

 アンダルは? ゲルクは?」

 

「クローリクに魔法と剣は仕込んである。

 が、その二人は助けが要る」

 

「そうだ。誰が助ける」

 

「あんただ」

 

「人任せだな」

 

「俺が出来るのは殺すことだけだ。

 助けることは出来やしない」

 

「いや、出来る。さっき言ったろ。

 お前がいなけりゃ、助けられないやつがいた」

 

「だから?俺が逃げるとなれば、その二人を

 置いていかないって証拠でもあるのか?

 あんたが俺の何を知ってる?」

 

 

問答を繰り返し、目の前の男を睨む。

そんな知った風に言われるのが一番嫌いだ。そうやって皆、俺に勝手な期待をかけて失望していく。他人に期待することなんて、それそのものが間違っているというのに。

 

だが、彼は首を横に振った。

 

 

「お前のことは知らん。

 だが……生き急ぎすぎだって言ってんだ」

 

「なら間違ってるな。

 俺は、別に生きてるつもりはない」

 

「あ……?」

 

 

アニキは眉を寄せて声を漏らす。

下らないことに話が切り替わっている。話は終わりだ。

 

 

「勝手にすればいい。

 あんたも、やることがあるんでしょう?」

 

「………」

 

「俺は、もういいんです」

 

 

とうに、諦めている。

 

夢を見るような異世界転生?笑えるものだ。現実はこうで、やはり俺はどうしようもない人間で、どの世界も変わらずに他者を害して、そうやってちっぽけな俺を置いていく。

 

なにも変わらないなら、足掻くしかないではないか。

手に入れた力を振りかざして、俺もそうしよう。

そして、もしそうにもなれないのなら。

 

ただ、死ねばいい。

 

 

 

 

「…………そうかよ」

 

「えぇ。ありがとうございます。

 あなたには何度も助けられたから、感謝してます」

 

 

 

 

俺の命は、ここまででいい。

クローリク……ヨミは、強い娘だから大丈夫だろう。

アニキも、他のみんなも、一緒なら心配はないだろう。

 

アニキが、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

「明日は、頑張りましょうね」

 

「………おう」

 

 

去っていく背中を見送って、俺は息をつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

特別な人間になりたかった。

 

才能も力もない、ちっぽけな存在だったから。

 

周りに淘汰されて、いつか死にたくなって。

 

 

 

死ねたと思ったら、また、こんな人生だ。

 

 

 

 

ちゃんと、ちゃんと死のう。

 

綺麗さっぱりな最期なんて迎えられないとしても。

 

 

 

 

 

今度こそ、ちゃんと、死ねるように。

 

 

 

 

 

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