───────もし、人生に意味があるのなら。
人はそれを〝運命〟と呼ぶそれを、俺は嫌悪する。
俺の人生に、意味なんてないのだろうから。
「っづ……くそ、っ………!!」
切り落とされた右腕。
流れ出す血を、断面を焼いてどうにか止める。見上げる先にいるのは、黒い女。炎よりも赤い、血のような瞳が、静かにこちらを見下ろしてくる。
「はぁ、はぁっ……が、あ、ぁあぁあ……!!!」
向けられる冷たい視線。
全てが凍てつくような氷の世界。全身の魔力を解放する。
皮膚を突き破って顕現した紅蓮が、氷を破壊していく。
痛み、痛み、痛み。全て、力に変えろ。
残った左腕を振り払い、伴い放つ炎の衝撃波で薙ぎ払う。
「─────まるで獣だね」
けれど、届かない。
冷たい冷たい視線ばかりが、途切れることなく。
薙ぎ払う炎は、氷のバリアに阻まれて、届かない。ならば。落とされた右手から魔石の刃を拾い上げ、地を蹴る。
「が、アアッ!!!」
「────!」
暴走させた炎を、肉体から更に加速させる。
両断された腕から噴き出す炎で氷の盾を無理やり突破して、そのまま斬りつける──────と、見せかけ、背後へ。
炎の目眩ましを兼ねた奇襲。
背中を突き破る炎で全身を加速させる。
「──────!!」
「!」
魔石の刃は、包丁よりも小さい。
それを、受け止められた。全力の一撃は何度目か。この女は全て、受けたうえで避けることもしない。実力差は絶望的、だが、だが、それを俺は、認められない。
「今のは焦ったよ」
「ご────ッ!!?」
腹に、凄まじい衝撃。
次の瞬間、それが全身に広がった。
「が、っ」
背中から岩壁に叩きつけられる。
全身から力が抜ける、より早く、舌を噛み潰し意識を戻し、地面に降りる。周囲に、炎と冷気が衝突を繰り返す。
じゅうじゅうと蒸気を上げる坑道は、灼熱に包まれて。
「は、っ、は、っ………は、っ………!」
「苦しいのは当然だよ。これだけの魔力を
放出しておきながら、まだ立っているんだからね」
「ぶべっ……ふ、ぅぅぅ…!!」
噛み千切れた舌を吐き出し、呼吸を整える。
魔法の炎は酸素を消費しない。とはいえ、そろそろ限界だ。どこまでイカれているんだ、この女は。
鞭男の大半は殺して、奴隷も全員でないが、多くを逃せた。だが、ここで足止めしなければ、みんな殺される。アニキもヨミも、みんな………
「………詰まらない選択をしたね。
せめて私がいなければ、君たちは全員逃げ延びた」
「っふぅ、はぁ……本当だ………!
お前さえ、お前さえいなければ………!!」
「だけど、それが現実だよ。
君たちはただ、採掘を続けていれば良かった」
女の言葉に、苛立つ。
ふざけている。ただ座して死ぬのを待てとは。
「そのまま死ぬのを待てと……?
この坑道ごと、俺たちは使い捨てて生き埋めか!!?
ふざけるな……ふざけるなよゴミどもが………!!」
「………生き埋め?何の……」
「惚けてんじゃねぇぞクソアマが!!
坑道中の爆破の魔法陣……!!
気づいた連中はみんな死んでいった!!
あの豚どもも言ってたさ、使うだけ使えば
俺たちは一人残らず坑道とお仕舞いだってな!!?」
「………………」
まさか聞いていないのか?
女は眉を寄せ、こちらへの視線を更に鋭く尖らせる。成程、考えることを放棄したか?ならば都合がいい。俺もとうに、考えるのには飽きてしまったから。
女は、握る長剣をこちらに向けた。
襲いかかってくる強烈な冷気を、灼熱で押し返す。
もう、もういいはずだ。
「だが………君を放置するのは危険だ」
「黙れクソアマ。てめぇの死体になら教えてやる……
どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがる………!!」
「!」
もう誰も、誰もいなくなるように。
全身のマナ、周囲のエーテルを、全て暴走させる。
魔法術式励起、設置型魔法陣強制起動。
どこかで、爆発が起こった。
坑道全体が揺れ始める。
「これは、まさか───────!!」
「は、ははははははははははっ!!!
本当に残念なタイミングだったな!!!
さぁどうか、俺と一緒に、死んでくれ!!!!」
笑う、嗤う、嘲笑う。
高らかに。
あぁ、気分がいい。
どうしようもなく気分がいい。
あの豚どもの言っていた通り、かなりの美人だ。
そんな女と一緒に死ねるとは幸運だ。
「ハ、ハハハ、ハハハハハハハハハ!!!」
からだがあつい。たましいがあつい。
もえる。もえていく。なにもかも、もえていく。
もえていけ。なにもかも。
にくがふくれて、ほねがかたちをかえていく。
「これ、は……人間が、魔物に…………!!」
あぁ、あぁ。
ぜんぶ、ぜんぶ、しんでしまえ。
もえて、やけて、こがし、つぶし。
生まれてきたことに絶望しながら、死んでいけ。
────
───────
ただ、あたしたちは見ていることしか出来なかった。
走って、走って、走って、坑道近くの森を抜けて。
そこで感じたのは、強烈な地鳴りだ。
地震かと思うほどのそれに、奴隷の全員が同じようにして、振り向くことしか出来なくて。そして、同時に坑道のあった山が、炎に呑まれていく。
「……おかしい、魔法陣の魔法とはいえ、
あんなに威力があるわけねぇ……!」
「カレルの話じゃ10以上の爆発でやっと崩せるって
話だったはずだ、一体何が起きてるんだ!?」
岩山が、燃えるもののないはずの岩山が、赤に包まれる。強烈に嫌な予感がした。怖気と寒気が背筋を駆け上がって、あたしは慌ててアニキと呼ばれる男に視線を向けた。
「ねぇ、あいつは!!?」
「………クローリク嬢」
彼は沈黙し、こちらに一瞬だけ視線を向け、そして、それを泳がせる。凍てつくように思考が冷めていく。確かに、この現象を引き起こせるとするのなら、魔法陣にマナを流して、それからそのマナの特性をもって励起させなければ……
間違い、ない。
「なんで……置いてきたの?」
「…………足止めは、本人が言い出したことだ」
「でも、でも、こんな」
ありえない。
だってあいつは、泣くつもりはないと。
「だからって、こんな」
膝をついて、あたしは燃え上がる炎を見上げることしか。
──────俺の名前?あー……アルガリア。
適当言うなって……あぁもう分かったよ。
お前も教えてくれたわけだし、俺も教えるか。
いいか、誰にも言うなよ。
「……………アカリ」
あたしは、その名前を呼ぶことしか。
それだけしか、出来なかった。