痛み。それは生きているという苦痛の証左である。
故に俺は、苦痛を、生を、どこまでも嫌悪するだろう。
「…………あぁ」
ふと、呟く。
そうだ、また。
また、死に損なってしまった。
「……………」
ガラガラと崩れ落ちる岩と砂。
空には、暗い雲がかかって、ぽつぽつと雨を降らせている。足元に広がっているのは、おびただしい量の血痕。それすら洗い流すことも出来ない雨は、だが、降り続く。
だが、その血は人間のものとは思えない。
砂に混じったせいもあるだろうが、おぞましいほどに黒い。人に流れる血の赤、というべき色ではないのだ。
そして、もう1つ。
大きな血痕。これは、人間のものだろうが…………
「何が、あったんだっけ………」
記憶に霧がかかっているようだ。思い出せない。
ズキズキと痛む頭を両手で押さえ、俺はもう一度、上、空を見上げた。降りしきる雨は、呪いのように身体を重くする。それでも寝ぼけた思考が、ようやく覚めてきた。
「そうだ……みんな。
ヨミ、アニキたちは………?」
周囲に人の気配はない。
生きているのか?あの女は一人だと言っていたが、手下でもいれば、みんなの身が危ない。無事に逃げ切れたのか?
心配だ……
と、そこで。
「……裸じゃん、俺」
ようやく気が付く。
なんだか右腕がひりひりする気もする。着ていた、というか上から被っていたボロ布すらない。あってもなくてもあまり変わらない気もするが、これでは奴隷どころか変態だ。
「そういえば、あの女もいないな」
決着はどうなった?
俺は見逃してもらえたのか、それとも倒せたのか。あれだけ圧倒的な実力差があって、倒せるような気もしないが……
握っていたはずの魔石の短剣も、全身に無理やり埋め込んだ
魔石のストックもない。
………分からないことが多すぎる。
「………とにかく、行かないと」
まずはみんなを探そう。
ふらふらと、崩壊した岩山を下ろうと足を踏み出す。
「ぅあ」
足を滑らせた俺は、そのまま岩山の下まで転がり落ちた。
そしてそのまま、気を失った。
なんともまぁ、無様だ。
起き抜けだから仕方ないと思ってほしい。
「「はあ……?」」
そこに偶然訪れていた、二人の人影に気づくこともなく。
─────
────────
生き恥。
恥など生きるうえで幾らでもついてくるものだ。
それに耐えられるかは、さておき。
さて。
どうしてこうなった。
「銀貨6枚!」
「銀貨7枚だ!」
前世で競りを直接聞いたことがある。それよりは穏やかだ。とはいえ、熱狂といえる騒がしさ。眩しいランタンの下に、俺は裸で座り込んでいた。人身売買オークションとは、中々酔狂なものである。それを奴隷側から見ることになるとは、そしてまさか、なんとか坑道の奴隷から逃げ延びたのに。
俺はまた、奴隷になっていた。
俺が何をしたって……坑道を滅茶苦茶にしたか。残当。
あれで焼き殺したのも数人じゃない。それに鞭の豚どもならともかく、殺された仲間の死体も丸ごと炎で包んだ挙げ句、挙げ句…………確か、俺が魔法陣を起動したんだったか?
…………思い出せないが、恐らくそうだろう。
そういう悪果を断ち切るために死のうとしたのに、これではとんだ笑い者だ。結局、逃げ切ることなんて出来ないのか。
「銀貨9枚!!」
「金貨1枚だ!」
俺にそんな価値ないよ?
全く何を期待しているのか分からない。確か、坑道では銀貨一枚で椅子のような小さい家具一つくらい、だったか。まぁ代々千円くらいだろう。それが10枚分、つまり1万。
………人身売買で1万か、どれくらいなのだろう。
奴隷の相場なんぞ前世でも今世でも全く分からないことだ。はぁ、しかし飼い主が男に当たればまた……いや、よそう。
「金貨10枚」
「────────は?」
突然聞こえてきた言葉に、俺は声を漏らしていた。
全く同時に、会場が静まり返った。
聞き覚えのある言葉だった。
心の奥底から沸き上がるのは怒りよりも、ただ、恐怖。
血よりも赫い、凍てつく視線。
長い黒髪を揺らし、女がこちらへ向かってくる。
見覚えのある、いや、忘れるはずもない。
思い出した。俺はこの女に、片腕を斬り飛ばされたのだ。
「久しい、と言うほどでもないね」
女が、壇上に上がってくる。怖い。
「君を買おう」
やだあ。