赦される罪はない。
生まれたことが罪であり、生きることも、また罪だ。
それでも、俺たちはそれを知らない。
知ることもなく、死んでこそ罪を清算するのだから。
「まず、君の処遇についてだけど……自由にしていいよ」
「は?」
奴隷とはかけ離れた言葉に、思わず俺はそう返していた。
また働かされるつもりでいたのだが拍子抜けであり、そして何よりも困惑する。自由にしていい、と言われても困る。
人気のない空っぽの邸宅、その廊下を進む。
レイラが指を鳴らせば、壁にかけられたランプに光が灯る。薄暗い廊下は、窓から差し込む光もあり、一気に明るく。
「とは言っても困るかな?」
「………」
「まぁ、それもそうか。
私としても衝動買いみたいなものだし、
君のこと何も考えず買っちゃったんだよね」
やっぱり馬鹿なのではなかろうか、この女。
俺に意味をくれるんじゃなかったのか。
とはいえ、そうならば………
「仲間を探したい」
「探してどうするんだい?」
「………死に損なったことと、感謝を伝えたい。
それから、困ってるようなら助けてやりたい」
「そうか。なら、どうやって探す?
どうやって助ける?」
「自分で考えるつもりだ」
レイラはそれに驚いたような顔をする。
なんなのだ。言葉を詰まらせるとでも…………
見目が10歳だったなそういえば。
「君さぁ、ほんとに見た目通りの年齢?
エルトリアの血でも混ざってるのかい?」
「………見目通りの歳ではない」
「やっぱりか。幾つだい?」
「肉体は10、精神は25だ」
「成熟してるね」
「そんなことはない」
言葉を返す。
俺は賢くなんてない。ガキのままだ。
自分勝手で、我儘で、どうしようもない人間だ。
「じゃあ、私の力は必要ないかな?」
ふと、聞こえてきた声。
顔を上げれば、首を傾げ、微笑むレイラの顔があった。
美しさ、可愛らしさ半々みたいな造形の貌。
全く腹が立つような、綺麗な顔だ。
女だからいいが、こいつが男だったら嫉妬していただろう。それこそ殺してやりたいくらいに。事実、前はそうだった。こいつらが安全圏から俺たちを嘲笑い、そうしてあの坑道に沈める計画の首謀者だと思っていたからだ。
けど、多分それは俺の思い過ごし、勘違いで。
だから俺は、彼女に、謝らないといけない。
「一つ、言ってもいいか」
「なにかな」
………否は、自分にある。
自分勝手な怒りに振り回され、自棄になっていたのだろう。それを理由に何人も焼き殺しておいて………俺は。
今の自分の身を、少しでも安全だと思ってしまったから。
それは自分に余裕が出てきたことで。
俺は、あれだけ殺したことを、悔いているから。
傷つけたはずの彼女に、助けてもらったから。
「……許してくれとは、言わない。
あの時は、すまなかった………
いや───────────ごめんなさい」
だから、俺は頭を下げて謝った。
人の命に価値があったとして。
たった一つの謝罪で、何が救われようものか。
だとしても、俺はこれを言うべきだった。
「いいですよ。許してあげます」
返ってきた言葉は、声音も、何も。
レイラのものではない。
けれど、確かに彼女のものだったように思う。
顔を上げる。
ほんの一瞬だった。
腰まであろうか、長い黄金の髪を揺らす、少女がいた。
純白のドレスに身を包む姿は、まるで一国の姫だ。
血のような赫の瞳だけが、何も変わらない。
そこに映る感情は─────────
ただ、微笑みだけが、俺に向けられている。
それはすぐに消え失せて、レイラの姿に切り替わる。
彼女は背を向けて、横顔だけで振り返って。
その桃色の唇に、人差し指を当てた。
「特別だよ?」
狐に化かされたような感覚、とはこういうのだろう。
俺は、廊下を進む彼女を慌てて追いかける。
今の少女は、なんだったのか。
『特別』その意味はなんなのか。
いや………いい。構わない。
特別というのなら、追及する必要はないだろう。
なんとなく、理解は出来た。
彼女の斜め後ろに立てば、彼女は薄い胸を張って笑う。
なんだか満足げだ。
「手を貸してあげよう。
なにせ、私は今とても気分がいいからね」
赦されるべき罪などない。
けれど、彼女は俺自身を許してくれた。
罪は背負い、だが、少しは気を楽に出来た気がした。