「ほっ!」
「チッ……!」
手にした棍で足元を払う、が、レイラはそれを跳躍で軽々と回避、木刀を振り下ろしてくる。それを棍で受け止めつつ、素早く後ろに飛んで間合いから離脱する。追撃はない。
着地と同時に、棍を片手に握り直す。
「ふふ」
「!」
レイラの姿が一瞬、ブレる。
山勘で身体を逸らして、回避行動。鼻先を、振り上げられた木刀が掠めた。
「──────!」
反撃に移る。
棍の中ほどを握り、素早く薙ぎ払う。
「おっと」
余裕そうにそれをレイラの木刀が受け止める。
まだだ。
一歩下がり、呼吸を整えると共に、棍を引く。
「──────!!」
狙いを定めるは、喉、胴の中心、丹田。
腰を溜めず、どの体勢からでも放てる三連突き。
エルトア流槍術、第三式。
〝乱光〟
「─────っ、と!!」
一つ。
肉眼で捉えきれない速度の振り上げが、喉元を狙ったそれを弾き上げる。槍の穂先、いや違う、棍の先端が上へと向かい完全に逸らされてしまう、が。
槍の利点は、その長い柄にある。
弾かれたこと利用し、掌と指で弄ぶように棍を回転させる。
そうして逆手に握り直し、胴を狙う。
「!」
取った。
そう思った瞬間、がぁん、と硬い音が響く。
「ふふ……成程ね」
不敵な笑み。突きを放った棍は、氷の盾に防がれていた。
いや、防がれただけではない。
氷の盾は貫いた、だがその衝撃が吸われた挙げ句に、砕けた氷が再び凍結、氷の盾と不規則な氷の腕が、棍を絡め取る。完全に防ぎきられた。
いや、まだだ。
苦しくなる呼吸を抑え、棍から手を離す。
振り抜かれる木刀の一閃を、屈んで回避。
そうして懐に潜り込み、ガラ空きの胴体に掌底を放つ。
「っ……!」
「は、ぁ、っ……!」
一発、確かに入った。
だが息が切れる。不味い。呼吸を、整えなければ………
「が──────っ!!?」
腹に、強烈な衝撃。
吹き飛ばされ、視界がグシャグシャになる。
芝生の上を転がって、青と緑が回って、視界は一面の芝生に覆われた。………またか。あの時も、こんな感じだった。
「っ、げほっ、がほ……っ…!」
「古エルトア流槍術だね。あの坑道で習ったのかい?」
「っは、はっ、はあっ……そう、だ……」
足音が聞こえてくる。膝をつき、腕を立てて起き上がれば、レイラが木刀を肩に乗せて首を傾げてくる。どうやらこれで終わりらしい。息があがる。坑道でならばこの程度の動きで苦しくなることもなかったハズ。
だが、どうにも身体が重い……!
「辛そうだと思ったら、そうか。
生まれてずっとそこにいたんだっけ?」
「………あぁ」
「周囲のエーテルの変化に適応出来てないんだよ。
あの淀んだエーテル環境にいれば当然といえば当然だ」
エーテル環境の変化、か。
確かに空気は違う。だがしかし、それ以上に……
全身が怠い。まるで血に泥が混じっているような気分だ。
それに、意識が少し混濁してくる。
「王都のエーテルを取り込んだからだろうね。
あまり無理はしない方がいいよ。大丈夫かい?」
「……問題、ない」
「マナを全て放出してごらんよ、少しは楽になる」
マナを放出……淀んだマナが悪いのなら出せばいいのか。
ここは言われた通りにすべきだろう。
目を閉じ、視界を封じ、濁った意識を集中させる。
「…………ふ、ぅ、ぅ……」
全身に巡る力を、少しずつ、体表から抜いていく感覚。
一気に気分は悪くなるが、それを耐えながら、急速にマナを放出していく。
「おぉー」
レイラの声が聞こえたが、気にしてはいられない。
絞り上げるように、マナが枯渇するまで吐き出していく。
そして。
「………ぐ、う……っ」
その場に膝をつく。全身から力が抜けていく。
マナは人間の活力、エネルギーでもある。それのほぼ全てを抜いてしまったのだ。強烈な眠気が襲いかかってくる。
しかし、疲労感と眠気、倦怠感こそあるが、確かに少しだけ楽になった気がする。
「大丈夫かい?」
「あぁ……問題ない。少し、楽になったと思う」
「それなら良いけど」
歩き寄ってきたレイラが腕を組み、頷く。
そして意外だ、とでも言うような視線を向けてくる。
「にしても君、マナの量が多いね。坑道で
あれだけの炎を放出しながら戦えてたのも納得だよ。
しかもあれ、マナから魔法を使ってたみたいだし」
「……?
魔法はマナから使うもんじゃないのか」
「本来は、ね。覚えてるかい、あの戦い」
ウィンクしてレイラが首を傾げる。
あの戦い、というと坑道でのあれか。とんでもない冷気と、炎がぶつかり合って、殴打や蹴りでの打撃と剣術に翻弄され腕を切り落とされ………散々だった。
………そうだ。
レイラが幾つかは知らんが、あれだけの冷気を放出するのは彼女もやっていたことだ。相性で炎に押されていたとはいえ再度の展開も恐ろしく早かった。氷のバリアもそうだ、あの強度のバリアを何度も展開してきたわけで、当然、かなりマナが消費されているはず。
「なんだお前、天才魔法剣士とかそういうあれか」
「巷ではそう呼ばれることもあるね。
まぁ、種明かしするとズルしてるだけなんだけど」
「卑怯だぞ」
「ふふん、殺し合いに卑怯も何もないよ。
それに私を崩落に巻き込もうとした君が言う?」
「返す言葉もない」
「でしょー?」
殺し合いに卑怯も何もない、か。
すっかりこの異世界に慣れきって、いや慣れてるのかこれ。だが、他人の生き死にに興味がないのは元からだな。やはり平常運転だ。うん。
ニヤニヤ笑うレイラが、指を立てる。腹立つ顔だ。
「どう?教えて欲しい?」
「………教えてくれ」
「それが人に物を頼む態度かな?」
「ぐぬぬ」
「どうするのさ?」
「教えて……ください」
屈辱だ。
屈辱だが………軽口を叩けるほどには、余裕が出てきた。
レイラはにこり、と笑みを深めると、片手を持ち上げ、軽く拳を握った。殴られるのかと思ったが、レイラはそのまま、ゆっくりと手のひらを開く。
そこには、キラキラと輝く氷の結晶があった。
………?魔法ではないのか?
「これが君たちの使う魔法だ」
「あぁ……うん。だよな」
「さぁ、ここからが私の使うものだ」
君たちの使う、ということならばレイラが使う冷気はやはり魔法ではないのだろう。レイラは手の氷の結晶を握り潰し、目を閉じる。と。
「……!」
周囲の気温が一気に下がっていく。
これは、確かにあの坑道と同じ。またレイラの周りの空中にキラキラと光が瞬き、身震いするほどにまでの冷気が周囲を包み込む。そして、その輝きもまた、形を成していく。
幾つもの氷の剣が、レイラの周囲に浮かんでいた。
「………こんなものかな?分かる?」
「全く分からん───────あ?いや……これは……」
なんとなく、気がついた感じがする。
先と同じ魔法ならばここまで派手にする必要はないだろう。
それに、魔法の制御には〝形式〟が必要だ。
炎であれば〝火球〟、〝炎柱〟というように。
魔法を使うなら制御の簡略化された〝形式〟が要る。そうでなければ魔法の炎なんかを自在に使えるが、レイラがいくら天才であろうとここまで制御を完璧にこなせるはずがない。それほどまでに難しいのだ。
つまり、マナ干渉による魔法ではない───────?
「エーテルに、直接干渉してるのか………?」
「ほぼ正解、といったところかな。
君も無意識的に使っていたから分かるはずだ」
「使ってた、っていうと……」
そうだ。あの戦いの最中。
俺は千切れた腕を薙ぎ払い、炎を氷のバリアにぶつけた。
あれと同じだ。
「君も私と同じことをしていたからね」
「………確かに」
「答えを言ってしまおうか。
私はマナで周囲のエーテルを支配下に置いている。
エーテルの純度はマナよりも遥かに高い。
それを使って、擬似的に魔法を使うのさ」
つまり、マナではなくエーテルで魔法を使うということか。確かにそれならば魔力切れも起こすことはないし、高純度のエーテルなら魔法の威力も底上げされるだろう。あれだけの冷気を常に展開していたのも納得だ。
「これはエーテル術と呼ばれる秘術だ。
才覚こそ必要だけど、恐らく君は普通の魔法よりも
こちらの方が向いていると思うよ」
「…………」
周囲のエーテルを支配下に、という言葉。
俺自身が干渉器になることだ……じゃないが、さて。
恐らくこれが使えたのは、魔石を全身に捩じ込んでいたのが原因だろう。そして魔物化したことで干渉器としての特性を取り入れた感じではなかろうか。
この世界の万物は超高密度の魔力で形成されている。
ならば魔力の塊である魔石を肉体に取り込めば魔法の制御が出来るのでは、とか考えていたが、やっておいてよかった。成程、これならばマナの燃費もかなり軽くなるだろう。
「メリットは魔法の制御が自在に出来ること。
デメリットはマナの魔法より射程が短いこと、だ。
エーテル支配下から逃れてしまえば届かないからね」
「あぁ、確かに。
制御が完全に本体に依存するのか」
「そうだね、そして近接戦闘にはこっちが向いている」
自分の周囲にのみ支配エーテル場を展開しながら突っ込む。完成するのは歩くだけで周りを焼き尽くせる移動兵器だ。
それに耐えても武器で攻撃されれば堪ったものではない。
酷いなこれは。敵無しでは?無双ゲーか?
「だからこんなことしてるのか」
「まぁね。魔法使いもいいけど、
近接での戦闘術も学んでおいた方がいい。
君の槍術は発展途上だ、そっちも才がある」
「ん、そうなのか?」
「うん。だから今度はこの国の槍術も学ぶといいよ。
剣だったら私も教えられるんだけどね……
兵術書でも持ってこようかな」
「良ければ、頼む」
「うん、探してみよう」
そうして頷くレイラに、手を差し出される。なんだ?
「?」
「いや、いつまで座ってるのさ」
「???」
「ほら」
腕を掴まれ、レイラは俺を無理やり立ち上がらせる。
………あぁ、成程。立ち上がらせようとしてくれたのか。
「悪い。ありがとう」
「君ってば、まるで全てから見放されたみたいだね」
「……どういうことだ?」
「そのままの意味だよ。
頼っていいんだ、誰かに」
「………」
誰かに頼ってばかりな気がするが。
いや、違うな。誰かに迷惑をかけてばかりだ。アニキにも、ヨミにも、みんなにも………レイラにも。
俺のせいで死んだ人だっている。俺に殺された人もいる。
一人で、立ち上がるくらいはしなければ。
「………分かってる?」
「善処する」
「まぁ、いいよ。
きっと君も、理解しなきゃいけない日がくる」
レイラは、そう思わせぶりな言葉を口にする。
理解しなければいけない日、か。
何かを強制されるのは嫌いだ。
それを受け入れるしかないのだとしても。
いつか、他者に頼り、すがりつかなければならないときが、来るのだろうか。自分を捨て去って、他者の裾へ手を伸ばし縋りつくしかない日が、来るというのならば。
「その時は、俺が死ぬときだろうな」
「……ある意味では、そうかもね」
俺の言葉に、彼女もまた、笑みを返す。
どこか、寂しげな笑みだった。