奴隷から始まる異世界転生譚   作:青い灰

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8話

 

 

 

 

 

お玉で鍋をかき混ぜ、そして野菜と謎の肉が浮かぶスープを小皿に掬い上げる。肉は鶏肉っぽいあっさりとした感じで、だが豚肉ほどではないが、噛み応えと脂がある肉だ。

 

小皿を口に運び、味見してみる。

じんわりと広がるのは、まず甘味。隠し味ではないがほんの少し牛乳を入れて、野菜の青臭さも消している。謎の肉にも味はしっかりと染み込んでいる。うむ。

 

 

「…………ふう」

 

 

息をつく。

目頭が熱くなるのが分かる。俺の味覚は死んでいなかった。あぁ駄目だ。ヨミのやつに泣かないと言ったというのに。

 

というか彼女も元気にしているのだろうか。

…………まぁ、大丈夫だろう。見目以上に強い女だ。

 

 

「……」

 

 

とはいえ、流石に堪える。

大切な料理に涙やら何やらが入るなど言語道断。唇をぐっと噛みつつ、お玉でスープを掬い上げ、大皿に盛りつける。

トドメに潰した香草をさっさと振り、出来上がりだ。

 

 

「………腕は鈍ってなかったな。うん」

 

 

使ったお玉やまな板を水の溜まった桶に浸けておき、そんな片付けを進めながら、戻ってきた料理の勘に頷く。

食器にすら触れずに今世を生きてきたが、中々の自信作だ。あまりの旨さに涙が出そうになるほど。しっかし料理なんて本当に何年振りだろうか。

 

やはり、こういうのは楽しいものだ。

割と細かい作業が好きな人間だったが、数年も経った今でも勘はすぐ取り戻せそうだ。裁縫なんかも出来るだろうか。

 

 

「っと、冷める前に持ってかないと……」

 

 

鍋と二つの大皿を台車に乗せ、台所を出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

────

 

────────

 

 

 

 

 

「正直、料理がしたいって言うから

 興味本意で頼んでみたつもりだったんだよね」

 

 

小さなテーブルにつき、黙々と食事を終える。

この世界では食事中に喋るのは厳禁だ。俺が手を合わせて、心中で『ごちそうさま』と前世と変わらない挨拶をした時、彼女はそう言ってスプーンを置いた。

 

相変わらず笑みを絶やさない表情。

それは食事中も変わらなかった。口に合わなかったのか、と思ったが、食事中にはどうも聞けず、だが、今答えがくる。俺は身構えて椅子に座り直した。

 

 

「王宮の料理に負けないくらい美味しいんだけど?」

 

「えっ」

 

「私は今、君を買って良かったと改めて思っている」

 

「あぁ……美味しか「凄い美味しかったよ!」そうか」

 

 

なら良かった。

食いぎみに俺の言葉を遮る彼女は、まるで子供のようだ。

得体の知れない感じもあったが、今となってはそれもない。寧ろ、安心と同時に喜びが来たほどだ。

 

手ずから作った料理をこんなに満足げに評価されて喜ばない人間はいないだろう。それに何より、暖かな料理をこうして誰かと共有するのは、俺も久し振りだ。

 

 

「拙いものだったが、食べてくれてありがとう」

 

「これ食べないのは損失ってものじゃない?

 というか、お礼を言うのはこっちだね。

 私、料理とかしたことないから」

 

「今まではどうしてたんだ」

 

「前は給仕がいたんだけどね。

 ちょっと色々あって、今は誰もいないんだ」

 

「…………大丈夫なのかそれ」

 

「給仕より欲しいのが奴隷商に並んでたからつい、ね。

 その分のお金は、君が返してくれるんだろ?」

 

「あぁ成程……」

 

 

つまり、給仕を買いに奴隷商に来ていたということか。

そこで偶然にも俺を見つけて衝動買い。給仕に使う金は見事消え去った、というわけだ。この女、金遣いが荒過ぎる。

いや、計画性がないというべきか………

 

 

「二言はない。金は働いて返す」

 

「職はどうするのさ」

 

「探す」

 

「ふふ、その見た目で入れる職は早々ないよ?」

 

「それなら便利屋みたいなものを立ち上げればいい」

 

「強気だね。失敗したら?」

 

「その時は身体でも売ろう。

 坑道にも町にも物好きはいるだろうしな」

 

「思った以上に考えてるねえ。

 ただ、私の所有物の君が知らないうちに

 誰かと寝てる、ってのは主として嫌なんだよね」

 

 

ふむ。確かに、それはそうかもしれん。

主の所有物である奴隷だが、ある種のファッションのような可能性もある。奴隷の見目や仕事、技量はまさに主の品格、レベルの高さが見て取れるものだろう。レイラの言う通り、身体を売るのは最終手段だな。

 

だとすれば、やはり起業だろうか。

元手はないが、まずは何でも屋のようなものを始め、他者と縁を作っていく地道なやり方。失敗も危険もあるだろうが、これが一番確かな方法だろうと思う。

 

 

「さっき便利屋って言ってたね?

 それに近い職ならある。それも、君みたいな

 子供でも実力さえあればやっていけるのが、ね」

 

「と、言うと……」

 

 

顔を上げて聞き返した俺に、レイラは笑みを深める。

 

 

 

 

 

「─────────〝冒険者〟さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────

───────

 

 

 

 

 

 

 

冒険者とは、未開の地を探索し、魔物を蹴散らし、そうして遺跡に眠るお宝を見つけ、一攫千金を狙える、誰もが目指す人類の発展に必要不可欠である偉大な職業!

 

かつて、世界地図を描いたという探求王ベルンが作り上げたキャラバンが成り立ちであり、我ら冒険者はその意思を継ぎ世界を渡る、真の探索者となるのだ!

 

 

 

 

茶番────げふんげふん。

 

前置きはこれくらいにしておくとして。

 

…………実態はそれこそ〝何でも屋〟である。

迷子探しから家のお手伝いさんまで、何でもござれ。確かに魔物の討伐に遺跡や異界の探索もするが、それは実力のある冒険者にしか許されていないとか。

 

そして成り立ちの実際は、大戦乱期の終結と同時にあぶれた傭兵たちの徒党が、徐々に大きくなっていったものだとか。噂では、死んだはずの探求王ベルンに出会ったことで大きな成功を納め、今の巨大な〝冒険者組合〟という組織に至っただとか………まぁ色々あるのだろう。

 

 

 

さて、この冒険者という職。

 

なんと正式な職業らしく、組合に所属するだけで身分証まで手に入ってしまうのだとか。更に、冒険者組合がこの大陸の全土に支部を展開しているため、大陸全土へのパスポートが入手できてしまう。これは素直に凄いと思った。

 

貴族や奴隷が所属するのには面倒な手続きがいるらしいが、レイラも身分証は持っているため、それもすぐ終わるとか。

 

本来、騎士や役人なんかの王宮職に就いていると同時に組合所属は出来なくなり、身分証も効力を失うらしいが……

レイラ曰く『まぁ問題ないよ』とのことだ。

 

 

 

 

しかし、食事が終わったのは夕刻。

 

一日二食の文化、そしてその夕餉の終わりからは、不用意に外を出歩くのは危険とされている。レイラから屋敷の一室を貰った俺は、書斎から借りてきた本を読んでいた。

今日はもう寝て、明日、組合に案内してくれるらしい。

 

 

与えられた部屋は、綺麗に整えられたベッドと、窓辺の机。そして横長のタンスがあるばかりだ。

 

もうすっかり暗くなった。

前世でいえば夜の二十二時くらいだろうか。ランタンの火を消して、俺は本を閉じて机から立ち上がり、ベッドへと横に寝転がる。

 

 

「…………」

 

 

思えば、今日は大変な1日だった。

目が覚めれば奴隷商でオークションにされ、レイラが大金を出して買われ、移動して、それから戦闘訓練、料理まで。

 

色々あった、いや、色々ありすぎた。

我ながら、よく混乱せずに対応できていると思う。

 

 

「──────」

 

 

 

 

 

気になることがある。

 

ヨミたちの動向と、俺の転生について、だ。

前者は、今はどうにもならない。置いておこう。

後者もそうだが………考えるに越したことはない、と思う。

 

 

俺の転生には、何かしらの理由があるのではないか。

 

 

今世で、俺は親に会っていない。

気がつけば奴隷として坑道に居て、働いたのは覚えている。だが、それ以前の赤子としての記憶がない。自分の出生も、まだ謎のままだ。それにレイラも何か知っているようだが、教えてくれるような感じもない。

 

 

 

「………いや、いいか」

 

 

 

なんにせよ、それはおいおい考えれば良いことだ。

今は、久し振りのベッドでゆっくり眠ろう。

 

 

 

 

 

目を閉じれば、枕元に人の気配がした。

不思議と恐ろしくはなくて、寧ろ、安心する。

 

 

 

 

 

「──────────おやすみ」

 

 

 

 

 

声をかけて、だが、目を開けることはない。

 

 

 

 

「………はい。おやすみなさい、アルガリア」

 

 

 

 

返ってくるとは思ってなくて、俺は笑ってしまった。

姿形もない癖に、律儀なやつだ。

 

 

 

強烈な眠気が襲ってくる。

 

 

 

 

 

あぁ。

 

 

 

 

 

 

今だけは、ただ、ゆっくりと。

 

 

 

 

 

 

 

 

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