魔法使い♯ちゃんの世界最適化計画   作:ざし

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降雨実証実験

屋敷内全8名がそれぞれ独自に検証を行った結果、今回の雨はいつもとは違うようだという結論に達した。危険かもしれない液体に直接触れた()()()は現当主だけだったが、触れた指先の皮膚に特別な症状は現れなかった。

 

現当主はその後、副当主(お母様)前当主補佐(大叔父様)筆頭使用人(マチルダさん)からしこたま怒られていたので♯は親切心から危険物注意のマークを執務室の窓に貼ってあげた。

 

極めて分別のある理知的な紙の使用方法だったが、なぜか父親からは余計な事に紙を使うなと怒られた。反撃のため父親の書き損じを指摘すると、♯の部屋の暖炉から見つかった紙の燃えカスを示された。それからあの男は子供っぽい口論を展開してきたため、こちらは余裕ある大人びた人間性を示すような高度な反論をすることで勝利した。”字がヘタ”という単語が♯の口から8回以上出力された件については口論とは一切の関係がないことは重ねて主張しておく。

 

雨はその後20分ほどで止んだ。♯が()()()()()()()()が空を覆いつくすような巨大な雲ではなかったからあまり長い時間降らなかったのか、単に水呼魔法の限界の水量に達したからなのかは判断がつかなかった。

 

♯はこの雨を自分で呼んだとは強く主張しなかった。ほとんど確信に近い割合で水呼魔法の効果によって雨が降ったのだと思ってはいたが、それを自慢げに広めることはしたくなかった。

というのも…現代科学を知るものにとって()()()()()()()()()を検証したとして、それが追認されたときに自分の力だと誇れるか、という話だった。水の大気循環の知識は♯も一般常識として知ってはいたが、その理論を提唱したのも実験によって実証したのも♯自身ではない。改めて雨に関する実験の妥当性を追及すべく実験をすることはもちろん科学的に意義のあることだが、単に()()()()()()()()()()をしたところでそれを誇れるか、というと…。

 

それに、一番の問題は、実際に♯が雨を降らせた場面をまさか()()()()()()()()などとは思っていなかったという事だった。確かに♯は周りに人がいない瞬間を狙って呪文を唱えた。失敗した時のことを考えれば当時の状況的には賢明な判断だった。それに、近くには人がいないとはいえ、この家は中庭に面する窓が多い屋敷だ。次期当主である♯が魔法の練習をしているところを、こちらからは見えない位置から見張っている人間がかならずいると踏んでいた。少なくとも、過去3度の経験からほとんど確信に近い確度でそう考えていた。それが、()()()()()()()誰も見ていなかったという。あまりにも間が悪い。5歳の子供が歴史上最も大量の水を呼ぶ瞬間を、他の全人類はただ黙って無視し一切関心を向けなかったらしい。

 

これでは奇跡の起こし損だ。♯は次に奇跡を起こすときは人前でやろうと誓った。

 

つまり、♯以外のこの家に住む人間は♯の魔法によって雨が降ったとは到底考えられないと思っているということだった。

 

♯は母と相談し、出来るだけ早いタイミングで実証の場を用意することで合意した。

 

 

***

 

 

という事で次の日。良い日差しの元で真っ白なつば広帽子を被った♯はウキウキで外を歩いていた。

外、つまり屋敷の敷地外という意味だ。風は緩く草原を駆けていき、草花は青々と輝いている。近くには幌をまとった荷車が止まり、水源ではなんかしらの動物が水を飲んでいる。

 

中世ヨーロッパ風異世界にいなければならないはずの奇想天外な乗り物動物には未だ出会えていない。荷車は母親が杖を持ちなにかを唱えると勝手に街道を進んでいった。使用人さんが恐縮そうに(かつありがたそうに)している所を見るとおそらく労働によく使われる魔法なのだろう。勝手に進んでいく乗り物がなぜ♯の良く知る()()()()と同じ形状で、なぜ回転軸や車輪などという複雑な部品がついているのかという疑問は果たして聞いても良いものなのだろうか。やはりそもそも前提として、魔法は実際は()()()()()()()()()()?と♯はまたしても少し疑ってしまった。

 

そんな好奇心を脇に寄せて状況を俯瞰してみると、♯達一同は今、屋敷から離れ平原を進んだ先の川まで来ていた。この辺りは家屋も放牧もほとんどされていないが、植物に飲み込まれずに平坦な土地が広がっている場所だ。標高が高い訳でもない平坦で水を引きやすいこの土地がなぜこんな形で残されているのか♯には分からなかった。

 

こういう場所は空が開けているため、雲の動きが良く見える。雨を降らせる実証の場としては最適だろうと母親が選択した場所だった。♯自身もそれに同意だ。これで、昨日突然降りだした謎の多い雨が本当に水呼魔法によるものなのか、それとも単に偶然によって引き起こされたものなのかの判断を付けることが出来る。

 

「もう始めて良いですか?」♯は隣の母親に向かって言った。

 

「とってもご機嫌ね、でもちょっと待って頂戴。もう少しでテントが建てられるから。」

 

「はい!」

 

実際、♯はご機嫌だった。今世では外出の機会はほとんどなく、ここまで遠出したことは初めての経験だった。屋敷のある街から離れると穀倉地帯が広がっていると聞いていたが、その規模は♯が想像していたよりもずっと小さいものだった。

人口がそこまで多くないことが理由なのか、魔法によって収穫量を増やす手段があるのかは謎だったが、外国の映像にあったような()()()()()()小麦畑という光景には及ばない程度の規模ではあった。もしかするとこの世界の穀物は成長が早く連作が可能な種なのかもしれない。土壌が枯れるといった心配など一切しなくとも良いのかもしれない。この世界の植物の成長の事を考えようとしても、どうしても前世に信じていた()()()()()()が脳裏にちらついてしまう影響で深くまで考えることが出来ないでいた。

 

他には、来た道の方を振り返り屋敷のある街の方を見ると、地平線が薄っすらと青緑の光を放っているように見える。

暇そうにしていた父親にさっき聞いたところ、あの光は領地守護のための()()()()だという。莫大な大きさの真半球状の結界が領地全体を覆う形で存在し、内部を外部から保護するという。結界は中規模の耐刃、耐衝撃を内部の存在に与えるようで、この魔法が発明されて以降はこれを守ることは当主家の責任となっている。

この結界は内から外へ出る場合ほとんどの作用を及ぼさない一方、外からの侵入は()()()()()からのみ行う事しか出来ない。特定の場所とは、当主家が管理する境界面の街の中心部、他領と広域結界の境界面の接する位置に広がる()()()()と呼ばれる数十メートルの半球状の結界が敷かれた場所である。この結界は領地の広域結界を()()()()()()()()()ため、侵入を禁ずるという広域結界に穴を開けることが出来る。この回廊結界によって他領との交流が行えるらしい。このウィッケンハイザー領内では境界面の街は3つあり、街のそれぞれを父のいとこや大叔父様の孫などが治めているという。

 

確証のない表現をしているのは、全てこの暇そうな父親が喋っただけの事であり信憑性が薄いためだった。

まあ、領内を治めるウィッケンハイザー家当主という職種についているためこの手の話題にはある程度の信憑性はあるが、こいつは気を抜くとすぐに()()()()()()()()()()()()()()()()()()がある。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

他にも、()という存在も♯の興味を強く惹いた。この世界の雨が()()かつ()()だとしたら、川に流れる飲用可能な水は一体どこから現れているんだ?地球の常識では飲用可能な雨が山に降り注ぎ地下に流れ込む間に濾過されたものが湧き出しているものが川の源流であるはずだ。

雨が危険物であり生き物の肉を溶かすのなら、川に流れる水もある程度その特性を引き継いでいなければならないはずだが、この世界の川はなぜかそうではなく水は飲むことができ水浴びが可能だという。

 

山に降った危険な雨が全て地表化で濾過され安全な水だけが川に流れ込んでいるのか?全ての雨粒は無毒化されるまで地表下を進まなければ川には合流出来ないとか?もっともらしいとはとても言えない仮説だ。

 

「♯ちゃん。そろそろ始めましょうか?」と母が遠くで言った。

 

♯は手をあげてそちらに向かった。母の言う()()()とは、もちろん雨を降らせるための魔法の詠唱ではなく、危険な方の雨が降ってきた時に体を守るための準備だった。

 

 

***

 

 

♯は杖を空に向けて構えた。その♯の体は使用人さんのマチルダに抱えられている。雨が地面に跳ねて♯の足元にかかる事を防ぐための措置だ。♯は自身だけ守られることに難色を示したが、マチルダが着用していた雨から守るための靴と長ズボンを示されて納得した。

母が建設の監督をしていたテントは5台の荷車をつなぎ合わせ大きな一つの床とし、その上に巨大な水を弾く布を被せられたものだった。テントという表現で勘違いしていたが、地表に設置するわけではないようだ。確かに雨から身を守るための装備なら地面に設置するような構造にするはずがない。♯は自身の常識を()()しないようもう一度戒めた。

 

マチルダはテントの端ギリギリに立っている。♯が魔法を唱え終わった瞬間にテントの内側にすぐさま入れる位置だ。その後♯は荷車の上に立っている使用人さんに抱えられテントの中央部分に運ばれるという。人間ではなく完全に()()()のような扱いだが、この家の使用人達は全員♯の事を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと思っている節がある。まあ、しょうがない。

 

♯は抱えているマチルダを見た。「始めてもいいですか?」

 

マチルダはテントの中に目をやった。♯も同じ方向を見ると母が大きくうなずくのが見えた。

 

♯は空に構えた杖と、その杖の先に広がる雄大な空を見上げた。空にはいつも通り薄い雲がかかり、陽光を乱反射させながら地表へと届かせている。

 

♯は緊張することもなかった。ここ1週間いつもしている魔法練習を人に抱えられながら行うだけのことだった。

 

ということで、♯は気軽に水呼呪文を唱えた。

 

***

 

数十秒後。

 

ウィッケンハイザー現当主は荷車の上から転がり落ちる寸前の態勢で息をあえがせて、ようやく動いた口で叫んだ。

 

()()()()()()()()!!

 




今話少し短くて申し訳ないです(切る場所がなかった)
次話は明日の18時です。
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