魔法使い♯ちゃんの世界最適化計画   作:ざし

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「魔法使い♯ちゃんのママとおでかけ」編
優しさについて


「依頼?」母親が父親に向かって尋ねた。「ああ、この間に受け取っていた手紙ね。状況が変わったの?」

 

「ああ。ストックウェル子爵からまた手紙が届いてね。少々厄介なことに…」

 

時間は夕方、執務が終わり夕食までは多少時間のある短い団欒の時間だ。

♯は読んでいた本から目を上げる気は全くなかった。父親が魔法の知らない♯から()()に隠していた本の中にはあまりにも重要な数々の知識の載ったものが大量にあった。非常に雑な推量でも今まで♯が見ることのできた書斎にある本のおよそ5()()の本がある。屋敷の書庫にも重複はあれど同じくらいの規模の本が保管されているという。

これまで隠されていた本はかなりの量になる。読み切るためにはおそらく数年はかかるだろう書籍の量だ。それを()()()()()()()()5()()()()()()()()()らしい。

 

♯は出来るだけ自分の脳に、父親を()というカテゴリに振り分けしないように要求していた。気を抜くと()()()自分の脳はあの男を敵だと判断してしまう。理性的な部分を担当する方の♯は、あの男と敵対関係になることによる不利益を数えることで本能の部分に対抗しようとしていたが、本能の部分を担当する方の♯の「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」という主張に押されつつあるようだった。

♯は脳内で争っている♯たちのせいで文章が頭に入ってこないことに苛立ち、黙れという思念を脳に送った。せっかくこの本_世界の成り立ち-隠された真実と確信せざるを得ない証拠_に書かれた、この世界は巨大な亀の甲羅の上に作られた場所だという主張の根拠を知ることが出来るところだったのに。

 

父と母の会話がまだ聞こえてくる。

 

「分かりました。明日の午後には発つようにしますね。」と答えるのは母親。

 

「いつも本当に申し訳ない。」と後悔の混ざる声を出すのは父親。「君の相手ではないとは思ってるけど、戦いは本当に何があるか分からない。お願いだから自分の身を第一に考えてほしい。」

 

「いつもそれね。」と母親は言って、安心させるように父親を抱擁する。「心配ありがとう。でも大丈夫よ。野良の魔術師程度に負ける実力ではないことは分かっているでしょう?」

 

♯は思わずその言葉に注意を奪われた。「なんの話ですか?野良の魔術師?」

 

両親は揃って口をつぐんだ。母は()()()()という顔すらしている。

 

「お母様、どこかへ出掛けるんですか?」

 

「ああ、うん。領地経営の都合でね、少し隣まで買い物に行って貰うんだ。」その質問には母ではなく父親が答えた。

その様子に♯はさらに不信感を持った。「()()()()。」

 

「いや、♯ちゃん。懸念には及ばないよ。なにも問題は起きていないしこれからも起きない。」

父親は焦ったような声で言い募る。もし♯に今の一連の会話を無視して欲しくないのなら、その目論見は完璧に成功している。

 

要するに、()()()()()()()()()()()()()ということだ。そしてこの家の副当主であるセレスティア・ウィッケンハイザーは♯の母親であると同時に、この領内の単騎最大戦力だということを♯は思い出した。

 

「お母様が誰かと()()んですね?」と♯は母親に向けて言った。「一人で?」

 

母親は笑って首を振った。「どうやっても護衛を連れずに外には出せないそうだから、一人で行くわけじゃないわよ。」

 

「まさか、二人で行くんですか!?」

 

父親が頭を抱えるのが見えた。絶望感を表現するための彼なりの動作だろう。外出の理由を素直に♯に伝えてしまうのは父親としては都合が悪いらしい。♯はそんな事情など知ったことではないので単に無視した。

 

母はもう一度首を振った。「護衛は最低二人と言われているから、三人で行くつもりですよ」

 

()()()()()()()()()()()()」と♯は爆発した。「危険です!中止してください!中止!」

 

「中止?でも、もうストックウェル子爵から正式な依頼が届いているのよ。」

 

「それは()()()()()()()()()()()()にはなりませんよ!断ればいいじゃないですか!」

 

父親が首を振る。「いや、最初の連絡の時点でこちらとしては依頼があれば受けると言ってあるんだ。」

 

♯は非常に(かたく)なだった。「事情が変わったと説明すれば良いでしょう!」

 

男はもう一度首を振る。「いいや。ここで断れば政界のパワーバランスにも影響が出る。それは出来ない。」そして腕を組んで♯を見た。冷徹な領主の顔をしている。「逆に聞くが、なんで♯はそこまで頑固に母の出立を拒むんだ?一応説明しておくが、セレスティアは国内有数の実力者だ。」

 

♯は顔をしかめた。「実力者だから()()()()()()戦場に送り出しても良いと?本気で言ってますか?」

 

領主は息を止め、父親の顔に一瞬戻った。

 

♯はなおも続ける。「それに、想像してください。もしお父様が自分の家族や親しい人から、戦地に向かえと命令され…」

 

「シャロン。」と母がそこに割り込んだ。「お父さんをいじめないであげて。」

 

「でも……」♯はそこで立ち止まった。母親から制止されると♯としてもそれ以上は言えない。

 

「もとは、私の方からの提案なのよ。お父様がむりやり私に押し付けている訳ではないわ。」母は優しげな笑みで♯の頭を撫でた。「シャロン、聞いて?今のあなたの気持ちはとても大切なものだから、大事にしなければいけません。けれど、一歩立ち止まって考えてから口に出す練習もしましょう。あなたも、よく考えれば当主であるお父さんがその妻に非情な命令をこんなに軽々しく頼むとは思わないでしょう?」

 

♯は目を落とした。確かに言われてみればその通りだ。少し考えれば父親はそんなに愚かではないということはすぐに思い出せる。じゃあなぜ、さっきはそう考えられなかったのか…

 

それは、♯が違和感に気づいたときに父親が行った()()()()()()()に勝つすべを見つけたからだ。勝利という()は♯の脳に深く刻みこまれ、それが手に入れられると脳が気づいたとたん、明晰な頭脳などという幻想は頭の中からかき消されてしまう。勝利のためだけに脳が働くようになってしまい、背後にある()()()()()についてまともに考えられなくなる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

♯はそのことを知識としては知っていたが、自覚する事は今までなかった。自分の認知の歪みに気づく時は大抵最悪の自己嫌悪に陥るのだが、今回も例に漏れずそうなった。

 

「あの…お父様。ご、ごめんなさい…。」♯は震えながら頭を下げた。謝罪のパフォーマンスとしてではなく、本心からのものだった。「お父様の立場とか、そういう重要な要素を見落として_」

 

そこまで言ったところで再び♯は口を止めた。父親がかなり焦った様子で椅子から立ち上がったのだ。「違う。お願いだから辞めてくれ。」そして膝をついて♯と向き合う。

「いいや、シャロンが全部正しい。君が言っている事だけが正しいんだよ。世の中を渡っていくための小手先の技なんてこれから段々覚えていけばいい。今はその、きらめく宝石のような思想を大事にしてくれればそれでいい。」

 

父親はゆっくりと♯の肩を抱いた。決して強くはないが、ぬくもりは伝わってくる。

 

「シャロン、いま君は自分が間違えたと思ってるかもしれないけど、僕は決してそうは思わない。()()()()()()()()()()()()()()。だからシャロン、それを忘れようとなんてしないで欲しい。それを間違いだったなんて思わないで欲しい。」

 

♯は息をつまらせた。ここで泣き出すほど♯は子供ではない。ここで泣き出してしまうほど♯はこれまで不幸だったわけではない。けれどどうあれ、自分の感情から来る行動が肯定されることは、それが愚かな行動であれ嬉しい。

 

♯も父親の背に腕を回した。「私も…ごめんなさい。お父様の言っていた事も正しい。維持するべき立場は確かにあるし、守るべきものはそれ以上にある。家族だけを守れば良い訳ではない。だから私にも謝らせてください。」♯は背に回した腕に力を込めた。「ごめんなさい。」

 

一瞬、♯に回された腕に力が入ったが、それはすぐに離れた。父親は♯に向けて愛おしさと申し訳なさの混ざった顔をしたが、何かを言うことはなかった。

♯もそれに向けて小さく微笑んだが、結局言葉は発さなかった。

 

本を読んでいたソファに戻ると、なぜかそこに母が座っていてハンカチで目元を押さえていた。

 

「お母様、どいてください。」♯は恥ずかしさからぶっきらぼうに言ってしまった。

 

母からの返答はなく、代わりにひょいと持ち上げられ膝の上に座らされた。なぜこの親たちはすぐに人を()()扱いするのか。まるでぬいぐるみを抱くような格好でお腹に腕を回してくる。その状態で泣いているものだから頭上がかなり騒がしかった。

 

「それで、なんでお母様は泣いてるんですか?」♯は回された母の手をペシペシと叩きながら言った。

 

「大きくなったねぇ。」母はそう言いながら覆い被さるように♯にもたれかかってくる。

 

♯は面倒になってつい、「お母様、重たい。」と言ってしまったが母はハンカチを目に当てることに忙しいらしく聞こえなかったようだ。大体まだ5歳の娘を捕まえて成長を実感するなど早すぎるような気もする。今の時点でこんな様子なら10年後の成人ではどうなるんだ?♯はあとで、成人の儀の最中に母が水分不足で倒れた時の対処法を使用人さんに伝えておこうと思った。

 

「ティア。」と父親が母に声をかけた。(父親は妻であるセレスティアの事を時々略称で呼ぶことがある)

 

「その、依頼についてなんだけど…」父親は気まずそうに言葉を切った。先ほどの♯との話の手前、自分からこの話題を始めるのは確かに気まずいだろう。

 

母はその質問を受けてハンカチを顔から離した。「もちろん行きますよ。」

 

「そう、か。」父親は言い淀み、首裏をかいた。少し神経質な仕草だ。

 

♯は気づいた。()()()()()()()()()()()()

 

同時に母も口を開いた。「プレス、馬鹿なことを言い始めようとしてないわよね?」咎めるような口調だ。

 

「いや、今回は別の領地の人間に任せては、と…。」

 

()()()()()()()

 

「今回は完全にストックウェル領の問題で、こちらに依頼を受ける義務はないだろ?」父親は言葉を続ける。「それに、協力するという話も内々に決まっていたことだから、政界に与える影響も低い。選択肢として取れないこともない。」

 

母は♯をぎゅっと抱いた。そして痛烈な口調を返す。「それで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

父親は言葉に詰まった。

 

「プレス、あなたが私を()()()として扱おうとして自分の立場を危うくすることは許せません。今回は明らかに私が担当すべき問題で、理性的に判断すれば当主がするべきことは一つしかない。この領地の単騎最大戦力を他領の問題解決の協力として派遣し、恩を売ること。ストックウェル領は小さいけれど隣の領地で、当主が高齢だから国全体にそれなりに顔が利く。そういうメリットを教えてくれたのはプレスでしょう?」

 

父親は口を開きかけたが、閉じた。苦悩の表情をしている。

 

今までの話は明らかに♯によって引き起こされたものだった。父親は♯の()()()()()()()()という意見に感化されすぎている。普通の家庭なら大きな問題になりそうもない思想だが、領地の長として君臨している人間はそういう感情を抑えなければならない場面もある。

 

♯はこの問題を自分が解決すべきだと判断し、思考を集中させた。

 

母が口を開く。「プレス、少し落ち着いて頂戴。冷静に考えれば何も問題はないでしょう?私が2日くらい家を空けるだけよ。あなたも言っていた通り苦戦するような相手でもないわ。ね?」母親は同意を求めて膝上にいる♯の顔を覗き込んだ。

 

♯も大きくうなづいた。「はい、お母様の言う通りです。」そしてにっこりと笑って言った。

 

「それに、私も一緒に行くのでお父様は心配しないでください!」

 

 

「「()()()()()()()()」」と両親の声が揃い、♯の両耳の鼓膜が破壊された。

 




次話は明日の18時です。
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