魔法使い♯ちゃんの世界最適化計画   作:ざし

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実存的自由主義

その後の話し合いを経て、♯は母に同行し、その保護のため新たに護衛をもう二人増やすことで決まった。

 

かなりワガママを通した自覚はあるが、未来の大きな損失を回避するために今小さな損失を起こす事は悪いことではないと言えるはずだ。…いや、実際は強いバイアスが掛かった思考パターンに入り込んでいる気もする。これで♯が同行することで問題が生じ、結果的に誰かを失う可能性も()()ある。今置かれた状況を物語だと仮定するのは現実を直視出来ていないどころか、自ら()()()()()()を歩んでしまっているのかもしれない。

 

それでも♯が母と一緒に行きたかった理由はなぜか。

 

それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

もし父親の命令によって母に同行せず、母を失ったら♯はほぼ確実に父親を恨んでしまう。護衛の二人を恨んでしまう。()()()()()()()()()と思ってしまう。実際にはその選択を選んだ自分自身に責任を見出すべきなのだが、そう出来るほど♯は自分を信頼してはいない。

 

だからこれほど強固に同行を望んだのだ。ただのワガママだが、♯にとって譲れないワガママだった。

 

譲れない、というのも合理化ではある。だが、この限られた情報の中では()()()()()()()()()など存在するのだろうか。何も確信できない状態で、それでも()()()()()()()()()()()()()、という態度は否定されなければならないものだろうか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

♯はこの自己弁護すらも、自分の判断を正当化するためのものだと自覚は出来ていた。だけどそれでも、()()()()

 

この判断を覆す気はない。♯はそう思考した。

 

♯の脳は、こいつは本当に面倒なやつだと嘆息した。

 

 

***

 

 

荷車が進むガラガラという音が周囲にこだましている。とは言っても周囲にその音を煩わしく思う人は見当たらない。ここは長い街道の途中で、周囲には広い草原と森が見えるだけだ。

 

とはいえ、♯はそれらをあまり視界にはいれていなかった。

♯の手には羊皮紙の手紙が複数枚ある。どれもこれから行くストックウェル領からの依頼の手紙だった。出発前に全て読んだ♯だったが、荷車の上では特にすることもなかったのでもう一度読んでいた。♯は隙間の時間は全て文字を読むことに費やしてきた人生を送ってきた。転生してからの初めての長旅とはいえ、生活習慣がいきなり変わるわけではない。

 

♯は手紙から目を離し隣に座る母親を見上げた。「お母様、ひとつ良いですか?」

 

「なあに?♯ちゃん。」と母が顔を寄せてくる。

 

「その、正直これを読んだだけではあまり分からないんですが、この依頼の内容は、手紙に書かれたこの一部勢力をお母様に倒してほしい、という意味のものなんですか?その、これから行くストックウェル領には自衛組織が存在しないか太刀打ちできないほど弱いという事ですか?」

 

母は首を振った。「そういう訳ではないわ。まあ、この正式な依頼の手紙は、頼み事の内容を曖昧にしてこちらの協力の範囲を広げようとしているからあまり褒められたものではないけれど、ストックウェル領には立派な騎士団があるはずよ。」

 

「それじゃあ、なんでこんな頼みをしてきているんですか?」

 

母は悩むように声をあげて、もう一度手紙を読み始めた。

 

少し経ってから母が口を開いた。「多分これじゃないかしら。」そして手紙の一部分を読み上げ始める。

 

___かねてより懸念されておりました一部勢力の動きが、最近になって顕在化してまいりました。現在、周辺の村落に対して影響を及ぼしつつ進行しており、すでに当該地域において一定の拠点的行動が確認されております。

我々の部隊においても可能な限りの対応を進めておりますが、構成員の中に高い魔法能力を有する者が含まれているとの情報があり、局地的な対応が難航しているのが現状でございます。

つきましては、当該魔法能力に対抗しうる人材のご派遣について、前向きにご検討賜れますと幸いです。また、併せて広くご支援いただける体制についても、ご助力を賜れれば誠に心強く存じます。___

 

「長々と書かれているから要約すると、盗賊が現れた、村を襲ってる、拠点となる場所も手に入れた、と読めるわね。そして、魔法行使の実力者も居る様子ね。」

 

♯は眉をひそめた。「騎士団の全員を()()で抑えられるほど隔絶した実力者が居るという事ですか?」

 

母は♯を見た。そしてほんの少し教師としての顔を覗かせた。「♯ちゃん。つかぬ事を聞きますが魔法戦術書は読んだことはある?」

 

「魔大戦史は読みました。魔王軍が次々と刃物を持った男に切り裂かれていく内容でしたが、500億年前の出来事と書かれていたので良く資料が残っていたと関心しきりでした。」

 

母は頭を抑えた。「それはフィクションよ。」

 

「あ、他には実用!マギ使用術!も読みましたよ。特殊なインクで紙に模様を書くと現実が書き換えられる方法らしいです。」

 

母は♯の頬を両側から潰した。「それはエセ魔術です。」

 

ははひてふははい(離してください)。」

 

「まだ読めていないならそう言ってくれれば良いのに。」母は溜息をついて♯の頬から手を離した。

 

♯は潰された両頬に息がまだあるかを慎重に確認しながら、顔をむくれさせた。矜持として、家にある本をまだ読めていないと宣言する事は♯にとって敗北を宣言する事と等しい。とはいえ、本は自己増殖するものなのである程度は諦めてもいる。

 

だが、♯にとって()()()()()()すら一冊も読んだことがないと宣言する事は()()以外のなにものでもなかった。まあ、戦術書は♯の求めるような根本から()()()()()()()()()()()()()が書かれていそうな内容ではなく、魔法という既存の技術をいかに()()()使()()()という所に焦点を当てていそうな種類の分野の本だったため後回しにしてしまってはいた。

 

確かに考えてみると、これから戦闘行為が行われる現場に出発するというタイミングで魔法戦術の基礎となる本を持ち出さなかったのはかなり大きなミスと言えるだろう。♯は脳内に反省スタンプを押して後で振り返る事が出来るようにしておいた。

 

「お母様」♯は思考を切り替えて言った。「戦術書にはどんな話が書かれているんですか?」

 

母親ははっきりと教師の顔になった。「基礎的な戦術書には、魔法行使の実力差と戦力差についての内容が()()記載されています。もし書かれていないものがあれば、それは知っている事を前提とした応用的な戦術書か、もしくはフィクションです。

魔法行使の個人の能力は、()()として表現されます。これは完全に相対的に判断され、絶対値となる基準はありません。誰かより誰かの方が魔法行使の強度が高い、もしくは低いと言い表されます。過去には絶対的な指標を作ろうとした気運もありましたが、いずれも頓挫しています。

魔法の強度は、例えば物を魔法によって生み出した時の硬度や基礎防御魔法の耐衝撃性を指している訳ではありません。強度という表現は、言い換えれば()()()と表現する事も可能です。」教師はニコリと♯に向かって笑いかけた。「魔法優先度と言い換えると想像がつきそう?」

 

「うーん、そうですね…。」♯は頬から手を離した。懸命な♯の介護の甲斐あっていつものモチモチとしたほっぺたに戻っている。「優先度の高い人の魔法は、例えば、低い人の魔法を打ち消せるとか?と言っても、発火魔法には対になった打ち消すための別の魔法がありますよね。」♯は腕を組んで考えた。そして口を開く。「ごめんなさいお母様、まだ正直よく分からないです。」

 

母はそれを聞いて謝罪するように♯の頭を撫でた。「謝罪の必要はありませんよ♯さん。こちらも理解している前提で話を進めてしまいました。」

 

そして教師が口を開く。「魔法行使の強度の高い人間は、低い人間の魔法行使を()()する事が出来ます。これは、発火魔法によってついた炎を消火魔法で消し去るような技術ではありません。

相対的に魔法強度の低い人間の魔法詠唱中に、強度の高い人間が別の魔法の詠唱を始めると、前者の魔法は効果を発揮しません。例えばいま、♯ちゃんが木の棒の先に火を起こそうとして呪文を唱えた時、その呪文を唱えきる前に私が基礎防御魔法を唱え始めると、♯ちゃんの起こそうとした魔法は失敗します。もちろん遠く離れた場所の人間同士が魔法を唱えたところで干渉するわけではありませんが、距離が近ければ阻害される事はままあります。

この距離というのはその人間同士の距離という意味ではありません。魔法には、その魔法の効力が現れる()()()が存在します。例えば発火魔法で言えばろうそくの先や松明の根本、枝の先端などがそれに当たります。基礎防御魔法など、範囲の決まっている空間を構成する魔法は、その表面全体を作用()と表現しますが、魔法戦術分野での用語としての差はあまりありません。

この、作用点の距離が一定以上近い場合、その魔法同士は()()()()()()発現するかどうかが決まります。一定の距離というのは行使する魔法や強度の差や魔法使いの体調など複合的な要素が絡み状況によってかなり変化しますが、おおむね1~5m程度だと考えておけば良いでしょう。」

 

♯は困惑げに短い指で鼻筋をなでた。「どういう()()でそんな事が起きるんですか?」

 

「分かりません。」教師は端的に言った。「色々な学説がありますし、多少それっぽい理論を提唱している研究者もいますが、どれも()()()()()()()()()()がありません。昔私が信じていた内容は、耳をすませて詠唱を待ち構えている天界の人々にとって魔法行使強度の高い人の声は()()()()()()()()()()ものである、という主張でした。疑いを持てと♯ちゃんから言われ続けた今は正直あまり説得力のある主張だとは思ってはいませんが、理解を助ける表現ではあると思います。」

 

♯はうーん、とうなった。仮説は色々思いつくのだが、仮説を元にした単純な実験はまだ思いつかない。

 

♯が黙ってしまったところを見て、母が口を開いた。「♯ちゃん、難しかった?」

 

「いえ、そういう訳ではないですよ。」

 

「なら、先に進むわね。」教師が続ける。「この現象の発見によって、武力闘争において戦力差を判断するための指標は()()()ではなく、集団内の()()()使()()()()()()()になりました。数値的な表現は今の所出来ませんが、今後大きな武力衝突があればどちらかの集団の基準を採用した統一的な指標が生まれるかもしれません。

魔法行使強度の高い人間は、強度の低い相手に対して()()()回答を返すことが出来ます。相手の短縮詠唱にあわせこちらも呪文を唱え始めれば、相手は魔法行使を行えずこちらは行使出来る理想的な形のカウンターになります。自集団の魔法行使強度の最大値が相手集団の最大値と比較して上回っている場合、極端な事を言えば自集団は相手の魔法を()()()無効化できます。広範囲の作用面を持つ短縮詠唱の存在する魔法はひとつだけ知られていますが、その魔法はそのものの効果とは一切関係なく、()()()()()()()()()()()()()()使()()()()魔法というだけで絶対的な盾として認知されています。ちなみにその魔法の効果は、一定範囲空間の匂いを抑えるというもので、城壁都市ではかなりの頻度で使われているようです。」

 

♯もここまで聞いて段々と分かってきた。「つまり今回の依頼は、ストックウェル領の騎士団全員より魔法強度の高い魔法使いが現れたから、それよりもさらに高い強度を持つお母様の助けが欲しいという意味ですか?」

 

母は頷いた。「恐らくそういう依頼のはずよ。この魔法行使強度は領内の()()だから、貸し出すことでプレスは借りを作れる。大きな借りをね。私が数日家を空けるだけで済むのなら安いものなんです。」

 

♯は楽観的な母の言葉に曖昧に頷いた。「その、相手は強度の高い魔法使いなんですよね。危険じゃないんですか?」

 

「まあ、戦闘行為に参加する以上多少の危険はあるけれど、それほど心配はしていないわ。」そこで母は目を光らせ、顔の横で人差し指を掲げた。

 

「では♯さん。ここで問題です。」

 

「はい!」♯は元気よく返事をした。問題は大好きだ。特に()()()()()()()解答を導けられるものに関しては大好物だと言っても良い。

 

「魔法行使の強度が高い人間と低い人間が1対1の決闘をしました。もちろん大きな怪我などは与えないようルールの決まったものです。結果は強度の低い人間の圧勝でした。なぜでしょう?」

 

()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」♯はすぐに答えた。

 

「もう少し悩む素振りをしてちょうだい。」母親は顔をふくれさせた。「こんなにすぐ答えちゃうなんて。」

 

♯は母親の膨らんだ頬をつついてしぼませた。「それにしてはちょっと簡単すぎます。」

 

母親は見せるようにおおげさにため息をついた。そして切り替えるように頭を振り、教師の顔になった。

 

「魔法行使の強度は、比較的()()()()()()特性です。というより、全体に広く共有出来る効果的な訓練方法が見つかっていない技能です。()()と呼ばれる場合もありますが、私はその言葉が嫌いなので使いません。

しかし、呪文の発音訓練やイメージの想起の訓練であれば反復練習が比較的簡単で、習熟すれば一般的な水準からは考えられないほど素早く魔法を行使することが出来ます。反射神経や肉体の動き、魔法戦闘経験なども繰り返すことで高まる技能です。これらの技能を高い水準に保っている上級者と、普段ほとんど魔法訓練をしていない一般的な人間には()()()隔たりがあります。

どれだけ高い魔法行使の強度を持っていたとしても、相手の呪文の詠唱に()()()詠唱を始められなければこの技能は効力を発揮できません。そして卓越した上級者であれば、呪文の詠唱を相手に悟られないようにする術をいくつも持っています。魔法行使強度という技能は、それだけで勝敗が決まるような決定的な差ではないということです。」

 

教師は口を閉じ、また開いた。「けれど、()()()()()()()()()()()()であればその差は決定的なものになります。そのため、真剣な武力衝突の場面では重要視されるのです。」

 

♯は手をあげた。「ではなんで、お母様はあまり心配してないんですか?今回は真剣な武力衝突ではないですか?」

 

母はニコリと笑った。「それはもちろん、私が()()()()()()()()使()()()()()()()で、かつ()()()()()()()()()()()()()()()()()だからよ。」

 

「うわ。」♯は初めて見る母の自信満々のドヤ顔にすこし気圧された。

 




次話は明日の18時です。
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