魔法使い♯ちゃんの世界最適化計画   作:ざし

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娯楽的好奇心

荷車は領内の街に辿り着いた。街はその周囲を大人が登れない程度の高さの壁で覆われていて、入り口には金属製の門がついていた。♯はさきほどの魔法戦術の話題から街の防衛方法を考えていたが、いまいち壁の必要性が分からなかった。魔法では破壊出来ない素材とかなのだろうか。

 

門では多少止められこそしたが、母親の顔は知られているようで問題は起きなかった。こういう物語では基本的に街に入る際にひと悶着あるのだが、最初から権力を持っている場合こういう展開はスキップ出来るらしい。またひとつ短縮要素を見つけてしまった♯はほくそ笑んだ。

 

街並みは正直、♯の実家のある街とたいした違いはないように見えた。荷車が通れるよう大きな通りはあるが、ひとつ道を外れるとグネグネと蛇行し交差路が無数に乱立するでたらめな街並みが広がる。♯は過去に一度だけ両親に連れられて街歩きをしたことがあったが、あまりに計画性のない建築物の乱立にめまいをおこしたほどだ。

おそらく()()ここに住居を構え始めた人間は、自由気ままに建物を建てていったのだろう。人が増え家を建てる必要があれば、どこか近くではあるがぴったり隣り合っている訳ではない家同士の間などに新しい家を建てることで解決を図る。

村のような規模であればそれで良かったが、人口が増え始めるとそうもいかなくなるため次第に家同士の間隔は狭くなり、最終的に家同士の隙間はほとんどなくなる。そのため、最初無計画に建てていった建造物の位置のなごりが街並みに今も残ってしまっているのだ。合理性の欠片もない区画配置だったが、(おもむき)は確かに感じる。

まあ、現代日本で暮らし整然と並んだ綺麗な土地を想像していた♯にとってはかなり新鮮な街並みだったため、割と楽しめはした。

 

それと同時に、内部構造を良く知るプロを雇わずに迷宮に侵入してはならないという教訓も得た。極めて大事な学びだった。

 

♯の乗った大きな荷車は大通りを進んでいった。かなり広い道でそれなりに通行量も多い。地面は石畳のような雰囲気は感じるが明確にそうと断定できるほど♯は知識を持っていなかった。平らな石が並べられていれば石畳と表現して良いのか?それとも細かい固定の方法などによって呼び方や扱いが変わるのだろうか。それとも、魔法で平らな石が並べられた地面を作り出すことが出来るだろうか。興味は絶えない。

 

♯が動く荷車の上から地面を観察していると、母親が♯の肩をつついた。♯は観察を辞めず手だけで追い払う動作をしたが、母は諦めないでもう一度つついてきた。

 

「♯ちゃん。あれ見てあれ。」

 

♯は地面の観察を諦めてそちらを向いた。そして目を瞬かせた。

 

「あれが、()()()()というものですか?防護結界の効果を消し去る効果があるという。」

 

「ええ、そうよ。」母は頷いてから怪訝な顔になった。「でも最初に思いだした知識がそれなの?」

 

「これはお父様のせいなんです。私に回廊結界の話をしてくださった時の一番熱のこもった部分の説明は、あの結界が魔法干渉的にどういう作用を及ぼすかという話と、あの結界の規模などによる他領とのパワーバランスの調整方法の話でした。」♯はお母様を見た。「その、一般的に5歳の子供があれを直に見た時の感想はどんなものになるんですか?」

 

母親は苦笑いを浮かべた。父親の小さな悪癖に捕まった愛娘への同情と、全く子供らしくない♯の感想によって生じた表情だった。

 

「そうね…。私は7歳の頃に初めて回廊結界を見に行ったけど、その時は回廊の先の景色を想像していた気がするわ。あの先に別の街がある、なんてワクワクしない?」

 

♯は母親の言葉を受け、回廊結界とやらを見た。領地に敷かれた広域結界の、空を薄く覆う青緑の光の帯。それを地面から半球状に濃い緑の光が分断している。空を背景に見ると綺麗に分断されている様子が見えるが、地面の低い方の位置ではうっすらとだけ見えた。♯には多少、地球でいう虹に似ているようにも感じた。低い方ではうっすらとだけ見える事もその感覚に拍車をかけていた。

 

母の言葉に♯は曖昧な回答だけ返した。もちろんあのドーム状の回廊結界を抜けた先の空間にも興味はあるが、それよりも今はこの”結界”なる技術について多大な興味を持っていた。

 

♯はこれまでの魔法体験のほとんどを、父と母。そして使用人さん達から得ていた。彼、彼女たちが使う魔法も非常に奇妙で理屈で説明のつかない事ばかりだったため、初めての魔法には毎回かなりの衝撃を受けていた。屋敷内で(まだ才能の開花していない♯を除いて)2番目に魔法行使技術の高い使用人のマチルダさんは、雨に濡れた屋根の洗浄だと言って陶器製の瓦のひとつひとつを順番に屋根の上に浮かべる魔法を見せてくれた。屋根の上に登った若い使用人さんが浮いた瓦に洗浄魔法をかけてもそれは浮き続け、全ての瓦の洗浄が終わると浮いた瓦たちは高速逆再生のように規則正しく整列して屋根へと戻っていった。♯は最後の部分を見てから、この使用人さんの思考がどういう状態になっているのかまるで分らなくなった。常人には及びもつかないほどの思考状態だろうという事は想像がつくが、それだけだ。

 

屋根に乗った全ての瓦がどうやって組まれているかを完璧に認識し、その上でほかと干渉しない場所から順番にひとつひとつ浮かばせる様子を完璧に思い描き、それらが魔法行使者の求めるタイミングで順番に元通りに組みあがっていく。

それを、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

♯は、この人物との間に広がる隔絶した差を考えざるをえなかった。

 

♯は回廊結界を間近で見つめた。それは数十メートルはあるかというほどの半球状の光の膜で、風かそのものの性質によってかほんの少しだけ膜自体が揺れていた。結界が地面と接する場所には、結界と同じ色の濃い黄緑色の線が境界を描くように円形に引かれている。その線に従うように地面も広い円形の広場のようになっている。

 

この世界では、こういうものを魔法によって起こせるという。

 

「お母様。」♯は呆然とした様子で声をかけた。「ごめんなさい。これはなんですか?」

 

母親は目をぱちくりとさせ、丁寧に「♯ちゃん。これはね、回廊結界というのよ」と答えた。

 

「いえ、その…」♯は出来る限り今の♯の脳内の状況を伝えようとして、手を振った。「この、これです!この膜のように見えるものはなんなんですか!?女神のヴェールかなにかですか?そういうものが自然にあるということですか!?」

 

母は落ち着かせるように♯の頭を撫でた。「これは結界魔法よ。」

 

「それじゃあなんの()()にもなってないですよ!!」♯は吠えた。「意味の分からないものに出会った時に”魔法”という言葉で全て説明出来るわけじゃないですよ!今までの魔法にもおかしなところは色々ありました。棒切れだけで出来るわけがない不思議なことが色々出来る。虚空から飲み水を取り出せる!可燃物を瞬時に発火できる!物理的な衝撃を多少抑えられる!それでも十分意味が分かりませんが、それらは()()()()起こせるから不思議なだけだった!!発展した技術ならその再現自体は出来そうな範囲だった!可能かどうかは分からないけど、再現を()()()()()()()自体は出来そうだった!」

 

♯は息をついた。もちろんもう一度息を吸うためだ。

 

「でもこの結界は()()!なんでこんなものがあるんですか!?どうやってこれを起こしているんですか!?これはそもそもなんなんですか!?」

 

母親は♯の頭をもう一度撫でた。「ごめんなさい♯ちゃん。私には分からないから、帰ったら一緒に資料庫を探しましょう?」

 

♯はため息をついてむりやり息を落ち着かせた。まだアドレナリンが流れている。脇に避けていたとはいえ、確かに大通りの回廊結界前で騒いでいるわけにはいかない。それにお母様に疑問をぶつけてもしょうがない。

 

「お母様、騒いでしまって申し訳ありません。」♯は謝罪のため下げていた頭をあげた。「今度、魔法について色々教えてください。興味のきっかけにしたいです。」それに、この世界の違和感に気づくためのきっかけにもしたい。

 

「もちろん!」母は元気に言った。♯の心模様を敏感に感じ取った母が、♯を元気づけるためにあえてそういう態度をとってくれたのだ。♯はお母様の愛情に心の中で深く感謝した。

 

 

***

 

 

回廊結界を通り抜ける時の感覚は鳥肌がたつようなものだった。いや、比喩ではなく本当に鳥肌が立ったのだ。なにかを通り抜けているという感覚は感じたのだが、実際に起きたことは薄い膜のような結界の表面に向かって進み、なんの障害も無くそのまま通り抜けたというだけ。結界表面に質感や抵抗は一切なく、他の空間との違いはただ揺れる膜が見えるかどうかだけだった。

 

回廊結界内では荷車を移動させる魔法は使わない方が良いらしい。というより生命維持などの魔法以外の全ての魔法行使を辞めておくよう説明された。過去には、この内部で魔法行使を行った人間が蒸発してしまったという。姿が見えなくなったという意味ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしい。

 

その説明は回廊結界広場の前に設置された検問の中で護衛の4名に向かってされた説明だったが、♯も聞いておきたかったため母親の影に隠れてこっそり同じ部屋で待機していた。そこまでした収穫はあったのかというと、あった。5歳児に説明をするときに人が蒸発したなどと言い始める事はないが、成人した護衛4名に対してならそういう事も平気で言える。

 

という事で、♯は母親と手をつないで回廊結界の中を歩いて進み、護衛の方たちは荷車を引いて進んでいた。♯は当然のように皆でワイワイ荷車を押しながら進むと思っていたのだが、非常に申し訳なさそうな声で拒絶されてしまった。さらに母親から、仕事の邪魔はしない方が良いという意味の注意を受けたので♯は諦めた。まあ、歩いて数十秒で向こう側の端につく程度の距離なのでそうたいした負担ではないだろう。

 

ということで♯たちは回廊結界を抜け、たいして見た目の変わらない他領の境界の街へたどりついた。ほとんど繋がっているようなものだが、管理している家が違うため区分的には別の街らしい。

 

♯は街並みを見渡して、出店の種類や看板の文字などを確認して溜息をついた。この領地特有のものが並んでいたりするわけではなく、回廊結界の両側で同じようなものが同じように売られているように見えた。

例えばそこでは、靴…というよりはサンダル寄りの履物が売られている。履き心地が最高に良くなる魔法がかかっていると看板には書かれているが、店主はどう見ても一般的な革製の靴を履いている。もし仮にその魔法が本物だったと仮定しても、手に取る気にはなかなかなれない。

 

というよりそもそもの話として、魔法は物体に()()するのか?そういう訳ではなく、単に履き心地が最高に良い靴、という存在を()()()()魔法があるのか?非魔法的な靴を魔法的な靴に変質させる方法がある?そこらへんの石ころに履き心地が最高に良くなる魔法をかけたらどうなるんだろうか。まずは先に、枝葉の謎ではなく、これらを統括出来そうな仮説を思いつくところから始めなければならなくて。いや、枝葉の謎も大事だ。こういうものの仮説と実証による積み重ねから段々と全体像を掴んでいく事こそが重要で……。

 

♯は母親のクスクスという笑い声で思考の底から浮上した。繋いだ手の先の母を見上げると、♯を見て楽しそうに笑っている。

 

「お母様、どうかしましたか?」

 

「ごめんなさいね♯ちゃん。とっても楽しそうだったから、つい。」

 

♯は眉をひそめた。「楽しそう?」

 

♯としてはいつも通り魔法を解明するための意義ある取り組みをしていただけなのだが…。

 

「ええ。」母は頷いて、♯の反応が芳しくない事に首をかしげた。「♯ちゃんは、特に楽しくはなかった?」

 

♯は少し考え、そして自分の感情に気づいた。

 

♯は今の状況を楽しんでいた。全く未知のものを見て、それを説明出来そうな仮説を立てて、実験方法を考える。いわば現実という巨大な舞台に描かれた()()()のようなものだ。

 

この世界には、♯の常識では説明のつかない不思議な現象があまりにも大量にある。ほとんどすべての事を手探りで調べていかなければならない。なにかを前提とした仮説は立てられるが、その前提すらも信頼できるものではない。足場も地面もない場所に飛ばされてから、この世界に散らばった部品を集めて組み方すら分からない謎の精密機器を組み上げろと言われているような気分になる。

けれど、♯の手には地球人類が積み上げてきた現実を知るための道具、()()()()()がある。観察と推論と実験こそが科学だ。♯は自分の持ったこの道具ひとつで、自分の足元に足場を組み立て、移動方法を確立し、設計図を生み出し、最終的に精密機器を動作させる。今のこの宇宙を理解する。今ではなくとも、そのうちには。

 

こんなこと、楽しくない()()()()()

自分の能力を発揮することが楽しくないわけがない。

 

♯は現代地球時代でも同じような目標を持っていたが、あの世界には細かく限定的な部分の謎やいずれ説明出来るタイミングが来ると推測されている謎が点在するばかりで、魔法のような巨大で未発掘な謎がそのまま残されているような世界ではなかった。現代地球の実家によく来ていた学生の話では、宇宙構造という大きな謎に関する仮説はすでに色々と立っていて、実験方法を考える段階にあるようだった。

もちろん地球で成長した先の♯も、世界の謎に対して挑戦し一定の成果をあげていただろうとは思う。意義のある行いだし、その時空の♯も満足しているとは思う。

けれど、現実の運行方法についてほとんどなにも分かっていない世界の謎を、一から解いていく楽しさとは比べ物にならないと思ってしまう。謎を解く楽しさだけで見れば、こちらの方がよほど魅力的に見えてしまう。実際には起きなかった仮想の現実と比べて優劣を感じる事はあまり良い事ではないが、そう思ってしまうこともまた事実だった。

 

まとめると、♯は今の状況を()()()()()()()()()

 

「確かに…。私は今、とても楽しんでいます。そのことに今気が付きました。」

 

「あら。ホント?」母は驚いた声になった。「なにかを考えているときとかはいつもそんな顔だったわ。凄く楽しそうに見えてたのだけど。」

 

「多分、無意識です。」♯は顔を押さえた。「そんなに顔に出てたんですか?」

 

母は手で押さえた♯の頬をつついた。「すっごい可愛いのに。隠さないでちょうだい。」

 

♯は半目になって母親をみつめた。この人間は時々人を()()()()かなにかだと思っているのではと思う事がある。

 

目線に気づいた母はとりなすように♯の肩を叩いて、荷車を指差した。確かに魔法を使わない方が良い区画はすでに抜けているので、そろそろ勝手に動く荷車に乗って進んだ方が良い。

 

二人と護衛の四人は荷車に乗り込み、街を出た。

 




次話は明日の18時です。
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