魔法使い♯ちゃんの世界最適化計画   作:ざし

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動物模倣性現場指揮官

次の日、早朝というより深夜と言うべき時間。♯は小さな物音に気付きすぐさまベッドから飛び起きた。

 

お母様!どこへ行くんですか!

 

♯は寝起きにも関わらず声を張り上げた。昨夜、寝る前にまさにこの状況についてイメージしながら眠りについたことで出来た芸当だった。

 

母親は驚きの表情で♯と目を合わせた。まさかこんな時間に起きているとは、という表情だ。実際、♯も小さな物音ひとつで起きるなんてことが出来るとは思ってはいなかった。幸運だった。

 

「お母様、何をしているんですか。」♯は詰問する調子で言った。昨日の話では()()()()()()()出発するという予定だったはずだが、なぜか母親はすでに動きやすい服装に着替えて髪も後ろで一つに結んでいる。

 

「あー、えっと。♯ちゃんおはよう。今日もご機嫌そうね。」

 

「おはようございますお母様。」♯は礼儀正しく言った。「それで、どこへ行くつもりだったんですか。」

 

母親は頬に片手を当てた。返答に困っているような雰囲気だ。

 

なので♯は助け舟を出してあげることにした。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

母親は目をつぶった。静かに絶望感を表現するにはもってこいの仕草だ。

 

「その、♯ちゃん。提案なのだけれど、♯ちゃんは長旅で疲れていたため日が昇ってから起きた、ということにしない?」

 

ヤダ。」そう言って♯はベッドから降りて顔を洗うために杖をバッグから取り出した。

 

背後の母親から大きなため息が聞こえたような気がしたが、丁度呼び出した水の音と被ったため♯にはよく聞こえなかったということにした。

 

 

***

 

 

まだ空の暗い時間帯。♯と母親と護衛4人の6名はストックウェル領騎士団の野営地まで来ていた。野営地はテントが複数立ち並び、そこかしこに火が灯されてかなり明るかった。テントと言っても地球現代でよく知る方のテントではなく、荷車の上に布を張った方のテントだ。構造は多少違うが機能や規模感は地球でもこの世界でも同じようなものなので♯はテントと表現していた。

 

野営地には昨日の使者も居て、母親となにか熱心に話をしている。一歩下がった位置に護衛のような人物もいるので作戦会議でもしているのだろうか。

 

それよりも、と♯は周りを見渡す。今はまだ号令が掛かっていないようで騎士の方々は各自で準備を進めているようだが、そこには金属鎧を纏った人間が見える。そこでは大きな金属盾を布で拭いている男性。腰から刃物を垂らしている人も見える。

 

♯はこれから起こることが本当に()()()なのか疑いかけていた。魔法は視界に入る対象であれば、距離に関係なく影響を与えることが出来る。母親から魔法訓練の最初の頃に教わった知識だが、もしかしてこの知識は常識としてこの世界で定着はしていないのだろうか。

 

そこまで考えたところで、♯は気づいた。()()()使()()()という概念の影響で、集団内で強度が最大値ではない人間、つまり母親以外の全ての人間は肉体戦闘を強制させられるのだ。持続する魔法を戦闘開始前に唱えておく事は出来るだろうが、魔法に完全に依存した戦闘方法しか持っていない兵は完全に役立たずになる。後方火力として母親の詠唱の隙間で魔法を使い続ける魔法兵のような存在もいない事はないはずだが、今回の相手の盗賊団にはストックウェル領騎士団の保有する最高の魔法行使強度をもつ人間が負ける強度をもつ人間がいる。こういう状況の場合魔法兵の割合はかなり少ないのではないか。

 

つまり、あの金属鎧や刃物は実際に使()()場面があるということだ。まさか魔法世界の戦闘の大半の部分が肉体戦闘だとは思わなかった。華々しく呪文を打ち合うものだと思っていたのだが、それは代表の一人だけにしか許されていないらしい。

 

母親がこちらに顔を向けて手を振ってきた。♯は笑顔で手を振りかえして周囲の観察を続けたが、少し焦った声で♯を呼ぶ母親の声が聞こえたので渋々そちらに向かった。人見知りなのであまり初対面の人とは関わりたくないのだが、しょうがない。

 

使者の男性の挨拶は聞き流した。昨日聞いた内容とほとんど同じものだったからだ。おそらくこの男性はボタンを押すと同じ内容のテキストが流れるギミックのような存在なのだろう。つまり人間ではなく、N()P()C()だということ。

 

いや、正直なことを言うと使者の男性に割いていた意識の割合が極端に低かっただけで、真面目に聞けばまともな話をしていたのかもしれない。その点については申し訳ない。

 

だが、♯はそちらに意識を割く余裕が()()なかった。仮に使者が両親に対して罵詈雑言を言っていたとしても今の♯に反応出来る余裕はない。

 

()()はストックウェル騎士団の現場指揮官だと名乗り、♯に手を差し出してきた。その手は()()()()()()()()()に見え、明らかに作り物だと分かるフェルトのような素材で出来た()()()()()()()()

騎士の両手に抱えられるほどの大きさのそれは、明らかにそんな動きが出来るような構造は内包されていない布の塊のように見える口を動かして♯に挨拶をした。必要最低限の礼儀しか込められていない挨拶だが、元々♯はそんなことを気にする性格ではないし、そもそも今の状況では()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

その()()()()()()()()は男性の声で、少し首を傾げながらもう一度自分の所属と役職の説明をした。手(と言うより前足)は今だに差し出されている。

 

♯は恐る恐るその足を握り返した。やわらかく、なぜかぬくもりがあり暖かい前足を握ると、それは無表情で足を引っ込めた。まるでそれで挨拶は終わりで、果たすべき行動は全て行ったというような態度だ。

 

♯は震える声で叫んだ。

 

()()()()()()

 

「初対面の相手にそれはどうなんだ?」とぬいぐるみが嘆息した。

 

 

***

 

 

♯は母親の腹に顔を埋めていた。♯一人で衝撃を受け止めるには難しすぎたため、信頼出来る大人のもとで時間をかけて咀嚼しようとしていたのだ。

 

ぬいぐるみのくまは抱えている部下であるロロという女性を見上げた。「俺、なにかしたか?」

 

「先輩は初対面の人には衝撃が強い姿ですからね。」ロロは苦笑しながら言った。

 

「5歳の少女だから面倒なことになるとは思ってはいたが、怖がられる方向に進むとは正直なところ思っていなかった。」

 

()()()()()()かもしれないとは思っていたということですか?」面白がる口調でロロはぬいぐるみを見た。

 

「それが一番面倒臭い。」ぬいぐるみは心底嫌そうな声で言った。普段よりも感情的なその様子を見てロロはより面白くなってきた。

 

「まー、先輩は可愛いですからねー。補給班が立ち上げた先輩のファンクラブの存在は知っていますか?」

 

ぬいぐるみは頭のほうに両手を伸ばした。精一杯の頭を抱える仕草を表現した結果だろう。「なにかしらの悪影響があるようなら即座に解体する。それまでは俺は知らん。」

 

「無責任じゃないですか?」というロロは会員No.3なのだが、それを口に出す理由は今のところ全くない。

 

「全面的な責任はその組織を立ち上げた人間にある。それに変に介入して面倒なことになるのも回避したい。」ぬいぐるみはそこで言葉を切った。「ちなみに、誰からの話だ?」

 

ロロは眉を上げた。「秘密です。」

 

「お前の部下としての適性が疑わしく思えてきた。ロロ三等兵。」ぬいぐるみはため息をついた。

 

もちろん情報の出所は部下であるロロ本人からなのだが、それを言ってしまうと窮地に立たされるのは自分であることははっきりわかっていたためロロは口をつぐんだ。

 

ロロは同担拒否だった。ファンクラブなんてものはそのうち破壊するつもりだ。

 

 

***

 

 

ようやくアドレナリンが流れ落ち、♯はひとまずの冷静さを取り戻した。目の前の(比喩ではなく本物の)布の塊には人格があり人語を喋り自律した挙動を行うという。

 

素晴らしい技術力だ、と♯は賞賛することにした。一旦、高い技術力によって作られた自律装置だと思い込むことで内心の混乱を抑えようとしたのだ。それに、もしそういう理屈で説明できないとすれば今度は()()()()()()()()()が起きていることになる。♯は内心の衝撃に耐えられるくらいの年齢になってからこの謎の解明を始めようと誓った。

 

♯はぬいぐるみと向き合った。息を吸う。

 

「ウィッケンハイザー家次期当主であるシャロン・P・ウィッケンハイザーと申します。先ほどは失礼いたしました。」

 

「別に気にしていないから謝罪は必要ない。」ぬいぐるみは首を振った。「それで、今回のお前の役割だが…」

 

「先輩、名乗られたんですから名乗り返さなきゃダメですよ。」

 

ぬいぐるみは眉を顰めた。ぬいぐるみには似つかわしくない表情だ。「名前はカミル。こっちはロロ三等兵。」ぬいぐるみは面倒そうに名乗った。

 

「シャロンさん、よろしくね。」と楽しそうに笑うのはぬいぐるみを抱えた女性騎士。「先輩は恥ずかしがりなだけなので、気にしないでください。」

 

♯は曖昧にうなづいた。ほとんど全てにおいて気になりすぎるため態度など正直あまり認識出来ていない。

 

「それで、今回のお前の役割だが。」カミルと名乗ったぬいぐるみが♯に向けて話を進める。「基礎防御魔法を護衛三人と共に自身にかけ、戦闘終了まで待機だ。」

 

♯は目を細めた。「それは不当にこちらの能力を過小評価していませんか?」

 

ぬいぐるみは腕を組んだ。「人の評価基準は全て実績によって判断している。お前は多少不思議なことが出来るらしいが、それは今回の計画を土壇場になってから大きく変更するほどの戦略的価値ではない。無害な雨を降らすという魔法は、戦場の両軍に混乱を与えるだけで明確にこちらに利益がある行為ではない。また、所属する個々人の常識を更新出来るほどこの騎士団の命令伝達系統が優れたものだと過信もしていない。他領地の次期当主を保護することは戦略的に重要なことであり、国内最高峰の魔法使いに直々に教育された人間をその守護に充てることは合理的だと判断した。たまたま保護されるべき人物と教育を受けた人物が同一の人間だっただけだ。」

 

♯は唸った。納得させられる正論には弱い。「では、セレスティア・ウィッケンハイザーにはどんな役割をさせるつもりですか?」

 

「無論、脅威となる敵魔法使いの排除を行なってもらう。」

 

「彼女も他領の貴族であり保護されるべき人物だと思いますが。」

 

ぬいぐるみは鼻を鳴らした。少しバカにしたような仕草だ。

 

♯がそれに内心憤っていると、ぬいぐるみが口を開いた。「このセレスティアという魔法使いが、国内で5指に入るほどの卓越した魔法行使技術の持ち主であり、彼女自身が自らにかけた保護以上のものは感覚が狂うため必要ないと部隊員全員に明言するほどの単騎性能に特化した人物だからだ。12人に囲まれた状態で、地形に変化を与えることなく完封出来る人物を俺は他に知らない。今回の相手は実質、魔法使いたった一人だ。最短最速で排除を行うことが出来れば、双方にとって被害の一番小さい形で戦闘を終わらせることが出来る。また、相手の魔法使いはセレスティア・ウィッケンハイザーにとって脅威にはならない。1対1の決闘のルールに則った戦闘であれば俺ですら楽に勝てる相手だ。」ぬいぐるみは言葉を切った。「反論があれば受け付けるが。」

 

♯はぬいぐるみを睨みつけたが、言葉は出てこなかった。結論に文句はあるがそれを支持する主張は思いつかない。睨みつけることしか出来ない。

 

「なんで先輩は煽るような事言うんですかねー。」ロロという女性騎士がぬいぐるみを抱えたまま声を出した。

 

「ごめんねシャロンさん。癖みたいなもので攻撃する意図はないからさ。そのうち慣れてくるからね。」

 

ロロという女性騎士はそう言っているが、慣れてくるとはどういう意味だろうか。♯は知りたいような知りたくないような気がした。

 

♯は今の所の結論を出した。あのぬいぐるみは好きになれない。

 




次話は明日の18時です。
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