魔法使い♯ちゃんの世界最適化計画   作:ざし

21 / 48
想像的恐怖心

eternarde eternarde eternarde.(悠に、悠に、悠に、)

 

crimson swirlarn na-clouda blendak.(増す逆雲に混ざる深紅)

 

ka-step thinarn applyak.(花弁に薄く施す階、)

 

deepenak.(深める)

 

横で治療するための魔法を唱えきった女性騎士の声がするが、♯はそれに目もくれずに指を指す方向を変えた。

 

「木の陰、背を木に預けて座り込む騎士、木を中央に10時方向に足、細身、性別は不明…鎧の形状から女性、揺れがない、倒れてはいない、緊急。」

 

♯は早口でそこまで言ってからまた目を瞑った。そしてぐるぐると頭を回す。視界の端に白いものを捉えた♯はまた目を開き、指を指す。

 

「11軒先の木箱の後ろ、うつ伏せに倒れる人、鎧はない、大柄で男性、荒い息がある、松明の陰、深い暗闇、光源が先。」

 

言い切り、息を吸った♯はまた目を閉じた。どこかにまだ見つけられていない患者が居るかもしれない。手遅れになる前に見つけなければ。()()()()()()()()()()見つけなければ。()()()()()()()()()()()()()()

 

♯は急に視界の下から上へ特有の白い影が流れる事を認識し、直後に浮遊感を感じて目を開いた。間一髪といった様子で女性騎士がうつ伏せで地面に倒れ込む寸前の♯を抱えている。

 

大丈夫ですか!」彼女は心配というより怒鳴ると表現した方が良い声量で♯へと問い掛けてきた。意識の確認も兼ねているのだろう。

 

♯は体を揺すって降ろすように伝えた。ゆっくりと労わるように降ろされた体を起こし、♯はまた目を瞑った。

 

()()()()

 

やや乱暴に肩を叩かれた♯はそれでも目を瞑り、ようやく見つけた白い塗りつぶしの方向へ指を向けた。それは今立っている屋根で完全に死角になっている場所だが、♯はそちらを指差し命令を下す。

 

「ここに単射撃魔法を一度、屋根、壁の二枚を貫通すれば人が見えるようになると思います。」

 

護衛の女性騎士は動きを止めた。

 

隣の中年の騎士を見る。彼は頷き、杖を構えた。

 

一度では足りなかったようで射撃は二度打ち込まれたが、それにより屋根と壁は綺麗に貫通した。

その開いた穴の先に血に濡れた肌を発見した女性騎士はすぐさま詠唱を始める。本当に壁を透視出来るとは思ってはいなかったが、反射神経は日々常に鍛えている。

 

♯は壁に開いた穴から直接白い影が見えた事を認識した瞬間にまた目を閉じていた。他にもまだ居るかもしれない。

 

母親が♯に掛けた魔法は、恐怖を感じる対象を()()()()()()()という効果を持つ。それは(♯の理解では)網膜に直接白い影を作り、その先にあるどんな対象からの光も通さないようにしている。その対象は♯が恐怖を感じるものであり、今の♯の感情の変化によってその対象物は変わる。

 

♯の今の感情は、()()()恐怖に支配されていた。純粋な生理的な恐怖、つまり突然の大きな音や高所にいる時に足が竦むこと、暗闇に気配を感じた時に起きる恐怖ももちろんあるが、()()()()ではない。

♯は人が傷つくことが本当に怖かった。人の死はおろか、流血ですら指が震えるほど怖くなる。傷口を見ると体はすくみ、痛ましい顔は見ていられなくなる。これは、その傷や表情がそれ単体で恐ろしいと感じる訳ではない。

♯は()()()()()()()のだ。その時の傷の痛み、表情を引き起こしている苦痛、流血がもしも止まらなかったら。そういう想像をしてしまう。♯の今起きている()()()()()()()()()()()()()は悪い方向へも働く。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。♯は生前の最後の記憶から、最悪の苦痛を経験してしまっている。だから、♯は人が傷ついているこの状況が限りなく怖かった。かきむしりたくなるほど怖かった。

 

なにより、そんな苦痛を負っている人間を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

だから♯は目を()()()のだ。だから、♯は縋りつくほど必死にあの女性騎士に向かって頼んだのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そう言ったのだ。

 

♯はまた視界に白い影を捉えた。広場の向かいの建物の方向に影自体は見えているが、位置が少しおかしい。まるで正面に見えている建物の裏手の路地に倒れているような影の位置と形状に見える。()()()に♯からは死角になっているが、そんな疑問は今はどうでもいい。

♯は指を指し示した。

 

「正面右手側建物裏、胸に手をあてた男性、金属鎧、単射撃魔法を二度、いえ、三度かもしれません。」

 

♯は喋りながら、鼻水が垂れてきたことを自覚した。現代日本であれば鼻を吸うだけで済ませるのだが、淑女として教育された♯にそんな真似は許されない。

ハンカチを取り出し鼻をかみながら♯はもう一度目を閉じた。()()たりとも時間を無駄にすることは()()()()()。頭を振ってあの白い影を探そうとした♯は、なにかから受けた衝撃で強制的に座らされた。

 

姫君!もうお辞めください!!」

 

♯はその声を煩わしそうに振り払ったが、続く言葉で息を止めた。

 

「こんなに血が!あなたが倒れますよ!これじゃ!

 

「え?。」

 

♯は目を開いてハンカチを鼻から離した。真っ赤に染まったハンカチを離した途端、かなりの勢いで血が流れ出ていくのが見える。暗い色のスカートで助かった、暗い紺色なら今の暗闇では鮮血とそれほど見た目の違いはない。

 

そんな冗談を♯の脳内は現実逃避だと見抜き警告のアラートを飛ばした。それを即座に受信した♯の脳内は体に起きている異変にようやく気付いた。

 

♯はその声と脳内の混乱から精神的なパニックを抜け出し、頭をふらつかせた。

 

「血?なんで?」

 

♯は掠れた声で呟いた。恐怖に支配されていたさきほどまでの感覚は落ち着き、今は多少の不安と困惑がある。血が止まらない様子を脳が認識した途端、酷い頭痛に襲われた♯は頭を抑えた。先程まで自ら率先して行っていた頭を振る動作が今はかなり苦しく感じる。

 

「口で息をしてくださいね。血はそのままにしていてください。今止血しますから。」女性騎士はそう言い、♯の背をさすりながら杖を構えた。

 

数秒後、♯ははっきりと鼻に出来ていた違和感が消えたことを認識した。血はほとんど即座に止まり、また出てくる様子もない。この魔法は流血を抑える魔法だと説明されてはいたが、実際に体験してみると魔法だとしても説明のつかないような感覚もある。魔法はこんなに万能で良いのか?と少し疑ってしまう。

流血が止まったと同時に、♯の思考も一旦の落ち着きを取り戻した。振り返ってみると先程までの♯の行動は明らかにおかしかった。動揺が全面に出すぎていたし、使命感に駆られ過ぎてもいた。

 

どちらの集団も、魔法を使える治療班のような人物はいるはずだし、応急的な延命措置であれば個人的に行える人間はもっと多いだろう。振り返ってみれば♯の果たした役割はそれほど大きくはないような気もする。正確に覚えているわけではないが数十人に向けて魔法を行使してもらったが、そのうちの一人か二人にしか必要のない魔法だったのではないか、とも思う。

 

疲労感を感じて♯は身を投げ出した。すぐさま背中を支えられて(♯の鼻血によって汚れた場所から離れた地点の)屋根へと横たえられた。別に自分で歩けるのだが、この女性騎士は少し()()()()()な気もする。

♯の脳内はその心配しすぎという意見に真っ向から対立する形で新説を持ち出してきた。

5()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”というのがその説だ。

♯はその意見に多少の説得力を見出したが、パニックという表現が気に入らなかったためボツにした。♯の脳内はそれを受けて言語化できないなにかを喚き散らしていたが、疲れている♯ではその表現は理解出来そうにない。

 

ともあれ、非常に疲れた。このまま休んでしまいたい。

そんな選択肢を♯は取れないことは自分でもはっきり分かっているので、落ち着いてきた体を起こして目を閉じようとした。

 

「姫君、もうお辞めください。」と女性騎士が言う。

 

「姫君のおかげで周囲の戦場には十分な光が灯っています。また、救護班の回収組が先ほどからこの周囲を動いているみたいなので、もう心配はないですよ。」

 

♯はその女性騎士と目を合わせた。「見つかりにくい場所に居たりする人はどうなるんですか?」

 

「彼らはそういう人を見つけ出すプロですよ。安心してください。」彼女はそう言って笑った。

その笑顔には♯の心を落ち着ける作用があった。

 

「本当にもう大丈夫なんですね?」

 

その言葉には深い頷きによって返された。

 

♯はそれを受けて、強い疲労感に抗わずに背後の屋根にへたり込んだ。じわじわと達成感が広がっていく。

 

♯は自分の脳内に向けていった。

5()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

脳内は冷静に、()()()()()()()()()使()()()()()()と指摘してきたが♯はそれを受け流した。今の♯の精神状態では事実を指摘された程度では揺るがされない。

 

倒れたままで、♯は空ににっこりと笑いかけた。流れていく風が心地良かった。

 




次話は6/13 18時です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。