その数秒後に戦闘は完全に終結した。長杖を持つ魔法使いは手に持っていた杖が突如として真っ二つになったことに激しく動揺して何か(
終わってみれば呆気ない結果だった。
その後の説明によれば、相手は攻撃魔法のほとんどを完璧に反射する魔法の道具を持っていたらしく、それは
♯はあの魔法使いの方に多少
その戦闘の結果として、相手は両手首に数時間残るひどい痺れが発生し、今の所杖を持つことはおろか握力を発揮することすら出来なくなっている状態だという。あの光線は着弾した場所を麻痺させる効果だったようで、杖を取り落とした長杖の魔法使いはその時点で敗北が確定した。
魔法使いは捕えられた。ストックウェル領に収監され、他の盗賊達と同じように今後の沙汰を下されるという。
つまり要するに、一件落着ということだった。
煩雑な後片付けや関係各所への挨拶などを済ませた♯達六名は帰路についていた。あの町の復興支援などは完全にストックウェル領の内部組織によって行うことで合意したため、それ以上の滞在は不要だったためだ。
♯は揺れる荷車の中にも関わらず熟睡してしまった。深夜に起き、そのまま戦場で昼頃まで常に行動を続けていたのだ。疲労が溜まっていたとしても全く不思議ではない。そもそもこの幼児の体は人よりも多く休息を取らなければならないのだ。不便で仕方がない。年齢が低い事による
「あら、♯ちゃん。起きちゃった?もっと寝ていても良いのよ。お屋敷まではまだ掛かるのだし。」
時刻は地球で言えば15時か16時頃だろうか。
♯は未覚醒の脳で母親のその言葉を認識し、跳ね起きた。
「
荷車の上でくつろいでいた母親が目を丸くしながら♯を見つめているが、♯はそんな事には今は注意を払うつもりはない。
荷物の中を探したがあまり適切なものが見つからなかった♯は、荷車のすぐ外を(恐らく体を伸ばすために)歩いていた女性騎士に声を掛けた。
「エリンさん!なんか適当な、小石とかその辺りにないですか?」
女性騎士はその言葉を受けてニヤリと不敵に笑った。
「姫君ならきっとそういうと思っていましたよ。」そして懐から小石を取り出した。少し大きい砂利くらいの大きさだ。
「完璧です!」♯はそれを受け取り2本の指でつまんだ。
「随分仲が良くなっているわね…」と母親が呟いたのが♯の耳に入り、そのまま抜けた。
♯は持った小石に向けて杖を向け、4節2連の詠唱を唱え始めた。♯にとって現状、一番
唱え切ると同時に小石の端の
♯は一部分だけ防御をまとった小石を認識した直後に小石から手を離した。戦場で行った実験結果を参照するのであれば、このまま空中で静止するはずだが…。
手を離された小石は♯の事前の実験と変わらず重力に逆らうようにその場に留まった。ここまでは想定内だ。事前の実験との違いは、♯と小石がどちらも荷車の上に乗って移動を続けているという点だ。この場合、小石はどうなるのか…。
そして小石は
♯は自身の鼓動が早まったことを自覚した。
♯の隣の空間から、完全に虚をつかれたような「
「
「お母様、ごめんなさい。」♯は申し訳なさそうな声を出した。
「
「この間渡した奇跡のリストに書き忘れがあったので、一応謝っておこうと思って。」
そう言って♯はメモの『
このふざけた冗談は目の前の魔女からの笑いは誘えず、さらに混乱させる結果になった。
「一体なにをしたの?」と母親は頭を抱えながら訪ねてくる。小石を凝視する事は一旦辞めたらしい。
「そのままです。基礎防御魔法を使って小石を空間に縫い留めたんですよ。」
母親は目を
ややあって魔女は口を開いた。
「防御魔法は対象が動けばそれに追従するはずよ。
♯は真剣な顔になった。「お母様、その質問に答えることは約束するので、逆に質問しても良いですか?」
母親は頷いた。
「お母様は、防御を
「一部分にだけ?そんなことは
♯は目を薄く閉じた。そして根気強く言う。「そんな事が
魔女はそれを受けて腕を組んで考え込む姿勢になった。「難しい質問ね…。一部分にだけ防御があると、その防御の境界面の一部が物体の中に作られる事になるかしら。とは言っても、境界面は物質的なものではないからなにも起きないように感じるけれど…。」
「良い調子ですお母様。その様子の時、防御面に物体が触れている部分はどんな動きになりそうだと思いますか?」
「これは基礎防御魔法の話よね?その場合作用面に働く力は衝撃と同威力の逆ベクトルの力だから…。物が貫通している時はどんな方向への挙動にも逆ベクトルが加わり…
母親はそう言いながら♯を見つめた。♯は親切心から、それなりに離れてしまった小石を指差してあげた。空中に縫い付けられたあの小石だ。
「
その母親による二度見は芸術的だったため、後世に残すため♯は今度画家を呼ぶことを決意した。
「先ほどのお母様の質問に答えると、私はあの小石の一部分にだけ防御を纏わせたんです。それだけですよ。」
「それだけ!?シャロンちゃん!そんな表現では
「まあ、その。考え方の制約を取り払ってみた、というだけなんですが…」♯は頬を指で掻いた。実績を誇るようなことは少し苦手だ。♯はそれなりに奥ゆかしさも持ち合わせていると自負している。
母親は止まり、♯と目を合わせた。そして一度深呼吸をした。
落ち着きを取り戻した母親は座り、自身の膝をポンポンと叩いた。「♯ちゃん、お願いだから教えて貰えないかしら。お母さんが聞きたいの。」
♯は俯いて、ややあってからしょうがないと言うように頷いた。そう言われては断りにくいし、説明をしたくない訳ではない。自慢のようにふるまう事が少し嫌だっただけだ。
大人しく♯は母の膝の上に座り、説明を始めた。
「結局のところ、これはとても簡単な話なんです。お母様は小石をまじまじと見たことはありますか?その小石はある部分が白かったり、黒い部分が混ざっていたり、水玉模様になっていたりするじゃないですか。なんで小石はこんな風になっていると思いますか?
それは、小石はなんらかの物によって
だから、白い部分とか黒い部分とか割れやすい部分とかの個別の性質が現れていて、色々な別の性質を持つもの同士があたかも一つに纏まっているようにくっついているだけなんです。こうやってまじまじと見ると、そういう事が分かると思います。
お母様、良いですか?小石は
そして、基礎防御魔法は
お母様も分かってきましたか?
私は元々、物が
気づいた印象としては、この魔法には最小半径のようなものがあるようで、その影響で物体を貫通する形で魔法が発現する気がしています。これについてはまだ進展はありません。」
セレスティアはその一連の説明全体を呆然と聞いていた。
前半部分は、
例えば、生木は
なにかを想像するたびに、次々と発想が浮かんでは思考が進んでいく。セレスティアは今この瞬間、年甲斐もなくワクワクしてきていた。どうすれば頭の中のこの発想を確かめられるんだろうか。と思わずにはいられない。
説明の後半の部分は、正直なところセレスティアにはまるで意味が分かっていなかった。確かに、小石は色々なものが集まってできたもので、それらを分けて
ただ、それは頭の中の話ではないか?
これも老いなのだろうか。セレスティアは内心で深い深いため息をついた。若いころは、もう少し柔軟に物事を考えられていたような気がする。人生に一切の後悔はないが、若くはありたいというのがセレスティアの本音だった。
♯「ぬいぐるみさん。ひとつ質問があります。」
「……。」
「先輩、返事はした方がいいですよ。はい、シャロンちゃんなんですか?」
「勝手に返事をするなロロ三等兵。」
♯「なんでぬいぐるみのような見た目なんですか?」
「個人的な理由だ。説明するべきことではない。」
「単騎潜入の任務で敵の魔法使いにこの姿にされちゃったんですよ。しかも元に戻す魔法を使う前に天界に去ってしまったようで。勝ち逃げされたって先輩は言ってましたよね。そういう事なんですシャロンちゃん。」
「勝手に返事をするなロロ三等兵。」
♯「魔法によってその姿になったという事ですか?そういう生まれとかではなく?」
「初めからこの姿の人間は存在しないだろ。」
♯「えっ、人間なんですか?」
「もしかして俺のことバカにしてる?」
「先輩のことを知らない方はそういう誤解もしちゃうと思いますよ先輩。シャロンちゃん、実は元々先輩は高身長イケメンなんです。」
♯「確かに、態度の端々から粗暴で大柄であらゆることを許されてきた人間の雰囲気を感じます。」
「やっぱりバカにしてないか?」
「先輩は可愛いですね〜」
♯「それで、その魔法によって姿を変えられたというのは、元々の人間の体が変質したということですか?それとも元々ぬいぐるみがあって、その中に入り込んだということですか?」
「恐らく後者だ。このぬいぐるみの姿に変わった後に捨てられた自分の体を見たことがある。あれは気分が悪かった。」
♯「というと、実はこういう質問もあまりするべきではなかったりしますか?」
「いや、正直もう慣れた。」
♯「ならまだ続けますね。」
「もしかして俺、結構嫌われてる?」
「先輩は可愛いですね~」
二章は今話で締めとなります。
次話は数日以内です。