魔法使い♯ちゃんの世界最適化計画   作:ざし

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宇宙を書き換える力

♯ことシャロン・P・ウィッケンハイザーは銅貨男の所有する第二執務室の机に向かっていた。

となりには同じしつらえの机に向かう銅貨男が居る。やけに楽しそうにしているが今はそちらに目を向ける気はさらさらなかった。

 

机の前の空間には♯の母であるセレスティア・ウィッケンハイザー。動きやすそうな服装になり、いつもは下げている髪を紐で結んでいる。

 

机の上には何の変哲もない()が置かれている。こういうものはいい感じの木の棒などではなく、杖と呼ばれることはもちろん分かる。♯は席につく前に一度指先で触ってみてはいたが、触れただけで突風が吹いたり光が飛んだりはしなかった。多少期待はずれでもある。とはいえ、魔法使いの訓練を始める前から♯の天才的な魔法の才能で大人たちを驚かせるのは少し気が引けるのであまり問題はない。

 

「さて。」と母が言った。

 

「それじゃあ、これから魔法の勉強を始めていきましょうか。」

 

「あの、お母様」♯は手を頭の横に挙げながら発言をした。

 

「なんでしょう、♯ちゃん。」

 

「いえ、その…。当たり前のことのように話が進んでいて混乱しているんですが、この世界には魔法があるんですか?」

 

母は驚きの顔に変わった。「()()()()()()()()

 

それを聞いて♯は更に困惑した。

 

「それについては僕から、」と銅貨男。「この家の中では、目立つ魔法については制限をしていたから、♯が魔法について疑わしく思っていてもそこまで不思議ではない。凄いのは、使用人達が魔法を使っている姿を♯に一切見せなかった事についてだね。実際、日々の生活ではほとんど魔法を使っていないんじゃないかな。」

 

「なんでそんな、隠すような事を…」♯は困惑と多少の怒りの混ざった声を出した。実際、多少怒っていた。「()()()()()()()()()()()()()()

 

それを聞き、銅貨男は腕を組んだ。「もっと早い段階で♯が魔法の事を知っていたとすると…」眉を寄せ、悩むような表情で言う。「恐らく……多分もっと色々な事を早いタイミングで思いついて、それをどうにか叶えようと画策して、結果として屋敷が大爆発をおこしていたはずだな。」

 

「お父様!」と♯は叫んだが、窓から見える新品の物置小屋を指差されそれ以上強く言えなくなってしまった。都合の悪いことに、ここからちょうど目に入る場所にピカピカの物置小屋が見える部屋だった。

 

「いえ、その。」と母親。「3歳頃まではどこのお家もそうする事が多いのよ。魔法は絶対に安全なものだという訳でもないし、そもそも子供の近くで魔法を使うだけで小さい子には悪い影響を与えるという話もあって」

 

「…そして、」と♯が口を開く。「魔法を見せないようにしている幼児が、大人を言いくるめて()()()使()()()に屋敷の壁を焦がしたり物置小屋を爆発させている様子を見て、ちゃんとした教育を受けられるような歳まで魔法の存在を知らせることを延長していたと。」

 

「その通り。」と頷く母。

 

確かに、そう言われてしまうと一定の理解は出来る。魔法がどういうものにしろ、それを使って画期的な発見をしようとするだろうと思われていることは想像がつく。というか魔法があると知った♯なら、迷わずそうする。どんな手を使ってでもそうする。

という事で、結局は自業自得だったらしい。それに、こうして今魔法について教えてくれるようだし。

だからまあ、♯は魔法を隠されていた事についてこれ以上考えない事にした。

 

♯は席についた。「分かりました。それじゃあお母様、魔法について教えてください。」

 

その隣で銅貨男も席につき、多少ふざけた様子で「僕にもよろしく。」と言った。

 

♯は父親を驚きのあまりまじまじと見つめてしまった。「え、お父様も魔法を知らないんですか?」

 

「いや、その表現はあまり正しくない。僕は魔法について知らないのではなく、魔法の行使が苦手なんだ。」

 

♯は眉をひそめた。「お父様は高等学校を卒業していますよね。学校では魔法を教える事は無いんですか?」

 

「いや、学校では魔法を教えるし、僕はその魔法教育を一通り修めてから卒業した。」

 

「子供の前でカッコつけるのはやめなさいプレス。あなたは魔法以外の成績が飛びぬけて良かったから情けで卒業させてもらっただけで、魔法行使は落第だったじゃない。」

 

父親は情けない顔になって妻を見た。「一人娘にくらいカッコつけさせてよ。」

 

♯は父親の意外な一面を見て驚いていた。へえ、お父上にも弱点があったとは。今まで♯が見てきた父親は、書斎の本の内容を読まずに答えたり、的確に使用人を使って情報を集めたり、♯の画期的な実験に真剣に耳を傾けたりしていた姿だった。時々ふざけているが優秀だと思っていたからこそ、♯は資産運用についての話を真面目にしたのだ。

 

♯はほくそ笑んだ。父親はやはり同世代の中でも優秀だったようだ。そしてその能力をすべて引き継ぎ、父親に欠けた魔法の技能まで備えた完璧な人間がこの♯だ。この家の次期当主であるシャロン・P・ウィッケンハイザーだ。

 

「お母様、お父様。」♯は真剣な目をして言う。「魔法の勉強をしましょう。」

 

***

 

高く、朗々とした声が響き渡る。母の声だ。これから母は、自分が一番驚いた魔法を♯に見せてくれるという。魔法世界で長年暮らし続けた人が一番驚いたという魔法だ、一体どんなものだろうか。

 

例えば、空を飛ぶとか?

 

♯は自分の脳の発想力の無さにガッカリした。そんなありきたりな発想しか出来ない脳だと知っていたら、幼いころに別の赤子の脳に引っ越していれば良かったとさえ思った。

 

そもそも、魔法世界という地球文明とはかけ離れた発展を遂げた世界では、常識すら自分とは違うかもしれない事に♯ははたと気づいた。例えば、ここは人が瞬間移動をすることが当たり前の世界なのかもしれない。虚空から水が湧き出てくる事が当たり前の世界なのかもしれない。そんな世界で暮らす人間にとって一番驚いた事を想像するなんてことが出来るのか?

魔法があると聞いてからの麻痺した♯の脳にはあまりにも難しい問題だった。

 

ta-shadau enterak.(影にはいり)

na-contoura lokak.(その輪郭を見よ)

 

母の声が第二執務室に響く。部屋は執務室と言っても現代日本で言えば会議室のような空間で、普段は規則正しく並んでいる机は使用人さん達が片づけたお陰で広々としている。

♯とその父親であるプレスコット・ウィッケンハイザーに見られながら、母は堂々とした声でゆっくりと古語のような言語を綴っている。

 

na-potari dunelth breakak.(灰褐色の陶器を砕き)

ta-thara ve-tharn deceptarn lokak.(そこに欺なる己を見よ)

 

母の手には20cmほどの杖。始まる前に見せてもらった時は、金属の握りと木製の杖先で出来ているようだった。母はそれをしっかりと掴み、胸の前に掲げて目を瞑り詠唱を続けている。

視界に淡い青緑の光が横切り、そちらを向くと同じ色の複数の光が杖先を舞うように揺らめいているのが見えた。

 

ka-body disarn oatharn layak.(異なる身に共なる忠誠を敷き)

ka-oath disarn betrayarn lokak.(異なる忠誠に仇なす己を見よ)

 

母が詠唱を終え口を閉じた瞬間、青い光が母の背後に集まり一瞬非常に複雑な紋様を描き、そして消えた。♯は光が消える瞬間、確かに潮騒の音が聞こえた事を認めた。

しかしそんな事は忘れ去られた。

 

「どうかしら?」と得意げに鼻を鳴らす母の声は二重に聞こえている。

詠唱をしていた態勢と同じように構えられた二本の杖。

手持ち無沙汰の時にいつもする鼻筋をなぞる右手はふたつある。

 

母の隣には、見知らぬ人が居た…いや、見知った人が、というか。

 

()()()()()()()()()()

 

「おぉお…」♯はなんとも締まらない呻き声をあげた。

 

 

***

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

というのは、まあ、その。

 

驚きはした。

 

いや、実際驚い()()いた。()()()()の衝撃は受けたし、呪文や光の紋様などもとてもそれらしさはあった。ディティールは非常に凝っていたし、どこをとっても作り物にありがちな派手な演出はなかった。映像やアトラクションではなく、こういうものを実際に経験する事は初めてだった。

 

それでも、♯が心の底から驚けない理由があった。

 

というのも…。

 

こういう表現はあまりしたくないが…

 

初めて見た()()()()()()()()というやつが、ありきたりな()()()()だった

 

ということが理由に過ぎなかった。

 

いや、そんな言い方はないんじゃないか?と♯は自分に向けて言ったが、♯からの返答は、NARUTOの第一巻を手渡しされるイメージというものだった。♯は脳内で溜息をついて、現実世界へと帰還した。

 

母は♯を見ている。返事を期待されているのは明らかなので♯は渋々口を開いた。

 

「えー、と。…お母様凄い!どうやってそんな事が出来るんですか!?」

 

母は落胆の溜息を(同時に二回)ついた。「「我が子が大人びていることは分かっていたけど、まさか初めての魔法にも驚かないなんて。」」

 

♯は自分のお母様が思っていたよりも傷ついている事を知り、即座にそれを和らげる言葉を探した。

 

「いいえ、お母様。その、こちらが期待しすぎてしまっただけで、お母様はなにも…」

 

「「シャロン。良いのよ、別にそんなに気にしているわけでもないし。」」と母は♯の隣に(4つの)目を向けた。「「あなたのお父上はこうなる事が分かっていたようですし。」」

 

父親はニコニコと♯を見つめながら「分かっていたなんてとんでもない。だけど♯はこれまでも尋常ではない子だったからね。ありきたりな事にはならないかもしれないとは思っていたよ。」と朗らかに言った。

 

「「せっかくのチャンスだったのに。」」と二人の女性は同時に言い、それぞれ相手の方に杖を向け一言呟くと、♯から見て左側のお母様が流れるように消えていった。消える瞬間にまた僅かに潮騒の音が聞こえた気がした。

 

「またどこかで機会はあるよ。」と夫は取りなすように優しい声で妻に声をかけ、♯の方を向いた。「紹介しよう。ここにおわすは我がウィッケンハイザー家現副当主!かつ領内魔法防衛における単騎最大戦力であるセレスティア・ウィッケンハイザーである!」

 

男は♯をふざけた様子でビシッと指差した。

 

「頭が高い!控えおろう!」

 

♯はそれに従わず、逆に指を指し返した。「わたくしが誰と知ってのその指図か!わたくしは11代続く正当なる貴族家、かのウィッケンハイザー家現当主()()()()の実の娘であるシャロン・P・ウィッケンハイザーであるぞ!そちらこそ頭が高い!控えおろう!」

 

「なんたらとはなんだ!名前はちゃんと言え!」と貴族家当主なんたら氏が文句を言ってきたが、♯はその男が黙るまで「頭が高い!頭が高い!」と言い続けた事によって勝利を得た。

 

「こういう所を見ると、多少年相応にも見えるのだけれど。」と当主夫人が言い、何事かを呟き杖を振った。

 

5歳の娘に口げんかで負けた大人はまだぶつくさと言いながら、ひとりでに動いてきた椅子に従順に座った。その様子を見て勝利の快感を深めた♯も、座りやすい位置に動いてきていた椅子にそのまま腰を下ろした。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「はいはい、喧嘩はそこまでにしてちょうだい。」と手を叩くのは()()()()()()()()()()()()()使()()()()()使()()()()()

 

♯は今座ったばかりの()()を凝視した。非常に緊張した様子で椅子を動かさないよう慎重に立ち上がり、ゆっくりと一歩椅子から離れる。

目は片時もこの突然動き出す木材の塊から離すつもりはない。こいつが()()()()()でも動くようなら、その瞬間を見逃すような迂闊すぎる真似は出来ない。まるで部屋の隅にゴキブリが潜んでいる事を見つけてしまった時のような感覚。

 

息が詰まるような静寂のなか、両者はじっと一歩の距離を保って静止した。

 

少し時間が経ち、手に汗が滲んできた。喉の渇きも感じる。

 

♯は()()に体重を移動させもう一歩離れた。

 

()()()()

 

()()()()()()()

 

………。

 

♯は息をついた。強張った肩が痛みを覚えている事を感じ、意図的にリラックスしようともう一度息をはいた。なぜか指先が震えている。とにかく喉が乾いた。ひとまず落ち着いてからあの()()使()()()()()()()()()のか問い詰めなければならない。

 

乾いた喉のために水を取ろうと足を向けた瞬間、背後の椅子が機敏に動き動物を思わせる緩急で従順に♯の背後で静止した。

 

思わず♯は甲高い悲鳴をあげてしまった。

 




次話は明日の18時です。
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