魔法使い♯ちゃんの世界最適化計画   作:ざし

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静鉄化

 

 

***

 

 

「被告、シャロン・P・ウィッケンハイザーはミッチ氏へおこなった故意の仄めかしなどの一部が、彼とその周囲の人間に対して身の危険を感じさせるような不当な圧力であった事を認めますか。」と父親。

 

それに♯は神妙な顔で頷いた。「はい、お父様。」

 

父親は再度口を開いた。「では、同被告は彼におこなったその圧力を取り消し、さらに今後そのような行為を同氏に与えないことを認めますか?」

 

「はい。」♯は顔を伏せた。「もうしません、お父様。」

 

「では、原告のミッチ氏…いや原告ではないのか。♯ちゃんこの場合なんて言えばいいと思う?」

 

「んー、被告者参加人みたいな言い方はどうですか?」

 

父親は顎に手を当てた。「ちょっと堅苦しすぎないか?」

 

「それもそうですね…」♯は腕を組んで天井を見上げた。「エリンさん、なんかないですか?」

 

「え!?」と扉の前から女性の動揺した声が♯の耳に飛び込んできた。「ミッチ氏は…今の立場としてはその、姫君に脅迫された人という立場ですよね。その場合__」

 

「よしそれだ。」父親は上体を起こした。「では()()()()()()であるミッチ氏は、被告であるシャロン・P・ウィッケンハイザーが圧力を取り消し、今後そのような行為をしない事を誓う時、それを受け入れられますか?」

 

「いや、その……」とミッチ氏。「ええと、まあ…はい。というより先に__」

 

「分かりました。では、もし被告があなたに謝罪の意思があるとした時、それを受け入れることは出来ますか?」

 

「謝罪という程でもないと思いますが、はい。あの、まず先に突然始まったこれの説明を__」

 

「ありがとうございます。では♯ちゃん、謝罪を。」男はまじめくさった顔で言った。

 

♯はその言葉に従順に頭を下げた。「ごめんなさい。」

 

ちょっと!!だからまず先に説明してくださいよ!!!」ついにミッチ氏が爆発した。

 

 

***

 

 

「説明というと?」♯は裏のない態度でそう質問を返した。

 

「いや、()()()()()()」ミッチ氏は、本来であれば領内最高権力者とその後継者に対面している時にすべきでない声をあげた。男は対面に座った人間の立場などという情報を一旦無視する事にしたようだった。「さっきの妙な寸劇はなんなんです!?。突然急に?おままごとをしたくなったとか!?」

 

♯は男の事を、愚か者を見る表情で眺めてしまった。と同時に隣に座る父親から太ももをペシンと叩かれ、慌てて表情を取り繕った。

 

「いや、すまん。」と父親。「今のはまあ、♯が3歳の頃からやってる家庭内裁判の出張版なんだ。ふざけた寸劇とかでは__いや多少面白さを優先したきらいはあるが__まあそういうものではない。」

 

♯は父親のその説明にまじめな顔で頷いた。

 

「はぁ。」と頭を抱えながらうめくのはミッチ氏。「その家庭内裁判というのはつまりなんなんでしょう?」

 

その疑問を受けて父親はクスと笑った。「♯は謝ることが苦手だからな。♯ちゃんが謝れるように、上位者から命令されたから仕方ないという建前を作ってあげるためのものだよ。」

 

()()()()()

 

「ちゃんとごめんなさい出来て偉かったな。シャロン。」父親はわざとらしく♯の両肩に手を置いた。

 

()()()()()()()()」♯はそれを無理矢理振り解いて椅子から飛び降りた。「うるさいうるさい!お父様だってお母様から怒られなきゃ、お部屋の片付けしない癖に!」

 

「はあ!?それとこれとは別の話だろ!」

 

♯は扉の前に立っていた騎士エリンの後ろに回った。「エリンさん!偉そうな方の男に単射撃魔法!」

 

「え?え?」と混乱した声をあげるのは女性騎士。

 

「早く!あの()()()()()()()()()()()()ですよ!」と♯は叫び、直後に騎士エリンの後ろに体を隠した。

 

「隠れても無駄だ!シャロン・P・ウィッケンハイザー!君はすでに包囲されている!」

 

♯は騎士エリンから少しだけ頭を出した。()()男は両手を広げてゆっくりとこちらに向かってきている。

♯は焦って女性騎士の腕を引っ張った。「エリンさん早く!早くしないと捕まっちゃいますよ!」

 

騎士エリンは♯の要求には従わず、おろおろと頭を抱え始めた。

 

父親は()()()笑みを浮かべながらゆっくりと近づいてきている。♯に残された時間はもうほとんどない。

 

♯は覚悟を決めた。こんな手段は取りたくなかったのだが、しょうがない。背に腹は変えられないのだ。

 

♯は胸ポケットから杖を取り出して目の前の女性騎士の胸の辺りに突き付けた。「()()()()エリンさんがどうなってもいいんですか!?()()()()()()()()()()()()

 

()()!?」と脅迫の種にされている女性から悲鳴のような声が上がったが、♯はそれに取り合わなかった。

 

「あー…。」父親は少し黙ったあと、心配そうに口を開いた。「♯ちゃん、その体勢だと腕が大変じゃない?」

 

♯は自分の仕草を俯瞰した。確かに、杖をエリンさんの胸元に向けるこの体勢だと腕をほぼ真上に上げなければならない。ずっと続けるのは難しそうだということは♯にも推察出来た。

 

「でもお父様、腕が辛くない位置だとここになりますよ?」♯は騎士エリンの太ももの辺りに杖を置いた。

 

「いや、エリンさんに屈んでもらえば良いんじゃないか?」

 

♯はエリンさんの腕を引っ張った。「エリンさん、ちょっと屈んで下さい。」

 

「え?あ、はい。」女性騎士は従順に腰を下ろした。♯はその首元に杖をあてた。杖の腹を首筋に当てているので、怪我の心配もない。

 

♯は無理な体勢でないか一度確認し、それから父親と目を合わせた。再開だ。

 

父親は再び口を開いた。「シャロン!ここはもう包囲されている!大人しく投降しなさい!今投降するなら、髪が薄いと言ったことは不問にしてやる!」

 

「めちゃくちゃ気にしてるじゃないですか!嘘つき!バカ!」

 

その時、扉がノックされてその場の全員が静まった。

 

「歓談中申し訳ありません。」と扉の外の声は言う。「物音が聞こえましたが、何かございましたか?」

 

♯は()()()()()父親の隣へ並びながら身なりを整え、父親は椅子の位置を()()()()()()()()襟元を正し、騎士エリンは全ての痕跡が()()()()()()()()扉を開いた。

 

「ああ、工房長。ご迷惑だったかな?」とにこやかな表情の父親が言った。「()()少々はしゃいでしまって__」

 

「いえ。」♯は割り込んだ。「()()()()楽しい商談に興奮してしまって、大きな声が聞こえてしまったようですね。申し訳ありません。」

 

「いやいやシャロンちゃん。それでは誤解を招いてしまうからね。本当は__」

 

「工房長様、ご心配には及びません。」♯はもう一度割り込んだ。「お仕事に差し支えるようでしたら席を外しますので、仰っていただければ……。」そこまで言った♯は悲しそうに目を伏せた。

 

恰幅のいい男性は恐縮そうに首を振った。「いえ、滅相もございません、お嬢様。騒がしいなどとは、全く考えてもおりませんよ。」

 

「では、もう少しこのお部屋を使わせていただくことは可能かな?」父親がにこやかに♯の後を引き継いだ。「技術担当の彼ともう少し、込み入った話をしたいと思っていてね。」

 

「ええ。それはまったく問題ございません。」工房長は頷いた。「では、私はこれで失礼させて頂きます。ごゆっくりお過ごし下さい。」

 

「ありがとう。ああ、それと。」父親は背を向けた彼に向かって、さりげなく声をかけた。「工房長、後で時間は取れるかな?麦の話を少しね。」

 

 

***

 

 

喜びを隠しきれない態度で扉を閉めた男性を見送ってから、♯は口を開いた。「あの方は分かりやすいですね。それでお父様、()()()とはなんですか?賄賂ですか?」

 

父親は目を見開いた。「なんで僕が工房長なんかに賄賂を…。いや、麦の話というのは単純にお金という意味だよ。文脈的に彼は融資の話だと思っているんじゃないかな。」

 

♯は曖昧に頷いた。「なんで工房長さんに賄賂を渡すのはダメなんですか?」

 

「ああ。」父親は頷いた。「賄賂は基本的に立場が()()人間に()()人間が便宜を図ってもらう目的で渡すものだからね。お金を渡してでも絶対にやってもらいたい事、とかじゃない限り僕はただ指示するだけで済むから。」

 

♯はその返答について考えながら無意識に椅子に登った。まあ、領内の最高権力者ならそういうこともあるのだろうか。

 

父親も同じく隣の椅子に腰掛け、口を開いた。「すまないな、ミッチ氏。それで話を戻すが……杖の秘密を漏らすと家族が危険になるとか?」

 

「いや、この流れでそこに戻ってくるんですか!?」ミッチ氏は大きな声を出したが、直後に口を押さえて周囲を見渡した。幸い部屋の外がざわついている気配はないようだ。

 

♯は親切心から声をかけた。「ミッチさん、大声を出すのはやめた方が良いですよ。」

 

「誰のせいだと……。」男は頭を抱えた。

 

「……戻しにくい話題だとは思うが、ミッチ氏。」と重苦しい空気の中、父親が口を開いた。「大事な内容ではある。話してくれないか?」

 

彼は頭をあげ、ため息をついた。「まあ、そうですね。分かりました。杖作りの秘密を知らない方に話すのは禁忌なんですが、お嬢様はもうすでに禁法書を読んだことがあるようですし。」男はもう一度ため息をついた。「一体どうやってあれを見たのか……。」

 

「えっと、それに関してなんですが……。」♯は申し訳なさを感じながら口を開いた。「確かに少し前に杖作り職人の書いたものを見たことはあるんですが、それは杖芯の詳しい加工法とかそもそもなぜこの内容が秘密なのか、みたいなものはまったく書かれていないただの図録のようなもので。()()()()()()()()とか()()()()()()()()()()()()()()はほとんど推測による鎌掛けなので……。」

 

「私はそれに引っかかったわけですか。」男は目に見えて気を落とした。「まあ良いでしょう。基本的にもう害はない訳だし。しょうがない。」

 

♯は彼のその反応に、今更ながら罪悪感を感じた。「あの、ミッチさん……。」

 

「いえ、お嬢様からの謝罪は不要です。こちらの注意不足というだけですからね。バカな男が、頭の良いお嬢様に翻弄されたというだけです。」そこで終わり、というように男は言葉を切った。

 

そして彼は椅子を引いて立ち上がり、引き結んでいた口を開いた。「領主様、ならびに後継者様。これからお話する事は杖作りの秘伝でございます。くれぐれも他言なさらぬよう、何卒、伏してお願い申し上げたい。」

 

 

***

 

 

魔術師第16番(プロメテウス)。彼がこの技術を広めた、というのは本当の事です。私が聞いた話では、六十年ほど前に突然現れた異様な老人が、各地の街々で職の無い若者を集めて、無から工房を生み出して仕事を与えて回ったそうです。今でいえば、王都の構築師様みたいに。そして、その工房の()の部分に禁法書を置いて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。と厳命したそうです。それらが破られた時、工房は()()する、と。まあその…恐らくですが、王都の工房で起きた数年前の事故は、これが原因ではないかと。」

 

男は一度言葉を切り、続けた。

 

「それで、秘伝の内容ですが。まず原料から違います。原料を区別出来なければ杖を作る事は絶対に出来ません。石同士を叩いた時の火花の飛び方、加熱後の脆さ、冷やした時の割れ、音、柔らかさ、痛み水に浸けてからの表面の手触り。これらを全部見て、杖に向くものだけを残すんです。半分以上は弾かれます。」

 

「この工房に来た当初、その話をしたら鼻で笑われましたよ。歩留まりを減らす気か、と。」男は苦笑した。「まあ、気持ちは分かります。材料費が倍近くになりますから。ただ、選り分けた素材で作ったものとそうでないものでは、仕上がりがまるで違います。お偉い家への納品物には今でも選り分けた素材を使っています。今の所文句は聞かないです。」

 

「次に、加工の話です。」ミッチ氏は少し背筋を伸ばした。「杖作りで最も重要な工程を、私たちは静鉄と呼んでいます。()()()()()()()金属棒を炉で真っ赤になるまで加熱して、そのまま耐火布に包んで、木製の小屋の中でゆっくりと冷ますんです。急いで冷やしてはいけない。これだけです。やっている事は単純ですが、禁法書では一番気を使うべき作業と書かれていました。」

 

「この工房では、今はその順番で静鉄をしていません。」男は少し間を置いた。「静鉄をすると金属が柔らかくなる。柔らかい方が加工しやすいので、途中の工程に挟む形になってしまっている。杖作りとしては禁忌ですが、ここは杖工房ではないですから。それについては文句は言えません。」

 

「ただ。」ミッチ氏はそこで含み笑いを漏らした。「この工房に来てすぐの頃と、緊急の注文には時々杖と同じ方法で作ってます。多少柔らかくなるけど、鍛える手間を考えるとかなり早く仕上がるんです。金属食器とか、暖炉周りの家具とかそういうものは多少柔らかくても良いので。ああ、そう。これは笑い話なんですが、去年頃にきた領主様からの大量注……。」彼はそこで不意に言葉を切った。「いや、まあ。そういう訳でした。」

 

 

***

 

 

「いやいやいやいや。」と父親がたまらずに口を挟んだ。「流石にそれじゃ誤魔化しきれないだろ。最後に言いかけた事はなんだね、ミッチ氏。」

 

「いやぁ…。」露骨に汗ばんできた男は二の腕をさすった。「いやぁ…。その、ものは相談なんですが…。どうか誤魔化されて頂く事は出来ないかと……。」彼はか細い声でそんな事を言い始めた。

 

父親は顎に手を当てた。なにやら楽しそうな雰囲気だ。正面には見えないよう気を使っているようだが、口角が上がっているのが見える。「一考の余地はある。だがそのためには言いかけた内容を聞かない訳にはいかない。知らんままでは始まるものも始まらないだろう。」

 

ミッチ氏は、♯と父親に向かって頭頂部を見せた。これで♯にとっては、ここ半年で最もよく見た頭頂部ということになった。

 

頭頂部は声を出した。「ゴミを売りつけたという話などではありません!ただ……現場が忙しいタイミングで領主様からの大型注文が来たので、担当者が断るために吹っ掛けたら、その条件で先方が頷いてしまったので、その、なんというか……。」

 

頭頂部からの声が止まった事に気づいた父親が、ニマリと笑って口をひらいた。「その、なんというか。()()()()

 

頭頂部が震え始めた。「いえ、ですから…、えっと……。」

 

「いえ、ですから。えっと。…()()()()()()()

 

「それは……。」頭頂部の震えはついに止まってしまった。「それは……。半分以上静鉄だけして出荷しちゃいました!!ごめんなさい!!

 

「まあ、どうせそんな事だろうと思った。」父親は深いため息をついた。

 

 

***

 




次話は来週中です。

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