魔法使い♯ちゃんの世界最適化計画   作:ざし

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(魔法行使の表現として使っているアルファベットは英語とは別のものなのでスペルミスではありません。(念の為))


魔法行使論

母は♯の懸命な訴えでは不愉快な笑い_お腹を抱えて笑う_を辞めるつもりはないようだった。

父は♯をコケにしたあの座りの悪い性根の腐った椅子ったれを燃やすことも破壊する事もなくただその上に座っている。まるでそうするだけで安全が確保され全てうまくいくというような態度だ。

 

「椅子が!動いた!!お母様!椅子が!なんで!」

 

魔女はお腹をおさえてうずくまってしまった。謎の布の塊となった元は母親だったそれから笑い声が漏れ聞こえる。

 

隣の男が口を開いた。「実は、この世界には魔法があるんだ。」

 

「魔法が!魔法がある!!」♯の脳はようやく、今になって初めてその事実を認識したようだった。

「うわあああああ!!魔法があるなんて!そんな!魔法が本当に、本当にあるなんて!なんで!?いやそれよりも!という事は、という事は、という事は!?私も魔法が使える!?魔法を使える!?どんな!?いや、まずどうやって!?」

 

♯の脳が魔法を使うための方法を導き出し、♯の体に杖を手に持てと命令した。

 

次の瞬間、杖が笑い転げて布の塊となっていた魔女の手に飛んでいった。

 

「思い付きで魔法を使おうとしてはダメよ、♯。」

 

「確かに、監督もなしに宇宙を変革させようとしてはならないのは分かります。」♯は納得して頷いた。「では監督してください。」

 

「ダメです。魔法の実践の前にまずは座学を受けてもらいます。」

 

「座学!座学があるんですか?」♯は勉強が大好きだった。「すぐに始めましょう!」そう言って(さっき動き出した椅子とは別のものを壁際から引きずってきた)椅子に行儀よく座った。

 

座学という単語を聞いて隣から男の呻き声が上がったが、その妻とその娘は無視した。

無視された事を悟った父も机と椅子を整えて座り、ようやく魔法の説明が始まった。

 

 

***

 

 

「魔法は問題の全てを解決できる万能の力ではありません。」

快活さを抑え厳格さを表層に出した声で、母でありこの家の魔法教育を一任された魔法使いが言う。

「魔法には様々な限界があり、それを超えた効力の魔法を使う事は決して出来ません。魔法には実現不可能な出来事はなさそうに見えますが、その力には限界があります。」と言って魔女は長詠唱を行って自身の分身を出現させた。そのまま両者は杖で相手の体を示す。「このように、この分身は完全に術者の鏡像としてしか動作せず、分身個人の自己意識的な動作はおろか反応や声までも一切相手との差異が起こりません。術者が新たに身にまとったものは動きを模倣する過程で虚空から同じ見た目の物品を取り出し身に着け、分身が現れてから外したものは単にその場に留まります。」

 

「唯一の違いは、」といって両者は杖を相手に向け、同時に呪文を唱えた。やはり♯から見て左側だけ風になびかれるように消えた。「魔法行使の能力の有無です。分身は一切の魔法を行使できません。分身に分身を作り出す魔法を唱えさせたとしても、現実には何も起きません。分身と同時に単射撃魔法を唱えても、同時に二射される訳ではありません。研究では、この魔法は人間を作っているのではなく虚空の見た目を形成しているだけではないかという見方が広まっています。」

 

♯はそっと、この分身魔法を巧妙に使って神になる方法のうちの大半を脳内から削除した。この説明から、分身が分身を作り出し、それらが新たに分身を作り出し、更にそれらが分身を作り出す単純な増加サイクルを上手く使って国や領地が運営されていない事の説明がつく。♯が分身魔法を見てから0.5秒後に思いついた方法くらいは流石にこの世界の人間も思いついていたようだ。とはいえ、分身それ自体に魔法が影響を与えるのかという検証は必要そうだ。

 

ta-wind swirlarn obeyak(逆巻く風に倣い).

na-steela frailarn strikak(脆い鉄鋼を打て).

 

魔女が壁掛けの火の灯っていない松明に向かって杖を向け言葉を唱えた。

松明は自然に発火し(たように見え)元々明るかった部屋を更に照らし始めた。換気窓から煙が逃げていくのが見える。

 

「今の呪文は、発火魔法の完全詠唱と呼ばれる、3節2連からなる詠唱です。この魔法は今日教える中で最も危険な魔法です。通常は高等学校で習うものですが、♯にはすでに独力で壁を焼き焦がす力があることから、この魔法の使い方を教えると同時にこの魔法の危険性と消火呪文を一緒に教える事にしました。」

 

♯は多少の罪悪感を覚えたが、すぐにそれを上回る喜びを感じた。意図してでは無かったが…まさか()()()()()を得ることによって魔法取得のタイミングを早める事が出来るとは思わなかった。これは恐らくクリア速度を競う競技(RTA)では()()の技術だろう。♯は一応脳内メモのこの技術の欄に☆マークをつけておいた。念のため。

 

「発火魔法は、日常でそれなりに頻繁に使われている魔法です。調理や清掃、室温の維持など熱によって得られる利益は生活に欠かせない物になっています。つまり、この魔法は非常に行使された回数が多いという事です。

こういった、大量に使われ続けた魔法の多くには短縮詠唱と呼ばれる、1節から2節で構成された発音が容易な呪文が存在します。」

 

dimmak(消せ).」と眼前の魔法使いが松明に杖を向けて言い、炎は一瞬にして姿を消した。薄い煙が立ち上ったが、それもすぐに消えた。

 

「今実演したのが、消火魔法の()()詠唱になります。この魔法も発火魔法のように大量に行使されているため、短縮詠唱があります。

初学者の勘違いとして代表的なものに、短縮詠唱で行使された魔法は完全詠唱で行使された魔法と比べ効果が弱いと考える、というものがありますが、それは()()()間違いです。魔法の複雑性に応じて呪文の単語数が増える事は事実ですが、それは()()()()()()()()()()を比較した時に現れる特徴であり、短縮詠唱には全くあてはまりません。短縮詠唱で唱えられた魔法の効力の全ては、同じ魔法を完全詠唱で唱えたものと一致します。」

 

♯は手をあげた。

 

「♯さん、なんでしょうか?」と教師から母へと姿を変えた魔女が返事をする。「お話が長かった?」

 

「その、表現からの推測なんですが」と♯。「魔法の短縮詠唱というのは()()()()()()()ではなく、魔法そのものに対応付けられた…いわば()()()使()()()短い呪文という事ですか?」

 

母は目を見張り、それから満面の笑みになった。そして教師に戻った。「いい質問ですね。解答としては、部分的にそうと言えます。

まず()()として、魔法は杖を持ち言葉を言うだけでは発現することはありません。発火魔法を使うには、発火魔法を使っている様子を目で見ている必要があり、自身が発火魔法を行使している様子がイメージ出来る状態になっている必要があります。

実際に魔法を行使する段階で、呪文を唱えると同時に対象物が発火する様子、それを自らの力で起こす様子をイメージする必要があります。このイメージを持つことが出来なければ、他の条件_例えば、杖の品質、声量、場所や修練期間の長さなど_が整っていたとしても魔法が発現することはありません。

そして、完全詠唱でそのイメージを生む事を覚えた魔法使いが短縮詠唱に初めて挑戦するとき、多くの魔法使いが完全詠唱と比べあまりにも短い詠唱の長さに困惑する事になります。そして、この短い詠唱の間に魔法のイメージを作り上げる事が出来ず非常に苦労します。短縮詠唱は()()()技術です。その点では、個人の能力による魔法だと言えるでしょう。」

 

「ですが、短縮詠唱という現象をなんらかの方法で生みだす、あるいは組み替える、人為的に操作する、といった事は出来ません。完全詠唱の魔法は数年に一度発明されその度に界隈を賑わせていますが、短縮詠唱を()()()()という事例は一切ありません。短縮詠唱自体は稀に発見される事がありますが、そのいずれも発明や開発ではなく()()という報告に留まっています。この事から、短縮詠唱はその魔法に対応付けられた、組み替えや変化の効かない現象として知られています。」

 

魔女は息をついた。僅かに不満そうなその様子を見て♯はその心境が分かった。呪文が()()()短く使いやすければ、と思う場面は多いはずだ。魔法が()()()自由度の高いものなら、と思う場面は更に多いはずだ。

 

「人によっては魔法を短縮詠唱から教えようとする事もあるようですが、()()そうするつもりは一切ありません。娘に()()()()()事をしようなどとは全く思いません。短縮詠唱を教えるというのは、料理のレシピだけを教えるようなものです。覚える事も多くなく、楽にイメージを掴むことも出来るため最初は楽ですが、すぐに立ち行かなくなります。

これが問題となるのは、短縮詠唱から魔法を覚えたことによって癖がつき、完全詠唱の魔法を行使する時に悪影響が出ることがあるためです。魔法を習得するには、呪文の文言の意味を()()()()()()()ところから始まります。つまり、魔法習得には言語学習の側面をあわせ持ちます。完全詠唱の呪文の意味と、意味によって想起されるイメージを紐づける訓練を積み、呪文とそれに対応した魔法を相互に反射的に想起出来るようになって初めて、魔法を習得したとみなせます。

短縮詠唱の種類は極めて少なく、完全詠唱の魔法によってしか解決できない問題は至る所にあり、また貴族家当主としての国家的義務には完全詠唱の魔法を要求されているものもあります。

なので、完全詠唱の魔法をおおむね習得したと判断するまであなた達に短縮詠唱を教える事は()()()()()。」教師は♯の方を見た。「お母さんの目を盗んでどうにか短縮詠唱を覚えようとすることは()()に許しません。使用人さん達にもこの事は伝えてあります。もし誰かが短縮詠唱を教えようとしてきたときは、目をあわせず口を開かず相手の言葉を無視して()()報告してください。いいですか?」

 

♯は深々と頷いた。「大変よく分かりました。」

 

ここまで説明してくれた事に♯は非常に感謝していた。5歳の娘にここまで説明してくれる人物はほとんどいない。この世界の高等学校の全教室を俯瞰して見ても恐らくここまで詳しい説明が受けられた人間はいなかったのではとすら思う。この人物が自身の母親であり、更に♯に初めての魔法教育を授ける教師だという。じわじわと内心の興奮が顔に現れつつある事をうっすらと自覚した。実は、案外神になることは簡単かもしれないと♯は思った。

 




次話は明日の18時です。
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