魔法使い♯ちゃんの世界最適化計画   作:ざし

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宇宙連続性について(その2)

***

 

 

何度かの拒絶と応答から、何度かの拒絶と応答を挟み、そして更に何度かの拒絶と応答を重ねた結果、♯は最終的にこうして動きやすい服装で立っていた。

 

場所は例のごとく第二会議室だ。机は使用人さんによって片づけられ、人数分の椅子と小さな机だけが残されている。

 

目の前には♯の母であるセレスティア・ウィッケンハイザー。魔法教育の場ではいつもそうであるように、髪を結んでひとつに下げ、動きやすい服装をしている。その隣には女性騎士エリン・ウリツカヤ。軽装だが正式な騎士服を身に着け、感情を悟らせない表情で佇んでいる。彼女は♯からの治癒魔法の指導依頼をすぐさま上司に報告し、結局母親が教育を()()()()()()こととなった。

 

部屋の端にはなぜかウィッケンハイザー領現当主である男も座っている。男の目の前の机には執務用の一式が揃って並んでいて、それを監視するように立つ当主付き使用人から無言の圧力を掛けられ続けている。♯は一度だけそちらに目を向けたが、父親がそれに気づいて笑みを返してきた事を、単に無視した。男との見解の相違はいまだに解決せず、あれから何も変わらずそのままの状態で置かれている。

 

()()()()()()()()()。」

 

目の前の教師はコツコツと木張りの床を叩き、♯の意識が向いたことを認識してから口を開いた。表情は硬く、鋭い。「これから♯が学ぶ魔法は、非常に危険であることをまず理解してください。この魔法は極めて危険です。使()()()()()()()といった前置きなく危険です。手順を踏めば安全に使えるという保証のあるものではなく、()()()()()()()()()()()魔法です。

 

治癒魔法は、人間の傷を塞ぎ痛みを和らげる()()()()()魔法です。この魔法が行使されれば()()傷が癒えるといった保証は、治癒魔法には()()()()()。この魔法は傷を塞ぐ魔法ではなく、痛みを和らげる魔法でもありません。時々、そのような事が()()()()魔法というだけの魔法です。この魔法の卓越した実力者であっても、実績として成功確率は6割を切ると言われています。

 

この魔法の真に危険な部分は、魔法の対象への影響の有無に関わらず、()使()()()()()()悪影響があるという点です。♯が治癒魔法の呪文を唱えれば、成功の有無に関わらず、()()()()はっきり頭痛を感じるはずです。同じ対象へ治癒魔法を連続で使うと、対象ではなく行使者が激しい頭痛と手足のしびれに襲われ、意識を失います。意識を維持する魔法を使うことで限界を超えるような連続行使は、恐ろしい速度で身を焼くという記録もあります。

ある魔法使いは、頭を撃ち抜かれた仲間に対し、治癒魔法を休息を挟まずに1()3()()連続で行使し、その直後に頭から血を流して倒れました。彼らは……」

 

教師はそこで一瞬言葉を途切れさせた。

 

「二人とも私の同僚でした。私は戦場で、彼ら二人を()()()看取りました。」

 

母親は強く目をつむり、深く息を吸った。

 

髪を振って呼吸を整えた母親は、平常に戻ったように見えた。明瞭で、丁寧で、快活。けれど♯は、母親のその姿に危うさを感じた。重心がほんのわずかに揺れているように見えた。

 

母親は何事もなかったかのように口を開いた。「なぜ連続行使が危険なのか、という問題はいまだに解明されていません。♯ちゃんのことだからこの問題に取り組もうとするかもしれないので先に宣言しますが、その場合、()()私を同席させるようにしなさい。これは依頼ではなく命令です。良いですか?シャロン。この分野に関わろうとするのであれば、自身や他者の命が突然潰える可能性を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

教師は極めて真剣な目で♯をじっと見つめた。♯はそれをしばらく見つめ返し、それからほんの僅かに目を伏せた。目をあわせると、母が経験した過去を考えてしまいそうだった。

 

「分かりました、お母様。」♯は頷き、そして明るい表情で口を開いた。「それじゃあ、そろそろ実践してみても良いですか?といっても、治癒魔法ってどう練習するんですか?()()()怪我をするとか?」

 

 

***

 

 

3分後。

 

♯は不承不承ながら、今のこの場では、()()()三人の保護者の指示通りに動く方が()()()()効率的だということを認めた。何らかの意見を表明すると同時に三方向から反対意見が飛んでくる環境を作ることが出来るのであれば、世界一頑固な人間の意見さえもひっくり返せるだろうと♯は思った。

 

「それで、私は教室のどこに立っていれば良いですか?もう一歩くらい右?左の方が良いですか?ああ、それと、今は呼吸しても良いですよね?」

 

「♯ちゃん、そんなに卑屈にならないで。ほら杖を出して頂戴。」

 

♯はその言葉に目を見開き、それから笑みを見せぬよう口元を手で抑えた。「お母様。実はですね、シャロン・P・ウィッケンハイザーは昨日の旅の中で成長し、なんと杖を持たずに魔法を行使する事が出来るようになったんですよ!」

 

母親はしばらく、首を傾げ沈黙した。

 

そして叫びだす寸前のような反応をしながら♯の方へ詰め寄った。「()()()()どういうこと!!?どういう事ですか?!事によっては、基礎魔法論も創発化法則も、あのメルヴィル=イシュメール理論すらもひっくり返るような出来事___」

 

そこで会議室の扉が音を立てて開かれ、外から騎士の一人が足早に侵入してきた。

彼は当主付き使用人へ何事かを言い、彼はそれを現当主へと伝えた。目を見開いた現当主は二人を引き連れその場を慌ただしく去った。

 

♯は一連の反応を二度まばたきする事で受け流したが、そのひとつ前の母親の単語が妙に気になった。

 

「『Call me Ishmael(イシュメールと呼んでくれ)*1』?」

 

「え?」と母親が反応した。「なんて言ったの?」

 

♯は腕を組んで目を閉じ、背後の椅子に腰を降ろした。♯は今、非常にはっきりとした違和感を感じていた。

 

思えば、()()()()()という単語もそうだった。()()()()というお菓子があると知った時もそうだった。荷車を見た時もそうだった。ロウソクも、穀物栽培も、建築様式も、服装も、生活習慣も、他にも色々なものを見て、♯は薄っすらと違和感を覚えていた。けれど♯はなぜか、これらを真面目に考えようとしなかった。()()()()()()()()と判断してしまっていた。

 

それが母親の言葉によって、今この瞬間、疑問の俎上に上がった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

***

 

 

♯は自身の脈が上がってきたことをはっきりと自覚した。この発想はゲームチェンジャーになりうる。

 

文化の発現は、基本的に極めてランダムに起こる。特定の地域に集まった人間集団は、元々ほとんど同じ生活様式だった場合でさえ、数世代のうちに特定の独自の文化を生み出す。例えば言語__同じ東アフリカ大陸の一集団から出発した人類が、数万年で7000以上もの独自の言語を生み出すに至った__は、その最たる例と言えるだろう。

 

もちろん、その言語のひとつひとつに、地政学的な見解からそれらが生まれた根拠を示すことが出来るのではないか、という反論をすることは出来る。つまり環境に適応する形で文化が育まれるのであれば、それは完全にランダムとはいえず、ほぼ同じ環境であれば同じような文化へ収束していくのではないか、と言えなくもない。

 

♯は自身の脳たちを緊急で集め、この発想を脳内に浮かばせた部分の脳を初期化するにはどうすれば良いのかしばし話し合った。

 

[監視リストNo.15]と名づけられた部分の脳がついに口を開いた。「懐疑的な部分の脳を排除しようとするのはもちろん、脳にとって最高の行動だと思うよ。」[監視リストNo.15]は♯の脳に向かって、優雅な動作で一度だけ拍手をした。

 

♯は脳たちを解散させ、議論へ戻った。

 

つまり地球文化とこの世界の文化が極めて似ているという観察は、環境による収束として説明できると?と♯は懐疑的な側の脳に言った。その主張にはひとつ重要な見落としがある。観察:この世界は常に薄雲に覆われ、重力の強さが局地的におかしく、そしてなにものかが作ったであろう魔法という技術がある。そしてそのどれも、地球にはない。

 

[監視リストNo.15]は顔をしかめる__そうとしか表現できない謎のイメージ__を返した。「とはいえ、なんらかの固有の原因はあるはずだ。ヒトと極めてよく似た生物が地上を支配している土地であり、()()その文化が極めて地球と似ていて、()()私自身という人格がたまたま現れるという確率は、それが完全にランダムなのであれば、非常に雑な推定でさえ天文学的な数字になる。それが偶然起きたとするのは、なんというか、()()()()

目という器官が脊椎動物、頭足類、節足動物のそれぞれでほぼ独立しながら、しかし電磁波を読み取る装置として収斂進化したという事実がある。ここには、光__電磁波__という物理現象の感応を持つことが生存にとって優位だった、という構造的な理由があった。

オッカムの剃刀的思考は眉唾と捉える必要があるのもまた事実だが、固有の原因が全くないと考えるのは愚かだ。」

 

()()()と♯は思考した。遺伝子は問題に対処するとき、進化の前段階で試みた対処を取ろうするモチベーションが働く。元を辿れば同じ種である以上、問題への対応方法も似ることはなんらおかしくはない。遺伝的に一切の関係がない種同士であれば収斂進化は起きにくそうにも思える。そのたとえはおかしいのではないか__

 

♯のパッシブで働く部分の脳から【()()()()()()()()()】が鳴り響き始め、♯は思考を切った。

 

「問題に戻ろう。」と[監視リストNo.15]が言い、♯と♯の脳は頭を悩ませた。

 

こういうのはどうだろう。と♯は♯の脳に声をかけた。天子という神話がある。あの話の内容が一片の事実を含んでいるとしたら?つまり、天にいるヒトが地上に降りてきて、この地に定着した。そして♯自身のような転生者が文化的な土台を作り上げた、というもの。

 

「は?」と♯の脳から一斉に非難の声があがった。「現実を説明しようとする気がないのなら、口を開かない方がいい」

 

♯はこの意見に思わず胸を抑えた。

 

「つまり。」と懐疑的な脳の部分は痛烈な声を出す。「この世界は地球と地続きの宇宙と仮定するという事で良いのか?」

 

脳のその意見に批判を向けようとした♯だったが、もうコンマ3秒考え、口を閉じた。

 

♯はおずおずと思考した。(自身の脳に向けて意見を表明する事を怖がるのはおかしい、と♯は一瞬考えたが、♯の脳がその思考を蹴とばした。♯は身を竦ませた。)

でも、現実をフラットに見た時に考えられる発想として、♯自身のような転生者が歴史上で他に一切居なかったとは、正直な所考えにくい。もちろん♯と同世代の天子が他にも居るという事は知っているが、この国の歴史ではそれ以前の天子については明確な記述はない。記録がないという部分を見て、単に天子が過去存在しなかったんだろうとする思考は、少し朴訥すぎる。

 

懐疑的な脳もこれには同意の反応を返した。そして咳払いのイメージを送った。「とはいえ、あえて避けたであろう残りの問題についてはまだなにもないが、良いのか?」

 

♯は肩を竦めるジェスチャーを脳に返した。まあ、その部分は後で考えれば良いんじゃない?

 

脳は大きく息を吐くジェスチャーを返し、口を噤んだ。

 

(セレスティアと女性騎士は、突然内容の全く理解できないなんらかの言葉を発してから数分間、椅子に座ってぶつぶつと独り言を言い続けている♯を見つめ、そして互いに目を合わせた。セレスティアは苦笑し、首を振った。)

 

「あの、♯ちゃん?」とセレスティアが声を掛けた。「考えは纏まった?」

 

♯は大きく頷いた。「そうですね。まあある程度は。それで結局()()()()()=()()()()()()()()()ってなんですか?」

 

セレスティアは鼻筋を擦った。「説明しても良いけれど。まずは治癒魔法をお勉強しない?」

 

 

***

 

*1
ハーマン・メルヴィルの小説『白鯨』(1851年)の冒頭の一文。「私をイシュメールと呼んでくれ」という意味で、英語圏では最も有名な書き出しのひとつとして知られる。




次話は来週中です。
(注釈機能を初めて使ったので、読みにくい等あれば仰ってください。)
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