魔法使い♯ちゃんの世界最適化計画   作:ざし

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(R-15)(残酷な描写)を感じるシーンがあります。


諸刃(ファルマコン)(その1)

***

 

 

着弾の1秒前に目を覚ましたセレスティアは、自室からのわずかな光からそれが()()()()()()()()()だと直感した。屋敷から丘までの距離は概算で5kmほど。肉眼はおろか、魔法による遠目でさえ相手の姿は見えない。

 

それを認識した瞬間にセレスティアの唇が反射的に動き、自室の窓ガラスはそれによって従順に消え去った。セレスティアは革靴の紐だけを指にかけ、すぐさまそこから飛び降り壁を蹴った。

 

空へ身を踊らせ、壁側を向いたセレスティアは杖を構えた。目的地は街を見下ろす小高い丘。4節の詠唱から生まれる暴力的なほどの突風が彼女の体を叩き、そして驚異的な速度で丘へと体を運んでいく。

 

あの丘に陣を置いているであろう長距離火力部隊の対処は、未だ全貌の見えないこの襲撃の中でさえ()()優先度の高い行動だった。一方的にこちらに攻撃し続けることの出来るユニットを放置することの意味は、単にこの一連の戦闘に即座に敗北するというだけに()()()()()。陣を置く彼らにまともな判断能力があるのであれば、被害を最小に抑えたとしてもあの丘の上に堅牢な要塞が建つことになる。最悪の場合のことは……考えるまでもないだろう。

 

空の上で革靴の紐を締めながら、セレスティアは一人息を吐いた。

 

もちろん、セレスティアの心配はすでに陣が敷かれているであろう火力部隊の単騎撃破が可能かどうかではない。そんなことは難しくもなければ、時間のかかることでもなかった。付近に民間人のいない丘の上という立地は、セレスティアにとって周囲を気にせずに魔法を行使してよい場所という意味になる。地形の変化には気を配らなくてはならないが、対処可能かどうかを心配するようなことではなかった。

 

だから、セレスティアの心配はやはり、その間屋敷に残すことになってしまう娘を含めた守るべき人たちについてだった。

 

結界や街道への攻撃、街中での小さいが対処の難しい工作、これらを継続的に引き起こし続けこちらを疲弊させた上での深夜の初撃大火力による奇襲。ここまで効果的な手順を取る相手が、遠距離攻撃程度で満足するとは思えない。というより、これらの全てがこれから起こる本命を通すための布石としての機能しかない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

彼らの布石は、堅実に()()()()()()()()()()()()()()()()置かれていた。相手に発見されることを恐れるようなものではなく、相手に発見されることを前提に、負荷を与えることを目指して行われていた。こちらは思惑通りに対処に追われ、それによって屋敷と騎士団全体が疲弊した。その状態で、放置してはならない長距離火力部隊を投入した。

 

どこかに構えている地上部隊への対応のために残り長距離部隊の築城を許すか、最速で長距離部隊を撃破し地上部隊の侵攻を許すか。この二者択一が設計された段階で、すでに選ぶべき選択肢は確定している。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

暗い空の上、セレスティアの遥か頭上を閃光が駆け抜け、またしても屋敷へと着弾した。

 

セレスティアは歪んでしまいそうになる表情を抑えた。()()()()()()と叫ぶ感情を抑えた。戻って助けろと叫ぶ感情を抑えた。()()()()()()()()という声をそれでも無視した。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

強制手だ。セレスティアは強制手を選ばされた。

 

 

***

 

 

強い衝撃と轟音によって♯は飛び起きた。暗い自室の中、反射的に枕元の杖を掴んだ♯は息を落ち着かせながら状況を把握しようと周囲を見回した。

 

シンとした、暗い室内。♯の自動操縦の部分が燭台に杖を向けて火をつけようとし、それをようやくまともに動作を始めた状況判断回路によって止められた。何が起きているか分からない以上、迂闊に動くことは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

動揺に全身を支配されながらも、ひとまずとして厚手のローブを羽織った♯は、ベッドわきの靴を履くために身を屈めた。

 

そこで二度目の轟音が響いた。

 

一度目よりも遥かにつよい衝撃によって床に投げ出された♯は、砕け散った窓ガラスから離れるために仰向けへと体勢を変えた。息がしにくく、全身が麻痺したように硬直している。爆発による気圧差から来る耳鳴りも酷く、まともに立ち上がることも出来そうにない。

 

ようやく耐えられる程度に収まった耳鳴りを我慢し♯は身を起こした。強烈な痛みに耐えながら目を開くと、自室の屋根と壁が7割がた剥がれ庭へ落下しているのが見えた。

 

肌の産毛立つ感覚。♯は方向感覚を失い、ゆらと倒れた。一瞬前までそこにあった部屋が、粉々に破壊されている。積み上げられた本と紙の山も吹き飛んでいる。呼吸が安定しなくなりつつあり、♯は両手をついて頭を下げた。

 

怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

 

あの時、もし身を屈めていなかったらどうなっていただろうか。

 

そう考えたところで耐え切れなくなり、♯は胃の中のものを吐瀉した。

 

 

***

 

 

♯は廊下への扉へと向かった。歩くたびに足に激痛が走ったが、♯の知る治癒魔法では折れた骨を元に戻すことは出来ない。

 

扉に近づいたタイミングで突然、部屋の扉が開けられた。ノックも無しに入室した父親は♯の姿を見て一瞬苦しげに顔を歪ませたが、声を出すなというジェスチャーをしながら♯を抱きかかえた。

 

そのまま、父親は静かに走り出した。ここまで一切の説明はないが、目的地はやはり屋敷の核だろうか。

 

部屋から出ると、屋敷はにわかに騒々しさが広がっているようだった。人の声と、扉や床からの衝撃、そしてなにかが壊れる甲高い音。それらが小さくこだましている。けれど、♯の体はそれらをなぜか真剣に受け止められなくなっているようだった。鬱血して痺れて麻痺した腕のような感覚が、脳を支配しているような感覚に思えた。

 

微かな違和感を持ったまま、♯は父親に抱えられた状態で小さく声を発した。何かを深く検討したという訳ではなく、ほとんど条件反射と呼んでもよい行動だった。

 

na-Niwlroborpha maturarn mordak,(熟れるニウルロボルファを齧り )

na-niwla cantak.(その霞みを詠め)

 

5節1連からなる詠唱を♯は唱え、それによって元々あまりなかった父親の足音はほとんど聞き取れないほどになった。なぜ音を出さない方がよいのかをハッキリ理解できているわけでは無いが、これは協力できる範囲だろうと思えた。

 

この魔法を教わる際にされた母親からの説明では、この魔法は音を纏う魔法と呼ばれているらしかった。起きる現象は単に対象の周囲から音が発生しにくくなるだけなのだが、解釈の向きをずらせば音を纏う≒閉じ込めるという意味として捉えられない事もない。

 

♯の詠唱によって足音が小さくなった事に気づいたようで、父親は走るスピードをあげた。目的はやはり領地の核が置かれた部屋へ繋がる3階の領主私室らしく、階段に差し掛かった父親は迷わず登りを進んだ。

 

そして、三度目の爆発から生まれた爆風が到達した。

 

熱波が屋敷を駆け抜け、辛うじて残っていた窓ガラス達を一斉に破砕していく。圧力のある空気が両者にぶつかり、受け身も取れずに父親と♯は倒れた。

 

そこに四度目の衝撃が襲った。身を丸める事しか出来ない二人に、間髪をいれず五度目。

 

衝撃から数秒後。荒い息を吐いた♯は、目をつむった状態で基礎防御魔法を自分に向けて唱えた。視界が一切働かないとしても、自分の肉体からほんのわずかな距離までは視線を通すことなく魔法を行使できる。それが終わると♯は父親の腕の中で、血と埃の混じった、痛みのともなう咳をした。目を閉じていた父親もようやく意識を取り戻したようで、荒い息を吐いてゆっくりと上体を起こした。

 

♯も痛む肺を抑えながら息をはいた。酷い耳鳴りと裂かれるような痛みが足から伝わり、視界も朦朧としているが、まだなんとか生きてはいるらしい。

 

唇を切ったようで、発声のために口を開くと一瞬の痛みが通過した。「お父様は、怪我はないですか?」

 

父親は♯のその言葉に痛々しいものを見る表情を向けた。父親は首を振ってから口を開いた。「いや。それは♯自身に___」

 

 

***

 

 

薄く硬質な泡を踏み砕くような感覚。それを靴裏に感じながら、セレスティアは虚空を踏みしめて空を駆け上がっていく。

 

基礎防御魔法の秘密を解き、予想もしていない応用方法を見出したシャロン。あの後彼女は、「()()()()()()()()()()()()()()」と言い放った。一般化という用語はセレスティアにとって馴染みのない言葉ではあったが、とはいえ起きた現象を把握する事は出来る。

 

対象の無い、()()()()()()()の基礎防御魔法の付与。♯の説明では、これは単に目に見えないほど小さな空間に浮かぶものを対象としただけのいつもの防御魔法という話ではあった。けれどセレスティアの目には、それが虚空そのものを対象とした防御の成立であるようにように見えた。

 

実際に目で見て認識できた魔法は、自身で再現できる。魔法学習の基礎の基礎となるこの法則を信じて試みた虚空を対象とした防御魔法は、なぜかことごとく失敗に終わった。そして最終的に♯へ相談した結果がこの方法だった。

 

セレスティアがほとんど泣きつくような形で相談を持ちかけた時、ひとしきりの話を聞いた♯はセレスティアの要望をこう表現した。「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

セレスティアは最速で、自身の鼓動の()の速度で基礎防御魔法の短縮詠唱を唱えることが出来ると説明した時、♯はそれが理論上の上限速度になると指摘した。現実には足を踏み込む感覚の方が遥かにゆっくりのペースのため、最速とは程遠い間隔で発声している。

 

まず、靴裏の一点を対象に基礎防御魔法を唱える。

次に、それを軸足に逆の足を持ち上げる。

そして、その靴裏の一点に基礎防御魔法を唱える。

防御強度を体重を支えられる程度まで落とすことで、踏み込んだ一瞬だけ持続し、そして破壊される。

♯の思いついた方法はたったこれだけの事だった。たったこれだけの事で♯はセレスティアに完全な空中歩行法を与えた。

 

この方法と共に複数の速度上昇を重ねた結果、セレスティアはこの瞬間突風の移動のトップスピードと遜色のない速度で空を駆け抜けている。

 

視線の先に特有の青緑光が現れた。砲撃の六度目だろう。セレスティアはひと呼吸の間に彼方へと駆け上がり、そしてその進路上へと身を躍らせ砲撃を受けた。

 

 

***

 

 

父親は首を振ってから口を開いた。「いや。それは♯自身に___」

 

そこへ、二人の元へ六度目の衝撃が訪れた。

 

 

***

 




次話は来週中です。
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