魔法使い♯ちゃんの世界最適化計画   作:ざし

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諸刃(ファルマコン)(その3)

***

 

 

「……その、助かりま__」

 

()()()()()

 

♯の小さな呟きは直後に発された貫くような声によってかき消された。父親は顔を歪めながら立ち上がり、♯の顔を一瞬見てから抱えなおして移動を始めた。女性騎士であるエリンさんも父親の背後にぴったりとついて走り始める。

 

父親は苦しそうに、荒い呼吸を繰り返しながら走っている。♯自身も、揺れるたびに右足に突き刺さるような痛みが広がっていた。首に回した腕をきつく締めても揺れは変わらず、♯は声を漏らさぬように血が出るほど強く唇を噛んだ。

 

走り始めた二人と一人。その向かう先で、壁の一部が突然光った。3人の体を僅かに逸れた特有の青緑のきらめきは、壁に散らされて砕かれたかのような音と共に消える。僅かに遅れて背後の女性騎士の発声によって防御が展開され、それは二度目の閃光をパキンという硬質な音を響かせ弾いた。

 

♯は痛む足を無視し背後をじっと見つめた。見るとそこには……背後を気にしながら走る女性騎士の他になにもなかった。けれど聞きなれない詠唱は背後から確かに聞こえ、直後に閃光がこちらへと襲いかかる。

 

閃光は一直線に♯の顔へ向かった。♯にはその光が点としか捉えられなかった。眼前に迫る発光。それを認識しながらも、♯は目を閉じることすら出来なかった。全身が一瞬で怖気立ち、喉から引き攣った声が漏れる。

 

またしても、その閃光は女性騎士の防御によって間一髪弾かれた。目の前で散ったその光は、♯には砕けた結晶のように見えた。動転する精神は呼吸を浅くし、その身体反応はさらに恐怖を増幅させた。

 

「数が……。」

 

思わずといった声が、女性騎士の口から漏れた。閃光はその数を増して飛来し、女性騎士の対応速度ではいずれ間に合わなくなることは明らかだった。光弾は女性騎士の防御によって弾かれるが、けれど消失することなく大きな弧を描いて再度飛来する。何秒かに一度のペースで、その光弾の総数が背後の不可視の人物の詠唱によって増やされていく。屋敷の廊下は長く、光弾は薄い壁を無いもののように貫いて迫る。

 

階段まであと数メートル。飛翔する光弾数が二桁に達したところで遂に、致命的な決壊が訪れた。

 

 

***

 

 

父親の背に迫る光弾を目で追いかけることしか出来なかった♯は、自身が宙へ放り投げられた事に一瞬気づくのが遅れた。父親はその場で立ち止まり、♯の体は立ち止まった父親を追い抜いた女性騎士によって受け止められた。

 

お父様!?」という♯の悲鳴は総数10発の光弾の着弾音によってほとんどかき消された。

 

父親の体はそれらを受けてなお、未だにその場に立ち尽くしていた。心臓を鷲掴みにされるような恐怖を感じていた♯は、父親のその背後に青くパチパチと弾ける霞みが広がっていることをようやく認識した。父親は大きく息を吐いた後、♯に向かってわずかに笑みを浮かべた。

 

swelblastak,(膨突)

 

女性騎士の高い声が廊下内を駆け抜け、屋敷の壁が内側から吹き飛ぶ。片手の杖を横の壁へ向けていた女性騎士は♯を抱えなおすと、父親と一瞬目を合わせて壁に開いた穴から外へ飛び出した。

 

女性騎士はそのまま中庭を走り、ある程度離れた背後に壁のある場所で立ち止まった。そして♯をゆっくりと地面に下ろし、同時に芝生の上を杖で半円形になぞる。父親が駆け込むと同時に、杖で触れた地面から硬質の壁がせり上がり、屹立した。

 

彼女は勢いよく振り向くと、そのまま♯の右の太ももに触れた。痛みによって漏れる悲鳴はもう片手で抑えられた。

 

「右ですね。」人に聞かせるつもりのない声量の声が女性騎士から漏れ、ほとんど躊躇なく魔法が唱えられ始めた。同時に、♯を支配していたつんざくような痛みがたちどころに消えていく。

 

痛みの感覚がなくなり、ようやく♯は満足な呼吸を取り戻すことが出来た。息をする度に喉の奥が痛んだが、これまでの足の痛みと比べれば遥かにマシだった。

 

女性騎士は申し訳なさそうに眉尻を下げた。そして布を取り出して巻き始めた。「感覚を麻痺させただけなので、まだ動かないでください。添木はないですが、やらないよりはいいので。」

 

その言葉を聞いて、♯はくちびるの端を持ち上げてローブの内側に手を伸ばした。その手には、大叔父様から接収した2本目の杖が握られていた。「エリンさん、これは添木になりませんか?」

 

一瞬手をとめた女性騎士は、♯の両手に一本ずつある杖をみて、僅かに苦笑した。布をほどき、杖を添えて巻き直していく。

 

巻かれた布に向けて女性騎士は二度ほど呪文を唱えた。緩みにくくなる魔法と、布が硬化する魔法らしい。それによって♯の足は固定され、一時的に自力で移動出来るまでになった。無論、自力で移動しようとは思わないが、本当の緊急事態に取れる選択肢が広がることは生存可能性に直結する。極端なことをいえば、♯にとって片足よりも命の方が大事だ。

 

♯が足の具合を確かめている間に、女性騎士は半円形の壁を伸ばし一周ぐるりと囲み、天井にも格子状の蓋をつけた。

 

「さて。」と女性騎士が声を発した。

 

足を伸ばした♯と、壁にもたれて息を整えていた父親はそれを見上げた。

 

女性騎士はそり立つ壁の向こうを指差して言う。「あの竜を()()()倒してしまいたいんですが、なにか有効な策はありますか?」

 

 

***

 

 

20秒後。

 

父親から発された、指揮系統への指摘は実戦経験を理由に棄却された。

 

♯から発された、危機意識への指摘は優先順位を理由に棄却された。

 

このまま放置すれば、いずれ決定的な敗北を迎えることも説明された。

 

人的資源の不足についても説明された。当主にしか扱えない特殊防御の有用性についても説明された。♯の持つ治癒魔法への適性の高さについても説明された。

 

♯は女性騎士のそれらの説明を聞きながら、母親の姿を幻視した。母親の有事の際に現れる一貫した合理的判断、鍛えられた鉄のような粘りのある硬質な思考を、彼女のその説明する口調から感じた。騎士団の()()()()()()()()()()()()こと、そして()()()()()()()()()()この女性騎士を()()()()ことの意味が、段々とはっきりしてくる。

 

隣をみると、父親も同じような結論に達したのだろう、と言うことが表情からうかがえた。

 

「分かった。一旦君に預けてみよう。」父親は信頼を声に乗せながら言った。「それで、結局あれは『()()()()()』ということでいいのか?」

 

女性騎士は眉を寄せた。「恐らくは。実際に目撃するのは初めてですが、記述と特徴は一致します。」

 

「なんですか?『()()()()()』?」という♯の疑問には父親が答えた。

 

「『仮想:刻印霧(スティグマ)』。神話上に登場する、霧がなんらかの理由で__まあ恐らくは魔法で__意識を持ったことで生まれた生き物の総称だよ。霧が意識を作り、意識が霧をより強固にする。この一連の働きを、霧が世界に霧自身を刻みつけていると捉え、刻印霧という名前がついている。」父親はそこまで説明して、顎を撫でた。「すべて神話上の記述だから、あの竜がその通りのものかどうかは怪しい所だけど……。」

 

♯はそれを聞きながら腕を組んだ。走り出した思考によって、さっきまでの恐怖は一旦棚上げされている。「その神話には弱点や撃破方法、対応策の説明はないんですか?」スサノオ伝説の八岐大蛇も、北欧神話のファフニールも対応策の描かれた神話上のドラゴンスレイだ。この世界の神話が同じような構成である可能性も十分にある。

 

「いえ、その……。」♯の質問には女性騎士が答えた。「神話上の『仮想:刻印霧(スティグマ)』は無敵です。高度な知性を有するまでに育った霧__神話上では「フィルス」という名前の空を泳ぐ鯨の姿をしています__が、自身の生まれの必然性を疑い、自死を選ぶことすら出来ない不死性を呪うといった話として登場します。つまり、神話に照らせば()()()()()()()()()()()()()()をしなければならない。」そこで、女性騎士は非常に真剣な表情になった。「ありえない出来事を起こそうとする時、()()頼りになるのは姫君、あなたなんです。()()()()()()()()()()()()()()()()」女性騎士の表情は極めて真剣で、予断を許さない切実さがあった。

 

♯は、その言葉にほんのわずかな一抹の危うさを感じた。

 

そして、♯の脳にアイデアがながれだした。「いくらでも思いつけるような気がしますが、まずは楽な方から。」

 

あっけに取られる二人を視界の端に入れながら、♯は杖を空へ向けた。

 

雨はきっかり7秒後に降り始めた。

 

 

***

 




次話は来週中です。
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