神話からの複数の記述と照らして判断する限り、『
仮に♯の思い浮かべる霧と『
けれど、実際の効果はというと……。
土砂降りの雨の中、前を走る女性騎士の詠唱が水の跳ねる足音に混ざり響く。♯を抱えた父親がそこへ辿り着くと同時に巨大な爪が迫り、それは土壁によって阻まれる。ようやく詠唱を終えた♯の魔法が完成し、その爪に洪水のような水が与えられ、避け損ねた爪全体が一瞬で消滅する。
……そして爪は瞬時に再生し、竜は何事もなかったかのようにこちらを睥睨する……
水分を与え、竜を構成する霧を地面へと叩き落とすことによる効果は確かに
「姫君……!」
荒い呼吸を繰り返す女性騎士が、猛烈な雨音にも負けないほどの声と共に♯を見る。その言葉は明らかに、もっと効果的な対処方法が必要であることを訴えていた。
「
女性騎士は♯のその仕草をみて一瞬止まり、そして振り返って杖を突き出した。
「それは__
瞬時に現れた水のカーテンは打ち付けられた飛翼を根こそぎ削りおとし、身を屈めた父親の頭上を滝のような水の塊が通りすぎていく。地面に叩きつけられる水音が一瞬、すべての音をかき消す。そして女性騎士の声が再び戦場に響き渡る。
「
同時に父親と♯へ竜の巨大なあぎとが迫り、父親はそれを倒れ込むことでわずかに逸らした。
息をつけぬほどの攻防が一瞬収まり、♯は父親の腕の中でその暗霧を見上げた。竜はこちらを見てはおらず、薄く目を閉じて天を仰いでいた。
♯はその姿に、凍りつくような劇的な恐れを抱いた。
長い首の内側に、ほとばしる光がせりあがってくる。それは暗色に光る竜の体表の隙間から鮮やかな極光を放ち、口元まで運ばれる。
「
倒れた父親と♯の元へ、長い詠唱と共に女性騎士が走り来る。彼女は片膝を立て竜と相対し、短杖をつるぎのように構えた。
「
詠唱の完成と同時に、竜の口蓋から熱線が放たれた。それはジェットエンジンが空転するような高音を発しながら杖先へと衝突し、バチバチと火花を散らした。青く染まっていた杖先の防御魔法が中心からゆっくりと黄色に変わり、そして赤へと変化していく。半球状の盾の隙間から熱波が押し寄せ、雨で濡れた髪や服、足元の芝などが急速に乾いていくことが分かる。極端に強い光による生理的な反応で、♯の両目からは涙がせりだしてきていた。
熱線は数分続いたようにすら感じられた。竜はやがてその首を下げ、口の両端から黒煙__に見えるほど暗い霧__を吐き出した。
女性騎士は荒い息をしてその場にうずくまっていた。魔法による防御そのものに体への負担はないことから、♯はあの熱線そのものに物理的な圧力があったのだと判断した。♯はほとんど無意識から、倒れた父親の腕から抜けて、彼女の片肩に手を置いた。
一瞬、戦場が静まりかえる。
暗闇に佇む霧の竜と、それを見上げる♯。強い雨音が背景音として響き、世界を無音へと塗り替えていく。
♯は、眼前の竜と視線が交錯したことを自覚した。意識して息を吸い、そして細く吐く。同時に片腕をその頭蓋に向け、杖先の照準をあわせた。
「
竜の首の先が、パスンという音と共に消えた。
都合九度目の、硬質な金属音が草原全体に高らかに響く。セレスティアは真上に蹴り上げた足をゆっくりと下げ、同時に上空へ打ち上げられたそれを見上げた。
地上からは、それは赤く発光する
そして、彼方から金属針が飛来し、防御をドス黒い赤にまで染めて消えた。
セレスティアに備わる戦闘規律が、
『
赤黒く光っていた防御は瞬時に鮮やかな青へと変わり、防御の中にたたずむ彼は髪をかき上げた。これまでの数度の攻防によってようやく魔法戦の基本を思い出したらしく無駄口を叩くことはしないが、彼の口元にはまたしても__
実際、あの針の一撃を別にして、彼とセレスティアの間には膠着状態が広がっていた。セレスティアは彼に有効打を与えることは叶わず、彼もまたセレスティアの攻撃を凌ぐことに全力を投じなければならず、反撃を試みる隙はない。
……
セレスティアは杖先をわずかに揺らすことでまたしても浮かんだ後悔を逃した。こうなってしまったのなら、しょうがない。本当にやりたくないが、次善策を取らなければならないだろう。セレスティアの目的は彼の完全な撃破
セレスティアは杖を構え、彼の防御魔法と地面との間に楔魔法を五重に唱えた。これによって、彼は防御魔法を維持する限り半永久的にその場に留まることになる。
その後、セレスティアは彼の頭上に落石魔法を
短いですが。
次話は来週中です。