魔法使い♯ちゃんの世界最適化計画   作:ざし

8 / 48
二重盲検

ということで、今までの仮説の連鎖はうち砕かれた。杖は複雑な機械でもなんでもないただの木と鉄の棒だったということらしい。

 

それでも、♯が諦めることなどあり得ない。まだひとつ目の仮説が反証されただけだ。一番ありそうな仮説だっただけに多少衝撃は受けたが、その程度だ。

魔法の解明という研究は1日目で成果が上がるものだとはもちろん思っていない。(杖を分解する直前に何を考えていたかなど♯は全く思い出せない。いつもは優秀なこの脳はなぜかこの時の記憶だけすっかり忘れてしまったようだ。不思議なこともあるらしい。♯はそう考え、それ以上気にしないことにした。)

 

次に♯が考える魔法の仮説は、やはり()()についてだった。魔法という現象は()()()()思考によって現れる現象が変化している。同じ杖を持ち同じ発火魔法の詠唱を唱えたとしても、2つある松明のその時選んだ片方だけ発火させられるらしい。同じような動作で、魔法行使に優れた魔法使いなら両方の松明に同時に火をつけることも、大量に並んだろうそくの特定の数本にだけ火をつけることも、森の中の乾いた落ち葉の全てに一斉に火をつけることもできるという。

 

それでも、この宇宙は魔法行使者にとって()()()()()には変化していないらしい。

つまり、思考は魔法を()()することは出来るが、()()させることは出来ないということだ。

魔法には上限が決められている。考えていることがそのまま叶うわけではなく、()()()()()()()()()()範囲が決まっている。そして、その範囲の中ですむ程度の現実の書き換えであれば、思考がそのまま魔法へと変わったように見える。しかし()()()()()()()の大規模な変革を起こそうとすると、魔法は途端に役立たずな代物へと落ちる。

思考は魔法そのものではなく、魔法という上限の存在する技術を操作するための()()()()()()()()だということ。頭の中で考えた理想の車を現実に生み出すものではなく、魔法という既存の車を操作するためのリモコンということだ。リモコンがいくら空を飛べと車に命令しても、車にそんな機能がない以上空を飛び始めることはない。

(こんなアナロジーを持ち出しはしたが、正直♯はなぜあれほど男子は乗り物に多大な興味を示すのか理解できたことがなかった。ただのおもちゃの車の所有権をかけて殴りあう彼らには一体どんな正義があるんだろうか。)

 

という仮説も、今の所はただの妄想だ。観察推論実験こそが科学的方法である。観察と、それによる推論を展開したところで満足していては全く意味がない。次にするべきこと、しなければならないことはあまりにも明白だ。

 

♯は一緒に寝ていた母の手を引いて昼食をとりにダイニングへ向かった。

 

 

***

 

 

午後、♯は父親を被験者とする実験を始めようとしていた。

 

「では、準備はいいですかお父様。」

 

「いいよ。まだ何をするのか全く聞かされていないけど。」

 

「はい。ではこれから私の指示したことをすべて行い、指示していないことを一切しないと誓ってください。」

 

「わかったよ。それでこれから何をするの?」

 

♯は聞き分けのない子供を見る表情を浮かべた。「質問しなさいという指示はしてないですよお父様。」

 

「もしかして、これから何をするかすら教えてくれないの?」

 

「そうですよ。」♯は当然のようにうなづいてそれ以上の問答に付き合う気はないという仕草でメモを取るために紙を広げた。

 

父親は眉を寄せた。「…なにか、説明できない()()があるとか?」

 

♯は驚いて父親を見た。てっきり実験の協力を盾に説明を要求されると思っていたが…。ややあって、♯は目の前の男が王国貴族の一角であるウィッケンハイザー家現当主その人であることを思い出した。()()()()()()()()()()

 

「その通りです。」♯は賞賛を声に滲ませながら言った。

 

「説明できない理由なら、教えられたりしないか?」

 

♯は眉を寄せて考えた。父親は科学的手法には無知だが賢い。これについて教えずに実験を始めてしまうと、説明をしなかった理由を途中で考え始めてしまう可能性がある。「お父様は()()という言葉を聞いたことがありますか?」

 

「いや。」男は多少考えてから言った。「知らないな。」

 

「盲検というのは、()()()()()()()()()()()()()()という科学の教訓であり法律の名前です。この法律が出来たのは300年も前の事ですが、重要だと広まったのはもっと後のことです。時にお父様、突然ですが()をついたことはありますか?」

 

「それ、どう答えても僕の負けになる質問だろ?」

 

「やっぱりそうだと思ってました。そんな嘘つきのお父様にもう一つ質問です。」

 

「どう答えても嘘になるからって答える前に進まないでよ。」父親は不満そうに言った。

 

「質問です。魔法をうまく使える人はどんな人ですか?」

 

「ふむ。それについては今までに色々考えていたから持論ならある。魔法をうまく使うためには多分、かなりの()()()が必要だと思う。呪文の内容について詳しく分かっていなければならないんじゃないかな。つまり、魔法の行使が上手い人の条件の一つには、語学に強くなければならないんじゃないかと思う。」

 

♯は腕を組んでうなった。多少説得力のある仮説が出てきてしまい少し困ったのだ。この仮説を検証する方法がすぐに思いつくわけではないが…。

 

魔法をうまく使える人、のような曖昧で不明瞭な質問をしたとき、この世界のひとなら大抵それらしく思えるだけの()()()()()()()()()()をこの世界の法則のように説明すると思っていた。例えば、魔法は愛にあふれた人ほど強くなるなぜなら魔法を作った女神がそういう人間を気にいるから。みたいな事を説明し始めるかと思っていたが、父親はそういう人間ではなかったらしい。目の前の男は()()という事を♯はもう一度思い出した。

 

「ごめんなさいお父様。今の質問は忘れてください。というより今度、語学の適性と魔法行使の適性の相関関係を調べる計画について話をしましょう。」

 

「あーー、分かった。いや、あまり分かってないが分かった。」

 

「それで、話をもとに戻しますが。人はとてもよく勘違いや思い込みをおこします。それは分かりますか?」

 

父親はゆっくりと頷いた。「それについては理解できる。政治の場ではそれらをうまく使えない者から姿を消していく。」

 

♯は頷いた。「科学の場でもルールはあまり変わりません。勘違いをしていた者は()()され、思い込みをしていた者は()()されます。

しかし、ひとつ政治の場との大きな違いとして、だれかを騙したり罠にかけることは非常に大きなにあたります。科学の場では、全員が全員に対して()()でなければなりません。科学者は相互監視の形態をとり、全員が全員の行動_研究結果_を見張り、嘘をついた者は糾弾されます。」

 

父親は唾を飲んだ。「まさか、本当にそんな場所が…?」

 

「いや、かなりおおげさに言っているだけです。」

 

男は半目で睨みつけてきたが、その視線を♯は単に無視した。

 

「そんな科学の場においては、本人が嘘をついた()()()()()()()()()に関わらず、間違った内容のものを世に出してしまった瞬間に嘘かどうかが判断されます。その瞬間には嘘をついたとは思ってもいなかった人間が排斥される事はままあります。例えば、エネルギー研究の分野では、今まで極めて特殊な環境でしか実現できないと思われていた核融合という反応が、それまでより遥かに楽に起こすことが出来る事が確認されたことがありました。常温核融合という名前が付けられたその現象は非常に安く実用的なエネルギーとして注目されましたが、その数か月後には何かの見間違いだろうという意味の報告が上がりました。

常温核融合の研究者は、自分が望んでいた実験結果が出た事に喜ぶあまり()()()()()()()()()()()()、というのがこの話の教訓です。」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」♯は続ける。「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「大体分かったような気がする。」父親は眉を指で揉みながら言った。「大枠の理解は出来たとは思うが…。」

 

「今までの話と、これからする事について僕に説明出来ない理由はどういう繋がりがあるんだ?」

 

「簡単な話ですよ。人は知っている時に()()()()()()()()()する判断と、()()()()()()()()()にする判断が違うからですよ。お父様には今から簡単なことをしてもらいます。その結果をお母様に記録してもらいます。その記録を私が見て、事前に立てていた仮説と見比べて実験の効果を確認します。これが今お父様に言える内容の全てです。お父様の頭がいい事は分かっているので、いい所を見せようと張り切るなどという無駄なことは辞めてください。」

 

父親は不承不承頷いた。「まあ、分かった。」そして立ち上がる。「それじゃあ、ママを呼んでこようか。」

 

♯も椅子から飛びおり、妙に元気のない父親の機嫌を取るために手を握った。おそらくこの男は自分が♯から信用されていないとでも思っているのだろう。全然そういうことではないのだが、これだけ簡略的にした説明では意図が正しく伝わらないことはしょうがない。

♯は詳しい説明をする事を一旦後回しにしてこの男の機嫌を取ることにしたのだった。父親は驚いた様子だったが、すぐに気分を良くしたようで頭を撫でまわしてきた。

大人の機嫌を管理する事もこの家の次期当主としての役割だと♯は割り切り、特に抵抗はしなかった。

 

 

***

 

 

♯は、中庭に持ち出した机でメモを取っている母親の手元を見た。これで4回目の記録が取れたようだが、離れた所から見ている♯には内容までは読み取れない。もちろん近づいて内容を確認する事も出来るが、それはここまで苦労して母に説明した実験方法が台無しになることを意味する。実験の様子を自分で見ている時点で実験手続きとして()()している事は間違いないが、それについて十分に自覚しているのでそれほど問題にはならないと踏んでいた。なにより、このリスクを回避するより()()()()()()()()()()()()()を監視する方が重要だろうと判断した。

 

父親は5回目の詠唱を始めた。奇数回目なので発火呪文のほうのようだ。

 

♯は呪文が唱えきられる前に部屋に戻り、出来るだけ中庭の様子を知ることが出来ない位置まで移動した。二重盲検を維持するためであれば♯が見ていようが問題はないのだが、こちらの反応によって被験者や記録者に差が生じる可能性を加味して離れる事にした。それに、今の実験の様子を見ていても代わり映えはなかったし、♯には()()()()()()()()()魔法の訓練もあった。

 

♯は午後いっぱいを使って布に垂らされたインクと向き合い、♯の魔法力にすら抗うことが出来るこの()()()()()()という()()を高く評価した。♯は今後、絶対に服にインクを零さないように誓った。

その頃には、この世界には魔法とかいうの能力なんて存在するはずがないと信じきれるまでになった。これは大人たちが♯をからかうために仕組んだ悪質な嘘だとさえ信じていた。

 

♯にとってなにかを信じるということはとんでもなく難しい事だと思っていたが、案外簡単だと気づけたことだけが午後の成果だった。

 

正直、♯は魔法を使えるようになる気がしなかった。

 

 

***

 

 

夕食後、♯は父親に命令を下した。

 

「お父様!中庭に行きましょう。これからお昼にやった実験の続きをやります。」

 

父親は明らかに顔をしかめた。忘れていたような面倒くさそうな顔だ。

しょうがないので♯は父親の手を掴んで引っ張った。近づくとお酒の匂いを感じた。夕食の最中に父親は色も香りもワインに似ているようなものを飲んでいたのだ。祭日にしかあまり飲まない父親だが、今日は♯の()()()()おねだりによって飲むように誘導しておいた。

 

「こっち来てください。」と♯は引っ張り、面倒くさそうな態度をしているが足取りは軽い父親と、メモを取る準備をしていた母親が後に続いた。

 

中庭。手をひっぱられることにまんざらでもなさそうな父親は従順に定位置についた。お母様も(わざわざ夕食前に使用人さんが一度片づけてくれた机を夕食後にもう一度外まで出してくれた)机の前でペンを握っている。まだ夕方だが几帳面な使用人さんはろうそくまで机の上に用意していたようで机の上の明るさに関する問題はなさそうだった。

 

父親は杖を構え、定位置から呪文を唱え始めた。聞き覚えのある発火魔法だ。詠唱は問題なく進んでいるように見えたが、母親の緊張が()に増した。

 

父親が唱えきると同時に、中庭の中央に置かれた松明から()()()()火炎があふれだし屋敷の壁を真っ白に染めた。枝を伸ばした広葉樹の葉が燃えだしたかと思った瞬間、母親と屋敷の中庭に面した窓という窓から消化呪文の短縮詠唱を叫ぶのが聞こえ瞬時に炎が消えた。

 

♯は直接炎を見てしまったことで目の奥に出来た焼けつきを抑えようとしながら、今この目で見た結果を出来るだけ忘れようとした。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

♯は母親の驚異的な反応速度を認めながら、使用人さん達に協力をお願いしていて良かったと心の底から思った。実験の被疑者である父親と記録者である母親に実験の背後にある仮説を伝えることは出来ないが、実験に干渉しないように注意を受けた人間になら仮説を伝え安全についての協力を頼むことはもちろん出来る。♯は実験中に起こりそうな事故は()()()()()()伝えてあった。あれほどの規模になると思っていたわけではないが、安全マージンは十分に取れていそうだった。

 

次の一時間、父親はさらに魔法を使うよう指示され、過度な運動をさせられ、単純な計算を短時間で大量にさせられ、強制的に気絶させられた。正直かなり罪悪感が湧いたので、♯は今度の休みには父親と遊んであげようと思った。

 




次話は明日の18時です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。