Fate Night Unnamed ~チート転生者はデスマーチに挑む(ほぼ強制) 作:空門 志弦
部屋の中には、コーヒーの香りが漂っていた。
目の前には、桜の淹れてくれたコーヒーがあって、テーブルを向かい合った先には桜が座っている。
「えっと、コーヒーでよかったでしょうか? 岸波さんから、貴方はコーヒーをよく飲んでいると聞いていたので、用意したんですが」
「ああ。紅茶や緑茶も嫌いじゃないが、コーヒーが一番好みだ。気遣いありがとう」
目の前の桜には、初対面の時のような怯えた様子はなく、柔らかな空気を纏っていた。
あの妖怪爺を排除した甲斐があったな。
表情は明るくて、変な影も感じない。
「本人から聞きました。兄のお見舞いに行ってくれたとか。ありがとうございます。貴方と話してから兄は何か吹っ切れたみたいで、凄く元気になりました」
そうか。
家族である桜から見てもそうであるなら、きっと彼はもう大丈夫だろう。
「用件ついでに少し話をしただけだ。礼を言われるほどの事じゃないさ」
コーヒーカップを手に取って、香りを楽しんでから口を付けた。
良い味だ。
コーヒーの淹れ方は、独学なのか士郎君から学んだのか。
俺の様子を見ていた桜がクスリと笑った。
「気に入ってもらえたみたいでよかったです。本当にコーヒーがお好きなんですね」
「昔からよく飲んでいてね。香りも味も好きなんだ」
もとはと言えば、前世で夜更かししたときの目覚ましに飲んでいたのが、すっかり日常化して嵌ったんだよな。
「魔術を教えてもらいに訪ねると、ホテル暮らしなのに時々豆を買ってきて手持ちのミルで挽いて飲んでいるから筋金入りだと思う、って岸波さんが笑っていました」
そんなことまで話しているのか。
でも、実の姉である遠坂嬢との関係性が現状ではまだ微妙な桜にとって、魔術関連の話も気兼ねなくできるはくのんは実際貴重な相手なんだろう。
しばらく和やかな空気の中で、他愛のない話をしながらコーヒーを楽しんだ。
「いつかのお話、お受けしたいと思います」
話が途切れた頃合いで、桜の方から切り出してきた。
聖杯戦争関連の技術情報などと引き換えに、エルメロイの派閥に入って庇護を受ける。
大まかにはそんな話だ。
「手配しよう。安心してくれていい。決して悪いようにはしない。慎二君とも約束したからな」
俺の答えに桜はまた笑みをこぼした。
「本当に、ライダーや岸波さんの言っていた通りの人なんですね」
あの二人、一体どんな風に俺の事を話していたんだ?
そんな疑問を抱いていると、桜は表情を引き締めて居住まいをただした。
「ありがとうございます、神薙さん。貴方のおかげで、私は救われました。そして、これからの事も、よろしくお願いします」
今の俺は、ちゃんと表情を隠せているのだろうか。
出来ているとは思う。
だが、少しだけ自信がなくなるくらいには、胸が痛かった。
努めて、余裕を持った優しい笑顔を作る。
「そうであったなら、嬉しい。これからの事も任せてくれ。対価として受け取った聖杯戦争関連の資料の数々には、それだけの価値がある」
彼女の感謝を、しっかりと受け止めて。
そして将来の事も、対価の価値を告げる事でしっかりと保証した。
見逃していた彼女の痛みへの感情はあくまで俺自身の抱えるべきもので、一片たりとも彼女に背負わせる気はない。
「近いうちに、姉ともしっかりと話してみようと思います。実質的に大聖杯は冬木の御三家から離れて、聖杯戦争も遠いものになりましたから。家としても前ほどお互いを警戒しなくていいですし」
「そうだな、それが良いだろう」
姉妹の仲がある程度改善されれば、桜は魔術関連で姉を頼ることが出来るようになるし、遠坂嬢はなんだかんだでずっと気にしていた桜に、大手を振って力を貸すことが出来る。
「衛宮先輩にも、話せる事は話そうと思います」
変に気負っている感じではなく、しなやかな強さで、心を定めている。
そんな顔だった。
もとより俺が口出しするような話ではないが、そうであるならばなおの事、頷く以外の選択肢はないだろう。
ただまあ、この聖杯戦争で俺の介入があったことで遠坂嬢との関係も宙ぶらりんなままの士郎君は、これから色々と大変そうだなと、ちょっとだけ思った。
桜に見送られて、間桐邸を出てしばらく歩いたあと。
不意に、メドゥーサが姿を現した。
霊体化してついてきていたらしい。
「桜の感謝を真正面から受け止めてくれたことに、お礼をと思いまして」
「律儀だな」
そう言って少し笑った。
彼女にはお見通しだったようだ。
「彼女にも、ばれていたかな?」
「いいえ、上手く隠せていたかと。私にそれが分かったのは、あの夜の桜が倒れた後のやり取りや、形代を受け取った時の会話があってこそですから」
それならよかった。
彼女からの感謝は、実際かなり堪えたからな。
事前に覚悟をきめていなかったら、表情に出ていただろう。
「存外、繊細な所もお持ちなのですね?」
そりゃそうだ。
もとはと言えば普通の一般人だぞ。
前世の分の人生経験が上乗せされると言っても限度がある。
言ってしまえば単に年の功で、受け流したり棚上げしたりしつつ、大人らしく姑息にやりくりしているだけなのだ。
あとはまあ、大人としての責任感とか、男としての格好つけと意地である。
「しばらくの間の表向きだけの話とは言え、貴方のような人をマスターと仰げることを嬉しく思います」
表面上は肩を竦めるだけで答えとした俺に、するりと身を寄せたライダーが耳元近くでそんな風に囁いた。
こやつ、ホント油断ならないというか。
からかいには相応の返礼をせねばなるまい。
本当に軽くだが、デコピンをくれてやって、額を押さえる彼女にあるものを差し出した。
「魔眼殺しの眼鏡だ。それがあれば、後は服さえ用意すれば普通に街を歩けるだろう」
デコピンがからかいへの返礼であるならば、この魔眼殺しは彼女の律義さと心遣いに対する返礼である。
目を隠していた眼帯をはずして、眼鏡に付け替えたメドゥーサは、少しその調子を確認してからこちらに顔を向けた。
「これは中々。ありがとうございます。どうです、似合っていますか?」
「ああ、よく似合っていると思うぞ」
別世界線で彼女が使っていた眼鏡をイメージしたものだからな。
似合わないわけがないともいえる。
「ところで、服は見繕ってくださらないのですか?」
少し楽しそうに言ってくる。
色々肩の荷が下りた所為か、ずいぶん生き生きしてるな。
楽しそうで何よりではあるけど。
「せっかくだから、桜と一緒に選べばいい。君にとっても彼女にとっても、きっと楽しい時間になるはずだ」
現在泊まっているホテルに戻ってきた俺は、ベッドに身を投げだした。
ようやく、本当の意味でひと段落だ。
流石に疲れた。
ぐずぐずと、ベッドに溶けていくような錯覚がする。
この様はメディアには見せられないな。
心配させてしまう。
いや、最近はどちらかというと、しょうがないなという顔をされる方が多くなった気がするな。
期間はそこまででもないが、密度の濃い付き合いだからな。
ああ、もう、今日はこのまま眠ってしまおう。
なんて、気を抜いたのが良くなかったのか。
ライネスと出会った日以来、ずっと連絡なんて入らなかった手帳型の端末から、ノイズ音が発せられた。
「ロンドン……時計塔に戻って……あの子を迎えてあげて……」
ノイズ混じりだが、内容はわかる範囲だった。
声は、本当に久しぶりに聞く、BBのもの。
桜と同じ声でありながら、違った印象を持つその声は、今はひどく切実な響きを帯びていた。
最後の最後、ようやくチューニングがあったかのように、ノイズが消えて音声が一瞬クリアになった。
「そちらに行った、私とあの子たちをお願いします。————押し付けてごめんなさい。でも、どうか、この世界の未来を————」
最後にひと際大きなノイズが響いて、通信は途絶えた。
今のは、一方的なメッセージじゃない。
多分、通信だ。
今この時に、連絡が可能になる何らかの条件がクリアされた?
ノイズ混じりだったが、声のさらに奥では、アラートが響いていたように聞こえた。
それに、あの言い方。
あれでは、まるで遺言だ。
なんだ、何があった。
いや、同一世界線かは分からないが、未来で何が起こるっていうんだ。
ベッドから飛び起きて、手早く準備を済ます。
メディアに転移で送ってもらうのが最短だろう。
魔力の消耗が激しくて頻繁に使える手ではないが、今ならまだ内燃魔力炉の残りの魔力で行けるはずだ。
————ライネスと出会った夜のメッセージが、俺を魔術の世界に導く物であったとするならば。
この夜の通信は、俺のこの後の人生を決定づける、そのきっかけとなった。
世界の真実と、俺に望み託された未来。
それらを携えた者との出会いが、間近に迫っていることを、その時の俺はまだ知らなかった。
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小話
聞こえてくる、デスマーチの足音~。
ああ、楽しいなあ。
そして、きっとそんな私は、主人公からすると邪神の類。
違うんだ。
俺はただ君たちのかっこいい所とかが見たいだけなんだ。
あれえ、なんでか言い訳をすればするほど、邪神みたいにしかならない気がするぞう。
おかしい、俺は某ジュビ〇先生に、ちょっぴり共感できてしまうだけの、平凡な書き手なのに。