Fate Night Unnamed ~チート転生者はデスマーチに挑む(ほぼ強制) 作:空門 志弦
時間的にちょうど昼食時だったこともあり、私はまず食事で彼らをもてなした。
予言の子……名をアルトリアという少女と、統夜という名の件の男は物怖じすることなく食事をとっている。
「うっそ、なにこれ美味しい、ぐぬぬ、料理まで得意とか聞いてない」
なぜか悔し気にしているアルトリア。
しかし手は止めることなく食事は続けているようだ。
「ふ、ふん、まだかなわないけど私だって最近は大分料理できるようになってきたし。これからだし」
なるほど、その向上心は悪くないものだ。
そこからくる対抗心だったわけか。
「それは感心だな。いずれは伴侶を迎える者として、家のことを出来るようになっておこうという意欲があるのは良いことだ」
私の言葉にアルトリアはぴたりと手を止めて、むせた。
「伴侶ぉ!? って、ごほっ!?」
そんなに驚く事だっただろうか。
ふむ、彼女はまだ若いようだし、気が早かったのかもしれない。
そんな彼女を見ながら統夜の方は食事を黙々と続けながらわずかに微笑まし気な目を見せた。
やはり、決して悪い人間ではないように見える。
「急に変なこと言わないでくれる!? びっくりするでしょ!?」
別に変な事ではないと思うのだけど。
「まだ若いお前には、恥ずかしさを覚えるような話だったかもしれないな。その点は謝罪しよう」
パクパクと言葉なく口を動かした後、アルトリアは息を吐いて少しむっとした顔で食事に戻った。
不快にさせてしまったかと思って何かかける言葉を考えたが、ちょうどそのタイミングで助け舟でも出すかのように統夜の方が口を開いた。
「美味しい食事には感謝しよう。街の妖精の行いに対する謝罪としては十分すぎる対価だった。もとよりきっちりと仕返しはすませた後だったしな」
仕返しの部分が何故かお仕置きに聞こえた気がしたのは勘違いという事にしておこう。
「それで、わざわざ俺達を招いたからには、他の用事もあるんだろう?」
話してみろ、という圧があった。
いや、恐らくこれは私の偏見からくるものだろうな。
一歩引いて落ち着いてみれば、悪意も威圧も感じない。
むしろ妙な気遣いというか、いや、これは憐憫、なのだろうか。
「予言の子を擁し、外からこの妖精國にやってきた貴方の真意が問いたい」
戸惑いながらも、私はその要望を口にした。
彼は一度、そうかと頷いて、折角の歓待だからなと食事を終えてから話し出した。
「俺の最終的な目的は、この世界が外へ悪影響を及ぼすことを避ける事だ。これは前にアルトリアにも話したな」
アルトリアもその言葉に頷いて返した。
「二人も薄々は気付いていると思うが、この世界は滅びに向かっている。今のままならば、遅かれ早かれ滅びる事になるし、そうなれば外の世界に影響を与えるまでもなくこの世界は消えるだろう」
頭が一瞬、真っ白になった気がした。
薄々気づいていた?
そんな、そんな事は、私はこの世界はまだきっと続くと……いや、でも、確かに私はその事実をどこか当然のものとして感じている?
でも、それじゃあ、私の恋人はアドニスは――――。
不意に、ひどい頭痛に襲われて頭を押さえた。
そんな私をどこか憐れむように統夜が見ている事に気が付く。
頭痛も、その憐れむような視線も振り払うように頭を振って、さらなる問いを口にした。
「放っておいてもそうなるというなら、貴方はどうして妖精國に来た。サーカスを引き連れて、物見遊山か? それとも、想定を超えて悪い方向にいかないか監視しているのか?」
何か無性に腹立たしく、皮肉交じりの詰るような口調になった問いを彼は静かに受け止める。
「どちらも違う。俺は、この世界に少しはマシなエンディングを迎えさせたいと、そう思っている」
予言の子が、どこか納得した顔で息を吐いたのと裏腹に、私はどうしようもない自分でもわからない激情に支配されていた。
「傲慢だな。お前にそんな権利があると思うのか?」
ずっと、ずっと、そう、会った時からずっとだ。
この男は、私を憐れんでいる。
それが、どうにも苦しくてたまらない。
「権利なんて知ったことか。俺はそうすると決めたという、これは意志の話だ。だがそれを傲慢だというならば、それはその通りだと答えておこう」
そんな目で、私を見るな。
頭が痛む、心がきしむ様な心地がする。
「……決闘だ。その傲慢を通すとほざくなら、力を示してみせろ!」
黙らせなければいけないと、本能が叫び、気が付けば私はそう告げていた。
「対価は?」
いっそ冷淡な態度のくせに、目から憐憫の色は消えない。
それが厭わしく、私はただ必死で反発した。
「なんとでも、好きなようにするがいい」
だが貴様が負けたその時には、その口、命と共に止めてやる。
目の端にどこか気遣わし気なアルトリアの姿が目に入ったが、私は無視をした。
「忠告しておこう。戦えば必ず俺が勝つぞ。本当にその条件で良いのか?」
訳の分からぬ焦燥に急かされて、私はその最後通告を蹴った。
蹴ってしまった。
あとにして思えばそれは、彼の最大限の慈悲だったのだが。
その時の私には知る由もなかった。
街から少し離れた草原で彼と向き合う。
彼の手には細身の、確か外の世界では刀と呼ばれている武器があった。
その立ち姿は自然体で、一見するとこれから決闘をする人間のものには見えないが、向かい合う私には分かった。
――――強い。
モルガン陛下と向き合う時にも力の差を思い知らされるような圧力を感じるが、彼の場合はそれとはまた違った印象を受ける。
まるで底が見えない底なしの穴を覗き込んでいる様な、その暗闇の奥から理解できない何かにじっと見つめられている様な、そんな得体のしれない恐怖を感じる。
「どうした? やはりやめるか?」
思わず縋りたくなるそんな言葉を振り払って、私は踏み出す。
「舐めるな! 私は妖精騎士ガウェイン! モルガン陛下に仕え、妖精國を守る騎士! 相手がどれほど強大であろうとも怯懦で退く事は赦されない!」
大地ごと砕けてしまえと、膂力のかぎりをつくして振り下ろした剣はしかし、容易く弾き返された。
何度も、何度も、何度も、上から横から下から、力の限りに技量の全てを尽くしても、そのすべてが涼しい顔で返された。
――――信じられない。
こんなことが、あり得るのか。
うぬ惚れていたつもりはなかった。
例えばあの妖精騎士ランスロット相手であれば私でも勝利は難しいし、モルガン陛下についても言うまでもない。
私は妖精國でさえ最強ではないのだ。
でも、そうだとしても、こんな、顔色一つ変えられず、ただの一歩すら動かすことができないなんて――――!
だめだ、勝てない。
モルガン陛下は正しかった。
これは敵対していい相手ではなかった。
いいや、そもそも、敵対するという事自体が出来ていないのではないか。
あまりにも、遠すぎる。
単純な力でも敵わないことを最初の一撃をあえて力づくに弾き返されて教えられ。
その後は信じられない様な技量によってまるで魔法のように、理解を越えた術理に阻まれ届かない。
振り下ろした剣が気が付けば、相手の刀に沿うように見当違いの方向に流れる。
薙ぎ払ったはずの一撃が、軽い抵抗と共に音すら気の抜けたような軽い音で弾き上げられた。
つばぜり合ったはずの刃は相手の刃に吸い付くようにぬるりと押し下げられた。
何だこれは。
力はまだいい。
いや、それだって十分理解の外のものなのだが、そう言うスペックなのだと言ってしまえばそれまでだ。
だが、技量は違う。
この男は膂力だけなら妖精國でも図抜けている私の攻撃を、技だけでいなし、弾いている。
きっと話しても誰も信じないだろう。
斬り結んでいる私自身でさえ因果でも捻じ曲げているのではないかと錯覚するような技量に至っている存在がいるなどと。
なんだこれは。
本当に人間なのか。
齢は幾つだ。
人間の寿命でこんなところに至れるものなのか。
仮に人間の寿命の範囲でこの域に至ったというならば、コレは一体、どんな戦いをどれだけ繰り返してきたと言うんだ。
――――無理だ。
敗北を、認めるべきだ。
こんなもの、相対していい存在ではなかった。
こんな、こんな化け物――――。
相手がまだ切り付けてこないうちに剣を引こうとして、目が合った。
憐憫と、恐れられる事への慣れと諦観。
その瞬間に感情が弾けた。
最初からあった憐憫に対する反発だけではない。
呪わしき黒犬と恐れ疎まれ続けてきた自分が、相手を化け物と否定しようとした事実への怒りも湧き上がる。
退いてはならない。
少なくとも、今この理由で退いてはならない事が、私にはわかった。
だから――――。
「この
命を賭して、本能を封じる亜鈴触角を用いる。
例えガウェインのギフトがあろうとも、これを砕いて用いれば理性を失う公算が高い。
それでも、挑む。
焦燥に背を押されて。
それだけではない、矜持と心情にかけて。
「――――いいだろう。受けて立つ」
彼が初めて構えを取った。
その目には憐憫だけではない、優しさもあることにようやく私は気が付いた。
解き放たれた力を炎のごとく纏い、すべてをかけた一撃を振るう。
彼は真っ向からその剣を自らの刀で迎えうって。
音はあっけないくらいに小さかった。
キン、と澄んだ音と共に私の
なんて――――。
嗚呼、なんて綺麗な太刀筋だろう。
見惚れて魅入られたままに数歩後ろへ下がり。
そして、私は
体には傷一つない事実に驚嘆する。
正に絶技だった。
「私の負けです」
素直に認められた。
そして、彼の憐みの訳も、理解してしまった。
きっと、今の一撃で記憶を封じていた術も切り祓われてしまったからだろう。
彼が憐憫と、悲しみと、優しさのないまぜになった目で私を見つめていた。
「問おう。妖精騎士ガウェイン……いや、妖精國の妖精、バーゲスト。死の断罪をもって救済とするか。それとも、その業を背負って贖罪に生きるのか」
死んだらきっと楽だろう。
今だって自らの罪に押しつぶされて狂って壊れてしまいそうだ。
でもそれは、あまりに無責任だし、こんな目をした彼にそれをやらせるのは、間違っていると思った。
「……許されるのであれば、贖罪を」
彼は何かを悼むように目を閉じて、一つ息を吐いた。
「良いだろう。決闘の勝利者として、俺は君から三つのものを奪う。一つ、狂う権利を奪う。二つ、死ぬ権利を奪う。三つ、贖罪のみに生きる権利を奪う。この三つの権利の剥奪をもって、決闘の対価とする」
あまりに残酷で同時に優しすぎる宣告に息をのんだ。
「同意するならば、この首輪を自ら身につけろ」
上半身を何とか起こして、首輪を受け取り、自ら身に着けた。
首輪が輝き、亜鈴触角を失ったことで溶け落ちそうになっていた理性が定まる。
恐らく決闘とその勝敗、相手の承諾、それらをもって成り立つ契約魔術のようなものなのだろう。
その契約の核としての首輪。
そうして、決闘の決着はつき、対価は定まり、私は己の罪を取り戻した。
あるいはこの時が、この妖精國の終わりの始まりであったのかもしれない。
自分に課された契約の首輪を撫でる。
「手始めに、君には君の罪に端を発する問題に向き合ってもらう。覚悟は良いか?」
それが、私の果たすべき贖罪の始まりとなった。