Fate Night Unnamed ~チート転生者はデスマーチに挑む(ほぼ強制) 作:空門 志弦
目の前をバタバタとせわしなく兵士たちが行き来している。
ここロンディニウムへ、ウッドワス率いる妖精國の軍勢が差し向けられたからだ。
兵たちはせわしなくはあるが、しかしその顔は決して悲壮なものではない。
少し前までならいざ知らず、今のロンディニウムは正に難攻不落。
兵たちもそれが分かっているので、士気は高い。
最高戦力たる我が弟子、統夜と彼らの象徴ともいえる予言の子であるアルトリアは不在だが、その程度は問題にもならないようだ。
「兵の配置はひとまず正面に集中させればいいだろう。連中、こちらを完全に舐めているからな。わかりやすく正面から攻めてくるつもりらしい」
私の目の前の机の上、ロンディニウムとその周辺の地図が広げられた上をゆっくりと歩きながら、黒猫姿の司馬先生が前足でロンディニウムの正門を指す。
「徒に戦力を分散させないのは評価できなくもないが、正面に一度に展開できる兵力を考えれば実質の逐次投入。これで巧みに戦術を回して波状攻撃の形を取られたら面倒だったが、陣立てを見るにその気配はかけらもなし、と」
黒猫の姿をしているので一見すると微笑ましい光景にも見えるのだが、その声は実に冷厳だ。
聞いているだけで背筋が寒くなるような圧がある。
「戦下手め。妖精國の妖精は戦というものを知らないと見える」
地図に置かれた敵軍を示す駒を倒して前足で踏みつけた。
「過去には妖精國でもそれなりに大規模な戦闘は起こっていますが、知性を持った者同士の大規模な戦闘というのはもう大分前になりますし、そもそも妖精はその持って生まれた力に任せた戦いを選びがちですから」
司馬先生の圧を悠々と受け流して妖精の実際を語るのは現時点における円卓軍の実質の指導者であるパーシヴァルだ。
その発言に納得を感じて、私はなるほどと頷いた。
「なまじ個々の力が強いせいで戦術や戦略という概念が成熟しなかったわけだ」
言われてみれば、この妖精國の妖精にはそう言う所がある。
例えば人間の文化を模倣する上でも、その技術から模倣するのではなく、魔力でポンと結果だけ出力してしまう。
食事を生み出すうえでの料理という工程や、建物を作る際の建築という工程がそれだ。
土の氏族は多少モノを作る上での過程にも目を向ける傾向があるが、全体として見れば例外の部類だろう。
「まったくもって嘆かわしい。だからこの國の妖精には進歩というものがないんだ。文化、文明、技術、それらすべてはその行為の過程にこそ芯があるというのに。まあ、とはいえお陰で今回は楽が出来る。一つこの國の妖精たちに、戦争というものを教授してやろう」
黒猫の姿で敵の駒を転がして弄ぶ司馬先生の姿に、老練の軍師の姿を幻視した。
声には自負と、愉悦の色。
いやはや、軍師という生き物はおっかない。
ましてやそれが歴史に名を遺した軍師であればなおさらである。
「とはいえ、こちらの軍も経験という面ではアマチュアもアマチュアだぞ?」
私の指摘にパーシヴァルが素直に頷く。
「司馬先生の指導の元で十分に調練は行いましたし、それ以前だってしっかりと鍛えてはいましたが、実戦経験という点では心もとないのは否定できません」
パーシヴァルが同意すれば、司馬先生もまたそれを認めた。
「そうだな。こちらも実戦経験の少なさはいかんともしがたい。だから相手がこちらをなめているうちに一つ、その経験というやつを積ませてもらうとしよう。――――先陣は君が率いろパーシヴァル。兵に戦争を体感させてくるんだ」
サーヴァント達はひとまず直接的な戦力としては温存というわけだな。
あとは円卓軍に対する試金石の意味もありそうである。
「なに、相手もまだ本腰には程遠い。ロンディニウムからの援護も十分に行おう。だが逆に言えば、この好条件でまともに使えないなら話にならん」
厳しいが現実に即した指摘と言えた。
パーシヴァルもその言葉には納得しているのか反論はなかった。
しかし、煽りとしての面もあったであろう言葉に確かに闘志を燃やしているのが目を見ればわかった。
「見事に戦ってみせましょう。私たちは覚悟なく円卓軍などと名乗っているのではないのだと、示してみせます」
パーシヴァルが胸に拳を打ち付けて決意の言葉を口にすれば、その言葉を受けてガレスが手を上げた。
「私も! その、力不足かもしれませんが、先陣に加わってもいいでしょうか!」
私は少し考えてから司馬先生に視線を向けた。
司馬先生は視線に頷きを返し、口を開く。
「パーシヴァルの方に異論がなければ好きにすると良い」
許可を出したという事は少なくとも、今回の戦いで死ぬようなことはないという事か。
統夜によれば彼女は結構な重要人物らしいのでちょっと判断に迷ったが、司馬先生がそう言うのであれば問題ないんだろう。
しかし、この元気娘が鏡の氏族の数少ない生き残りで氏族長とは。
「司馬先生が構わないというのであれば、こちらも構いません。是非力を貸してくださいガレス」
パーシヴァルの答えにガレスは輝くような笑顔を返す。
「はい! 精一杯頑張ります!」
軍議からしばらくして、私はロンディニウムの城壁の上から出撃していく円卓軍の姿を眺めていた。
肩には司馬先生を乗せて、横には城壁の兵を指揮しているジャンヌ・オルタがいる。
メルトリリスは不測の事態に備えて待機中。
シオンとカレンはシャドウフォートで上空に上げたドローンから入ってくる情報を処理している。
そして、メリュジーヌは少し前に一時的にロンディニウムを離れた。
「お手並み拝見と行こう。君もよく見ておくと良いぞ。これからの世界崩壊事案で大規模な軍を動かすような機会がないとも限らないからな」
肩から掛けられた言葉に思わずため息をこぼした。
妖精國に来てからこっち、情報収集、裏工作、折衝と休む暇がないというのに、今度は戦争か。
我が弟子も我が弟子でずっと書類仕事に追われながらあれやこれやと忙しかったらしいので文句はないが。
定時の通信以外では声も聞けていないし、直接会う機会もなかなかとれなくて、何か変な気分だ。
彼と護衛と師弟の契約を交わしてから、こんなに離れていた事って実は初めてじゃないか?
そう言えば、カレンも何か落ち着かない感じだったな。
今にして思えばアレも私と同じ理由だったか。
まったく。
いつの間にやら、傍にいて当然だなんて油断にも程がある勘違いをしていたらしい。
「あの馬鹿弟子は妙にモテるからな。いや、あの言動と見目では妙と言うには無理があるか」
当然のようにモテる、と評すべきだろう。
本人にしっかりとした自覚がないのが不思議でならない。
あのジゴロめ。
「古来から正妻というのはそう言う苦労に事欠かないものだ。特にあんな規格外の男が相手ならな」
おのれ、司馬先生。
正妻なんて言い草と言い、絶対に面白がってるだろう。
頬にあたった肉球が気持ちいいじゃないか。
「始まるぞ。年頃の娘が色恋に懊悩する姿もまあ、乙ではあるが。今は戦の時間だ。しっかりと見ろ。多少はレクチャーもしてやる」
言われて気づき、戦場に目と意識を移した。
今まさに敵軍と円卓軍が動き出し、戦端が開かれる。
ロンディニウム攻防戦。
その火ぶたがついに切られた。
「バリスタ装填! 照準は敵後方の射撃兵! うっかり照準ミスって味方に当てないように!」
ジャンヌ・オルタの命令と共に、バリスタの装填音が壁上のあちこちで響いた。
ちなみに射撃兵、とまとめているがその実態は弓兵や魔力砲撃兵の総称だ。
「城壁から距離を取って安心してるみたいだけど、甘いわね。そこは射程内よ。――――度肝を抜いてやりなさい! バリスタ、撃てぇ!!」
射撃命令と共に、バリスタとはとても思えない様な発射音で凄まじい閃光を発しながら攻撃が放たれた。
敵軍の後方の射撃兵にまでその攻撃は届いて、敵が吹っ飛んだのが見えた。
文字通り、飛んだのだ。
体がバラバラになったとかではなく、着弾の衝撃で派手に体ごと。
統夜も言っていたが、丈夫だな妖精。
もともと無駄な殺傷は避けたいのもあって、ダメージよりも戦意の喪失を狙うような特殊な術式を組み込んでいるらしいが、それにしてもあれで済むのか。
魔術で視力を拡張し望遠を行って目にした光景に少し呆れるとともに、方針に一抹の不安を覚える。
先の事を考えれば敵の兵もなるべく減らしたくないのは分かるが、さて、そんなにうまくいくだろうか。
眼下でパーシヴァルが前面に立ってガレスがそれを助ける形で優位に戦っている円卓軍を見ながら、それでも安心はし切れない。
「まあ懸念は分かるが。問題が起こればそれに合わせてこちらも動きを変えるだけだ。あまり心を乱すものじゃない。軍師というものは不安があっても全て自分の手のひらの上と思わせる位でないとな」
私は魔術師であって、軍師じゃないんだが。
まあでも、円卓軍からはそんな感じの立場として見られているのは確かだ。
なら、それなりの振る舞いをしなければならないか。
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小話
ちなみに司馬仲達の司馬先生呼びは主人公の呼び方が周囲に伝播して定着した感じです。